第40話 聖女


 焼き魚、海苔の佃煮、卵焼き、味噌汁、納豆、そして、漬物。

 そんな懐かしの和食料理が目の前に並んでいる。

 ラウラル王国で出された豪華な晩餐ばんさんも、とても美味しく良いものではあったが、俺にとっては、こういった食事の方が好ましいと感じてしまう。

 やはり、慣れ親しんだ味は、何よりも御馳走ごちそうだといえるのだろう。


 アルベルツ教国で、レジスタンスだというアンネルアと出会ったのは昨日のことであり、今後の待ち合わせ場所を決めたところで、我が家とも言えるジパング国にある屋敷に戻った。

 ジパングの殿様こと大悟爺ちゃんは、正体がバレてからというもの、毎日のように我が家に顔を出している。

 今も和風の朝食を一緒に食べているところだ。


 殿様の仕事って、思ったよりも暇なのかな? そういや、暴れん坊将軍も普段は街でフラフラしてたよな~。つ~か、それよりも、この卵焼き相変わらずめっちゃ美味いな……


 時代劇と現実を混同させつつも、慣れ親しんだ食事に舌鼓を打っていると、向かいで楚々そそと朝食をとっていたエルザが、さりげなく視線を向けてきた。

 さりげなくではあるが、その視線からすると、色々と思うところがありそうだ。


「それで、アルベルツ教国での聞き込みは、どうするのかしら。問題がなければ、私達も手伝おうと思うのだけど」


 やべっ! アンネルアの件をまだ話してなかった……


 少しばかり焦りつつも、嘘を吐くと後が大変だと考えて正直に話す。


「すまん。その件なんだが――」


 婦人会の会長であり未来の筆頭妻であるエルザは、平静を装っていたが、少しばかり吊り上がった眉をヒクヒクさせている。その様子からすると、色々と不満がありそうだ。


 つ~か、エルザって、いつ落ちたんだろうか……フラグを立てたつもりはなかったんだが……


「ユウスケ。いい加減に女性を掻き集めるのを止めてちょうだい」


 その口ぶりからして、勝手に聞き込みをしたこと自体に怒っている訳ではないみたいだ。

 行く先々で女性関係の問題を起こすことに苛立ちを覚えているのだろう。

 だが、その発言には異論がある。そう、断じて否だ。


 望んで集めてる訳じゃ……いや、集めているという言葉こそおかしいだろ? 結果的にみんなが居座っているだけだと言いたいが……それを口にすると、きっと不幸がやってくるんだろうな……


 言い返したい文句は多々あるが、ここはグッと我慢して口を閉ざすことにした。


「へ~~~。言い訳しないのね。認めているという訳ね」


 それは違う。神に誓って。いや、エルソルに誓っても意味がない……大悟爺ちゃん、助けてくれよ~。


 ピンチだと感じて救援の視線を向けるのだが、無情にも、爺ちゃんは知らんぷりで、食後のお茶をのんびりと呑んでいるだけだった。

 その態度は、爺ちゃんからすれば正解かもしれないが、孫を見捨てる行為はどうかと思う。

 最終的に、諦めモードに突入し、黙ってエルザの小言を聞く羽目になった。

 奴はくどくどと不満をぶつけてくると、多少は気分が晴れたのか、満足そうに説教を終わらせた。


 めっちゃ悔しい……くそっ、いつかヒイヒイ言わせてやる!


「ところで、そのレジスタンスのことだけど、ユウスケの話を聞く限りでは、全く上手く行きそうにないわね。そもそも、支配階級の人間を排除しただけで、良い国が成り立つと思っているのかしら。その辺りから間違っているような気がするわ」


