02 クラスメイト

第11話 奴隷と魔銃


 青白い月が、ほんのりと灯りを灯す深夜の草原。

 静まり返った草原に、パチッ、パチッと、燃えるまきの弾ける音が響く。

 焚きたきびの周囲は明るいものの、その恩恵とは逆に、離れた場所は余計に暗く感じる。

 周辺に生えた草は、少しばかり冷たさを感じさせる風に吹かれ、ゆらゆらとなびき、時折、虫たちの囁き声が聞こえてくる。


 盗賊の討伐を終え、真っ暗な森を抜けて街道の側で野宿をしているところだ。

 焚き火を中心にして、俺の右側には毛布に包まったラティが横たわり、左側にはエルザが、やはり毛布に包まって寝ている。そして、その横のミレアはというと、膝の上に毛布をかけた状態で座り、物思いにふけっている。

 ここまでは割と見慣れた光景だ。いつもと違うのは、焚き火を挟んで向かい側だ。そこには、毛布に包まった少女二人が転がっている。

 そして、少しばかり厄介な問題がある。

 それは、盗賊に捕らわれていた少女二人に行き場がないことだ。そのことについて話すには、少し時間をさかのぼる必要があるだろう。

 それは、盗賊を討伐し、捕らわれていた少女二人を連れて、奴等のアジトである洞窟から出た時のことだ。


「もしかして、あなたの名前はマルセルじゃないですか?」


「「えっ!!」」


 それまで少女二人の様子をうかがっていたミレアが、何か思うところがあるのか、訝しげな面持ちで声をかけた。

 途端に、少女二人が驚いてミレアを凝視する。


「お姉ちゃん、なんで私の名前を知ってるの?」


「もしかして、ルト村から来たの?」


 ミレアは少女の質問には答えず、初めて聞く村の名前を口にする。


「あっ、も、もしかして、ミレアお姉ちゃん?」


「うん。そうよ」


 会話の途中で、ミレアが生活魔法を使って右手に灯りを作り出すと、それまで薄暗くてはっきりしなかった彼女の容姿が露わになる。その姿が自分の知っている人と似ていることに気付いたというところか。


「マルセルが何でこんなところに居るの? というか、何で盗賊なんかに捕まったの? ここの盗賊が村まで襲いに行くと思えないんだけど……」


 確かに……村がどこかは知らないが、ミレアとエルザがルアル王国から来たのは、俺も知るところだ。ここが国境近くとは言え、奴等がルアル王国まで襲いに行くとは思えない。


「ちょっと前に、また村が襲われたの。それで沢山の人が死んで……私とルミアもお父さんとお母さんが死んでしまって……養う人がいないからって行商人に丁稚奉公に出されたの。それで行商人さんに付いてローデスに向かってたんだけど……」


 マルセルと呼ばれた少女が、表情を沈ませたまま、これまでの経緯を口にした。

 ルミアというのは、もう一人の少女のことだろう。

 そんなことよりも、この齢の少女達が両親を失うとは、どれほど心に傷をのこしていることやら……


「移動中に盗賊から襲われたのね」


「うん」


 この話を聞いて、ミレアがいくつの時に奉公に出たとか、何年くらい経っているのかとか、そんなことを疑問に思ったが、敢えて詮索するつりもない。

 それなりの付き合いとなったが、エルザがロマールの冒険者の学校に入学すれば、お別れとなる存在だ。敢えて深入りする必要もないだろう。


「また盗賊が領内を荒らしてるのね……許せないわ」


 それまで黙っていたエルザが、途端に荒れ始めた。

 拙い、危険だ。みんな逃げるんだ!

 心を読んだかの如く、エルザが俺を睨んでいる。お前、盗賊より怖いぞ!

 それはそうと、理由はだいたい分かったのだが、何かが引っ掛かる。一体なんなのだろう? 話の内容には不審な部分はない。だが、しっくりこない。


「あの、ちょっといいか?」


「あっ、はい」


 ミレアと再会できたことで落ち着いたのか、当初は俺を恐れていたマルセルだが、少しは慣れてきたみたいだ。

 それに安堵し、遠慮なく質問する。


「その行商人はどうなった?」


「私達を放りだして、馬車で逃げました」


 ん~、最悪な行商人だな。というか、よく逃げられたもんだな。もしかして盗賊の人数が少なかったとか?


