第38話 瞬殺の謀略


 やや硬めの革を使って造られたこの椅子に座ると、座り心地だけではなく、大聖堂の歴史をも感じることができるような気分になれる。

 枢機卿になってからは、毎日のティータイムをこの椅子に座って過ごすのが、私にとって最高のひと時だと言えるだろう。

 しかし、そんな至福のひと時を無粋な音が台無しにした。


 ちっ、誰だ。私の安らぎのひと時を妨げるものは……


 不快感を押えながらも、来客を知らせるノッカーの音に嫌々ながら対応する。


「入れ」


 不機嫌な気分を隠して部屋の品位に合わせた声音で入室を許可してやると、一人の司教がこの部屋の品位に似つかわしくない黒ローブ姿の男を引き連れて入ってきた。


 こんなところに闇係を連れてくるとは、ほとほと呆れ果てた奴だ……


 この黒ローブの男は、一部の関係者のみが知る存在だ。

 密偵や暗殺を行う『闇係』と呼ばれる部隊を取り仕切る者であり、表舞台には相応しくない存在。そう、アルベルツ教国おいて暗部に属するものであり、こんなところに姿を現すべきではない。


「失礼します。ブランダルグ枢機卿におかれましては――」


「前置きはいい。それより何用だ」


 意識しての行動かは分からないが、揉み手をする司教がわざとらしいおべっかを使う。それを遮って用件を急かす。


 寄生虫どもめ……


 こいつらは虫と同じだ。

 まるで甘い蜜に群がる蟻か蜜蜂だ。いや、そんなに可愛いものではない。まさに、蛆虫うじむしだ。

 それでも、色々と使い道はある。だから、役に立つうちは蜜を吸わせてやる。

 しかし、もし使い道が無くなったら……容赦なく踏みつ潰してやる。


 その虫から出た言葉は、そうそうに踏み潰してしまいたくなるような台詞だった。


「ラウラルの第二王子暗殺に失敗したようです」


 くそっ、使えない奴等だ。こんな時のために、わざわざ飼っているのに……


「暗殺に失敗した者達はどうなった」


 襲撃者の結末について問うと、司教はその醜悪な顔を連れてきた黒いローブ男に向けた。

 丸投げされたローブの男は少しばかり動揺したようだが、すぐさま平静を取り繕うと、感情の篭らない声を発した。


「生きて捕らえられたと、聞き及んでおります」


 くっ、なんたる失態。娘のメルシアや孫のトラバルに、その者達を始末するよう連絡する必要があるな。

 まあ、メルシアは第一王妃だし、トラバルは第一王子だ。奴等なら何とかするだろう。


「分かった。それについては、こちらで引き取ろう」


「は、はい。ありがとう御座います」


「話がそれだけなら、下がってもいいぞ」


 虫たちはこうべを下げると、この部屋をあとにした。


 それを確認して溜息を一つ吐く。そして、野望を叶えるべく、これまでの流れを思い起こす。

 聖女降臨の神託があって、やっと、私にも教皇の目が出てきたのだ。ここで足踏みをする訳にはいかない。

 まずは、ラウラル王国における実権を我が手中に収める。

 次に、あの娘を連れ戻して、私の影響力を絶対的なものにするのだ。


 それにしても、あの娘が聖女になるとは……こんなことになると知っていれば、みすみす放置などしなかったものを……


 本当に悔やまれる。だが、今更惜しんでも遅いのだ。

 当面の標的は、障害となっているラウラル国第二王子、それと、アルベルツ教国内の敵対勢力だ。その二つを排除する必要がある。

 ラウラル王国については、娘や孫に任せるとして、彼の国の軍を使って異端国であるジパング国と神敵ユウスケを始末せねば。

 その二つが片付けば、あの娘を連れ戻し、教皇となる私の野望が完成となる……ふふふっ……ははははは!









