第16話 名前も知らない女


 茶色のかたまりが、猛烈な勢いで襲い掛かってくる。

 それは、まさに塊と言わんばかりの肉体であり、涎を撒き散らしながら、巨大な武器を振り回している。


「ブモー! ブモッ! ブモー!」


 奴等は鼻息荒く、右手に持った大きなアックスや鎚を力任せに振りおろしてくる。


 つ~か、涎がきたね~っての。撒き散らすなよな!


 ピシュ、ピシュ、ピシュ。


「食らえっ! ウオーターランス!」


 ラティが無言で矢を放ち、エミリアが水属性魔法を発動させる。

 クリスは盾とランスを持って直接戦闘を仕掛けるべく待ち構え、ロココは隙を突くために様子を覗っている。ただ、ロココの表情には何も表れていない。それでも、その瞳からは、何もかもを凍り付かせるかのような冷たさを感じさせられる。

 そして、頭痛の種が……


「あたいの弾を食らいな! いけ、キキ!」


 トリガーハッピー登場。


 ああ、この残念なセリフは、ルミアだ。

 最近になって、その変化が露見した。どうやら、ルミアは銃を持つと性格が変わることが判明したのだ。

 あまりの変貌へんぼうに、慌てて銃を確かめてみたのだが、特に呪いが掛かっている訳でもなく、ただ単に銃を持つと気持ちが高揚してこうなるそうだ。

 同郷で姉のような存在であるマルセルは、少し心配そうにルミアを眺めている。


 これだけ変わりゃ、そりゃ~心配にもなるわな。


 呪いに抵抗するために精神制御を使っているロココとは、正反対の状態だ。ロココの方はというと、冷静と言うよりも、感情が完全に消えている。

 どちらも畏怖の対象にしか思えない。


「ユウスケの旦那、最後のモンスターはあたいの獲物だからね。横取りしたら承知しないよ」


 おいおい、旦那って、誰だよ。つ~か、承知しないって、また風呂に乱入する気か? それだけは勘弁してくれ。俺も色々と溜まってんだからな。


 ルミアが最後の一匹を予約してきたので、ここは頷くしかない。

 暴言を吐きまくるルミアに首肯で応じ、マルセルに視線を移すと、彼女は「もうダメかも……」と言わんばかりに肩をすくめて首を左右に振っていた。

 

 現在はというと、ドロアのダンジョン地下十四階に降りてきている。

 この階層は、ミノタウロスの巣窟だ。

 メンバーは、アレットを除く全員だ。

 色々と話し合った結果、あまり戦いを好まないアレットだけは、留守番となってしまったのだ。

 まあ、本人もそれを望んでいるので、特に問題ないだろう。


「ふんっ! くちほどにもない。ちっ、また無駄玉を撃っちまった」


 戦闘を終わらせたルミアが、満足そうに捨て台詞を吐いている。だが、ツッコミどころが満載だ。


 だったら、撃つなよな! てか、くちほどにって……ミノタウロスは、何も発言してないからな。ブモーしか言ってないぞ?

 だいたい、戦闘と言うより殆ど蹂躙劇と化してきたんだが、君達、平均年齢で十二歳に届いていないのに、ほんとに怖すぎだ。お兄さんはちびりそうだぞ。


 少し余談になるが、ドロアのダンジョンは十階おきにセーフティゾーンがある。深い階層に潜る時は、そのセーフティゾーンで寝泊まりできる。

 俺達も昨夜は十階で野宿した。


「取り敢えず、今回の目標は十九階の階層ボスだからな」


「大丈夫さ、あたいが脳天をぶち抜いてやるよ」


「うん。分かったっちゃ」


「はい。頑張ります」


 目標を口にすると、ルミア、ラティ、エミリアの順で返事をしてくる。

 クリスとロココは黙って頷くが、マルセルだけが悲しそうな眼差しでルミアを眺めている。

 因みに、ルミアは銃をホルスターに戻して暫くすると、元通りの大人しくて優しい女の子に戻る。


「よし、次が来たぞ! 六匹だ」


「あたいに任せな! 出番だ。キキ、ララ、やるぞ!」


「ルミア、任すのは構わんが、フレンドリーファイアーだけは勘弁な!」


「あたいを信じな!」


 信じられないから言っているんだが……だいたい、キキとララってリトルスターツインズで、ふしぎ系だろ? なんで銃がそんな名前なんだ?


 新たな敵の出現を告げると、ルミアが息巻いた。

 ただ、彼女の言葉を信じられないのも道理だ。なにしろ、始めの頃は、戦っている最中に、俺の背中に弾が当たることがあったからだ。全く以て信用できね~。

 まあ、俺の装備は神器だから何事もなく済んでるが、他の者ならタダでは済まないんだぞ。この狂犬娘!


