第10話 ゴミは塵に、盗賊も塵に
急遽、盗賊を討伐するぞ~! となったのが、昨夜のことだ。
ラティ爆弾一発目で日数的な条件がクリアされ、エルザとラティが思いっきりやる気になっている。しかし、ミレアだけは、まだ不安を抱いているようだ。
だが、それはいい。さしたる問題ではない。
そう、問題なのはラティ爆弾二発目だ。
口止めをしていなかった所為で、『飛翔』で空を飛んだことが明るみになった。そして、大炎上してしまった。
「空を飛んだって、一体どういうことよ。一から十まできっちりと説明してもらうわよ」
その審判は、エルザ検事のそんな追及から始まった。
被告人である俺は、冤罪だ、何かの間違いだ、と声高らかに叫んだ。
まあ、本当は間違いでもないし、有罪だけどな。
続いて、覚えたての『伝心』をフル活用した。
『ラティ、今日あったことは二人だけの秘密な』
『なんでなん?』
『今度、美味しいものでも食べにいこうか』
『うん。いく~』
『だから、秘密な』
『うん。わかった』
こうして目撃者であり、体現者であり、重要参考人であるラティを丸め込んだ。というか、食い物で買収した。なんともチョロイものだ。
「ラティ、空を飛んだのよね?」
「……」
ラティ参考人は、エルザ検事の質問に黙秘で対応するようだ。
「いや、本当に勘違いなんだ。きっと肩車して戻ってきたんで、そのことを言ってるんだ」
大嘘である。被告人は真っ黒だ。カラーコードでいうと#000000くらい真っ黒だ。しかし、被告人であり弁護人でもある俺としては、偽証でもなんでもいいから誤魔化すしかなかった。
「本当にそうなの?」
「……うん」
エルザ検事は訝しげな眼差しで、ラティ参考人と被告人――俺を交互に観察する。
「わかったわ」
全然わかった風ではなかったが、諦めたようだ。よしよし。
という訳で、証拠不十分ということで裁判は、無罪で閉廷された。ごめん。本当は有罪なんだけどな。
しかし、あれだな。伝心を使えるように試験しておいて、本当に良かったと思ったよ。備えあれば憂いなしとは、本当にこのことだ。
嘘で塗り固めつつも、無事に新たな一日を迎え、ただいまレンタル馬車を探している。
馬車を買うことも考えたのだが、金額を聞いてみて諦めることにした。買えないほどの金額ではないのだが、さすがに無駄遣いのような気がしたのだ。
現在の所持金だが、金貨は八十枚となっている。みんなの装備や必要な物を買い込んだ所為で、思った以上に消費している。それに対して、稼いだ金額が金貨一枚くらいだ。気を引き締めないと、今後の結末が目に見えるようだ。
このままいくと、暗い老後が待ち構えているだろう。なにしろ、この世界に年金なるものは存在しない。つ~か、それは日本ですら怪しそうだけど……
「次の角を曲がったところにある商店が、馬車を沢山扱っているらしいわ」
実はこれで四軒目だ。今度の商店では借りられると嬉しいのだが……
なんて考えつつ、お店の者に声をかけてみる。
「荷馬車なら空いてますよ。馬は必要ないんですよね?」
これまでの三軒で見事に断られてしまったので、不安を感じていたが、今回は何とかなりそうだ。
「ああ、馬はこっちで用意するんで、問題ない」
「七日間で大銀貨五枚になります」
「ほい、これ大銀貨五枚ね。夕方にもう一度くるから、よろしく頼むよ」
大銀貨五枚って日本円で五十万円相当なのだが、財布の紐を締めると言った端から大金が出ていく……これって明日から頑張る! というやつか?
大金をはたいたものの、荷馬車については無事に借りることができたので、ホッと安堵の息を吐く。そして、必要な物資の買い物を続けた。
ところで、俺達は全員が一緒になって買い物に出向いている。これはどう考えても非効率だろう。そう思って分担しようと提案してみたのだが、エルザが首を縦に振らなかった。
もしかして、俺って見張られているのだろうか。確かに隠し事は多いけど、それも仕方ないことじゃん。別に意地悪している訳じゃないんだけど……
疑いの眼差しを浴びながらも、最後の目的地である布団屋に到着した。そして、そこで大量の毛布を買い込んだ。
「ちょ、ちょっと、貴方、そんなに毛布を買い込んで、布団の行商でもするつもり?」
ちっちっちっ! お前は分かってないよ。この大量の毛布が必要となる時がくるのだよ。
「その目、潰してもいい? 私は無知じゃないわ」
くそっ、また読まれた……勝手に人の心を読まないでくれる? つ~か、マジで俺の目を潰す気か! なんて恐ろしい奴だ。お前は悪魔か!