 それについては同感だ。

 アンネルアから聞いたレジスタンスの方向性は、まずは仲間を掻き集める。

 次に支配階級の人間を拘束し、処罰することで平等な国にするというものだった。

 知識の乏しい俺が考えても、国の運営が上手く行くとは思えない。逆に、新しく国を動かす存在となった者が、新たな支配階級になるだけのような気がしてならない。

 そう、根本的な解決になっていない。それこそ、イタチごっこにしかならないだろう。


 色々と気になるところがあるのだが、だからといって、国興しや革命に役立つ知識がある訳ではない。

 なんたって、元々は唯の高校生なのだ。

 そこで爺ちゃんに視線を向けたが、侍女の膝枕でのんびりとしている。

 おまけに、こっそり侍女のお尻を触ろうとして、さくらから扇子アタックを食らっている。


 爺ちゃん、ここに何しに来てるわけ? 駄目だ。爺ちゃんは当てにならん。


 我が祖父に呆れていると、何を考えたのか、腕を組んで黙考していたエルザが、その小さな口をヒクりと吊りあげた。


 嫌な予感がする……思いっきり、悪寒がするぞ。


 不安と悪寒に襲われて身震いしていると、エルザが薄い胸を張った。


「今回は、私の案で行きましょう」


 いやいや、まだ案の内容を聞いてないし……先に、案を言えや!


「どんな案なんだ?」


「それは……開けてみてからのお楽しみよ」


 ちょっとまて、お前のことだ、開けたが最後なんて結末すら有り得る。さっさと吐け! 素直に吐け! キリキリ吐け!

 だいたい、仲間が知らない案なんて、成り立たないだろうが!

 くそっ、俺の思考を察しているはずなのに、こういう時に限って知らん顔をしやがる。


 冷たい視線を浴びせかけるが、そんなものなど、どこ吹く風と言わんばかりに、エルザは腕組んで仁王立ちをしているのだが、そこであることに気付いた。


 なんか、大きくなってね? ん? 何がって? 腕組みした上に乗っている物ですよ。ええええ? なんかエルザの胸が大きくなってるぞ!


 彼女は自分の胸に突き刺さる視線を感じ取ったのか、大袈裟に胸を押し上げた。


 まさかと思うが、詰め物じゃないよな?


 不審に思い、偽装の可能性を考えるのだが、彼女は自慢げに宣った。


「成長期なのよ! もっと大きくなるわよ。お姉様やお母様があれだけ大きいのだら。筆頭嫁として、どこに出ても恥ずかしくない胸にしてみせるわ」


 いやいや、筆頭嫁と胸のサイズは関係ないから……てか、見せびらかすものじゃないだろ。


 とてつもなく呆れた考えに、ツッコミを入れようとしたのだが、それよりも先に膝枕で横たわる爺ちゃんが一言漏らした。


「良かったのう。ユウスケ」


 そういう問題じゃね~!