「ルミア……危険な娘ニャ」


「私は、後衛で良かったです」


「……」


「はぁ~」


 ロココが無表情で毒を吐くと、エミリアは自分が後衛であることに感謝し、クリスは無言でジト目を送っている。そして、最後の溜息がマルセルだ。

 ラティはと言えば、首を傾げて「フレンドリーファイアー? それ美味しいん?」と悩んでいる。

 そんな幼女少女部隊は、さして時間をかけることなく、屈強な牛の群れを完膚なきまで叩きのめしてしまった。


 これって、もう俺は要らなくね?









 幼女少女部隊の活躍で、地下十四階のミノタウロスを難なく片付け、迎えた地下十五階のオーガも、まさに蹂躙の如くといった感じで消えていった。

 更に下階に進んで、地下十六階のモンスターはラミアーだ。

 ラミアーといえば、蛇のような下半身で、上半身だけが女性の姿というモンスターだ。

 ところが、これが意外と美人で豊満な胸を誇っていた。

 残念ながら、胸には帯が巻かれR15の規制にすら引っ掛からない姿なのだが、はち切れんばかりの帯姿が災いした。一部の少女達からの恨みを買ったようだ。


「えぐったるわ!」


 はい。まずは、ルミアの罵声でした。


「ウオーターランス! 突き刺さりなさい」


 次に幾分か冷たい眼差しのエミリア。

 なぜか攻撃が胸に集中しているような気がする。


「切り落とすニャ!」


 最後はロココなのだが、表情には全くなにも表れていないものの、思いっきり癇に障ってしまったのか、呪いのダガーでその豊満を物理的に削りやがった。


 お前等、鬼だわ……ラミアー可哀想~。てか、エルザが居たら、どんな悲惨なことになったことやら……


 そういえば、呪いのダガーだが、真っ黒な刀身を持った方が『断裂』といい、切り裂いた傷が徐々に広がるという効果を生みだす。そして、もう一方の真っ赤な刀身を持った『炎裂』は、切り裂いた傷を燃やす効果があるようで、どちらも恐ろしく危険な効果をもたらす武器だ。


 ラミアーは哀れといえるほどに、嫉妬に狂った少女達から局部的な攻撃に遭い、あっという間に一掃されてしまった。


 地下十七階の敵は、クレイジーベアだ。

 体長は二メートルを超す大熊だが、なぜか仕草が可愛い。その円らな目にも愛嬌があって、討伐を躊躇ためらってしまいそうだ。

 ただ、ラティだけは「美味しそうなんちゃ」と涎を垂らしている。

 

 残念ながらダンジョンのモンスターは食べられません。

 

 そんな可愛らしいモンスターだけに、罪悪感を抱いてしまうのだが、それはそれ、これはこれ。経験値をいただくべくバッサバッサと片付けていく。

 そんな蹂躙劇の最中、マルセルは不審を抱いたようだ。


「ユウスケ様、それにしても、モンスターが弱くないですか?」


「まあ、俺達のレベルで、この人数だとこうなるわな」


 最低レベルのロココとエミリアでさえ、既に基本レベルが30を超えているのだ。それに対して、地下十一階からここまでのモンスターのレベルは21~30だ。おまけに、こちらは七人パーティなのだから、蹂躙劇となるのも仕方ないだろう。