 石造りの壁には様々な壁画が刻み込まれ、高い天井からは豪華なシャンデリアが吊るされている。

 エルザとアンジェの実家であるマルブラン家の城にも驚いたものだが、さすがは一国の王城だな。これを見ると彼女達の実家が分譲住宅に思えてくる。

 それほどまでに、ラウラル王国の王城の凄さに圧倒されていた。


「いつまでも口を開けていると埃が入るよ?」


 ルーカスの言葉で、自分が口を開けたままにしていることに気付いた。


 だってさ、夢のマイホーム如きに血眼になる現代日本人が、この圧倒されるほどの光景を目の当たりにしたら、誰もがこうなると思うだろ? それとも、俺の思い込みだろうか。


 ルーカスに引き連れられてラウラル王宮の中を闊歩かっぽしつつ、ついつい王城と日本のマイホームの格差について考えていたりする。

 当然ながら、俺は目隠しを外し、一緒に来ている仲間もマスカレードを装着していない。

 あんな物を付けたままだと「私は怪しい者です」と公表しているようなものだ。おまけに、目隠し姿は、見事に指名手配の人相に描かれているのだ。

 だから、鈴木に作ってもらった変装の指輪で、全く別人になっている。

 この変装の指輪だが、ラティが人間族に変装するために使用している『相貌の指輪』をベースにして作り出したものだ。

 だが、ラティから指輪を借り受けるところで問題が発生した。

 当然ながら、相貌の指輪を外すと、ラティの変身が解除されてしまうのだが、その途端に仲間たちが絶叫した。


「ラティさん……可愛い~~~~~~!」


 そんな台詞と共に鈴木が抱き着くと、他の者達も代わる代わるに抱き着いたり、持ち上げたりしはじめた。

 普段でも可愛いのだが、本来の姿となったラティは、めちゃめちゃ可愛い。年齢的には変わらないのだが、小さな角がちょこんと生えて、まさにアニメに出てきそうな萌え系悪魔っ子なのだ。


「はなすんちゃ~~~!」


 ラティはあまりの鬱陶うっとうしさに、手足をバタバタさせていた。

 だが、特に瞳を輝かせた召喚者組は、執拗にラティを撫でまわした。

 まあ、現代日本人としては、とても興味があるのも已むなしだ。


 それとは別に、実はこれまでラティを紹介する時に、魔人族であることを話していないことが多かったので、殆どの者が驚くことになった。

 だが、そこは俺の見込んだ仲間達だ。誰一人として差別する者は現れなかった。

 そんなラティ事件もあったのだが、彼女の指輪をベースにして、鈴木が変装の指輪を作り上げ、現在の俺は銀髪イケメンキャラになっている……


 な、何も言うな! 別に望んだ訳じゃない。これでも真面な方なんだ。鈴木め……アニキャラばかり……


「良く似合ってるよ。ユウ……カシワギ」


 俺の心を読んだかのように、ルーカスがフォローしてくる。

 いまや俺の知名度は、間違いなく大陸最強だ。だから、ユウスケではなくカシワギと呼んでもらうことにしたのだ。

 そんなやり取りをしている内に、目的の居室に辿り着いた。

 因みに、俺と一緒にきている仲間は、マルセルとサクラ。あとは、アレットだ。残りの面子は、ダンジョンに篭っている。

 選出に関しても色々と揉めたのだが、治癒を得意とするマルセルは必須だし、相手と面識のあるサクラも同様だろう。アレットに関しては、単に侍女的な役割となっている。


 目的の場所に到着したところで、ルーカスが豪華な扉に取り付けられたノッカーで来訪を知らせる。


「どうぞ」


 入室を許可する言葉が聞こえると、和服姿の美女が豪華な彫刻が施された扉を開けた。

 侍女ではなく本人が開けるとは、不用心な気がしないでもないが、ルーカスは気にしていないようだ。

 奴は気軽に「やあ」と言うだけで中にそそくさと入って行く。それを見た俺達は、慌てて追いかけるように入室する。そして、意外な室内に驚かされる。

 というのも、目に映ったのは、広い畳間と障子の窓だったからだ。

 その部屋は、どう見ても豪華な洋室なのだが、畳が敷かれ、なぜか囲炉裏いろりまで備え付けられていた。


 囲炉裏……何に使うんだ? まさか、お茶をたてるためか? 間違っても魚を焼いたりしないよな?


 どうでもいい疑問を思い浮かべていると、ルーカスがゆっくりと腰を折って頭を下げた。


「母上、ご機嫌はいかがですか?」


 挨拶を受けた和服姿の日本美人は、脇息きょうそくと呼ばれる肘置きに身を任せた格好で、俺達を眺めつつ、ゆっくりと頷いた。だが、サクラで視線を止めると、飛び上がって駆け寄ってくる。


「サクラじゃない。元気にしてた?」


 どうやら、実の息子であるルーカスについては、完全にスルーみたいだな。

 己が眼前を見向きもせずに通過していった母親の態度に、ルーカスは全く反応できていない。


 いったい、どんな親子なんだ?