「君達が捕まった時、盗賊は何人いた?」


「四人でした」


 そうか、それなら逃げられなくもない。だが……


「襲われた時、護衛は?」


「どうしたのよ。さっきから少女を言葉攻めにして」


「おいっ、人聞き悪いこと言うな! 少し思う処があっただけだ」


 エルザめ、俺を変態に仕立て上げるつもりか!


「護衛はいなかったです。三人でローデスに向かってました」


 警戒こそしなくなったが、いまだ不安を抱えているのか、マルセルは少し固い口調で説明してくれた。

 まあ、それも仕方ないと思う。それよりも、引っ掛かっていたことが、少しずつだが見えてきた。

 ただ、エルザは何も気づいていないようだ。マルセルの話を聞いて肩を竦めている。


「頭が悪いわね。そんな人数で国境を越えるなんて。襲ってくださいって言っているようなものじゃない」


 商人が護衛もつけずに国境を越えることは、彼女からすれば、狼の口の中に飛び込むような行為に思えるのだろう。

 だが、それは違う。そもそも、そんな人間は、行商人になんてなれないだろう。いや、なれたとしても、既にこの世には居ないだろうさ。そんな警戒心で、行商人の仕事なんて成り立たないだろう。

 しかし、この場合は別だ。


「いや、正常なんじゃないか?」


「えっ? どうしてよ」


 思う処を口にすると、エルザは否定的な反応を見せるが、ドヤ顔で応酬してやる。くくくっ……

 こんなチンケなカラクリは、じっちゃんの名に懸けなくても明白だ。


「そんぐらい分かれよ! そんなの確信犯で、計画犯罪だろ」


「はぁ? ちょっと、ムカつくんですけど。それって、どういうことよ」


 当然ながら、俺のドヤ顔が気に入らないのだろう。エルザが即行でガッツリ食い付いてきた。というか、奴に睨まれると、なぜか責められているような気分になる。


「初めから、何か引っ掛かっていたんだ。村を襲った盗賊も、行商人も、ここにいた盗賊も、全てがグルなんじゃね~か?」


「どうしてそう思うのよ」


 ふふふ、理由を知りたいか!


「なによ、その顔! 知りたいわよ。悪い!?」


 やべ、顔に出ていたみたいだ。エルザの先読みが発動した。これってもう固有能力と呼べるレベルなんじゃないか? まあいいや、話を先に進めるか。


「ルアル王国では、奴隷を売れない。素晴らしいことだが、それは置いておくとして、そんなところで人攫ひとさらいをしても意味がない。攫って他国に連れて行ってまで金にするのは、盗賊にとってメリットが少ない。では、どうして村を襲うんだ?」


「村の被害は?」


 問われたエルザが少女に尋ねる。元村の住人であるミレアは黙って聞いている。


「沢山死んだけど、奪われた物は少なかったと聞きました」


 下準備のための襲撃なら、できる限りリスクも負いたくないし、間違いなくそうなるだろうな。子供のいそうな者だけ始末すればよいのだ。


「それもそうだけど、理由にしては弱くない?」


「まあ、のんびりと聞いてくれ。さっきの続きだが、釣り場を作るグループと獲物を釣るグループ。そして、獲物を捕らえるグループの三グループの組織的犯罪じゃないかと思ったんだ。そこで連絡役があの黒装束で、恐らく別に黒幕がいるんじゃないか?」


 ラノベとかで領主が盗賊とグルだったみたいな設定はよくある。そんなことを考えながら、自分の仮説を皆にゆっくりと説明した。


「それじゃ、うちの領内にいる盗賊は下準備で、行商人が運び屋、国境の盗賊が留置と販売ということ?」


「もしかしたら、販売担当は別に居るかもしれないがな。そうなると四グループか」


 あくまでも仮説ではあるが、個々の判断理由を続けた。


「ルアルの盗賊はさっき言った通りだ。行商人についてだが、少女二人と三人で国境越えとかありえない。もしそれが可能なほどの能力があるのなら、四人の盗賊なんて始末してるだろ。その割には、ケツを巻くって逃げ出してる。その逃走についても普通なら不可能だ。だから黒だな」


「そう言われると、そうとしか思えなくなるわね。これって刷り込み?」


 お前を洗脳して、俺になんの得があるんだ?