「多分、地下四十階とかに行かないと、ピンチなんて場面にはならないだろうさ」


「いえ、私としては、安心できて良いです。無理をするのはやめましょう」


 そうだな、パーティ名通りで『安全第一』だ。でも、よくよく考えると建設現場みたいなパーティ名だな……


 結局は、地下十八階のワータイガーを簡単に始末し、地下十九階の階層ボスのところまでやってきた。

 因みに、ワータイガーを通常の虎と比べると、約二倍の身体を持っていて、且つ俊敏性に優れていた。

 しかし、もはや幼女少女隊の敵ではなかった。


「ボスは二足歩行の虎だからな。それと、取り巻きは地下十八階にいたワータイガーだ」


「あたいの火属性弾を食らわせてやるよ」


 ルミアが偉そうにほざいているが、まだ付与成功率スキルがLv2ということもあって、成功率は30%だったりする。だから、三回に二回は不発だ。


「うぐっ……」


 あまりにも楽勝過ぎて、マップの確認をサボっていたのが祟った。

 思わず目を擦ってしまうほどに驚いてしまった。

 実際は、マップを肉眼で見ている訳ではないので、目を擦っても何の意味もない。


「どうしたん?」


 珍しく驚きを露わにした所為か、ラティが首を傾げている。

 その仕草は、相変わらず可愛いのだが、今は胸をほっこりさせている場合ではない。

 なにしろ、階層ボスの部屋では、モンスターハウス、所謂いわゆるモンハウと言われる現象が起きていたからだ。

 おそらくだが、俺達が同一階で急激にモンスターを狩った影響だろう。


「う~ん、百匹くらい居るんだ……」


「うひょ~~。そりゃ~、仕留め甲斐があるじゃね~か」


 銃を持ったルミアはブレないよな~。


「百匹……さすがに、少し無理があるのではないですか?」


 平静を装っているものの、マルセルの表情は優れない。


「大丈夫なんちゃ。それよりお腹へったっちゃ」


 ラティもブレないよな。


 ロココとクリスは黙って頷いている。問題ないということらしい。


「頑張ります。ウオータープレスでやっつけます」


 エミリアは元気いっぱいだけど、ウオータープレスを二発連続で撃ったら、マナ枯渇でぶっ倒れるだろうな。


「うんじゃ~、まずはエミリアと俺で範囲魔法をぶっ放すから、ラティは速射を頼む。ロココとクリスは後衛を守るように、前で踏ん張ってくれ、マルセルは聖壁を頼むわ。ルミア、お前は……お好きにして下さい」


 全員が頷いたところで、止めていた足を前進させる。


 ん~、すっげ~。さすがに、これだけ居ると圧巻だな。


 広場にうじゃうじゃと群れる虎の軍団を見やり、負けるとは思わないが、ドン引きしてしまう。

 だが、そうやっていても時間の無駄だと感じて、気を取り直して指で合図を送る。

 すると、エミリアが即座に頷き、攻撃態勢に入った。


「ウオータープレス!」


「ファイアーボム!」

 

 エミリアと俺の魔法が炸裂して、広範囲の敵を水圧で押し潰し、爆発で吹き飛ばす。俗にいう踏んだり蹴ったりという奴だ。

 未だマナ量の乏しいエミリアはそこで打ち止めとなるが、連発しても何の問題もない俺は、敵が近づいてくるまで『ファイアーボム』を連発する。

 その魔法攻撃は、まさに絨毯爆撃じゅうたんばくげきのように、広場を破壊し尽くす。

 この攻撃の結果、倒れていない敵は全体の四分の一となっていた。

 そんなモンスターに向けて、ルミアが魔銃弾で、ラティが矢で、右往左往するワータイガーに追い打ちをかける。

 

「ヒャッハー! 食らえ、食らえ! モンスターはせんめつだ~~~!」


 あう、ルミアが世紀末にりつかれちまった。


「ルミアは、少しうるさいっちゃ」


 おいっ、ルミア。とうとうラティからもクレームが入ったぞ。


 そんな感じで、後衛が休むことなく攻撃した結果、前衛の出る幕がなくなった。

 そう、遠距離攻撃だけで残ったワータイガーを一掃してしまったのだ。


「ぬるい! お前等、もっと根性入れろや!」


 ルミアが倒れたモンスターを威嚇している。


 お前はどこのヤンキーだっつ~の。もう勘弁してやれよ。虎君達が可哀想だろう。てか、これって弱い者虐めなんじゃね?