「ご、ご無沙汰しております、叔母様もお元気ですか」


「私は元気よ。そんなことより、さ、さ、こっちにいらっしゃいな」


「きゃ、お、お、叔母様……」


 まあ、俺もルーカスのことは言えない。完全にスルーされているようだ。


 ミヤビという名のルーカスの母――殿様の娘でもある第二王妃は、周りを完全に無視してサクラを畳間に連れ込む。


「本当はね。私もあなたのような可愛い娘が欲しかったのだけど……」


「い、いえ、は、はい、ありがとう御座います」


 彼女を苦手としているのか、はたまた頭の上がらない存在なのか、さすがのサクラもタジタジになっている。


「大体、勝手に異世界から召喚するなんて、お父様も酷いことをするわ」


「お、お、おば、おばさまーーーーーー!」


 な、な、なんだとーーーーーー! 今、召喚と言ったか? 言ったよな? 空耳じゃないよな?


 即座に、サクラに視線を向けると、彼女は俯いたままとなっている。

 そんなサクラを目にしたミヤビが、はっ! としたかと思うと、口に手をやり、笑って誤魔化した。


「あ、あら、私ったら、少し勘違いしてしまって」


 いやいや、さすがに、それでは誤魔化されませんよ?


「う、う、う、う~~~っ、叔母様のバカっ!」


「てへっ」


 サクラがミヤビに罵声を浴びせると、ミヤビは可愛く誤魔化す。


 うむ、それが通用する年齢は超えているが、何となく似合っている……いやいや、そんなことよりもだ。これはどういうことだ?


「サ~~~~ク~~~~~ラ~~~~~~~」


「てへっ」


 サクラにプレッシャーをかけると、ミヤビと同じように誤魔化そうとした。

 とても可愛くて、なんでも許してやりたくなる。


 だ~~~~が、ゆるさ~~~~ん!


「正直に答えろよ!」


 問い詰めようとしたところで、ミヤビが割って入る。


「ところで、この方々はどなたかしら?」


 いまさらかよ、恐ろしい女だ……


「ユウスケだ。柏木ユウスケ」


 こうしてルーカスの母であるミヤビに、やっとのことで俺達の自己紹介をすることができた。


「ふ~~~~ん」


 だが、ミヤビは全く関心がなさそうだ。いやいや、それについても、どうでもいい。


「さくら、ちゃんと説明してくれ」


「う、うぐ……実は……私は、あのさくらでした……」


「それで、そのさくらさんが、なんで、こんなところに居るのかな?」


 容赦なく問い詰める。


「お爺ちゃんが……全部お爺ちゃんが悪いの……」


 お爺ちゃん? なんのこっちゃ……


「あのね、殿様は大悟お爺ちゃんが転生した姿なのです。それで、お爺ちゃんったら、何を考えたのか、私を召喚しちゃったの……」


 なんだとーーーーーーーーーーーー! マジかよ! 殿様が大悟爺ちゃんだったのか!


 この大悟爺ちゃんというのは、俺のオヤジのオヤジだ。一般的に表現するなら、祖父というやつだ。


 まあ、爺ちゃんが転生したのは良いだろう。ロココも転生している訳だし。だが、何でさくらを召喚したんだ? つ~か、どうやって召喚したんだ?


「大悟お爺ちゃんが言うには、勇助兄様がピンチになるから……それしか聞いてないです」


 さくらは神社の神主であった大悟爺ちゃんの直孫で、俺のことを兄様と呼ぶ。


「それはそうと、何で今まで隠してたんだ?」


「だって……恥ずかしくて……」


 それだけを言って、彼女は黙り込んだ。

 すると、ミヤビが参入してくる。


「あなたがユウスケくんね、聞いてたのと全然違うのね。全然、日本人には見えないわよ?」


「いえ、今は変装してますから……」


 ミヤビにそう返すと、彼女は笑い出した。


「あはははははは、あははは、あはは、あは、そうよね。今や大陸一の有名人だものね」


 大きなお世話だ。


「彼女はね、あなたの奥さんになりたかったのよ。でも、元の世界だと周りが色々と煩いし、諦めていたところに召喚でしょ? それで願いが叶うと聞いて嬉しいやら恥ずかしいやらなのよ」