「あ~ん!」


「すみません。先読みは止めてください」


「ふんっ!」


 エルザが顔を顰めて物言いたそうにしたので、瞬時に謝罪する。すると、今度は憤慨ふんがいのエルザが降臨したが、見なかったことにして話を続ける。


「次に俺達が討伐した盗賊達だが、四人はないだろ。今日の昼は、俺達三人に対して何人で襲ってきた? 少数の行商人とはいえ四人で襲うのはリスクが高すぎる。だから、真っ黒だ」


 ラティに関しては、盗賊が俺達を察知した時、馬の姿で荷馬車を引いていたから、盗賊には俺達が三人に見えたはずだ。


「そうね。討伐した盗賊のセリフといい、あの黒装束の存在、それに行商人の不審な行動、初めて私が襲われた時も二十人くらいだったし……」


 おおっ、エルザが納得か? ふふふっ、してやったり。でもまあ、仮説なんだけどね。


「とはいっても、ここで俺達にできることはないからな。この話はそういう組織があるかも? ということを頭の片隅に残すぐらいだな」


「そうだけど……」


 エルザはかなり不服そうにしていた。できるなら、その犯罪集団をまとめてエアープレスの餌食えじきにしたいのだろう。しかし、世の中はそんなに甘くない。

 ということで、犯罪集団に関する憶測は終わりを迎えたのだが、もう一つ気になっていることがあった。


「そういえば、二人は丁稚奉公でっちぼうこうに出たんだよな?」


「「……はい」」


 今まで黙って聞いていたルミアも、マルセルと一緒に頷く。


「この先、行き場の当てはあるのか?」


「いえ……」


「……」


 マルセルが再び表情を沈ませ、ルミアは黙って首を横に振った。

 嫌な予感を抱きつつ、すがる蚊の如くエルザに視線を向けるが、彼女は悲しそうな表情で首を横に振る。

 溜息を漏らし、ミレアに視線を移すが、彼女は深刻な顔でルミアの頭を優しく撫でているだけだ。


 さて、どうしたものかな。エルザとミレアは、何とかしてやりたい気持ちはあるんだろうけど、どうやら無理っぽいみたいだし、俺としても何とかしてやりたいんだが……


 思い悩んでいると、それまでルミアを撫でていたミレアが熱い視線を向けてきた。

 まさか、この状態で襲ってくるとは思えないのだが、思わず身構えてしまいそうになる。

 だが、それは丸っきり勘違いだった。


「ユウスケ様、この子達を奴隷として引き取って頂けませんか?」


 自分の耳を疑った。奴隷? それはいくらなんでもあんまりだろ!


「無理無理! だいたい奴隷なんて、可哀想じゃね~か」


 即座に否定をしたものの、ミレアは首を横に振って話を続けてくる。


「そうしなければ、この子達は生きて行けないのです」


「言いたい事は分からんでもないが、罪のない者を奴隷にだなんて非人道的だろ。俺には無理だ」


 どんな世界でも、奴隷が存在すること自体は理解している。地球でさえ奴隷制度があったのだから、この荒れた世界ではなおさらだ。全く違和感を持つことはない。しかし、自分が奴隷を持つことには違和感、いや、罪悪感を持ってしまう。


「彼女達が生きて行くには、どんなに綺麗事を言ってもお金が必要です。しかし、彼女達にそれを得るための手段は多くありません。私のようにエルザお嬢様に拾われるなんて、神からの贈り物と言えるほどに稀なのです。では、彼女達はどうやって生きていけば良いのでしょうか」


「エルザ、侍女を増やせないのか?」


「そうしたいのは山々だけど、現状は、貴方も知っているでしょ?」


 確かに知っている。今回の討伐で、多少は取り戻せたはずだが、ロマールで三人も侍女を連れる余裕はないだろう。


「きっと、彼女達は犯罪で食べ物を得るか、街角で春を売るか、他で奴隷に落ちるか、余程の幸運でもない限り、普通には暮らせないでしょう。それなら、ユウスケ様の奴隷となって、お側に仕えた方が幸せだと思えるのです。まだ二人とも幼いですが、あと数年もすれば、きっと見栄えのする女になると思います。いえ、きっと、青い果実の方が……」


 こらこらこら、真面目に聞いてたのに、お前、最悪だぞ。青い果実ってなんだ!


「はぁ~」


 ミレアの言葉に呆れつつ、溜息を残して二人の少女に目を向ける。

 二人の少女は不安を隠すことなく、身を縮めながらも、ジッと俺のことを見詰めている。


 確かに可愛いな。きっと、将来は男を虜にするような女になるだろう。なぜかこの世界の女は、みんな可愛いし綺麗なんだよな。だが、それとこれは別だ。というか、彼女達はどう思ってるんだ?


