第17話 無双と養殖と人殺し
その部屋には、風景を題材とした絵画が飾られているものの、品位よりも実用性を重視しているのか、並べられている調度品は頑丈そうではあるが、飾りけの欠片もない。
部屋の広さは十六畳くらいあるだろう。そこに置かれたソファーは武骨であるものの、なかなかの座り心地だ。
そんな向かい合う三人掛けのソファーに、俺とラティが二人で座っているのだが、向かいにはエルザと鈴木が座っている。
ここはロマール冒険者学校にある女子寮の来客用談話室だ。
即座に話を始めようと思ったのだが、ミレアがお茶の用意をしているので、それが終わるまで待つことにした。
品のあるソーサーに乗せたカップをテーブルに置いたミレアは、用事が済んだのか、エルザが座るソファーの脇に立つ。
「座らないのか?」
「いえ、私はメイドですので」
素朴な疑問を投げかけると、ミレアは当たり前だと
すると、エルザが温和な表情を見せる。
「今日は冒険者としての話だから、ミレアも座って」
ふ~ん、こんな顔もできるんだな。つ~か、俺にはあまり見せない表情だな。もっと、俺に優しくしても良くないか?
「エルザお嬢様が、そうおっしゃるのであれば……失礼します」
エルザの態度に不満を感じるが、ミレアが座ったところで話を切り出す。ああ、鈴木がいるので伝心を使うことにした。
『いいか! 絶対に声を出すなよ』
エルザとミレアは、驚いて顔を見合わせている。
まあ、初めてなら誰でも驚くわな。
もちろん、鈴木には、何も聞こえていないはずだ。じっと俺を見詰めたまま微動だにしない。
その表情は、如何にも怪しんでいる風だ。恐らく、俺が居ることに疑念を抱いているのだろう。
『話したい時は、話したい相手と話す内容を頭の中で念じてくれ』
『こ、これは、なに?』
『聞こえますか?』
要領を教えてやると、エルザが顔を顰める。胡散臭いと言わんばかりだ。
ミレアはといえば、自信がないのだろう。微妙に口も動いている。
二人の言葉が届いたところで、さっさと話しを進める。
『これは、念話だ。新しく取得したスキルだな』
固有能力のことはなるべく秘密にしたかったので、スキルということにした。
それに、以前から使えたなんて知られると、エルザが暴れだしそうなので、最近おぼえたことにする。
『こんなスキルがあるんですね』
『ほんとうに?』
素直に感じ入るミレアに対して、のっけから信じていないエルザ。
エルザに関しては、既に何を言っても信用してくれないだろう。
それでも、ひた隠しにする。もちろん、固有能力のことも、以前から使えたこともだ。
その代わり、面倒だがスキルの機能を説明してやって、現在のレベルだと十メートル範囲が限界とだけ伝える。もちろん、固有能力の制約だ。
『まあいいわ。それで、なぜ念話で話すの?』
せっかく説明してやったのに、エルザは全く信用していないわと言わんばかりの表情で、念話を使う理由を尋ねてきた。
案の定か……端から俺の言うことなんて信用してないな。分かっていても、なんかムカつく。まあいい、とにかく話を進めよう。
『できれば、誰にも聞かれたくないからな』
『分かったわ。ところで、これから何の話をするの?』
念話を使う理由には納得したようだ。エルザは話の内容について急かしてきた。
『ん~、ミストニアのこともあるし、エルザが力を見せびらかしたこともあるから、今後について少し話し合おうかと』
『私なら大丈夫よ』
『私は、少し心配です』
強気のエルザは放っておくとして、弱気なミレアの心配そうな雰囲気が伝わってくる。ただ、問題があるのはお嬢様の方だ。
『俺が気にしているのは、エルザ、お前のことだ』
『えっ、えっ、わわわ、私? 私は無敵よ!?』
何を勘違いしたのか、エルザはかなりキョドっている。というか、誰が無敵だって!? ふざけんなよ、こんにゃろ! 一回、白黒つけたろか!