「お、お、叔母様ーーーー!」


 ミヤビに暴露されたさくらは、叫んだあとに両手で顔を隠し俯いた。


 はぁ~~~っ、今までの扇子や塩、はたまたお茶攻撃の理由はこれか……それにしても、どうりでそっくりな訳だ……だって、本人なんだから……もういいや、取り敢えず話を先に進めよう。


「さくら。取り敢えず、それは帰ってからにしよう。それよりも例の件だ」


「は、はい……」


 思いもしなかったさくらの事実に驚きつつも、それを棚上げして、ミヤビに来訪の理由を説明することにした。









 全員が床に敷かれた畳に座り、これまでの状況とこれからの対処について話し合っていた。


『――ということです』


『うちのルーカスを襲うとは、許せないわね』


 昨夜のことを聞いたミヤビが、まなじりを吊り上げて憤慨ふんがいしている。


 その割に、さっきは完全スルーだったよな。


 ああ、あまり外部に話の内容を漏らしたくなかったので、今はミヤビとルーカスにパーティーアイテムを渡して『伝心』で会話をしている。


『それで、これからどうするのかしら?』


『王様の病をマルセルに治癒してもらいます』


『そんなに簡単に治るものなの?』


『マルセルの治癒魔法なら、なんとかなると思ってます』


『微力ながら、精一杯頑張ります』


 訝しげにするミヤビに頷いて見せると、マルセルが神妙な面持ちで力強く頷いた。

 すると、ミヤビが表情を変えて、マルセルに視線を向けた。


『もしかして、その子が聖女様?』


 天然に見えても、さすがは殿様の娘だ。マルセルのことに気付いたらしい。つ~か、大吾爺ちゃんの娘なら、俺の叔母になるのか? まあいいや。あまり考えたくないし……

 今更ながらに、疑問を抱きながら首肯で返す。


『アーロンが回復するのはとても嬉しいけど、それで解決するのかしら』


 ミヤビって、王様を呼び捨てにするんだな……


 予めルーカスから聞いていたのだが、ここの王様ことルーカスの父親は、ミヤビにぞっこんらしい。

 殿様との会談の折に、同行したミヤビに一目惚れして、頭を下げて嫁にもらったとか。

 だから、ミヤビに全く頭が上がらないという話だった。


 なんとも世知辛い世の中だよな~。俺も気を付けなきゃ……


『多分、アーロンが復帰しても、第一王妃めぎつねとバカ息子を取り押さえるのは難しいと思うわ』


『だが、王様の病気は、奴等の仕業だろ?』


『確固たる証拠がないわ。拙くなったら、間違いなく偽の犯人を差し出すでしょうね』


 確かに、ミヤビの言うことも一理ある。

 だが、この世界には『真偽石しんぎせき』なる素晴らしいアイテムがある。

 それを使えば、嘘か真実か、誰の目にもはっきりするのだ。

 そのことを伝えると、ミヤビは残念そうな表情で首を横に振った。


『残念ながら、この国では真偽石の結果を良しとしないのよ』


 それは、とても残念だとしか言いようがない。

 どうやら、他の方法を考える必要があるみたいだ。

 しかし、そこにルーカスが割って入った。


『私達を襲った賊を捕らえてあります。その者から言質を取れば……』


『それなら、既に対処されているでしょうね。まだ息をしていたら良いのだけど』


 ミヤビの考えでは、とっくに始末されているだろうということだった。

 こうなると、もはやお手上げだ。


『まあ良いわ、取り敢えずアーロンを元気にしてもらいましょう。その後は出たとこ勝負で』


 イケイケドンドンな王妃だな~。


 そんな訳で、イケイケ王妃に連れられて、やって来ました王様の部屋の前。

 ところが、入口の前に立っている近衛兵から入室を拒否されてしまった。

 さて、これは困ったものだと考え込んでいると、ミヤビからの念話が届いた。


『やっちゃって』


 おいおい、いいのかよ。


『彼等は第一王妃めぎつねの回し者だから、痛い目に遭わせても構わないわ。アーロンが復活すれば、私が言い聞かせるから大丈夫よ』


 なんて王妃だ。さくらも将来はこうなるのかな~。うっ、寒気がしてきた。


 チラリと横を向くと、さくらが冷たい視線を投げ掛けてきた。

 やばい、ニュータイプが何かを察したみたいだ。

 まあいい、それよりもやるべきことがある。