 虐めが大っ嫌いなはずなのに、蓋を開けると自分がダンジョンで弱い者虐めをしている。それ故に、暫し葛藤と戦うことになった。










 色々と葛藤しつつも、地下十九階の階層ボスをサクッと倒し、既に我が家と言えるくらいに馴染んでしまった屋敷に戻ってきた。

 ダンジョン攻略だが、少し考えを改める必要があるかもしれない。油断をするつもりはないのだが、さすがに余裕過ぎて唯の作業と化してきたからだ。

 というか、このままでは、唯の弱い者虐めと言った方が良いかもしれない。


「ただいま~」


「お帰りピョン。どうしたピョン」


 帰宅したことを知らせると、兎人のアレットが出迎えてくれたのだが、どうやら俺の様子がおかしいと気付いたのだろう。


「ちょっとな~」


「ん?」


 なにがなにやら分からないアレットは首を傾げる。


「いや、ダンジョンも低層階だと、もう鍛錬にならないと思ってさ」


「そんなに楽勝ピョン?」


「あぁ。殆どの敵がラティとルミアの二人で片付くからな。クリスなんて殆ど見学みたいなもんだぞ」


「見学は言い過ぎですが、槍を振るう機会が殆どないのは確かです」


 クリスが渋い表情で頷く。


「でも、手を抜くのも良くないしな」


「あの~、すみません。あたしが沢山でしゃばってしまって……」


 銃をホルスターに戻したことで、ルミアはいつもの大人しい少女に戻っている。そして、かなり恐縮しているようだ。

 まあ、銃を収めても記憶の封印ができる訳じゃないからな。


「いや、気にするな。多少、いや、かなりモンスターに同情したくはなるが、これは仕方ないことだ」


「は、はい……」


「それはそうと、エルザ様から手紙が届いてますピョン」


 ルミアを慰めていると、アレットが手紙を差し出してきた。

 一応、全員にエルザやミレアが仲間であることは話してある。


「なんか嫌な予感がする……」


「また、そんなこと言って、怒られますよ?」


 マルセルが困り顔でたしなめてくる。

 それもそのはず。彼女とルミアにとって、エルザは以前とはいえ領主のお嬢様であり、ミレアは姉のような存在なのだ。


 恐る恐る手紙を受け取り、封を開けて中の便箋びんせんを摘まみだす。

 そう、できれば、あまり見たくないのだ。

 因みに、紙素材の便箋や封筒はこの世界でも普通に売っている。普及に関しては、他と同様に歴代召喚者が絡んでいる。

 

「は~~~~?」


「どうしたんちゃ」


 俺のリアクションを目にして、ラティが首を傾げる。


「女の子を保護したから、迎えにこいと……」


 内容を聞いたロココが、訝しげな視線を向けてくる。


「それって、ユウスケくんが面倒をみるかニャン?」


 おいおい、磯崎、その視線はなんだ? なんか俺が悪者みたいだぞ? てか、悪者だけどさ……


「奴は、そうしろと言ってるんだろうな」


 声を大にする訳にはいかないが、ここは幼女少女保護施設じゃね~!


「でも、お断りすると、後が大変だと思いますが……」


 気乗りしない心情を察したのか、マルセルが脅しを掛けてくる。

 それは分かってる。だが、ここはいつから駆け込み寺になったんだ? てか、見事に嫌な予感が当たったぞ。

 

 結局、みんなには地下十五階までなら、という条件で俺とラティなしのダンジョン攻略を許可し、エルザが待つロマールに向けて、直ぐに出発することにした。

 急いで行かないと、後が煩いのだ。









 そろそろ深夜に差し掛かる。

 キラキラと星が輝く夜空の下、それに負けじと、ラティがきれいな黒いたてがみを風になびかせている。

 今回は俺とラティだけなので、馬に変身したラティに鞍を取り付け、単独で乗っている。

 鞍については、こういう事もあろうかと、以前に特注であつらえておいたのだ。

 

『荷車を引くより気持ちええっちゃ』


『そうか、疲れてないか?』


『疲れてないんやけど、お腹がへったっちゃ』


『じゃ、今夜はここまでにしようか』


 いつもと違い、二人きりの早駆が楽しいのか、ラティはかなり上機嫌だ。

 そのお陰か、進行速度もやたらと速く、かなりの距離を稼いでいた。


 足を止めたラティから降りると、街道の端で薪を取り出して火属性魔法で焚火を始める。

 どうも、この地域には四季はなく、一年を通してそれほど気候の変化はない。ただ、さすがに深夜は冷え込む。

 昼と夜があるから、この惑星も自転はしていると思うが、自転軸があまり傾いていないのだろうか?

 まさか、太陽がこの星の周りを回っているなんて、そんな天動説が実現しているということはないと思うが……


 すまない、どうでも良い話だった……


 焚火の準備をしつつも、逐一、マップを確認するのだが、さすがに一カ月弱では、新しい盗賊が湧いたりしないよな~、なんて考えていた。

 ところが、その考えは甘かったみたいだ。どうやら、奴らは台所の黒い悪魔と同じだった。というか、少し昔風に例えるなら「カモがネギ背負ってやってきた!」というやつだ。


 それはそうと、固有能力ランクが『D』に上がって、マップの検索範囲が1キロとなったのだが、以前の癖で五百メートル範囲の倍率で見てしまうのを何とかする必要があるな。どうしても、発見が遅れてしまう。


「ラティ」


「うん、わかっちょるよ」


 知覚系スキルをふんだんに取得した今のラティは、教えずとも当然のように察知していた。


「盗賊はチリでええんよね?」


「ああ、かまわん。盗賊は塵にする」


「わかったっちゃ」


「十四匹な」


「うん」


 最近、まるでゴキブリホ○ホイにでもなったかのような気がする。ちょっと例えが悪かったかな? じゃ~、コンバットだな。う~ん、これなら聞こえが良い。

 な~んて、どうでもいいことを考えながら待ち構えているのだが、それとは知らない盗賊達は、こちらに向かってカサカサと近付いてくる。

 今回は包囲ではなく、単一方向から扇状に進んでくる。恐らく俺達を見つけてから、それほど時間が経ってない所為だろう。

 盗賊との距離が三十メートルまで近付いたし、さあ、ドカンッといきましょうか。


「ファイアーボム!」


 はい、ドカ~~~~~ン!