 生前の爺ちゃんを思い起こし、そういえば、乳の好きな人だったな~。なんて思いつつ肩を落とした。









「ニャ~~~て、みんな張り切ってやるニャーーー!」


「「「「「はい!」」」」」


 ロココが景気良く号令をかけると、子供達が一斉に声を上げた。

 さすがに百人以上いるだけあって、室内が震えるほどに鳴り響く。


 沢山の子供が元気よく右往左往しているのは、アルベルツ教国首都デンナムの北地区にある屋敷だ。

 この屋敷は建物を扱う専門の業者からで購入した物件だ。敷地は広く、周囲は立派な柵で囲まれている。

 なにゆえ、こんな建物を購入したかというと、実のところ、俺も知らない。

 そう、今回に関しては、エルザにお任せなのだ。というか、結局、奴は口を割らなかった。


 あのバカちん! ろくでもない結末だったら、ルアルの実家に送り返してやる。


 エルザに頼まれたことは、いたって簡単だった。

 首都デンナムで貧しい者が集まる地区に、大きめの屋敷を購入して欲しいと言われ、不満を抱きつつも言う通りにしてやった。

 そして、次に頼まれたのが、ジパングで保護している子供達を、その屋敷に移動させることだった。

 これについても、回数を分ける必要こそあったが、それほど難しい頼み事でもなかった。

 その二つの頼み事を完了させたところで、現在に至る。


「さ、年少組は張り切って掃除するのよ」


 腕を組んだエルザが、子供達を叱咤する。

 まるで、自分が主役だと言わんばかりに偉そうな態度だ。


 なんかムカつくが、まあいい。


 ここで右往左往しながら屋敷の掃除をしているのは、デトニス共和国のダートルで保護した子供達なのだが、その中でも十歳以下の子供達だ。

 そういえば、保護した子供達だが、ジパング国の『試練の洞窟』で経験値をチュウチュウさせた結果、現在では全員がレベル30を越えている。

 おまけに、ロココやラティが戦い方を教えているだけあって、ただの養殖ではなかったりする。


 なんとも、恐ろしい子供達に育ったものだ……


 それはそうと、十歳以上の年長組が何をしているかというと、みんなでチラシの入ったカバンを担ぎ、四人一組で街の方に消えて行った。

 これについても意味不明だが、まあ、子供達には直々に空手を伝授しているし、護身用の短剣も持たせているので、暴力沙汰などに巻き込まれて、命を落とすような事態は起こらないだろう。いや、逆に、人を殺めてくることを心配している。

 まあ、全員がパーティーメンバとなっているので、何かあれば念話で伝えてくるだろう。

 そして、購入したばかりの屋敷の庭では、うちの戦闘班がテント張りに精を出している。

 もちろん、このテントは、見た目通りの物ではない。ダートルで使用した物と同種であり、中が広々パターンと巨大な風呂パターンの二種類だ。


 先に準備された広々パターンのテントに入ると、中には沢山の簡易ベッドが並んでいた。

 一番奥には、一際大きなベッドが幾つかあり、ミレアとマルセルだけではなく、二十人のダートル難民の子達がいた。


 確か……この子達は、聖属性魔法を取得した面子だったよな?


 そう、ジパング国の屋敷で、毎日の様に子供達のスキル取得に付き合わされた。それは苦痛になるほどの作業だったが、それ故に、子供達が取得したスキルについて、ある程度のことを覚えている。


 いったい、何をするつもりなんだ? いい加減に口を割ればいいのに……


 いまだに何がなんやらさっぱり理解できず、心中で不満を抱いていると、アレットがテントの入口を開けた。


「一人目の患者さんがきたピョン」


 アレットの声が響き渡ると、小さな男の子が一人のお年寄りを連れて入ってきた。


 ん? ウチの子供じゃないな。この婆さんの孫か?


「さあ、こちらにどうぞ」


 孫らしき男の子と婆さんが入ってくると、マルセルが笑顔で声を掛け、ベッドに腰を下ろすように勧める。

 その婆さんは足が悪いらしく、男の子と繋いだ右手とは別に、左手では杖を突いていた。

 婆さんは少しばかりおどおどしながらも、勧められるがままに腰をおろす。


「ここに来たら、お布施なしで治癒してもらえると聞いたんじゃが」


「はい。そうですよ」


 マルセルは、ニッコリと微笑みながら頷いた。


「おおおお~~~~! ありがたや、ありがたや」


 まだ治癒もしていないのに、婆さんはマルセルを拝み始める。


 ん~、いったい何を考えてるんだ? チラシを配ってる面子は、きっと、これのことなんだと思うが……治療してやるのは別に構わんが、悪者組の俺達がすることか?


 全く理解できずに腕を組んで首を傾げるが、その間にマルセルが婆さんに悪いところについて尋ねている。

 神を崇めるが如く拝み倒す姿に、彼女は少し困った顔をしていたが、直ぐにヒヤリングを終わらせると、患部に治癒魔法をかけた。


「おおおお~~~、痛みが……動くのじゃ、素晴らしい。ありがとうございますじゃ。ありがたや、ありがたや」


「おねえちゃん、ありがとう。ばあちゃん、良かったね」


 こうして婆さんは元気になり、何度もマルセルを拝み倒すと、景気よく杖を振り回し、来た時とは別人のように歩いて帰って行った。

 一緒に来ていた男の子も、とても嬉しそうにしていた。


 婆さん、元気になるのは良いが、杖を振り回すと危ないぞ!