『ミレアは基本的に直接攻撃タイプだから、あまり心配してないんだが、エルザは魔法師だからな。攻撃が強いのは確かだが、色々と弱点があるだろ』
『うっ、い、今の私なら問題ないわ』
強がるエルザだが、声が震えている。
つ~か、バカに付ける薬がないとはこのことだな。こりゃ、真剣に力で分からせた方がいいかもな。
『まあ聞け、お前がいくら強いと言っても隙を突かれて首輪でも着けられたら、ただの女の子だろ』
『うぐっ……』
『そうなんですよ』
呻くエルザに、ミレアが窘めるような眼差しを向ける。
『そ、そんな隙なんて見せないわ』
こいつ、本気で泣かした方がいいかな? まあ、ここは辛抱、辛抱。
『お前がいくら頑張っても、毒とか呪いとかあるからな』
方法なら幾らでもあるが、みなまで言うまい。
『そこで、暫くの間、ラティを護衛に付けようかと思う』
『いやっちゃ』
ぐはっ、ラティに瞬殺された。
『ラティさん……』
残念そうにするミレア。ん? エルザ? 固まってる? ざま~。
ラティに即答で拒否されたことがショックだったのか、エルザは背を伸ばしたまま石像と化している。
『ごめんっちゃ。エルザ達のことが嫌いなわけじゃないけ~ね』
『じゃ~、なんでだ?』
『あんねぇ~、うち、ユウスケ様と一緒にいたいんちゃ』
ラティは最高の笑みを浮かべて抱き着いてくる。
めっちゃ可愛い~! なに、この可愛い生き物。
あまりの可愛らしさにラティの頭を撫でていると、ミレアが縋るような視線を向けてきた。
『毒や呪いに対抗するスキルなどはないのですか?』
『ある。でも、それで対策してもイタチごっこだろ。それに、ミレアはまだしも、エルザはスキルポイントが少し微妙だな』
これについては、別に隠し立てすることもない。正直なところをミレアに答えてやる。
そもそも、毒耐性と呪い耐性のスキルは、身体強化スキルLv3が前提だから、エルザは1レベル足らない。そして、その1レベルには60ポイントが必要だ。
エルザとミレアのステータスを確認したところ、あれから全然成長していないことが分かっている。
実際、日々の鍛錬により身体能力は向上していると思うのだが、ステータスとしては見えてこない。
現状のポイントは、エルザが64ポイント、ミレアは94ポイントであり、ミレアは既に身体能力Lv3なので、純粋に毒耐性や呪い耐性のスキルを取得可能だ。
『だったら、ロマールのダンジョンに行きましょ』
『そうですね。ユウスケ様とラティさんに手伝ってもらって基本レベルを少し上げたいですね』
ロマールのダンジョンね……悪い案ではないが……
身を乗り出すエルザにチラリと視線をむけつつ吟味する。
実は、俺も『空間制御』のランクが『C』になれば、『ワープ』が使えるようになる。ただ、Cランクでは二か所で五人が限界だ。それでも、ワープがあれば、連絡を受けて直ぐに駆けつけることができる。
あと、どれくらいの経験値が必要なのかは分からないが、これまでの流れからすると、そろそろCランクになるかもしれない。
『分かった。ダンジョンに行ってみるか。でも、学校はどうするんだ?』
『そんなの、休むに決まっているじゃない』
頷きつつも素朴な疑問を念じたのだが、エルザは即答したかと思うと、腕を組んでソファーに
『いいのか?』
『大丈夫よ。それに学校の授業より、ユウスケとダンジョンに篭った方が実になるもの』
それだと、学校で学ぶ意味がないじゃないか! それとも、お前は無双するために、学校に通ってるのか?
「あの~、なんで黙ったまま見つめ合ってるんですか?」
ダンジョン攻略で話が纏まったところに、鈴木が不思議そうな表情で話し掛けてきた。
う~ん、すっかり鈴木の存在を忘れてた。というより、この女も、よく今まで辛抱していたな。
「すまん。ちょっと考え事してた」
「嘘ですよね」
ぐはっ、瞬殺で嘘がバレちまった。くそっ、ここにもニュータイプがいやがる。
「バカじゃないの? そんなの、見ていれば分かるわよ」
更に、エルザが心を読んだかのような先読みで、ダメ出しをしてくる。
このニュータイプども、手が付けられん……
「それより、アヤカは召喚者らしいけど……どうして、アヤカはあなたのことを知っているのかしら」
あっちゃ~、だめだ、もう逃げようがない……全く言い訳が思いつかない。
「そんなことより、エルザ様やミレア様と柏木君の関係が気になるのです」
「へぇ~、カシワギクンって言うのね」
「ああ、エルザ様。君は、敬称ですよ」
「それじゃ~、カシワギね」
エルザと鈴木が勝手に話を進めている。
もうだめだ。カエルになるしかない。ゲロゲロと白状するしかない。
溜息を吐くと、銅貨を取り出し、右手に握ってパーティー名を念じる。
「うわっ! 手が輝いてる。それって童貞の証ですか?」
やかましい! お前で卒業してやろうか、こんにゃろ!