「うぎゃ」


「ぐはっ」


「あーーーー!」


「いーーーー!」


 悲鳴を上げた盗賊は、景気良く飛んでいきました。ご愁傷さまです。つ~か、どこぞの秘密結社の下っ端が紛れ込んでないか?


 隣では、ラティが相変わらず鋭い射的をお見舞いしている。

 今となっては、十四人の盗賊を片付ける作業なんて、本物のゴッキーを始末するより簡単だ。黒光りする奴らは、異様にすばしっこいし、家の中で魔法をぶっ放す訳にもいかないからな。それに、ラティなんて矢を放つどころか、悲鳴をあげて逃げ回ってたし……そういえば、ルミアが狂乱して台所を穴だらけにした事件もあったな。今思えば、銃を持った奴の性格が変わり始めたのは、あの頃からだったような気がする。

 なんて、過去を振り返っている間に駆除が完了する。

 生死に関わらず、盗賊の全員が倒れたのを確認して、ラティに攻撃停止の指示を送る。


「ラティ、撃ち方止め! 生存三匹!」


「わかったっちゃ」


 刀を抜き、倒れてはいるが、いまだ息のある盗賊の所に行く。そして、息のある盗賊を街道まで、引き摺って連れてくる。


「ぐあっ、うぐっ」


 この盗賊は、可哀想にファイアーボムとラティの矢を両方とも食らっているようだ。かなりのダメージを受けていた。


 ん? これって……


 この盗賊を捕まえて来た時に、ふと何時もと違うことに気付く。それは臭いだ。多少は臭うのだが、これまでの盗賊ほど臭くない。

 それに気づいた途端、頭の中で閃きが起こる。

 

「お前、盗賊じゃないよな? 何者だ?」


「……」


「おいおい、ここは裁判所じゃないんだから、黙秘権なんてないぞ?」


「……」


 答えないなら、こっちも勝手に調べるさ。


 おもむろに盗賊の装備を無理やりがし、服をはぎ取って丸裸にする。


 あっ、俺に男色の気はないので、くれぐれも勘違いしないように!


 身包み剥がしてみると、その男は生きているのが不思議なくらいの怪我をしていた。

 ただ、その身体付きは、盗賊と言うより鍛えられた騎士と言った方がしっくりくる。特に体の正面側には古傷が多く、歴戦の勇士といった感じがする。


「お前、騎士だよな」


「……」


「黙っていても分かるぞ。肩に鎧の痕がある」


 その盗賊は、ハッとして傷ついてない手で肩を隠す。


 はい。ダウト! カマかけが成功しました。鎧の痕なんてありません。


「なんで、騎士が盗賊の真似なんてしてるんだ?」


「……」


 飽く迄も黙秘を貫き通すらしい。

 う~ん、何か良い方法がないかな~。きっと、この男は何をされても答えないだろう。でも、それこそが、唯の盗賊でない証拠だよな。


 そうこうしていると、ラティが二人の盗賊を引き摺って戻ってきた。その男達も盗賊には見えない。


「ラティ、その二人をいてくれ」


「うん」


 何か得るものがないかと、丸裸にする指示を出すと、ラティの目が一瞬だけキランと輝いた。だが、俺は空気の読める男だ。もちろん、見なかったことにした。


「いてっ、うがっ」


 酷く傷付いてる所為か、剥かれている男が呻き声をあげた。

 そんな時だった。神の手が差し伸べられた。

 ラティの手で丸裸にされた盗賊の右肩に、刺青があったのだ。


「その肩に入っている刺青はなんだ?」


「あっ」


 これまで沈黙を守っていた男が声を発した。


「う~ん、どっかで見たことあるっちゃ」


『ミストニア王国の国章です』


 ナイス! エル! 褒めてつかわす。


 ヘルプ機能の念話担当であるエルが、グットタイミングで教えてくれた。さすがはエルソルだ。


『チガイマス』


 いや、いまさら否定しても遅いから……てか、勝手に心を読むな!