 そんな感想を口にする間もなく、次々と患者が訪れる。

 俺も治癒魔法を取得しているし、手伝おうかと声をかけたのだが、マルセル達から、これは自分達の領分だと言われ、することもないのでテントを出た。

 ただ、そこで外の光景を目の当たりにし、腰を抜かさんばかりに驚愕することになった。


「なんじゃこりゃ……」


 屋敷の庭では、大勢の民衆が大行列を作っていた。

 その大行列を年少組の子供達が、周囲の迷惑とならないように整理している。

 その光景を目にして、知能の低い俺でも、さすがにエルザの思惑を理解した。

 おそらく、街の住民を味方に付けようという魂胆なのだろう。

 ただ、民衆を味方につけて何をする気なのかが分からない。

 それについて考え込んでいると、やたらと自慢げな声が届く。


「あら、その顔は気付いたようね」


 声の発信源に視線をやると、そこには腕組みで胸を張ったエルザがいた。


 つ~か、少し胸が大きくなったからって、自慢したい訳なんだね。あれから腕を組んだ姿しか目にしていないぞ……まあ、嬉しいんだよな。だが、気を付けないと、鈴木の逆襲が始まるぞ。だって、奴の胸は全く成長していないからな。仮に成長していたとしても、間違いなくミリ単位だと思うぞ。


「なによ!」


「何も言ってないぞ?」


「目が言ってるわ。なによ、その生温かい目は! 潰すわよ!?」


 う~む。さすがは、元祖ニュータイプだな。てか、簡単に人の目を潰すなよ。


「それで、これからどうするんだ?」


 おそらく、いや、きっと、これで北地区の住民は、概ね味方にできるだろう。だが、それだけでは駄目なのだ。


「残りの地区でも屋敷を購入して欲しいのだけど」


「それは構わんが、住民を味方に付けるだけでは、駄目だと思うぞ? それに、治癒だって何時までも無料という訳にもいかんだろ?」


 正直、お金に関しては何の問題もない。エルソルから貰ったお金は底を突いてきたが、盗賊から奪取したお宝だけではなく、ダンジョンで暴れまくったお陰で、魔石で得た稼ぎが半端ないのだ。

 ただ、お金は良いとして、エルザのやり方に疑問を感じていた。


「それは、私も理解しているわ。それに、この治療は名前を売るためだけの手段だから、後々はきちんとする必要があるわね」


 名前を売ってどうするんだ?


 またまた疑問が生まれたのだが、彼女は表情から読み取ったのか、問いかける前にスラスラと話し始めた。こういう時は、ニュータイプも役に立つ。


「マルセルには悪いけど、彼女には聖女としてこの国の救いの女神になってもらうわ。最終的には、ユウスケを国のトップ据えるけど、まずは民衆を纏めないとね」


 な、な、な、なんだと~~~~~~~~~~! そんな話、聞いてね~ぞ。誰が国のトップなんてやるとか言った? やんね~ぞ! 絶対やんね~からな!


 心中で不満を吐き出すのだが、恐るべしニュータイプ。さらに先を読みやがった。お前は時さえも見えるんじゃないか?


「それなら、マルセルを教皇にして、ここで骨を埋めてもらう?」


 そんな酷いことはできん! いや、そんなことは、俺が絶対に許さん。


「なら、貴方が面倒を見るしかないわね」


「いや、なんでそうなる?」


 あまりの展開に、疑問を口にせざるを得ない。


「だって、ユウスケかマルセルがトップにならないと、誰がなっても現状に戻るわよ? 人間なんて、所詮、欲の生き物だもの」


 うぐっ、確かに……だが……


 実をいうと、俺もそのことを考えていた。

 一旦は何とか収まっても、必ず膿が出始めるのだ。時間が経つにつれて、きっと欲に塗れる者が現れ、現在と同じ末路を辿るのだ。それは、日本で習った歴史でも証明されている。


「別に、貴方がここで国を動かす必要はないわよ。代理を立てて、定期的に様子を見ればいいだけよ。マルセルも同じよ。ここに居座る必要はないし、年長組の聖属性魔法取得者は、ここで聖職者として働きたいって言っていたわ。だから、年長組に陰ながら監査役を任せてみれば?」