鈴木が驚きを露わにするが、物言いが
かなり不機嫌になりながらも、出来上がったパーティーアイテムを差し出すと、鈴木は俺の顔と手を交互に見ながら、手を出してきた。
「変な病気になったりしないですよね?」
俺は病原菌か! この女、絶対に泣かしてやる。
「なんね~よ! ぺちゃぱい!」
「ムキーーーーーー! 許さないわ。柏木君! 見てもない癖して」
「今の一言は、聞き捨てならないわ」
やばっ、敵が増えた。胸の話は禁句だったんだ……いや、もういい、シカトだ、シカト! いや、話題を代えよう。
絶体絶命の事態を察して、念話に切り替えた。
『俺は、召喚者だ』
『知っているわよ』
『薄々は……』
ゲロッた意味ね~~~~! もう、話す気も薄れてきた……
ラティはあまり興味がないようで、エルザとミレアが返事をしてくる。ただ、その態度はおざなりだ。
それでも、エルザは直ぐに疑問をぶつけてきた。
『そんなことは、分かっているの。それより、どうしてミストニア王国ではなくて、ローデス王国にいたの?』
『偶々、はぐれたんだよ』
さすがに、エルソルの話をするのは拙い。
『ふ~~~ん。じゃ、この念話も固有能力なのね』
『うぐっ……あ、ああ』
『あ、あ、聞こえますか~。これって固有能力なんですね』
追及の手を緩めないエルザを他所に、念話のコツを理解した鈴木が顔を顰めている。取り敢えず、こいつは放置だ。
『空を飛んだのも?』
『ああ』
『柏木君、空を飛べるの?』
『ああ』
鈴木があからさまに驚いている。もういい訳できる状況じゃない。
もはや、水飲み鳥の如く首を縦に振るほかない。
だが、エルザはさらに追い打ちをかけてくる。
『敵や味方を識別するのも?』
『ああ』
『ステータスを確認できたり、スキルを理解したり、取得できるのも?』
『ああ』
『アイテムボックスもですよね』
『ああ』
くそっ、ミレアまで便乗しやがった。
『まだ、他にもあるのよね』
『ああ。あっ、いや、もうないぞ?』
エルザにカマを掛けられた。畜生~、今日は厄日か!
『嘘ですよね』
『くっ!』
一応、誤魔化してはみたが、鈴木に突っ込まれた。
黙ってろよ。この、ぺちゃぱい!
『というより、幾つ固有能力を持ってるんですか!』
『言語習得を除外して四つだな』
『このチート野郎~~~~! 童貞の癖しやがって!』
正直に答えると、なにが癇に障ったのか、鈴木が罵声を浴びせかけてきた。
しるか! 望んでもらったもんじゃね~! つ~か、童貞は関係ないだろ! と思ったが、今は嵐が過ぎ去るのを大人しく待つことにする。
『私なんて、固有能力がなくて、みんなから虐められて、嫌味を散々言われて、逃げ出してきたのに……チート野郎なんて、死ねばいいのに!』
ここは耐えるしかないと物調ズラを決め込んでいると、
ただ、鈴木の双眸には、溢れんばかりの涙が溜まっている。
まあ、奴らのやりそうなこった。ほんと最悪だな。
『鈴木、別に泣くことはないだろ。固有能力があろうとなかろうと、その人間の本質が変わる訳じゃない』
『そうよ。私だって固有能力なんてないけど、学校では無敵よ?』
『そうですよ。頑張りましょう』
『確かにそうですが……』
エルザとミレアも同情心からか、優しげな笑みを浮かべて慰めはじめた。
それでも鈴木の表情は沈んだままだ。
すると、何を思ったのか、ラティが鈴木に視線を向ける。
『うち、固有能力あるけ~、みんなに嫌われたっちゃ』
ああ、そうだったな、ラティの場合は魔力がなくて、固有能力を持っていることや身体能力が高いことが、仲間外れの原因だったな。
『まあ、あれだ。そんなことで人間性を判断する奴は、いつか自分もそんな目に遭うのさ。人間の真価なんて、スキルや能力で測れるもんじゃないだろ?』
フォローしながらも、鈴木のステータスを確認する。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
名前:アヤカ
種族:人間族
年齢:十六歳
階級:召喚者
-------------------
Lv:3
HP:130
MP:80
SP:0
-------------------
<固有能力>
妄想錬成:-
<スキル>
生活魔法
火属性魔法Lv1
[ファイアボール]
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
えっ? なんだ、固有能力があるじゃないか! なんで固有能力を持ってないと思い込んでるんだ? つ~か、凄い名前の固有能力だな……
『鈴木、どうやって固有能力を調べたんだ?』
『ん?
それは、確かスキルとかを確認したりする魔道具だったな。そういえばスキルも前提条件を満していないと確認できないって、エルが言ってたし……ああ~、要求ランクが足らないから分からなかったんだな。
『鈴木~。お前、固有能力を持ってるぞ』
『『『えええっ!!!』』』
『ん~?』
ありのままを伝えると、エルザ、ミレア、鈴木、三人が驚いて立ち上がった。ただ、ラティだけは動じていない。というか、分かってないのかも?