 まあいい、そんなことよりも、時間はないし、やるべきことは、ふんだんにある。


「愛国心が仇となったな。なんでミストニア王国の騎士がこんなところで盗賊をしてるんだ?」


「……」


「いや、黙秘しても、もう遅いから。ミストニアは、国ぐるみで盗賊をやってるんだな」


「くっ……」


 ああ、こいつはもうダメだな。せめて苦しまずに逝かせてやろう。

 否定も肯定もできず、ただ呻いている男を見て、安楽死を与えることにした。

 とはいっても、薬なんてないし、首を刎ねるだけだ。


「アディオス」


 表情を変えることなく、刀でその男の首を斬り飛ばす。


「ひっ」


「あっ」


 後から連れてこられた二人の男が、驚愕のあまりに声を漏らした。


「お前等に、生きる価値があるのか?」


 驚愕している盗賊もとい騎士達に尋ねるが、答えを聞きたい訳じゃない。

 しかし、偉そうな問いが返ってきた。


「それじゃ、お前には、オレ達を裁く権利があるのか?」


 二人の内、比較的軽傷の男が睨みつけてくる。面倒だが、事実を有りの侭に伝える。


「お前等を裁くのに、権利が要るのか?」


 腹立たしさを堪えることが出来ず、更に捲し立てる。


「お前等は何人の、いや何十人の罪のない者の命を奪い、多くの若い女達の人生を台無しにした? さあ、答えてみろ。その返事に、俺が納得できたら解放してやる」


「うっ……」


 ここで「オレはやってね~」とか言わないだけマシなんだろうな。でも、少しでも被害を減らしてやりたい。こいつらをここで逃がせば、また罪の無い者の命が奪われ、若い女達が泣くのだ。例え、こいつらが本意でやっていることではないとしてもだ。


「来世では真っ当に生きろよ」


 俺は「権利」などとたわけたことを抜かした男の喉を一突きする。


「ひっ」


 残った男が引き攣った表情で怯えている。


「次は、お前だな」


「は、話す、話すから助けてくれ」


 どこにでも愚か者はいるものだな。既に助からないことすら理解できないらしい。


「なんで、こんな事をしてるんだ?」

 

「国の命令なんだ。オレ達だって、こんなことはしたくないんだ。でも、やらないと家族が生きて行けないんだ」


 死を恐れたこの男は、ゲロゲロと雨時のカエルが鳴くかの如くゲロった。

 このカエル男の話では、このローデス王国だけではなく、近辺各国で同じようなことをしているみたいだ。

 その目的は、自国利益の向上と他国の混乱であり、ゆくゆくは機会をみて、他国に攻め込む腹づもりらしい。


 まったく、最悪な国だな。真剣に滅ぼしたくなってきたわ。エルソルが問題の多い国だと言っていたが、正にその通りだった訳だ。


 この後、カエル男から盗賊のアジトと残った者の人数を聞き出し、幕引きに入った。


「お前は、国のためにやったんだな?」


「そうだ。オレだって、好きでやった訳ない」


「そうか、それじゃ~、これは、お前の国と俺のいくさなわけだ」


「えっ!?」


 話の途中から希望の兆しを見出していたのか、少しばかり元気になっていた男が絶句する。


「だってそうだろ。いくさだって国のためにしてるんだし、好きでやってるわけじゃないだろ?」


「そ、それはそうだが……」


「それじゃ、お前は戦に負けたわけだ。だから、お前の行いを責めない」

 

「そ、そうだ。オレは悪くないんだ」


「その通りだ。でも、戦で負けると死ぬこともあるよな」


「や、や、約束が違うじゃないか!」


 別に約束なんてしていない。というのも卑怯だな。だが、この男が行ったことは、戦で攻め込んだ村々で略奪をしたのと同等の行為だ。それをこいつの国が許可しても、俺は絶対に許さね~。


「俺を怨め。そして、地獄で悔い改めろ」


 こうして最後の男は、この世を後にした。


「かっこええっちゃ」


 なぜか、ラティの瞳がキラキラと輝いているのだが、それを見て見ぬ振りする。

 そろそろ勘違いする人も現れそうなので、ハッキリさせておこう。俺はロリコンではない。断じて、決して、絶対に、疑いなくロリコンではないはずだ。









 そこには、巨大な門があった。

 これで三回目の対面となる門であり、磯崎とこの世界で初めて出会った場所であり、エルザとミレアを送り届けた街の門でもある。

 現在は、午前十時くらいだ。

 今回はラティと俺の二人だったこともあって、丸二日半でロマールの街に辿り着いた。

 あれからアジトに行ったが、これといって特記するようなことはなかった。

 淡々と盗賊風の騎士を倒し、大して貯まっていない財宝を押収した。色んな意味で幸運なことに、捕らわれた者を保護するようなこともなかった。

 この幸運は、俺が面倒を見なくて良いという意味もあるが、犠牲となった者がいなかったという意味の方が大きい。

 