 彼女の意見は理解できるが、そう簡単に上手く行くのだろうか。

 だが、そのくらいの改革をしないと、何をやっても元の木阿弥だという気もする。

 なにしろ、人間の欲望とは、悲しいかな誰の心にも存在するのだ。


「どう? 私のアルベルツ乗っ取り作戦は」


 だから、胸を張るなって! 少しは大きくなったが、ミレア、アンジェ、麗華、三人に比べたら月とスッポンだぞ。


「なんか、とてもムカつくわ。今、何を考えているのかしら」


「な、何も考えてません。いえ、乗っ取り作戦のことを考えてました」


「口調からして怪しいわ」


 エルザがいつまでも訝しげな視線を向けてくるが、相手をしているとキリがないので、返事をおざなりにして作戦の継続について考える。


 まあ、大きな被害が出なければ、試してみるのもありかな。俺やマルセルがここに縛られないのならだが……まあいい、この件はここまでにしよう。


「作戦は分かった。ただ、途中経過が問題だな。でも、まあ、これくらいしか方法がないのも事実だ。このまま推し進めよう」


「素直に褒めなさいよね」


「はいはい。良くできました」


「ふんっ!」


 むくれるエルザの頭を撫でると、奴はそっぽを向いた。

 何を思っての行動かは知らないが、色々と考えることが山積みなので、敢えて追及せずに話題を変える。


「それで、レジスタンスはどうするんだ?」


「ああ、その人達には、予定通り特権階級の排除をしてもらいましょう」


 こ、こ、こいつは悪魔だな……俺、こんなのを筆頭嫁にするのかよ……


「何か文句でもあるのかしら」


 彼女の表情に、突如として暗雲が立ち込める。

 間違いなく、俺の表情が癇に障ったのだろう。


 ヤバイヤバイ……


「べ、別にないけど、最終的に上手くいったとして、大人しく引っ込むかな?」


むごいようだけど、その人達がやらなければ、私達がやることになるわよ? それに、その人達はそれを望んでいるのだから、好きなようにさせてあげるべきよ。平等な世を望んでいるのなら、私達の作戦に腹を立てることもないと思うけど?」


 まあ、確かにその通りだろうな。

 奴等が求めているのが、支配階級の排除なら、俺達のやることに反対するのはおかしい。

 もし、反対するようなら、奴等が甘い汁をすすることを望んでいると考えるべきだ。

 そうなれば、次は奴等を排除するしかないというオチだ。


 ん? ということは、俺はアンネルア達に協力して支配階級掃除をするのか……くそ面倒だな……


 少しばかり不満を抱きつつも、エルザの指示通りに、東部、南部、西部地区にも同じように施療院を設置した。

 そして、各施療院には護衛のために戦闘班を四班に分けて配置させることにした。









 街の東西南北に施療院を設置して、なんだかんだで二週間の時が経った。

 今ではアルベルツ教国首都デンナムで、聖女マルセルを知らない者など皆無だろう。

 マルセルが迂闊うかつに街中を歩こうものなら、街路を行き交う人々が地面に跪き、拝み始める始末だ。

 彼女曰く、もう街を歩けません……と愚痴をこぼしていた。


 首都デンナムの四方で作戦を展開している訳だが、本拠地は北地区に置いている。

 まあ、単に北地区で購入した屋敷が立派だったというだけの理由だ。

 その本拠地にマルセルは常駐し、他方で危篤患者や重症患者が出ると、俺がワープで連れて行くことになっている。

 マルセルの護衛に関しては、人員削減もあって俺が付いているのだが、ぶっちゃけ、マルセルの力量だと護衛なんて必要ないだろう。

 ただ、あまりにも大っぴらに無料治癒をしていることもあって、当然ながら、教会からのクレームや聖騎士による妨害などもあった。

 だが、教会からのクレームは無視し、屈強な聖騎士に関しては、戦闘班の出番がくる前に、整理担当の子供達が軽々と排除していた。

 その光景は、まさにマンガの一場面のようだった。フル装備の聖騎士が、己が半分以下の背丈しかない子供に、軽々と投げ飛ばされているのだ。誰もが声をなくして唖然としたのは言うまでもないだろう。

 おまけに、ただでさえ子供達から軽くあしらわれたのに、その光景が民衆の目に留まることになったのだ。教会に対する不満がさらに高まることになった。まさに、踏んだり蹴ったりという奴だが、俺達としては行幸だ。それにしても――


 ロココ、お前はなんて子供を作り上げたんだ。未来のランボーだらけだぞ?