「誰が悪魔よ! というか、前から言おうと思っていたのだけど、貴方、ちょっと顔に出過ぎよ」
くそっ、今度は読まれた上にダメ出しされた……ちっ、ニュータイプ、人類の革新とは、
思いっきりダメ出しされ、エルザの読心術に慄きつつも、三人にも手伝ってもらって大量の毛布をアイテムボックスに収納する。
もちろん、人前で収納する訳にはいかないので、路地裏まで移動した。
不要な問題を回避するために、人前ではなるべく能力を使わないようにしているのだ。
「これで必要な物は、全部揃ったな」
大量の毛布をアイテムボックスに収納し終えたところで、買い物の完了を告げる。
「そうね。毛布は疑問だけど」
「エルザお嬢様、きっとユウスケ様に考えがあるんですよ」
さすがはミレア。自分に理解できなくても、それが不要だとは決めつけないところが、できる女だと感じさせる。
なんか、俺の童貞を捧げてやりたくなってきたぜ。
「じゃ~、帰って休むか」
出発の予定は夕方だ。そのあとは夜通しの強行軍となっている。少しでも休息をとった方が良いだろう。特にラティは夜通し走り続けるわけだし。
こうしてエルザに行商人扱いされつつも、ラティを肩に乗せて宿に戻った。
ただ、エルザが肩車されたラティを羨ましそうに眺めていたのは、敢えて見なかったことにした。
現在、ドロアの街の外れにきている。
マップを確認するが、人っ子一人いない。
そういえばマップ機能だが、以前話した範囲拡大以外に、敵味方識別ができるようになった。
何とも便利というか、まるでイージス艦並の機能になってきた。
・マップ背景:黒
・建物/道:白線で区画表示
・味方:緑
・敵:赤
・モンスター:紫
・その他:青
どうやって敵を識別しているかは、俺も知らない。
エル――ヘルプ念話担当に尋ねてみたが、『マップが対象物の状態を識別しているだけです』としか答えなかった。実は、こいつが一番の嘘つきかもしれない。
まあ、深くは考えまい。仕組みより得られる効果の方が必要だ。
少しばかり脱線したので話を戻そう。
さて、こんな人気のないところに来た理由は――
『ひひっ~んっちゃ』
――という訳だ。
目の前には、黒く立派な馬が四本足で立っている。まあ、馬が二足歩行していたら、逆に目立つ罠。
馬に詳しくないので良く分からないが、見た目はサラブレッドみたいだ。でも、サイズが通常馬の一・五倍くらいあるのではなかろうか。
「す、すごいわ!」
「とっても立派な馬姿ですね」
「これって、荷馬車がいるのか?」
エルザは驚きで目を見開き、ミレアは馬となったラティの身体を撫でながら褒めている。ただ、俺としては、あまりの大きさに、どう見ても三人がゆうに乗れそうだと感じている。
「確かにそうね。こんな立派な馬になれると思ってなかったわ」
『すごいじゃろ~』
黒く艶やかな毛並みをしたラティはとても自慢気だ。エルザの感嘆の声で鼻息を荒くする。
ただ、胸の辺りとお尻の辺りだけが、他の身体と黒さが違う。もしかしたらビキニアーマーの影響かもしれない。
因みに、馬になったラティの声は、俺にしか聞き取れない。それと装備や持ち物がどうなったのかは不明だ。
「荷馬車をやめて鞍を借りる?」
「ん~、でも、もし捕らわれた人がいたら困るんじゃないか?」
「それもそうね」
エルザが予定の変更を進言してくるが、もしものことを考えて首を横に振った。
あまり実現して欲しくないのだが、いまだに盗賊の噂が流れているのだ。被害に遭っている者もいるかもしれない。
結局、当初の予定通り荷馬車を借りることにした。そして、エルザやミレアを馬となったラティに乗せて商人のところに向かった。
ああ、冒険者を舐めて、いつも普段着でいる二人は、そのツケを払うことになった。馬に乗る際、俺にパンツを披露することになった。
まあ、自業自得という奴だ。ごちで~~~す。
荷馬車を貸してくれる店に辿り着くと、商人の男が驚きをもって迎えてくれた。
「こ、これは素晴らしく立派な馬ですね。どちらで手に入れられたのですか?」
「ああ、自慢の馬だからな。こいつは野生馬だ」
「羨ましい……もし良ければ譲って頂けませんか」