それはそうと、ヘルプで『妄想錬成』の能力について確認してみたのだが、これがまた、恐ろしいほどのチートだった。
その固有能力は、素材と自分の妄想を使って物を作る能力で、Fランクでも初級素材で一メートルサイズまでの物なら妄想次第でなんでもありということらしい。だから、Fランクでアイテム袋とか通信機とか作れるようだ。
因みに、この妄想錬成の能力は、Aランク以上で飛行機も作れるようだ。但し、材料は必要なので金は掛かりそうだな。
散々と暴言を吐きやがった癖しやがって、なんてことはない、鈴木はとんだチート娘だった。
『それなら、なんで分からなかったんですか?』
『要求ランクに達していないからだろ』
ジト目を向けてくる鈴木は、如何にも信じてませんよと言いたげだ。
だが、別に嘘を言っても意味がない。俺の見解をそのまま教えてやった。
すると、今度は身を乗り出してくる。
『要求ランクってなんですか? というか、なんでそんなことを知ってるんですか!? ステータスが分かるとは聞きましたが、どこまでチートなんですか!?』
やべっ、藪蛇だったか……さすがに神様がヘルプ機能になってるなんて言えないよな……
『別にチートじゃね~! 俺の固有能力も初めはそうだっただけだ! それと、固有能力ってランクがあって、初めからMAXなものと、経験値を得ることでランクが上がって能力や効果を向上させるものがあるんだ。ランクはG~Aと最高ランクのSがある』
『ふ~ん、そうですか……それじゃ~、私の固有能力はF以上だということですか?』
『そう、Fだな』
『が~~~ん!』
いつまでも訝しんでいた鈴木だが、やっと納得した。しかし、今度はショックでソファーにどっぷりと沈んだ。
『固有能力があることも分かったし、ミストニアに戻るか?』
というか、帰れ! こいつはどう考えても
『いえ、絶対に戻りません。クラスメイトもあの王様も、王族も騎士達も大っ嫌いですから』
ちぇっ、マジかよ……てか、あの国でよっぽど嫌な思いをしたんだろうな~。まあ、クラスメイトは嫌な奴ばっかりだしな……
『それじゃ~、どうするんだ?』
『ランクって戦って経験値を得る必要があるんですよね?』
『ああ、そうだな』
あ~、なんか嫌な予感がしてきた。
鈴木の質問に頷いたものの、ドロアに帰りたい気分になってきた。
『柏木君、す、す、吸わせて下さい』
おい! 普通だと、す、す、と来たら「好きです」だろうが! まあ、好きですと言われても丁重にお断りするがな。
それに、吸うって、どこをだ? だいたい、俺には女に吸わせる趣味はないぞ。それに病気持ちが居るからやめろや!
『アヤカ、なんて破廉恥なことを言うのよ!』
勘違いしたエルザが真っ赤な顔でブルブルと震えている。
う~む、ここにも変態がいた。お前、どんな想像したんだよ!
『私ですらまだなのに……いえ、それなら、私が先に味見を――』
ほら~、ミレアの発作が起こっただろ~が!
『えっ? 経験値ですよ? 経験値』
首を傾げた鈴木がキョトンとしながら補足する。
『ああ、そういうことね』
『ちぇっ』
胸を撫でおろしているエルザは良いとして、ミレアの奴、舌打ちしやがった。
まあいい。それよりも、妄想錬成がどんなものかは分からないが、これって上手くすれば……
『分かった、吸わせてやる。その代わり条件がある』
色々と思案した結果、鈴木が条件を呑む代わりに、経験値を吸わせてやることにした。
「ブモー! モウッ! モウッ! モウィャー!」
エルザ、ミレア、鈴木のレベルアップのために、現在はロマールのダンジョン地下十一階に来ている。
ロマールのダンジョンは、ドロアよりもダンジョンランクが高い所為か、ドロアよりも低い階層で、早々にミノタウロスの登場だ。
だが、悲しいかな、俺達の基本レベルと攻撃力にかかると、完全に消化試合となっている。
「エアープレス!」
「ファイアーボム!」
「ブモッー!」
俺とエルザの魔法だけで、ミノタウロス八匹を血祭りにした。
なんか、モンスターに同情したくなってくる今日この頃だ。それこそ、モンスター虐待で訴えられそうだ。
「なんですか、この強さは! 俺TUEEEですか、ああ、そうですか」
ちっ、いちいちうるさい女だ……
経験値を吸うだけのためについてきた鈴木は、盾だけを持ったまま、俺達の攻撃力を目の当たりにして、腰を抜かさんばかりに驚きを露わにしていた。
というか、奴は冷たい眼差しで俺を突き刺してきた。これって八つ当たりだよな?