 ロココの密かな作戦が明らかになって、奴の思惑に慄きつつも、あからさまな妨害がなくなったことに安堵した。そして、粛々しゅくしゅくと作戦を遂行していると、新たな闖入者ちんにゅうしゃが訪れた。

 いつものように、庭で行列を作っている民衆を眺めていると、それを掻き分けるかのように馬車が入ってきた。


 他人の敷地に無断で入ってくるとか、なんとも無礼な奴だな。こりゃ、お仕置き決定でいいよな?


 心中でどんなお仕置きにするかと考えていると、御者は民衆を蹴散らしてど真ん中に馬車を止め、そそくさと高級そうな馬車の扉を開けた。

 すると、偉そうなカイゼル髭を生やした初老の男が降りてきた。

 カイゼル髭野郎は、降りた途端に民衆を見やって顰め面となる。そして、白いハンカチで鼻と口を隠す。


 ああ~、最悪の爺だな。そうだ。そんなに臭いを嗅ぎたくないのなら、嗅がなくていいようにしてやるさ。


 苛立ちと憤りを抱いていると、奴は体格の良い御者に民衆を押し退けさせながらこっちに向かってきた。


 この御者がまたムカつく奴で、棒を振り回して民衆を掻き分けている。

 中には、その棒をモロに食らって、ぶっ倒れている者も居る。

 呻き声や悲鳴が上がるが、奴等は気にすることなく脚を進めている。


 なんて奴だ。必ず後悔させてやる。


 ゴツイ体格と身のこなしからすると、御者の男はボディーガードも兼任のようだ。ただ、間違いなく、うちの子供達の方が遥かに強いだろう。


 民衆をゴミのように蹴散らして玄関先に辿り着くと、カイゼルは屋敷の入り口に立つ俺を睨みつけた。


「マルセルを連れてこい」


 バカじゃね? 誰が連れてくるんだよ。つ~か、この髭爺、ゲロムカつく。


「馬車が邪魔だ。直ぐに消えろ! ああ、次に来たら、俺が消してやる。塵ひとつ残さずにな」


 ドロドロとした怒りが込み上げてくるが、平静を装って罵声を浴びせかけると、カイゼル髭はこめかみをヒクヒクさせながら御者に視線を向けた。


 それを「やれ!」と受け取ったのだろう。御者が棒を片手に前に出る。

 次の瞬間には、「食らえ! ゴミ!」と罵声を吐き出しつつ、右手に持った棒を振り下ろしてきた。

 民衆から悲鳴が上がる。誰もが俺の悲惨な末路を想像したのだろう。

 ところがどっこい、そんなに温くないんだよ?


「あほか! お前が食らうんだよ。このボケっ!」


 思いっきり毒を吐き返したのだが、その御者は、その罵声を聞くことはなかっただろう。

 なにしろ、速攻で蹴りを食らわせたからな。つ~か、逝ってこい! 大霊界!


 御者は汚い歯を撒き散らしながら、馬車の御者席に頭から戻ることになった。

 生死については不明だ。だが、気にもしていないのが事実であり、マップを確認する気にもなれない。というか、手加減はしたが、おそらく逝っただろう。

 民衆は何が起こったのか理解できなかったようだ。誰もが声をなくしていた。ただ、一人が「お~~」と感嘆の声を放つと、一気に現実に戻ってきたのか、大歓声が沸き起こった。


「ざま~ね~ぜ」


「いい気味よ」


「自業自得さ」


「大将、すげ~ぜ」


「めっちゃ、つえ~~~」


「うわ~、カッコイイかも」


 大将? カッコイイ? もしかして、俺のことか? ふふふっ。


 民衆から奴等に向けた罵声が吐きつけられる。それと同時に、俺に対する称賛の声が上がる。少しばかり気分が高揚したのは内緒だ。

 カイゼル髭は呆気に取られたまま、馬車に目を向けていたが、民衆の騒ぎで正気を取り戻したようだ。憤怒の形相で睨みつけてきた。

 それを目にして、いい気味だと思いつつ、さらに追い打ちをかける。


「ここは俺の屋敷だ。消えろと言ったら消えろ! でないと、この世から消すぞ!」


「ぐぐぐっ、貴様、私を誰だと思っておる」


 奴は激高し、身分を使って圧力をかけてきた。だが、俺にとっては、何の意味も持たない。


「知るか! さっさと消えろ、もし、死にたいならそう言え」


 毒を吐き捨て、怒りを露わにしながら腰の刀を抜く。

 陽の光を浴びて銀色に輝く刀を目にして、カイゼル髭は一瞬だけ怯んだが、そこは年の功のお蔭か、なんとか踏ん張ってみせた。


 お前がどれだけ意地を張っても、勝てる訳ね~だろ!