「いや、悪いが手放すつもりはない」
「そうですか……そうですよね……」
「ああ、触るなよ。蹴られるぞ」
「あっ、はい……」
商人の男は、ラティの立派な馬姿に惚れ込んだのだろう。そして、商人魂が沸き立ったようだ。
だが、断る。当ったり前じゃん。うちの可愛いラティを誰に渡すか! それに、汚い手で触るんじゃない。
拒否された商人は、がっかりしながらも荷馬車を置いてあるところに案内してくれた。
荷馬車は木造の六人ぐらい乗れるサイズで、幌などもついていない唯の荷馬車だ。
取り付けられた四つの車輪は鉄製のようだったが、スプリングなどのサスはなく、車軸は荷馬車の下を通っている。
パッと見は旧世代のものに見えるが、ヘルプ機能で確認すると意外にも高性能であることを知った。
その高性能な部分だが、荷台と車軸を取り付けている金具にはベアリングこそないものの、魔法が付与されていて、金具の中で車軸が中空状態となっていることだ。そのお陰で、金具と車軸が直接触れることなく、摩擦が起きないのだ。ある意味、日本の車よりも優れた機構だ。
次に車輪だ。鉄の車輪のタイヤに当たる部分に、フィールドに生息するモンスターの素材が使われていて、それにも柔軟性の向上と劣化防止、あとは摩擦消耗減少の魔法が付与されている。そのお陰で、多少はゆったりとした乗り心地が保てるらしい。
ここで少し補足をすると、ダンジョンのモンスターは、死ぬと魔素となってダンジョンに吸収されるが、フィールドのモンスターは、死んでもその肉体を残すとのことだ。
荷馬車の仕様は良いとして、さっそく取り付けたいのだが、どうすれば良いのか全く分からん。
という訳で、手っ取り早い方法を選択する。
「申し訳ないが、荷馬車の取り付け方を教えてくれないか?」
「はい。構いませんよ」
「あ、ユウスケ様、荷馬車の取り付けは、私ができます」
今後の事もあるので取り付け方法を教えてもらおうと思ったのだが、どうやらミレアが知っているようだ。
「そうか、それじゃ、頼む」
「はい」
素直に頷くと、彼女はテキパキと取り付けを始めた。
本当は荷馬車をアイテムボックスに収納可能か確かめたかったのだが、ここには商人もいるし、アイテムボックスを知られたくなかったので、またの機会とした。
そんなことを考えている間に、ミレアは慣れた手つきで荷馬車の取り付けを終わらせた。
こうして、いよいよ盗賊を退治すべく、ドロアの街を出発した。
大きな青白い月が地を照らし、夜の闇を蹴散らす。その大きさは地球で見る月に比べ、二倍くらいに見える。
盗賊のアジトから逃げ出す時には、深い森の所為で、その恩恵を殆ど受けられなかったが、現在のように街道を突き進む分には、照明が要らないのではと思えるほどに、明るさを感じる。
この青白く大きな月だが、恐らく水の星なのだろう。月の表面には大陸のようなものは見えず、全てが海でその上空には雲が渦巻いているように見える。それこそ、宇宙から見た地球と似た雰囲気だ。
そんな月明かりの下を、月が綺麗だなんて感想を抱く余裕もなく爆走している。
「これを予測して毛布を大量に買い込んだというの?」
「さすがは、ユウスケ様です」
荷台の床に大量の毛布を重ねている。それにも関わらず、身体を上下に揺られながら、エルザが悔しそうにし、ミレアが感心している。
ほれみろ、大量の毛布が役に立っただろうが!
「悔しいけど、これは想定外だったわ。というか、その顔はウザいわ。なんでドヤ顔してるのよ」
お嬢様であるエルザは、スプリングの効いた乗用馬車にしか乗ったことがないのだろう。この状況を予測できなかったようだ。
そもそも、三倍だぞ! 三倍! 唯でさえ揺れる馬車を三倍の速度で走らせたら、どんなことになるか想像できるだろ。少しは知恵を使えよな。ふふん!
俺はラノベの知識――役に立つかは不明――で、馬車は揺れ、乗り心地が悪い、などなどを予測していた。だから、三倍と聞いた時点で、こうなることを察していたのだ。
してやったりとは、まさに、このことだ。エルザ! くくくっ……って、なに短杖をだしてんだよ。俺を殴る気か!?