 結局、近衛兵には申し訳ないけど少し眠ってもらった。永眠ではないから問題ないことにしよう。


 部屋に入ると、豪華な天蓋付きのベッドの上に男の姿があった。スヤスヤと眠るその男が王様なのだろう。

 だが、そこで怪訝に思う。

 他には誰もいな……くない。というか、マップには入室前から二人の敵が表示されている。それなのに、王様以外の存在が見つけられない。

 となると、これは例の見えない敵なのだが――


 あれ? 見えない敵って、ミストニアの密偵だと思ってたんだが……まあいい、取り敢えずやるべきことを済ませよう。


『隠れている奴がいるぞ。マスカレードを装着しろ』


 素早く目隠しを装着しつつ、マルセル、サクラ、アレットにもマスカレードの着用を伝える。

 飽く迄も、みんなに装着をさせたのは、もしものためだ。

 というのも、みんなが装着する間に、二人の黒装束を倒し終えていたからだ。


『こいつらは?』


 ルーカスが転がる黒装束をつま先で突きながら尋ねてくる。


『う~~~~ん、刺客には変わりないけど、どこの手の者かは分からん。姿を消して暗躍する者といえば、ずっと、ミストニアの間者だと思ってたからな』


『アーロンを殺しに来たのかしら』


 ルーカスに事実を伝えると、ミヤビが首を傾げる。


『それは分からん。だが、まだ生きているようだし、それを聞き出すのは後でもいいだろう。今は王様の回復を優先させるべきだ。マルセル、頼む』


 飽くまでも、王様を優先させるべきだと考えて、マルセルに癒しの魔法を頼む。

 彼女は真剣な表情で頷くと、聖属性のLv5魔法を王様に向けて発動させた。

 そう、『完全回復』の魔法だ。

 魔法の効果があったのか、それまで眠っていた王様がまぶたをあげた。

 

「アーロン、気分はどうかしら?」


 王様は暫く放心していたが、ミヤビが声をかけると、こちらに顔を向けてきた。


「ミヤビよ。余はどうしておったのだ?」


「薬で病になっていたのよ」


 彼女は薬で病になるという滑稽な表現で答えた。


「そ、そう、そうか……」


「その者達は?」


「アーロンを助けるために、手を貸してもらったの」


「ふ、ふむ。それは、すまぬことをした。いや、感謝する」


 こうして王様を回復することには成功したのだが、また刺客がやって来るかもしれない。

 そこで、王様に『透明の指輪』を填めてもらい、一旦はミヤビの部屋に移ることにした。









 王様を無事に助けだし、何事もなくミヤビの部屋に戻った。

 本来なら、そこで一息吐けるはずだったのだが、そうは問屋が卸してくれないようだ。

 ミヤビの部屋に入ると、そこには刺客の集団が待ち構えていたのだ。

 その数は、三十人は居るだろう。というか、マップでは全部で三十五人と表示された。

 まあ、事前にマップを確認していたこともあって、初めから分かっていたことなのだが、締め上げれば何かの情報が得られると思って、気付かない振りをして戻ったのだ。

 もちろん、仲間やミヤビ達には、敵が待ち構えていることを伝え、王様を他に移すことを提案したのだが、ミヤビはそれに反対した。

 その心は分からないが、王様自身に現状を理解してもらうつもりなのだろう。


「これはこれは、沢山のお客様ね。どういった用件かしら」


 部屋に入るや否や、ミヤビが涼しげな面持ちで嫌味を投げかけた。

 だが、誰一人として返事をする者は居ない。


 こいつらって、ミヤビを狙ってきたんだろうな。さっさと片付けるとするか。


 ミヤビの部屋に居座る敵を始末すべく、一歩足を踏み出したのだが、そのタイミングで集団が二つに割れた。

 そこから姿を現したのは、ドレスを着た年配の女性と二十歳前後に思える金髪の男だった。

 その様相からして、その二人が第一王妃と第一王子なのだろう。

 教えてもらわなくても良く似ているので、簡単に察しがつく。

 二人の姿を目にしたミヤビは、この展開を予測していたのか、全く動じることなく問い質す。


「メルシア様、これはどういうことでしょうか?」


 メルシアと呼ばれた女性はふんっと鼻を鳴らすと、憎々しげな表情を向けてきた。なんとも典型的な悪女の顔だ。アーロンがミヤビに傾倒するもの分かる気がする。こんな感じの悪い嫁なんて、俺なら願い下げだ。