 容赦なく、刀を一振りする。

 その一振りを、こんな年寄りが避けられる訳もない。というか、見えてすらいないだろう。

 だが、奴はすぐさま鮮血を放ち、くぐもった悲鳴をあげた。


「ぐぎゃーーーーーーー!」


「これで臭いを気にしなくて良くなっただろ? 次は何も考えなくてよくしてやろうか? その首を落としてな」


 奴はご自慢のカーゼル髭を真っ赤に染め、俺の吐き出した毒を聞く余裕もなく、その場でのたうち回る。

 そう、ついさっき決めたお仕置きを実行した。これには棒で殴られた被害者の報復も込められている。その結果、奴の鼻が顔から切り離されて宙を舞ったのだ。

 奴は顔だけではなく、その高価そうな服も己が血で真っ赤に染めつつも、斬り飛ばされた鼻を探す。


 くそ邪魔なんだけど、本当に息の根を止めてやろうか。


 一瞬、空牙で存在を消してしまおうかと思ったが、爺ちゃんの台詞を思い出してグッと堪え、奴の首根っこを掴み、そのまま馬車の中に放り込んだ。親切心で切り取った鼻も投げ込んだ。

 そのあと、動かぬ馬車をどうしたものかと考えこむ。

 すると、うちの子の一人が馬車を扱えると言うので、適当な場所まで移動させることで終わらせた。


 こうして誰かは知らないが、礼儀知らずのジジイを追い出した。

 だが、屋敷の庭に集まっていた民衆は、初めこそ歓声を上げていたものの、あまりの所業に、「悪魔だ!」だと言わんばかりの目を向けていた。

 結局、民衆は誰一人として、俺に近寄らなくなった。


 まあいいさ。俺は悪者だしな……









 民衆の間では、聖女の護衛に血も涙もない悪魔がついているという噂が流れた。

 まあ、年寄りの鼻を容赦なく切り落としたのだ。それも仕方あるまい。

 ただ、その鼻裂けじじいが、性懲しょうこりもなく次の日にもやってきた。

 おまけに、奴は五十人の聖騎士を連れていた。

 今回に関しては、事前にマップで確認していたので、奴等が来る前に民衆を全員敷地内に移動させて、門の前で待ち構えることにした。

 メンバーは、俺と麗華の二人に加えて年長組だ。

 マルセルに関しては、治癒に専念してもらっている。


 門の前で待っていると、聖騎士達が俺達と対峙する形で整列した。

 その最前に、鼻裂け爺が歩み出る。

 鼻については元通りになっている。おそらく治癒魔法で治したのだろう。ただ、どこか曲がっているように見えなくもない。


 はぁ~、こいつはバカだな……まあ、初めから分かっていたが……


 溜息を吐く俺を他所に、鼻裂け爺が口を開いた。


「私はブランダルグ枢機卿だ。お前達は異端として認定された。即刻排除する」


 異端の前に、聖戦の対象で、神敵なんだけどな。


 鼻裂け爺は満面の笑みでそう言うと、後ろに組んでいた手を解き、右腕を上げた。

 すると、聖騎士達がジジイの前に出て剣を抜く。


 さてはて、困ったもんだ。いや、全然、困らんけど。う~ん、一応は忠告すべきかな。


 そもそも、俺の目的は聖騎士を始末することではない。

 それどころか、彼等には今後も聖騎士として働いてもらう必要がある。

 ただ、その聖騎士が腐っていては意味がない。だから、それを確かめるためにも、奴等に忠告することにした。


「この奥には聖女がいる。そして、ここでの行いは聖女の意向だ。それをないがしろにする聖騎士は、もはや聖騎士とは言えん。だが、聖女に従うのなら快く受け入れよう。そうでない者には~、そうだな~、地獄に落ちてもらおうか。分かったか!?」