『お腹がすいたんちゃ』
良からぬ行動を見せるエルザに怯えていると、猛スピードで走っていたラティが空腹を訴えてきた。
そうだな、暗くなってから小休憩を取りつつも、既に五時間ほど走り続けている。
この世界の馬車だと、凡そ時速十km/hから十六km/hくらいだとヘルプ機能が言っていたが、その三倍の速度が出たとして、仮に時速四十km/hで走っていたとすると、既に二百kmも進んだことになる。
「そろそろ休憩にするか」
『ひひ~んちゃ』
「そうしましょう。ラティさんも疲れてるでしょう」
「乗っているだけでも疲れたわ。いえ、ムカついたわ」
ラティが喜びの声をあげ、ミレアは気遣う。エルザはぐったりしつつも、冷たい視線で俺を串刺しにしてきた。どうやら、ムカついたのは馬車酔いによる吐き気ではなく、俺のドヤ顔がよほど癇に障ったからだろう。
ただ、いつまでもエルザの相手をするのは時間の無駄だ。不機嫌な態度を執る奴をスルーし、アイテムボックスから少量の
「ラティ、ほれ」
幼女姿に戻ったラティに、ホットドッグを渡す。
「やったっちゃ~!」
ホットドッグを受け取ったラティは、笑顔のままハグハグと無心で食べている。
このホットドッグだが、ドロアの街にいる時に、ミレアに手伝ってもらって作ったものだ。
これもラノベを参考にしたのだが、アイテムボックス内の物が腐らないと知ったので、携帯用の食料として、作り置きした物をアイテムボックスに大量に収めている。ただ、そのレパートリーについては、話が長くなりそうなので割愛する。
「このペースで走り続ければ、昼間の移動も入れて一日半程度で辿り着けるけど、それだとラティの負担が大きいと思うんだ」
エルザやミレアにもホットドッグを渡しながら、自分の懸念を伝えた。
エルザは「こんな時間に食べたら太りそうだけど……」と、零しながらも「そうよね」と同意してくれた。
「だから、暴走は日が暮れてから深夜前まで、その後は就寝して昼間はのんびり進むべきだと思う。きっと、そのペースでも三日あれば辿りつけるはずだ」
「良いと思うわ。ラティにばかり負担をかけるのも申し訳ないものね」
「私もそれで構いません」
エルザは嬉しそうにホットドッグを頬張るラティに優しげな視線を向け、ミレアは少しばかり申し訳なさそうに、賛成してくれた。ただ、同時に二人は安堵の空気も漂わせている。多分、暴走時の乗り心地に
ということで、その日はそのまま休んで次の日に備えたのだが、まさか、予定よりも早く盗賊と遣り合うことになるなんて、まるで考えていなかった。
その出来事は、二日目の日中のことだった。
俺のマップには、敵の存在が表示されている。
その方向は現在地からみると、北方向にある山側の草原だった。その数は十五人となっている。
どうやら、わざわざ向こうから来てくれたようだ。ご苦労なこった、というより、ご愁傷さまと言うべきかな。手間が省けて万々歳だ。
「ゴミがきたぞ~」
「数は?」
むむっ。エルザには、俺が何らかの方法で索敵しているとバレてるようだ。
まあ、これだけ派手に使っていたら、そらバレるわな。でも、ここは開き直るしかない。
「山側の草原に十五人だ」
「どうするの? 行き成り攻撃しても良いのかしら?」
エルザの言葉で、少しばかり考えさせられる。
さて、どうしたものかな。マップの表示では『敵』となっているが、それが盗賊とは限らない。ただ、敵というなら、戦いは自己防衛になるから、『私利私欲のための殺人』ではないはずだ。
別に殺人に問われようと問題ないと思っているが、できれば国を追われるようなことになるのは勘弁だ。まだ安穏な生活を捨てた訳ではない。特に、エルザ達を犯罪者にするのは忍びない。
「距離的にはまだ百メートルくらいあるから、休憩する振りでもするか」
「分かったわ」
「ただ、向こうにも遠距離攻撃はあるだろうから、いつでも魔法を撃てるようにしとけよ。それと、ミレアは荷馬車を外してくれ。ラティは荷馬車に隠れて変身解除な」
「はい。わかりました」
『ひひ~んちゃ』
こっちが準備しているとも知らずに、盗賊達は草原の中をコソコソと近付いてくる。
なんか、奴らが阿保みたいで笑える。というか、本当にご苦労なことだ。自分達からやられに来たんだ。せめて痛む暇もなく送ってやろう。もちろん、地獄にな。