 俺は慣れた手順で街に入る手続きを済ませる。

 しかし、今回のラティは、馬ではなく偽装人間族なので少しだけ心配だった。しかし、冒険者の認識証があるので、特に問題なく街に入ることができてホッとした。


 そういえば、マップ機能の表示範囲を一キロに変更したので、マップを見れば、この位置からでもエルザとミレアの居場所は確認できる。だから、現在のエルザが何所にいるのか分かるので、さっさと用事を済ませて帰ろうと思ったのだが、ラティちゃんが……


「お腹へったっちゃ」


 その一言で、次の行動が決定してしまった。

 目的地に向かう途中にある食堂に入る。

 俺はあまりお腹が空いている訳ではないので飲み物をもらい、ラティは大盛のランチを食べている。

 そんな時に、背後の席から話声が聞こえてきた。


「この前の乱闘の話を聞いたか?」


「ああ、マルブランのお嬢様だろ?」


「そうそう! 魔法で荒くれ者を纏めて押し潰したらしいぜ」


「ぶっ~~~!」


 思わず口の中に入っていた果実水をぶちまけてしまった。

 ラティが正面に座っていなくて、ほんとに良かった。


「それも怖いけどよぅ、なんか、お付きのメイドも屈強な男達をバッタバッタと投げ飛ばしてたらしいぜ」


 あいつら~~~~~~~! 俺の目が無いとこれか!


「エルザ達、楽しそうなんちゃ」


 リスのように両頬を食べ物でいっぱいにしたラティが、羨ましそうにしている。


「そういう問題じゃないだろ」


 あの娘ども、どうしてくれようか。

 胸の内がグラグラと煮えたぎってくる。

 そんな心中を知るすべもなく、背後の席では、聞き耳を立てられていることにも気づかず、噂話で盛り上がる。


「マルブランのお嬢様といえば、学校では敵無しらしいぞ」


「うは~、こえ~~~!」


 俺の方が怖いわ! 誰が無双しろっていったんだよ! あのバカちん! これは、しっかりとお仕置きする必要があるな。


 このあと、食事を済ませたラティを連れて、エルザとミレアに罰を与えるべく学校に向かった。

 ただ、この時、あまりの鬱憤うっぷんで、ロマールまで来た当初の目的を既に忘れていた。


 学校に到着すると、どうやら、今日は運良く休みのようで、敷地内には生徒の影すら見えなかった。

 受付でエルザの呼び出し方を尋ねると、親切にも受付のお姉さんが寮の場所まで案内してくれた。

 う~ん、とても親切なんだが、なんとも不用心だな。というのが感想だ。

 まさか、この受付のお姉さんの安易な行動が「エルザに対抗できる人間がそうそういる訳がない」という裏付けからきた行動だとは、俺にとって知る由もない。

 案内してくれたお姉さんが、寮の管理人に話をすると、管理人さんは直ぐにエルザに伝達してくれたのだろう。噂の本人がミレアを連れて出てきた。


「あら、早かったわね」


「早かったわね、じゃね~!」


「久しぶりなのに、行き成りご挨拶ね」


 久しぶり会った所為か、始めはにこやかだったエルザだが、俺の言葉を聞いた途端に顰め面を見せた。

 ミレアは、俺の剣幕でその理由を察したようだ。エルザの陰で身を小さくしている。


 ミレア、頭隠して胸隠さずか? でっかい乳がはみ出てるぞ。いや、それはいいや、今は……


「誰が上級魔法をぶっ放せって言った?」


「あっ……」


 行き成りの追及に、一瞬、驚いたエルザだったが、そっぽを向いて惚けた。


「な、なんのことかしら?」


 飽くまでも、白を切るつもりらしい。


「学校で無双したらしいな」


「ぐふっ」


 エルザの顔は「どこで聞きつけたの?」といった表情だ。


「初期化するぞ、こんにゃろ!」


「あう、あうあう」


「すみませんでした」


 エルザは唖然とし、ミレアは即座にDOGEZA――見事な土下座姿に遷移した。


「だ、だって、仕方ないじゃない。絡まれたんだから」


 お、開き直りやがった。お前は小学生か!