不逞ふていな輩を成敗するだけですわ」


「私共が不逞な輩と?」


「ふんっ、それ以外に何がありますの?」


 ミヤビの問いに、メルシアは鼻を鳴らす。


 どうも俺達は不逞の輩らしい……まあ、散々と好き勝手にやってるから、そう言われるのもやぶさかではないが、王様を殺そうとしていた奴に言われなくないわな。


「私共が不逞の輩であるのなら、メルシア様は謀反の張本人ですわね」


 ミヤビはビシッと人差し指を突きつける。それこそ、犯人はお前だと断言する名探偵のようだ。

 しかし、メルシアも図太い性格をしているようだ。暑くもないのに扇子で扇ぎながら涼しげな表情を見せた。


「妾のどこが謀反だというのかしら」


「陛下を弑逆しいぎゃくたてまつらんとしておりましたが?」


「あら、良くお分かりで、ですが、もう遅いのですわ」


 いやいや、このおばさん、墓穴を掘ったよ~~~~!

 まあ、王様は透明化の指輪で見えないもんな。もっと突っ込めミヤビ!


「何が遅いのですか?」


「其方たちが何を知ろうと、ここで死ぬことが決まっているからですわ」


 いや、全く決まってないし、死ぬのは、お前達だけどね。


 ミヤビは嘆息し、おばさんの台詞を無視すると、第一王子に視線を向けた。


「トラバル様も同じ考えですか?」


「ふふふっ、父上やお前達が死ねば、我が王様だからな。やっとこの時がきたわ」


 ち~~~~ん。はいっ、終了ーーーー!