少しばかり哀れだと思いつつも、容赦する気はない。盗賊達が十メートル範囲に入ったとこで引導を渡す。
「遠路はるばるご苦労。悪いが、成仏してくれ! ああ、行先は、地獄だ」
実際、この世界に地獄があるかは知らない。しかし、気にすることなくエルザが短杖を突き出した。
「エアープレス!」
「ファイアーボム!」
エルザの風属性範囲魔法が炸裂したところで、それに重ならないように爆裂魔法を叩き込む。
加圧と爆発のコンビは、あまり相性がいいとは言えない。もしかしたら、それは、俺とエルザの相性を示しているのかもしれない。
「うぎゃ」
「ぐあっ」
ドカ~~~~~~~ン! てな感じで、潰される盗賊の呻き声に続き、耳をつんざく爆発音が響き渡る。
俺の近くでは、ラティが「ゴミは塵にするんちゃ」とか、その幼女姿に似合わない台詞を口にしながら、容赦なく矢を放っている。
我ながら思うが、俺達って容赦ないよな~。なんて考えているうちに戦闘が終わった。
ぶっちゃけ、刀すら抜いてないんだけど……盗賊、弱っす! まあ、弱い者いじめみたいだが、これも自分自身が招いた報いだから恨むなよ。いや、恨んでもいいけど、後悔しろよな。
マップでは葬られた盗賊達の存在が白表示となる。ということで、今回はマップの良い試験となった。
俺は刀を抜き、生き残った二人の盗賊の所に行く。
マップを確認しながら草むらを掻き分けて盗賊の所に辿り着くと、ラティの撃った矢を肩と腹に受けた盗賊が転がっている。
「う、ううっ~」
「お前ら盗賊だな」
侮蔑の視線を向けつつ断言する。すると、その男は、俺を睨み付けてきた。
「くそっ! ひでえことしやがる。オレ達がなにしたって……」
この手の苦情は聞くに堪えないな。必ず自分たちの行為は棚上げだからな。ゲロムカつく。
「盗賊でいいんだよな」
「ふっん……」
盗賊の戯言など聞く気もない。繰り返し確認するが、その男はダンマリを決め込んでいる。
そこに、ラティがもう一人の盗賊を引きずってきた。こっちはエルザの魔法で右腕と右足を潰されたのだろう。どちらも軟体動物みたいにプラプラしている。
「おい。お前ら盗賊でいいんだよな」
「うっせ~」
ラティが連れてきた盗賊に問うと、罵声が帰ってきた。やたらと威勢がいい。自分達の立場を認識できていないようだ。
つ~か、こりゃ、時間の無駄かな。
わざわざ連れてきてくれたラティには申し訳ないが、右手を横に振る。
手にしているのは、もっくんではなく、ドロアの武器屋で手に入れた刀だ。
その切れ味は、神器であるもっくんと比べるべくもない。
それでも、黒鋼で作られた黒光りを見せる刃は、罵声をあげた男の首を易々と切り落とした。
当然ながら、罵声を吐いた男の周りが血塗れとなるが、気にすることなく初めの男に視線を戻した。
「お前は盗賊でいいんだよな?」
「……」
意地でも沈黙を守る気のようだ。
「面倒くさいな。お前もああなるか?」
冷やかな視線を地に転がる首に向ける。
「お、オレ達は盗賊じゃね~」
今度は嘘をつき始めた。まあ、はじめに違うと言わなかった時点で、盗賊決定なんだけどな
「嘘だな。じゃ~お前も死ね!」
刀を振りかぶると、盗賊が慌ててあとずさる。
「わ、悪かった、確かにオレ達は盗賊だ」
やっと、自分の立場が理解できたようだ。しかし、正直になったからといって、何かが変わる訳ではない。
言わないと殺されると思ったんだろうな……すまんな、どの道、助ける気はないんだ。ただ、一応、確かめた方が良いと思っただけなんだ。
容赦なく盗賊を始末して、荷馬車の所に戻る。
「大丈夫?」
「なにがだ?」
エルザは初めて盗賊を倒した時のことを思い出したのだろう。一番に俺の精神状態を気にしたようだ。
「今、生き残りの止めを刺してきたんでしょ? 戦いならまだしも無抵抗の相手を始末するって……」
「ああ、問題ない」
どうやら、無抵抗な人間を殺すことに、罪悪感を持つのではないかと考えたようだ。
確かに罪悪感はある。でも、あいつ等を生かしておいたら、弱い者が犠牲になる。まあ、俺が地獄に落ちればいいだけさ。
それはそうと、こいつって、やっぱりツンデレじゃね?