「ミストニア王国にいるクラスメイトで、一番強い伊集院さんでも、こんなに簡単に倒しませんよ」
伊集院……当然ながら、あいつも来ている訳だな。あいつはあいつで、面倒な奴だからな。できれば会いたくないが……まあいい、適当に流そう。てか、面倒臭い女だ。
「さあな、俺達にとっては、これが普通だ」
「そうだけど……貴方、どれだけ成長してるのよ!」
おざなりな返事で対応すると、今度はエルザが食いついてきた。
「俺が基本レベル52で、ラティは58だ」
「えっ! 私達がいない間に、そんなに……」
「52? 58?」
余程にショックだったのか、エルザが力無く地に膝を突く。ざま~。
ただ、鈴木は一般的な基本レベルがどんなものか知らないのだろう。不思議そうに首を傾げていた。
「それで、その基本レベルって、普通はどのくらいなんですか?」
普通と言われてもな~。まあ、お前がカスなのは、分かってるが……
「普通は知らん。だが、エルザが39で、ミレアが40だな。因みに、お前は3だ。3! まあ、無に等しいな」
「サン! サン! サ~~~~ン! はぁ? 3ですか? たったの? 一桁?」
はい! 鈴木が発狂しました。ざま~。
「そんなことより、さっさと先に進むぞ。今日中に二十階のセーフテーィゾーンまで行きたいからな」
こうして呆然とする鈴木を連れて、養殖第二弾を粛々と実行した。
今回は育成のためではなく、ただ単に経験値の荒稼ぎを目的としているので、俺はガンガン範囲魔法を撃ちまくり、エルザもマナが許す限り全力で魔法をぶっ放した。
その結果、予想以上の進行速度となり、予定していた二十階のセーフティーゾーンどころか、現在は三十階のセーフティーゾーンにいる。
「それにしても、ユウスケの力は凄いわね。いつの間に、こんなに強くなったの?」
「ん~、毎日ダンジョン通いだし、ラティとの模擬戦も欠かさないからな」
「毎日……やっぱり、学校なんて止めとけば良かったのかしら……」
エルザからすれば、これほどに力の差がついているとは、思ってもみなかったのだろう。かなり悔しそうにしている。
恐らく、二十九階の階層ボスであるグリフォンを、「グルゥ」と鳴く間も与えずに倒したのが印象付いているのだろう。
始めに魔法と矢を撃ちこんだあと、ラティがカタールを二振りし、俺が刀で易々と斬り裂き、刀で喉を一突きして終わらせた。
もしかしたら、その間に「グルゥ」と鳴いたかもしれないが……
焚火の準備を済ませたところで、アイテムボックスから携帯食を出して全員に配る。
最後に渡たされた鈴木は、未だに呆然としている。俺達の戦闘がショックだったのか、ホットドックを受け取りはしたものの、心ここに在らずだ。
「ねぇ、今日でどれくらい上がったの?」
「エルザが45に、ミレアは46、鈴木は15だ」
「じゅう~~~~ご~~~! どんなチートですか! これじゃ、ネトゲと大差ないですよ。こ、これが養殖パワーなのですね」
鈴木が精神崩壊を起こしやがった。レベル数を叫んだ後にブツブツ言っている。
薄気味悪いんで、取り敢えず放置だ。触らぬ神に祟りなしというからな。
「さすが、ユウスケ様です」
「ま、まっ、そ、そうね」
やはりミレアは素直だ。病気さえなければ良い女なんだがな。
エルザなんて、完全に動揺したままだし、それで平静を装ってるつもりか?
まあ、固有能力ランクも『C』に上がったし、『取得経験値増加』が3.5倍になってるからな。ネトゲのキャンペーンなんて鼻糞みたいなもんだ。
「思ったより順調だから、明日一日頑張ったら戻るぞ」
「えっ! そんなに急がなくても……」
エルザが凄く残念そうにしているが、これは仕方ないのだ。いつまでもロマールで遊んでいる訳にもいかない。
「ドロアの連中も心配だからな」
「それって、ロマールの奴隷商の件よね」
そういえば、外部に漏れても大変だと考えて、エルザ達に知らせてなかったのを思い出した。
なにしろ、手紙なんてどこで盗まれるか分かったものではないからな。
「ああ、あそこの奴隷商は、犯罪集団とグルでな、俺とラティで始末した」
「う~、私も参加したかったわ」
エルザは悔しそうな仕草をしつつも、恐ろしく興味津々だ。瞳を輝かせている。
「それで、何人を保護したの?」
「四人だ」
特に隠すことでもないので、正直に話す。
「じゃ~、今は七人の女の子に囲まれて暮らしているのね」
一瞬にしてエルザのきれいな顔が、絶対零度のような冷たい表情に変貌した。
別に
てか、お前は、俺の嫁か!? そもそも、文句を言える立場じゃないだろ。
「女の子達に手を出したら……分かっているでしょうね」
「ださね~よ」
「本当かしら……約束を破ったら切り落とすわよ?」
はぁ~、俺の周りには、恐ろしい女しかいないんだけど……エルソル、これは、お前の嫌がらせか?