 聖女と聞いた途端に、聖騎士が慌ただしくなる。

 おそらくは、腐りきってない者も居るのだろう。

 もしかしたら、こちらに寝返る者がいるかと考えるが、そこでジジイが吠えた。


「貴様ら、枢機卿である私の命令が聞けんのか」


 ふむ。この聖騎士達は、救いのある面子だったようだな。


 ジジイの怒声が飛んでも首をすぼめたまま、周りの仲間とどうしたものかと思案している。

 だから、助け舟を出してやることにした。


「枢機卿? 聖女に仇して、何時までもその地位に居られると思うのか? いや、その命があるかも危ういな。そもそも、お前達がとうとぶべき存在はなんだ? 神か、それも聖女か、はたまた枢機卿なのか。そこをしっかりと考えるべきだ」


 どうやら、俺が浮かべた助け船が、泥船に思えなかったようだ。かなりの聖騎士が剣を収めようとしている。

 すると、血管がキレそうなほどに、顔を紅潮させた鼻裂け爺が暴言を吐いた。


「マルセルは、奴は、私の孫だ。だから奴の扱いについては、私に権限がある」


 マルセルの祖父かよ。いや、関係ね~。この鼻裂け爺の首をねてやろうか。くそムカついてきた。だいたい、人の扱いに権限なんてあるもんか!


 堪えきれないほどの怒りが込み上げてくる。俺の右手が刀を引き抜くが、奴の首を刎ねる前に怒りの声が上がった。


「あなたは母を捨てました。私はあなたの孫などではありません。ただのマルセルです。それに私の行動については、自分自身で決めます。聖騎士達よ、あなた達が尊ぶものがエルソル様であるのなら、その者を捕らえなさい」


 いつの間にか、門まで出てきたマルセルが心情を吐露し、さらには聖騎士に教えを説いた。


 おお~、さすがは聖女だ。威力が違うぜ。


 騎士達は直ぐにジジイを拘束すると、その場にひざまずいた。そして、隊長らしき男が口上を宣った。


「我ら第二聖騎士隊は、これまでも教会の行動に疑念を感じておりました。しかし、力無き我らではどうすることもできず、これまで多くの過ちを犯してまいりました。聖女様。何卒、我等に相応の罰をお与えください」


 まあ、世の中は悪い奴ばかりでもないということだな。


 ジパング国を除けば、久しぶりに真っ当な者を見たような気がする。

 聖騎士の口上に感動していると、マルセルがその聖騎士達に向けて言明した。


「その気持ちがあるのなら、この国を立て直すことこそ、あなたたち聖騎士に与えられた罰となるでしょう」


『良く言ったわ』


 なぜか、ヘルプ機能のエルがマルセルを称賛した。


 まあ、確かに、聖女みたいだな。てか、今回はツッコまずにおいてやるさ、エルソル。


「御意。我ら第二聖騎士団、この身が朽ち果てるまで、アルベルツ教国の清浄化に努めます」


 マルセルの言葉を聞いた聖騎士達は、跪いたまま涙を溢しながらこうべを垂れた。

 この後、大悟爺ちゃんにお願いして、鼻裂け爺はジパング国の寺院送りにした。

 そして、第二聖騎士隊の面々を屋敷の中に招待し、これからについて話し合った結果、聖騎士達は、教会に居る心ある者を掻き集める行動を執ってもらうことになった。

 ああ、当然ながら隠密行動だ。

 そして、レジスタンスによるクーデターの話をすると、隊長はそのことを知っていた。

 というか、それは一部の者が考案した反乱分子の掃討作戦らしく、レジスタンスに参加した者の多くは騙されているとのことだった。

 しかし、こうなったら上手く逆手に取ってやりたい。

 そこで、俺達は掃討作戦やレジスタンスの行動などを上手く生かした作戦を立てるために、徹夜で協議を繰り返した。


 それから二週間後、今や聖騎士の七割を掌握し、助祭以下の下級信徒を仲間に引き入れることに成功した。

 これも聖女の力だと言えるだろう。

 だが、人間が増えたことで、裏切り者や密偵の存在もあった。

 それに関しては、俺のマップ機能で徹底的に排除したから、ひとまずは安心だと言える。

 そのあとも念入りに作戦の準備を進め、いよいよ明日はクーデターが起こることになっている。

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