「正直、奴隷なんて抱える気はないが……そもそも二人はどうしたいんだ?」


 奴隷の話は別として、二人の意見を聞くことが大切だと気づく。


「ユウスケ様が優しくしてくれるのなら……奴隷でも」


「あたしも……」


 不安そうにしながらも、マルセルが上目遣いで自分の意見を口にする。ルミアもコクリと頷いた。

 多分、マルセルはまだしも、ルミアに関しては、奴隷になることがどういうことか理解できていないだろう。

 ほんと、この世界は狂ってるな。理不尽なことが起きない世界なんて、そんなものが存在しないことは理解しているが、これはいったい何なんだ? これは、あんまりだ。


「わかった。俺の意見を言わせてもらう」


 決意を露わにすると、全員の視線が突き刺さる。二人の少女は思わず息を呑んでいる。


「二人は俺が預かる。しかし、奴隷にはしない。将来は自立して自分達の幸せを探してもらう。だが、これには約束がある。俺は冒険者だから定住が難しいと思う。そこで、二人には自分自身を守るための力を身に着けてもらう。俺のもとを離れたければ、拒否しないから好きにしていい」


 それまで陰鬱いんうつだったエルザとミレアの顔がパッと華やぐ。ただ、二人の少女は微妙な顔をしていた。


「力をつけるって、痛い思いをするんですか?」


 マルセルは力を身に着けることが、過酷な方法で行われるのではないかと心配しているようだ。明らかに不安な表情を浮かべている。


「痛いことも辛いこともあるだろうな。でも、お前達は楽をして生きて行きたいのか? いや、楽をして生きて行けるのか? 嫌がらせや苛めなんかで、お前達に苦痛を味合わせるもりはない。だが、人が成長するためには、痛いことも辛いことも必要だと思っている」


「「……」」


 二人の少女は、やはり不安が拭いきれないようだ。それも仕方ないさ、俺がどんな人間かも知らなければ、鍛錬がどんなものかも知らないのだ。


「それと、力を身につけて欲しい理由は他にもある。俺は冒険者だ。明日死ぬかもしれない。そうしたら、お前達はまたこの状態に戻る。その時、お前達には金もなく、力もない。それで生きて行けるのか? 今度は奴隷か? 身体を売るか? 犯罪者になるか? もしそうするなら、今から、そうするんだな」


 確かに、俺には多少の金と盗賊から得た財宝がある。だからといって、安易に甘やかせば、きっと彼女達のためにならないはずだ。まあ、俺の独善だ。だが、俺が面倒を見るからには、信念に従ってもらうさ。


「貴方の言い回しには疑問を感じるけど、私はその意見に賛成だわ。この世界は弱い者が泣くのよ。だから、辛い思いをしても自分達に力をつける必要があるわ。もし、貴方達に力があったら、今ここにいないわよ? 両親が死ぬことも、なかったかもしれないわ」


「私もお二人の意見に賛成です」


 エルザは俺のセリフにケチを付けながらも賛成してくれた。二人の少女を眺めていたミレアも真剣な表情で頷く。


「わたしに力があったら、お父さんとお母さんは死ななかったのかな?」


 黙って聞いていたルミアが、エルザの発言に感化されたようだ。


「それは分からない。でも、可能性はあっただろうな」


 力があれば何でも助けることができるなんて、そんな考えは傲慢ごうまんでしかない。どんなに力があったとしても、できることには限界がある。


「わかりました。私はユウスケ様に付いて行きます」


「あたしもがんばります」


 マルセルに続いてルミアも納得してくれたようだ。


 結局、少女達の面倒を見ることになったのだが、何故か俺の周りは全員女なのだ。これは、いったいどんな流れなのだろうか。ラティなんて見た目が幼女だし、これって、もしかしてエルソルの策略だろうか。









 自分で決断したこととはいえ、なぜか、今後の計画が音を立てて崩れていくような想いだった。

 そもそも、計画なんてないじゃないかって?