「お前の実力なら、上級魔法なんて使わなくても、初級魔法でことが済んだはずだろ!」


「うぐっ」


「はい! 次の言い訳は?」


 遠慮なくエルザに追い打ちを掛ける。だって、こいつは、俺の言ったことを全然わかってないじゃん。


「ごめんなさい」


 結局、エルザはDOGEZAした。ミレアほど完璧ではないが、素晴らしい土下座だった。でも、実のところ、これが大失敗だった。

 なぜなら、受付のお姉さんと寮の管理人さんが直ぐ近くに居たからだ。


「あ、あのエルザ=マルブラン嬢が土下座。この冒険者学校始まって以来の暴君と言わしめたエルザ嬢を……」


「この方は、いったい……」


 おい! 暴君ってなんだよ! エルザ、お前、いったい何やらかしてくれてるんだ? いや、それよりも、俺が暴君に土下座させた男という噂を広められるのは拙い。


「あっ、い、いや。少し言い過ぎたかな~、みたいな」


 必死にフォローしてみたのだが、管理人さんは速攻で寮室に逃げ戻り、受付のお姉さんは、恐る恐る下がりながら、あ、コケタ、パンツ丸見えですよ、お姉さん。

 お姉さんはパンツを見せびらかせたことによる羞恥心より、恐怖の方が勝っていたのだろう。

 コケタ状態から、パンツを隠そうともせず慌てて起き上がろうとして、それにも失敗すると、殆ど四つん這いの状態で逃げ出した。


「くそっ、全部、エルザの所為だぞ」


「私の所為にしないでちょうだい。いまのは、ユウスケが悪いんでしょ」


 土下座から復帰したエルザは、精神的にも復帰したらしい。なんて強い、いや、もはや鋼鉄の女と呼ぼう。

 その様相は、誰が土下座なんてしたのかしら? って感じだ。


「くそっ! 初期化だ! 初期化」


 怒り狂ってスキル初期化で脅しを掛ける。


「どうせ、初期化なんてできないのでしょ?」


 ば、バレてやがる。な、なぜだ!


「だって、できるなら、とっくに実行しているでしょ」


 本当にこいつの悪知恵だけは、スーパーコンピュータ級だな。


「初期化はできないけど……」


「ほら、みなさい」


 俺は溜息を吐くと、自慢げなエルザに一言だけ逆襲した。


「だけど、お前は、俺からの信用を失ったぞ」


「……」


 さすがに、これは効いたらしい。驚愕の表情だ。そして、良い顔だ。ふふふっ。


「ご、ごめんなさい。悪いとは思っているのよ。本当よ」


 急にしおらしくなったエルザが謝罪した。


「まあ、絡まれたのは仕方ないとして、学校で暴君はないだろ」


「うっ、ごめんなさい。でも、虐められている人を見て、我慢できなかったものだから……」


 やり過ぎ感は否めないが、こいつはこいつで正しいと思うことをしたのだろう。しゃ~ね~もう許してやるか。


「わかったよ。ただ、これからは信用を取り戻せるように精進してくれ」


「うん」


「本当にすみませんでした」


 すっかり大人しくなったエルザが頷くと、ミレアも謝罪をしてきた。

 まあ、ミレアの場合は魔法ではないし、それほど拙い訳でもない。


「それで、お前の力が明るみになって、何か問題は起きてないか?」


「今のところは……」


 エルザの様子を見るに、やはり疎んじる人間がいるようだ。


「何とかなるのか?」


「何とかするわ。自分のやったことだもの」


 まあ、それが当り前なんだがな。しかし、この不穏な世界情勢じゃ、本人に全ての責任を取れというのも酷な話かもしれない。


「この学校に、ミストニア王国貴族の子弟とかいるか?」


「いるわよ。というより、どちらかと言うと、それが元凶ね」


「そうか」


 エルザの返事を聞き、犯罪集団について、そして、ミストニア王国についての話をしてやった。


「そんなことになっていたのね」


「最低な国です」


 エルザは考え込むようにしながら頷き、ミレアは険悪な感情を露わにした。


「だから、エルザ達だけで抱え込む必要はない。最悪な事態になる前に相談しろ」


「いいの?」


「ああ、構わん」


「ありがとうございます」


 礼を言ったのはミレアだったが、エルザも嬉しそうにしている。

 やってしまったことは、取り返しがつかないし、この件はもうこれで良いだろう。

 そう考えて、本題に入ろうとしたところで、俺の名を呼ぶ声が響き渡る。


「柏木君!」


 その声に振り返ると、そこに居たのは、地球では同じクラスの女子生徒だった、鈴木なんとかだった。姓は知っているが名は知らない……

 そんな名もしらないクラスメイトの姿を目にした時、即座に感じ取った。


 おいおいおい。これは間違いなくお荷物登場だろ。

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