「エルザお嬢様! これ!」
俺が肩を竦めていると、収集に精を出していたミレアが駆けてきた。そして、掌を上に向けて腕を突き出した。
「こ、これは……」
「はい。そうです」
ミレアの手の上には、何の変哲もない銀の指輪があった。
エルザはその指輪をそっと摘み上げて、指輪の内側を確かめる。次の瞬間、そのきれいな双眸を見開いた。そして、無言で涙を零し始めた。
いったいどうしたのだろうか。エルザが涙で頬を濡らす理由が分からない。ただ、今は問いかける空気でもないと感じて、ミレアに視線を向ける。すると、彼女が頷いた。
「この指輪は、エルザお嬢様の護衛をしていた家臣の物なのです……」
ミレアが教えてくれた理由で、概ね理解できた。しかし、エルザは寂しそうな表情で、話を続ける。
「これの持ち主はダリオという男でね。ロマール行きの護衛をしてくれていたのだけど……彼は結婚したばかりだって、嬉しそうにこの指輪を見せてくれたのよ」
「優しくて、良い人でした……」
思い出すかのようにダリオの人柄について話しつつも、二人はポロポロと涙を流している。
その話を聞いた時、奴等を始末するのは、決して間違いじゃないと感じた。そして、非道と言われようが、悪魔と呼ばれようが、死神と蔑まれようが、犯罪者と呼ばれようが、これからも盗賊は容赦なく始末すると決めた。
正義なんて知らない。どうでもいい。ああ、悪者でいいじゃないか。後ろ指を差されても構わないさ。
だって、弱い者が馬鹿を見るなんて、絶対に許せない。弱いものを虐げる奴が嫌いだ。だが、ここはそれが横行する世界だ。だったら、俺が始末してやるぜ。エルソルも自分の好きなようにやれって言ってたし、自分の信念に従うまでさ。
悲しみに暮れるエルザとミレアを見やり、好きなようにやると決める。それが悪者になるとしてもだ。そう、俺は悪者になると心に固く誓った。
街道で盗賊を始末したあとは、予定通りに事が進んでいる。現在、どことも知れぬ森に入っているところだ。
ただ、分かっていることがある。ここは、盗賊のアジトが存在する森であり、俺達が逃走した森だ。
そして、現在地は盗賊のアジトから三百メートルくらい離れた場所だ。時刻は、既に夜の十時を回っている。
己に誓いを立てたあと、俺達は戦利品を集めて一つの毛布に包むと、それをアイテムボックスに収納し、さくっとここまで移動してきた。
マップというチートがあるお陰で、ここまで誰にも見つからずにやってくるのは、然して難しいことではなかった。
ただ、昼間に盗賊を片付けたのが不味かったのだろう。アジトの盗賊達は、なぜか慌ただしくしていた。
「まずったな~」
「どうしたの?」
もう今更なので、訝しげにするエルザに、俺の知る情報を伝えることにする。
「盗賊は十人だ。但し、この時間だというのに、かなり慌ただしいな」
「仲間が戻ってこないから?」
「恐らくな」
エルザは、もう「どうやって知ったの?」なんて聞かない。ただ、アジトの状態を知った彼女は、俺と同じ結論に至ったようだ。
「人数的には、力押しでも片付くだろうな」
「そうね。でも、焦って捕らえた人達に害を及ぼすことも考えられるわね。というか、いるの?」
マップでは、敵でない人間が二人いる。そして、改めて囚われている者のことを考えて、胸の内で燃え上がる怒りを感じる。
「二人いるぞ。エルザの考えが尤もかもしれない。行くぞ! 陣形は打ち合わせ通りだ」
「うん」
「分かったわ」
「はい。エルザお嬢様、お気を付けて」
意見が纏まったところで、ラティ、エルザ、ミレアと頷き合い、物音を立てないように盗賊のアジトに近づく。
アジトまで四十メートルくらいのところまで進むと、入口にいる二人の見張りを視認できた。残りは横穴の奥だ。
無言で手を前に振るだけで、ラティに対する合図とする。
予定通りということもあって、頷く彼女は、即座に弓弦を鳴らす。
シュッ! シュッ!