 すみません計画なんてないです。無計画です。絶対にローンなんて組めません。ごめんなさい。


 焚火を見詰めたまま、これまでのことを思い起こしていたのだが、ふと視線を移したところで、ミレアが深刻そうにしていることに気付く。


「どうしたんだ?」


「いえ、犯罪集団のことを考えてました」


「ああ、あれか」


「もしかしたら、私の時も同じ計画だったのではなかと。私はエルザお嬢様に拾って頂けたので、運よく難を逃れたのではないかと思って……」


 確かにミレアの考えは、まとを得ているような気がする。ただ、今更それを掘り起こしても仕方がない。


「その話だがな、俺は結構な権力者が黒幕にいると予想している。だから、その話は、絶対に他言するなよ」


「えっ!? どうしてですか? 何とかして駆逐くちくした方が良いと思うのですが」


 まあ、普通はそう思うだろうな。俺も心情的には同じだ。


「相手の規模も力も分からないんだ。それに、もし話した相手が黒幕と繋がっていたら、命を狙われるぞ?」


 ミレアはハッとして無言で頷く。自分だけならまだしも、エルザを巻き込むのは避けたいのだろう。


「そうね。本当は殲滅したいけど、私も我慢して時を待つわ」


「起きてたのか。てか、時を待つって……」


 どうやら、エルザは狸だった。いや、狸寝入りだったようだ。というか、意地でも自分で何とかする気でいるようだ。


「起きていたのなら丁度いい。一つ頼みがある」


「なにかしら?」


 まだ頭の中でまとめ切れていない案を二人に提示することにした。


「ロマール行きだが、少し遅らせて欲しい。というか、向こうに到着するのは、あまり変わらないと思う」


「それなら、ラティにお願いするのが筋ね。それで遅らせる理由は?」


 いつもは面倒臭いエルザだが、こういう時だけは話が早くて助かる。


「ドロアの街に着いたら、宿ではなく家を借りようと思う。そして、あの二人はドロアに置いて行くつもりだ。だから、ロマールに出発するまでの間、ダンジョンで二人の基本レベルを上げようと思う」


「ふ~ん。それなら反対する要素はないわね。当然ながら、私達もダンジョンに入るわよ?」


 そもそも、お前が借家でジッとしているなんて思ってね~し。


「それじゃ、ドロアに着いたら借家探しね。ふふふっ、楽しそうね」


 先に言っておくが、お前の家じゃないからな!

 てかさ、これってラノベだと、ヒロイン達、もとい、チョロイン達が豪華な家を欲しがるパターンだよな。


「顔に出ているわ。というより、これはもうわざとでしょ? わざと私を揶揄からかっているのよね?」


 そ、そんなはずはない。しかし、表情を殺せとか、十五歳の少年が習得するには困難な技能だと思うのだが……


「それはそうと、あの子達に手を出しちゃだめよ! あの歳で子供なんてできたら大変だわ」


「うんなことするか!」


 くそっ! こいつはどうしても俺を変態に仕立て上げるつもりだ。ロリコンじゃね~ての。


「ユウスケ様、あと五年ほどお待ちください。そうすれば……それまでの間は、この私がお相手――」


「ご遠慮させて頂きます」


 ミレアの恐ろしい発言に続いて、いつもの発作が始まったので、すかさず食い気味にお断りした。

 それにしても、既にチート展開は始まっているし、今後は俺TUEEE展開とかハーレム展開とか、ラノベのテンプレ展開が起こるのだろうか。正直言って、そんなことになったら楽しいどころか、苦労する姿しか思い浮かばない。


 こうしてラノベ展開にならないことを真摯に望みながら、マップを確認しつつ見張り役を朝まで続けた。










 目の前に巨大な門があり、街にはいるべく沢山の者が並んでいる。

 あれから二日ほど経過し、現在はドロアの街に辿り着いたところだ。時間的には、お昼くらいだ。


「さすがは、ラティだ。あっという間の討伐遠征になったな」


『あは、嬉しいっちゃ』


 褒められたのがよほど嬉しいらしく、ラティは馬の姿で尻尾をふりふりしながら、鼻息を荒くした。


「そうだよね。ラティちゃんは凄いね! 馬に変身できるんだもん。うらやましいな~」


 ルミアがラティを褒めちぎる。もちろん、ラティの言葉が聞こえている訳ではなく、俺の感嘆に反応したものだ。

 現在のメンバーで一番幼いルミアは、幼女姿――本当は年上――のラティと直ぐに仲良くなった。


「ルミア、マルセル、このことは、誰にも言うなよ」


「うん!」


「はい!」


 ラティが馬に変身することだが、二人に隠せる状況でなかった。だから、口止めという形をとった。

 当然ながら、面倒を見ることになっている俺に逆らうはずもない。というか、彼女達なら信じても良さそうだ。


「他にも隠していることが沢山あるのよね」


 なかなか秘密を漏らさないことが気に食わないのだろう。エルザが疑惑の発言と共にジト目を向けてくる。

 何も答えられない俺としては、取り敢えず周りの景色を眺めてやり過ごすしかない。

 そうこうしているうちに、俺達が街に入る順番がきた。


「この娘二人には、証明証がないんだな。一人銀貨一枚で二人だから二枚だ」


 当然ながら、マルセルとルミアの二人は、証明証を持っていないので保証料を払うことになる。

 因みに、ラティに関しては密入者だ。夜中に防壁を越えて街に入ったらしい。今は馬の姿なので問題ないし、既にギルド登録を済ませているので、今更、それを口外する気もない。