「ユウスケ様、もし――」
「いや、いいから」
エルザに続き、お約束のミレアの病気が発動したので、上から被せて拒否する。
結局のところ、地下三十九階の階層ボスを倒し、四十階でもう一泊して戻ることにした。
現在はロマールのダンジョン地下四十階から地下五階まで戻って来たところだ。
そこで、マップ機能が他の冒険者の存在を知らせてきた。
まあ、ここのダンジョンは人気があるので、他の冒険者と出会うことも多々あった。だから、それほど気にはしていない。
ただ、間違って他の冒険者の獲物を倒すと厄介なので、少なからず位置関係だけは認識しておく必要がある。
「前方から八人組のパーティーがくるぞ」
「さすがに、ロマールは冒険者が多いわね」
「ああ、ドロアだと、ここまで遭遇することはないけどな。それより、会話は念話に切り替えてくれ」
エルザが肩を竦めるのも道理だ。俺達の進行速度が速いという理由もあるが、ドロアと比べると、遭遇率は数倍多いだろう。
それについて雑談をしながら進んで行くと、前方から八人の男達がやってきた。
見るからにゴツイ男達だ。さぞ力があるんだろうな。
俺達は端に寄ると足を止め、男達が通り過ぎるのを待つ。すると、一人の男がニヤニヤしながら話し掛けてきた。
「男一人に、女四人とか贅沢すぎじゃね~か」
「ま~な」
無視すると逆切れして暴れそうなので、一言だけ返す。そして、八人の男の様子をこっそりと確認すると、中に年若い男も二人いた。
『冒険者学校の生徒が二人いるわ』
『あ、ミストニア王国の王城で見た騎士がいます』
顔を顰めたエルザが念話で知らせてきた。
鈴木も眉間に皺を寄せたまま、見知った顔があったことを教えてくれた。
その様子からすると、鈴木はミストニアを嫌悪しているみたいだ。
あからさまに、侮蔑の眼差しを向けている。
ただ、侮蔑という意味では、エルザも負けていない。
『そうなるでしょうね。あの生徒二人は、ミストニア王国の貴族だもの。そして、嫌な奴よ』
まるで虫でも見るかのような視線を向けたエルザが、遠慮なく毒を吐いた。
だが、向こうは向こうで、若い男が他のゴツイ男にコソコソと話しかけている。
それでも、何事もなく男達は通り過ぎて行ったのだが、直ぐに異変を察知した。
ん? どういうつもりだ? まさか……
俺達の死角に入った途端、八人の男達は足を止めた。
それをマップで知り、直ぐに警笛を鳴らす。
『奴等、盗賊かもな』
『そんな臭いがしたんちゃ』
『はぁ~、ミストニアの貴族なら、やりかねないわね』
『やっぱりですか……』
『盗賊? 冒険者ではなくて?』
ラティがコクリと頷くと、肩を竦めたエルザが溜息を吐く。
ミレアも驚いてはいないようだ。多分、ミストニアの貴族と騎士と聞いた時点で、少なからず予想していたのだろう。
その様子からして、奴等が盗賊という判断に、三人とも異論はないみたいだ。
ただ、鈴木は盗賊と聞くと、呆けた顔で首を傾げた。おそらく、これまで盗賊に遭遇することがなかったのだろう。いや、仮に遭遇していたら、間違いなく、ここには居ないだろう。良くて奴隷、悪くてあの世行きだ。いや、いっそ、あの世に行けた方が幸せかもしれない。
『とうやら、後ろから襲ってくるつもりみたいだ。引き返してきたぞ。さて、どうやって始末しようかな。ん~、よし、あの角を曲がったところで走って距離を取るぞ』
『えっ!? 始末?』
始末と聞いた途端、鈴木が驚きを露わにする。
だが、それをスルーしたエルザが半眼を向けてきた。
『逃げるの? あり得ないわ』
彼女としては、是が非でも始末したいのだろう。誰が見ても不満度百パーセントの表情だ。
どうやら、距離を取ることを逃走と勘違いしているようだ。もちろん、間違っても逃走なんするつもりはない。
『何を勘違いしてんだ? 距離をとって殲滅するだけさ』
『ゴミは塵にするんちゃ』
『それでこそユウスケよ!』
『アヤカさんは、私の後ろに』
『えっ、えっ!? 殲滅って――』
ノリノリのラティとエルザが嬉しそうに頷き、ミレアが鈴木を背に庇おうとする。
ところが、その鈴木はといえば、未だに理解できていないようだ。それどころか、完全に混乱している。
しかし、いまは付き合ってやる暇がない。
曲がり角を折れた途端に走り始める。奴等には俺達の行動が分かるはずもなく、まだ行動を起こしていない。
十分に距離を取ったところで向き直り、マップを確認する。
丁度、そのタイミングで奴らが追いかけてくるところだった。そろそろ曲がり角を曲がるところだ。
『あと数秒で曲がってくるぞ』
念話で戦闘タイミングを伝えると、エルザが詠唱に入り、ラティは弓弦を引き絞った。
ミストニア王国の騎士たちは、各々が武器を手にしたまま角を曲がったところで、俺達の存在に気付いてニヤける。
お~、余裕だね。いつまで、その笑顔が続くかな。
「おっ、抵抗する気か?」
「いやいや、少しは抵抗してくれないと詰まらんだろ」
「それにしても、美味そうな女達だな」
「なんか、売るのが勿体ないな」
「男と幼女だけを売って、三人の女は玩具にするか」
「ああ、それがいい。そうしよう」
「ああ、マルブランは、ボクに残しといてね」
「クククっ、あのマルブランをどうしてくれようかな~。とても楽しみだ」
あの国の騎士とか貴族って、こんなに低能でも成れるのか。本当に愚かな人間が集まる国だな。
既に脳内では女を好き放題に蹂躙しているのだろう。嫌らしい笑みを浮かべた八人の男が、好き勝手な台詞を口にする。
だが、そうは問屋が卸さない。
「己の行動を呪うがいいさ。やってよし」
「エアープレス!」
ピシュ! ピシュ! ピシュ!
まずはエルザの魔法が炸裂し、先頭から五人が倒れる。そして、残った三人をラティが射貫く。
おいおい、もう終わりかよ! 一瞬で笑顔が消えたぞ?