矢が放たれた音が微かに耳に届くと、見張りの二人が共に倒れる。ラティが放った矢は、的を違うことなく額を撃ち抜いている。さすがだ。そして、残り八人だ。
見張りが沈黙したことを確認して、静かに且つ迅速にアジトの入口に近寄る。
再びマップを確認する。捕らわれている者のところに、盗賊の存在は認められなかった。安堵の息を吐きつつ、討伐を優先することを決定する。俺が先頭に立って、残りの盗賊のところに向かう。
右手に刀を持ち、足音を殺しながら進む。直ぐ後ろにはエルザ達が続いている。
今回の戦いで、俺自身は魔法を使わないことにしている。もしかすると、この洞窟はダンジョンと違って脆いかもしれないと考えたからだ。
そんなところで爆裂系の魔法なんて、愚かにも生き埋めになんて事態になるかもしれない。
マップの表示では、盗賊の二人がもう直ぐ三叉路の右手側からこちらの通路に出てくるはずだ。距離的には十メートルくらいだ。
再びラティに合図を送り、腰を落として三叉路に近づく。
二人の盗賊が見えた途端、片方の盗賊の首に矢が刺さる。矢の攻撃があまりにも速くて、まるで首から矢が生えたような錯覚を受ける。
ただ、それに囚われることなく、すかさず残る盗賊の首を刀で一突きにする。
運良く作戦通りに進んでいる。二人の盗賊は、呻き声を漏らす間もなくこの世を去った。
残るは六人だ。負ける気はしないが、油断は命とりだ。
己に油断は禁物だと言い聞かせ、ゆっくりと先に脚を進める。すると、奥から怒鳴り声が聞こえてきた。
「てめ~ら、なに臆病風に吹かれてんだ! 根性がね~な!」
「ですが、お頭、誰も戻ってきませんぜ」
「だから、どうした?」
「討伐隊が来たんじゃないかと」
「バカだな~、そんなもんが来るなら、直ぐに連絡が入るようになってるんだよ」
いやいや、お前がバカだろ! つ~か、連絡が入るとはどういうことだ? もしかして街に連絡係がいるのか? まあいい、今はこいつ等を始末することに専念すべきだ。
俺達がゆっくりと進む通路の先は、やや広い部屋のようになっていた。
これがまた都合の良いことに、通路は部屋から死角になっている。そこで、部屋の入口近くまで進み、エルザとラティに頷く。
この部屋に残りの六人がいる。これで最後だ。そして、ラストの合図を送る。
エルザは魔法を発動させ、ラティはキャストタイムの満了と同じタイミングで矢を放てるように準備をしている。
「エアーカッター!」
ピシュ! ピシュ!
二人の攻撃を確認して、俺とミレアが一気に切り込む。
「うが!」
「ぎゃ~!」
「くそ、襲撃か!」
突然の強襲に、倒れる者、驚く者、武器を持つ者、そんな盗賊の姿を確認しつつも、刀で敵と斬り合う。
俺が一人をなんとか切り倒すと、ミレアが軽傷の盗賊に止めを刺していた。
エルザとラティのお陰で、それだけで呆気なく戦闘が終了となった。
威張り散らしていた親玉らしき男も、いまや唯の屍となっている。
「ああ、親玉だけは残して、さっきの連絡について吐かせれば良かったかな……」
動く者のいなくなった部屋を見回して、無事に戦闘が終わったことに安堵しつつも、全員を始末してしまったことを後悔する。
ところが、そこで倒れている盗賊が五人しか居ないことに気付く。
「一、ニ、三、四、五……あれ?」
焦って直ぐにマップを確認する。すると、部屋の壁に沿って動く表示がある。その存在の方向を確かめるが、何もいない。
一瞬、マップが壊れたのかと思ったが、表示が動いていることで、故障ではないと判断する。そして、すかさずマップ表示が指し示す場所に斬りかかる。
ギャン!