 チラリと王様にと視線を向けると、彼は思いっきり険悪な表情を見せていた。

 王様は指輪の効果で透明になっているが、目隠しを装着している俺にとっては、ごく当たり前に見ることができる。

 その王様は溜息を一つ吐くと、表情を硬くしたまま口を開いた。


「愚かなものだ……そんなに王位が欲しいのか……いや、ブランダルグ枢機卿の差金か……本当に愚かな者達よ」


 どこからともなく王様の声が聞こえた所為で、メルシアとトラバルが慌てて辺りを見回している。

 すると、王様が「余ならここだ」と言い放つや否や、透明化の指輪を外した。

 当然ながら、王様の姿が露わになる。


「へ、へ、へいか、な、な、なぜ、ここに……や、病は……」


「ち、ち、父上……」


 王様は驚愕に打ち震えるメルシアとトラバルを冷やかな眼差しで射抜く。


「お前達の考えは良く分かった。それ相応の罰を与える他ないな」


 三下り半どころか、極刑もありうると考えたのか、二人は恰も石化でも食らったかのように固まる。


 まあ、自爆したのはお前達だから……俺は知らんよ。これこそ自業自得ってもんだ。


 アホな奴等だと呆れていると、開き直ったおばさんが吠えた。


「し、しん、死んでしまえば同じことですわ」


「そ、そう、そうだ」


 おばさんの暴挙に息子が相乗りする。


 まあ、確かにそうなんだが……てか、もうこれしかないよな。てか、俺的には最高の展開だよ。おばさんたち。

 そう、あれだ。印籠いんろうを出されて、悪者が斯くなる上は! という奴だな。


「やりなさい!」


 メルシアが叫ぶと、黒装束が一斉に戦闘態勢に移る。

 それに対処するために、俺が王様を下ろそうとしたところで、マルセル、サクラ、アレット、三人がそれを押し止めてきた。


「今回は、私達に任せて下さい」


 マルセルがそう言うと、さくらも続けた。


「兄様。ここは、私が」


 もう偽装は止めたらしい。旦那様から兄様に戻っている。おまけに一人称まで、俺の知るさくらに戻っていた。

 そんな場違いなことを考えていると、アレットがどこからか鎖鎌を取り出した。


「強くなった私を見て欲しいピョン」


 勢いよく鎌を振り回しながら、彼女はピョンと一歩前に出る。

 アレットはこれまで家事班として行動してきた。しかし、何を考えたのか、ジパング国に来てから、彼の国の密偵――忍者部隊から色々と学んでいた。

 おまけに高レベルとなっていた彼女は、豊富なスキル取得状態と、獣人の高い身体能力を以てして、あっという間に忍者の技術を我物とした。

 そうして、いまや最強のくノ一として、忍者たちから神格化されていたりする。

 そもそも、ここに彼女を連れてきた理由は、ルーカス、ミヤビ、王様を陰から護衛してもらうためだったのだが、いつの間にか予想外の展開となっている。

 そんな状況であるのにも関わらず、彼女は久しぶりの活躍の場だと言わんばかりに、恐ろしく気合を入れているようだ。


「分かった。今回は、お前達に任せる。ただ、油断するなよ」


 それが合図であるかのように、戦闘が始まった。


 一番初めに動いたのは、アレットだった。

 メイド服のスカートに左手を突っ込むと、クナイを五本取り出し直ぐさま投擲した。

 これが、まるで手品の如く、五人の黒装束の額に突き刺さる。


 アレット、お前はサーカスで生きて行けるな。あっ、サーカスなら標的が死んだらダメだよな……


 行き成り五人も倒されたのだが、黒装束は怯むことなく散開しようとした。ところが、今度は鎖鎌の生贄となる。

 彼女が鋭く飛ばされた分銅は、霞むような速さで黒装束の額を割る。

 そして、その攻撃だけでは終わらない。

 彼女は霞むような速度で、他方向から襲ってきた黒装束を一瞬のうちに鎌の餌食にした。

 その攻撃だけで三人の黒装束が逝った。

 とてもではないが、十五歳の少女が持つ技とスピードには思えない。

 ここ最近、同じ獣人族のロココばかりが目立っていたが、私も負けないピョンと言わんばかりにアピールしている。

 素晴らしく成長したアレットに感心している間にも、彼女はさらに三人を斬り伏せた。

 それでも、あと二十人は残っている。

 だが、アレットは怯むことなく、鎖鎌で切り裂き、分銅で砕き、クナイを突き立てる。

 その動きは、俺を真似ているようにも見えるが、それは彼女が忍者から教えを受けた所為であり、剣道の型などを参考にしいる俺と、似通った動きとなっているだけだろう。


 結局のところ、アレット独りで、殆どの敵をこちらに近付けることなく捌いている。

 時々、その攻撃から逃れた敵がやってくが、全てサクラの一突きで終わっている。

 あまりにも一方的な戦闘を目の当たりにしたルーカス、ミヤビ、王様、三人は声も出ないようだ。

 ルーカスの側近であるジューダスとその娘パトリシアは、驚愕の表情で「教えを乞うべきか」とか呟いている。


 唖然としている者達に構うことなく、アレットは次々と敵を葬って行く。

 殿様からあまり殺めるなと言われていたが、これは仕方ないことにしてもらおう。

 そうこうしている内に残るは三人となった。


 いや……四人だな。


 マップ表示では、背後から襲ってくる者がいる。

 こっそり振り向くと一人の黒装束がゆっくりと近付いて来るのが分かった。

 その男は、透明化の指輪を使っているのかもしれない。

 俺にとっては丸見えなんだが、向こうはそれに気付いていないようだ。忍び足で近寄ってくる。

 それは、かなり滑稽な光景であり、もう、漫才としか言いようがないな。


『さくら、後ろ~~~』


 自分で倒しても良いのだが、背中に王様を背負ったままだし、さくらにお願いすることにした。


『はい、兄様』


 聞きなれた従妹の返事に頷く。


 これで嫁候補が一人消えたかな。


 全く場違いなことに安堵している間に、背後から襲うつもりだった敵が、さくらの突きを食らって、この世に別れを告げた。

 そして、残っているのは、第一王妃メルシアと第一王子トラバルだけだ。


 ふむ、予想よりも早い結末だったな。これは、間違いなくアレットの力量のお蔭だろう。あとで褒めてやらないとな。


 こうして証拠を掴むことに苦労しそうだという問題は、予想外の展開により、一気に解決してしまった。

 これはどう考えても、主犯達の愚かな言動による自爆攻撃だとしか言いようがない。墓穴を掘るとは、まさにこれだ。

 そんな訳で、ラウラル王国の謀略は、俺が殆ど働くことなく、めでたし、めでたし、という結末を迎えた。

 アンジェ風に言い表すなら、アレットの良いとこ取りという奴だろう。

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