そこには、額に矢を受けた者が二人、喉に矢を受けたものが一人、エアープレスで潰れている者が五人だ。その五人はまだ息があるようだ。
「何か言い残すことはあるか?」
「た、た、助けてくれ」
「それは、言い残す言葉じゃなくて、命乞いだろ」
「た、たのむ、助け――」
もう、最悪な奴等だな。つい数秒前の台詞を思い出してみろよ。誰が助けるんだ?
「空牙!」
命乞いの途中で、固有能力ランクCになったことで使用可能となった『空牙』を撃ち放った。
貴族や騎士が居る場所に、直径五十センチの黒い球が無数に浮かんだ。そして、八人の騎士を一瞬にして消し去った。
そして、そこには、何もなかったかのように、丸く
「ひっ!」
一瞬にして人を消滅させたことに恐怖しているのだろう。きっと、鈴木は人を殺める現場を初めて目にしたに違いない。
だが、盗賊の一掃を願うエルザからすると、奴等が消滅したことよりも、その方法が気になったようだ。
「ユウスケ。それ、どんな魔法なの? 初めて見たわ」
「これは魔法じゃないんだ」
「えっ、ということは固有能力なの?」
魔法じゃないと聞いただけで、エルザは空牙が固有能力だと気付いた。
その辺りは、さすがとしか言いようがない。
「ああ、俺の持っている固有能力の一つだな。亜空間で相手をこの世界から削り取ったんだ」
「それは凶悪ね。回避不能なのではないのかしら」
エルザが言う通り、この攻撃に触れられてしまうと、どんなに防御力を持っていても無意味だろう。超高速で避けるしか、回避の方法はないだろうな。
さすがに、これはチートだよな……
「さて、行くか」
「ひっ、ひと、ひとごろし」
肩を竦めつつも、地下四階に繋がる道を進もうとしたところで、鈴木が尻餅を突いたまま後退る。
どうやら、あまりの恐怖に腰を抜かしたうえに、失禁もしてしまったようだ。地面が濡れて黒くなっている。
つ~か、なに豪快にパンツを晒してんだよ。
まあいいけど。ここはやはり空気を読んでやるべきだろう。
失禁姿を見ないようにするために、敢えて視線を逸らしてやることにした。だが、鈴木とっては、それどころではないようだ。
「人殺し! 人殺しだわ! こ、来ないでよ! あっちに行って!」
化け物でも見たかのように、顔を引き攣らせた鈴木が罵る。もちろん、奴が指を向ける先に居るのは、俺だ。
盗賊を始末すること自体、自分では納得していたつもりだったが、さすがに面と向かって人殺しと罵られると、やはり動揺してしまう。何と言っていいか言葉が見つからない。それもあって、思わず視線を外してしまった。
次の瞬間、手と手を叩くような乾いた音がダンジョン内に反響した。
反射的に音源に視線をやると、エルザが右手を振りぬき、鈴木が頬を押えている。
「甘ったれなのね。そもそも、自分は戦わないで、他人の経験値を吸うという行為自体が気に入らなかったのよ」
エルザの物言いは
しかし、エルザは容赦する気がないようだ。
「ユウスケ、行きましょう。こんな甘ったれた娘なんて、どうでもいいわ。盗賊やモンスターのエサにでもなればいいのよ」
その般若の様相を一瞬にしてにこやかな表情に戻し、エルザは何を思ったのか、俺の手を取った。
「いや、置いては――」
「いいじゃない! 敵を倒した者を
凄いな、さすがは鋼鉄の女だ。
「な、なんで人殺しのことを人殺しと言うのが悪いのですか」
あ、鈴木が切れた……
「じゃ、私達が、ユウスケが、戦わなかったら、アヤカはどうなっていたと思う?」
「うぐっ……」
まあ、散々と犯された後に殺されるか、奴隷商に売られるかのどちらかだろうな。
「それでも、殺すことはないじゃないですか! あなた達は強いんだから」
鈴木は言い負けないように、正論ぽいことを口にする。
「じゃ、一生不自由な体で逃がせと? それとも五体満足で逃がせと? 私達が強いと言っても、千人の騎士に勝てると思うの? 奴等が数に物を頼んで報復してきたら、どうするつもりなのかしら」
千人なら勝てそうな気がするのが怖い。
「勝てないなら……逃げればいいじゃないですか」
「貴女は逃げるのね。それなら、ここから逃げなさい。行きましょう、ユウスケ」
いや、置いて行けないって! ミレア、何とか言ってやってくれ!