硬いものがぶつかった音がする。それと同時に硬いものを打ち据えた感触が右手に残る。
その瞬間、第六感が直ぐに下がれと囁く。無意識に刀を引き、即座に飛び
ところが、俺の腹部に痛みが走った。どうやら、回避が遅かったようだ。
痛む場所が気になるが、それを確認すれば隙ができる。そんなことは空手の組み手で散々に学習済みだ。
くそっ、拙い! マップ表示では所在は分かるが、敵の攻撃が見えない。
「ラティ、俺の指さす方向に速射だ!」
バックステプで敵と距離を取ると同時に、ラティに叫ぶ。
「うん」
ラティは指示に従い、即座に速射する。
一本目は弾かれ、二本目は壁に刺さる。そして、三本目が空中に刺さった。
空中に血が滲む。それは異様な光景だった。
「どういうこと?」
「敵ですか?」
何もない空間が血を流す不自然な光景を目の当たりにして、エルザとミレアが怪訝な表情となるが、二人の相手をしている暇はない。
即座に、次の指示を送る。
「ラティ、続けて叩き込め!」
「うん!」
「エアーカッター!」
ラティに指示を送ると、訝しんでいたエルザも直ぐに察したのか、魔法を撃ち込み始めた。
次々に打ち出されるラティの矢が空中に刺さっていく。おまけにエルザが放った魔法で空中が切り裂かれ、赤々とした血が流れる。
その途端、矢が無数に刺さった血だらけの見えない存在が、音を立てて地面に倒れた。
それは、とても不思議な現象だった。
ただ、それと同時にマップの表示が白点に変わり、続いて地面に転がる黒い忍者のような装束の存在が現れた。
暫くの間、誰もが呆然とそれを眺めていたが、エルザがその沈黙を破る。
「これって盗賊じゃないわよね」
少し考えてから、自分の意見を述べる。
「二つ考えられる」
「なにかしら?」
「一つ目は盗賊ではないが盗賊の仲間、二つ目は盗賊の敵。ただ盗賊の敵と言っても、必ずしも善良とは限らない」
意見を聞いたエルザが、暫し考え込む。そして、ゆっくりと顰めた顔を向けてきた。
「一つ目は良いわ。二つ目はどういう意味かしら」
「盗賊の敵には、他の盗賊も含まれるだろ」
エルザは声にこそしないが、納得したのだろう。こくりと頷く。しかし、何も解決していない。彼女もそう思っているようだ。
「それで、貴方は、これが何だと思うの?」
「飽く迄も、俺の想像でいいなら」
俺の憶測には根拠や証拠がない。だから、想像だと前置きをする。
どうやら、エルザとしては、是非とも聞きたいらしい。珍しく素直に頷く。
「それでいいわよ」
「俺の想像では、恐らく両方だ。普段は情報を渡し、問題が起きたら始末する監視役かな」
多分、これで間違いないと思うが、自信がない。
そんな俺に、エルザは続けざまに尋ねる。
「証拠なんて言わないけど、何かそう思う要素があるのよね?」
「まずは、盗賊の親分が『討伐隊が編成されたら連絡が入る』と言っていた。近辺の街に盗賊が入り込んでるか、若しくは協力者がいるはずだ。それに、これだけ噂になってるのに、討伐されていないこと自体が異様だ」
「そういえば、そんなことを言ってたわね」
「あと、こっちはかなり自信がないんだが、盗賊が全員死んだのに正体を現さなかったこと。それこそ自身が攻撃を受けているのに隠れたままだった。もし、盗賊の敵で且つ
「そう言われると、確かに、そうね」
エルザはコクリと頷くと、再び腕を組んで黙考を始めた。
「まあ、今は考えても仕方ないさ。予定通り回収できるものを集めて戻るぞ」
「あ、ユウスケ様、捕らわれている人を助けないと」
ああ、そうだった……
このあと、盗賊が隠した宝物庫を暴き、捕らえられていた二人を救出する。
宝物庫の中には、エルザ達が奪われた物が少なからず残っていて、それを受け取ったエルザとミレアは、大喜びではしゃいでいた。
エルザ達には、奪われたもの以外も慰謝料として多少分け与え、残りは纏めてアイテムボックスに収納した。ただ、これを自分のために使うつもりはない。だから、暫くは換金することもないだろう。
ラティに関しては、特に要らないとのことだったので、彼女に欲しいものがある時には、なるべく買い与えることにすると伝えた。
そういえば、忍者風の敵に関しては、色々と調べたところ魔道具で透明化していたことが分かった。その魔道具で各自が透明化を試したが、魔法が苦手なラティだけは「やりたくないっちゃ」と言って透明化を試さなかった。
最後に、捕らわれていた二人だが、両方とも年若き乙女だった。といっても、乙女性を調べたわけではない。これは多分そうだろうという話だ。というのも、彼女達は十歳と十二歳だったからだ。
こんな感じで一件落着したと思ったのだが、ここからが厄介な流れとなってしまった。
十歳の少女を俺がおんぶすると、エルザとラティの頬が膨れた。見事なほどの条件反射ではあったが、そんなものは褒められたものではない。
結局、誰が誰をおんぶするとかしないとか、そんなどうでも良いことで揉めた結果、十歳の少女をミレアがおんぶし、十二歳の少女は歩くことになった。
お前ら悪魔だろ! 可哀想に……
実はそれよりも問題となったのが、彼女達の行く場所がないことだった。
こうして俺の新たな悩みが増える。
正直言って、ハーレムなんて望んでないからね!
はぁ~っ。異世界に来て色々とあったが、盗賊討伐より女の相手の方が大変とか、全く以て想像すらしていなかった。
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