手に負えないと感じて、ミレアに助けを求めつもりで視線を向けるが、その考えは甘かったようだ。
どうやら、ミレアも鈴木に一家言あるらしい。
「アヤカさん、あなたの言い分は、正しいように聞こえますが、どこまで逃げるつもりですか? 逃げた先には、安住の地があるのですか? それに、あなたの大切な者を連れていくのですか? それとも放置するのですか?」
「どこまでって……大切な人なんて……」
「あなたの言い分は、あなたの居た世界では正しいのかもしれません。でも、この世界では……きっと、あなたの幸せな未来が訪れることはないです」
最終的にミレアが鈴木に止めを刺した。
ラティは沈黙しているし、エルザとミレアは鈴木を助ける気がないようなので、俺が助け船を出すしかない。
「もういいよ。分からない者に理解してもらうつもりもない。鈴木、とにかくダンジョンから出るぞ。それまでは我慢しろ。その後は、お前の好きにするがいい。必要なスキルも取得させてやる。自分のしたいようにしろ」
そう言って手を差し出すが、鈴木は俺の顔を睨むと、自分で何とか立ち上がった。そして、自分の下半身に視線を向けたあと、罵声を浴びせかけてきた。
「見ないでください。バカッ! エッチ! 変態!」
勝手におもらしたくせに! とか、エルザが言っていたが、それを聞かなかったことにして、さっさとダンジョンを出ることにした。
無事にダンジョンから帰還したのは良いのだが、面倒なことになっている。
現在は、女子寮の来客用談話室を占拠している。
といっても、何かと戦っている訳ではない。ただ単に冷戦状態が続いているだけだ。
風呂を借りて身を清め、濡れていない服を着付けてきた鈴木と、表情を無にしたエルザが論争を繰り広げているのだ。
冷めたエルザと怒り心頭の鈴木が、眼前でインフェルノを巻き起こす。
ああ、この世界の魔法には、インフェルノは存在しない。
「もうやめろ。話すだけ時間の無駄だ」
「どうして?」
「どうしてですか!」
冷静を装っているエルザは良いとして、鈴木は完全に喧嘩腰だ。
「さっきも言っただろ。理解してもらうつもりがないんだ。だから、話し合う必要がない。時間の無駄だ。それに付き合う気もない。気に入らないなら自分の好きにすればいいだけだ」
「それもそうね」
「私が納得しようとするのが、何か悪いのですか?」
鈴木は凄い剣幕で噛みついてくる。正直いって面倒くさい。
「あのな~。話し合いってさ、それに価値がある時にやることだろ?」
「確かに、そうですが……でも――」
「俺達は、お前を納得させる必要がなくないか? この論議は無意味だ。磁石のプラス同士が話をしているようなものだ」
「うっ」
冷たいようだが、このままだと、何時まで経っても終わらない。だから、サクッと幕を引くつもりだ。
「お前が自分で独り立ちして生きてみれば、エルザやミレアの言い分も理解できるかもしれないな」
「分かりました」
鈴木は勢い良く立ち上がると、出口に向かう。
そんな鈴木に、最後の言葉をかける。
「人殺しは良くないよな。でも、この世界では、弱い者は虐げられ、弱い者は大切な人すら守ることができない。これは日本でも同じ。そうじゃないか? まあ、日本は法治国家だから、それが顕著に出ないだけさ」
鈴木は顔を
「あの子、どうするの?」
鈴木が出ていくと、さっきまで凍るような視線で射貫いていた癖に、エルザが心配そうに尋ねてくる。
「どうもしないぞ?」
「助けてあげないの?」
正直な気持ちを言葉にすると、エルザが寂しそうな顔で一言漏らし、じっと俺を見詰めてくる。
なんだかんだ言っても、鈴木のことが心配なのだろう。それを俺に何としろという要求のようだ。
少なからず、エルザの気持ちは理解できる。だが、断る。
「確かに、俺には色んな力がある。だが、万能じゃないぞ。全ての人間を助けられる訳じゃない」
「それはそうだけど……ユウスケの同郷の人でしょ?」
「確かに同郷だけど、別に友達という訳じゃないしな。それに、考え方が違うんだ、一緒に居ても上手くいかないだろう」
エルザは渋々黙って引き下がった。それを見たミレアも肩を落としている。
敢えてそれに取り合わず、宿に向かうべく立ち上がる。
今日は宿に泊まって、スキルの取得については、明日に見送ったのだ。
「それじゃ、明日の午前中に、また来る」
「分かったわ」
「お疲れ様でした」
バイバイと右手を振るラティの左手を取り、寂しそうにする二人を残して談話室を出る。そして、そのまま女子寮を後にした。
学校の敷地からも出て、五分くらい歩いただろうか。マップを確認したところで、鈴木からパーティーアイテムを返してもらっていないことに気付いた。
というのも、マップには冒険者学校に向かって、
そろそろ目視で確認できると思って、前方に視線を向けると、半裸の少女が走ってくるのが目に映る。そして、その後方からは、何人かの男が追いかけてくる。
いったい何があったんだ? 鈴木が出て行って、まだ二十分も経ってないんじゃね~?
そんなことを考えていると、半裸の鈴木が俺の背に隠れた。
「私が悪かったんです。反省してます。助けてください。お願いします。お願いします。お願いします」
お前、絡まれるのが早過ぎ! 絶対に独りじゃ生きて行けね~わ。
街中ということもあって、鈴木を襲った男達は、半殺し程度で許してやった。
そして、それを見た鈴木が半裸の状態でDOGEZAしたのは、悪夢の始まりだったのかもしれない。
なぜなら、半裸で土下座する鈴木を多くの街の人々が目撃したからだ。
更に悪いことに、エルザを土下座させた噂も広まっている。
その所為で、俺はロマールの街で『鬼畜童子』と呼ばれるようになってしまった。
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