「それにしても……お前もだが、黒髪とは珍しいな」


 俺から銀貨を受け取りながら、門番が俺とルミアの髪の毛を見やる。


 そうなのだ、マルセルはこの世界特有の色白茶髪でブルーアイなのだが、ルミアは色白黒髪でブラウンアイであり、髪と瞳の色が日本人のような雰囲気だ。ただ、顔つきは白人に近く、例えるなら日本人と白人種のハーフのような感じだ。そう、実は、めっちゃ可愛いかったりする。


「召喚者の末裔か?」


 この世界の人間は、黒髪黒目を見ると、決まって召喚者と結びつけたがる。


「いや、こいつは俺の妹だ。両親は普通なんだが、俺とこいつは突然変異らしい」


 俺は有る事無い事を並べてその場を濁した。まあ、ぶっちゃけ、この程度で誤魔化せる話なのだ。

 こうして何事もなく街の中に入ったのだが、エルザが話をぶり返してきた。


「そうなのよね。やはり貴方……召喚者でしょ! 顔の作りからして、この世界の人と違いすぎるわよ」


 また始まった……


 もちろん、本当のことをゲロする訳にもいかない。スキル『黙殺』を発動して、彼女に構うことなくルミアについて考える。


 そうなんだよな~、ルミアは召喚者の末裔の可能性があるんだよな。というのも、ルミアのステータスを見て驚いた。なんと、固有能力を持っていたのだ。

 

 ●=新規/▲=上昇


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 名前:ルミア

 種族:人間族

 年齢:十歳

 階級:村人

 -------------------

 Lv:1

 HP:50

 MP:10

 SP:10

 -------------------

 <固有能力>

 マナ回復強化:MAX

 

 <スキル>


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 名前:マルセル

 種族:人間族

 年齢:十二歳

 階級:村人

 -------------------

 Lv:2

 HP:70

 MP:80

 SP:20

 -------------------

 <スキル>


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ルミアの持っている『マナ回復強化』という固有能力をヘルプ機能で確認してみたのだが、マナの回復が異常に早くなるみたいだ。それは、マナ量に関係なく二~三秒で回復が完了するという優れモノだった。あと、その固有能力にはランクがなく、初めからMAXというのも特異だった。

 ところが、それ自体はとても有能な能力なんだが、ルミアのマナ保有量が……この先伸びてくれるといいんだが。てか、固有能力って本当に超レアなのか?


 色々と思うところもあったのだが、さっさと二人の冒険者登録を終わらせ、本題の借家探しをはじめた。

 ただ、案の定、そこでラノベ展開が起こった。


「やっぱり、住まいとなれば屋敷よね」


 なんで屋敷になるんだ? 普通の家で良いだろ! デカい屋敷なんて要らないからな!


 俺としては、鍛錬できる庭と風呂さえあれば、他に関してはどうでも良かったのだが、エルザ主導のもと、大きな屋敷を借りることになってしまった。


 おいおい。エルザ、お前は直ぐにロマールに行くんだ。数日しか滞在しないだろ、口を挟むなよな。


 家賃については、月々大銀貨五枚だ。日本円にして五十万って、法外だよな? 赤坂辺りの高級賃貸マンションみたいだ。

 だが、何を言ってもエルザが頷かない。結局、仕方なく半年分の金貨三枚を払って今日から住むことにした。


 借家の件をクリアし、少女二人の装備を整えるために武器屋に足を運ぶ。そして、そこで面白い武器を見つけることになった。


「オヤジ、この子が使えそうな武器ってあるか?」


「この娘か?」


 オヤジは、ルミアを見て頭を捻る。

 まあ、そうだろうな。俺が思い付くとすれば、槍、短剣、ナイフの類だな。背丈もないし、力もお察しだろうからな。

 オヤジも似たようなことを考えていたようだが、「おっ」という感じで手を叩いたかと思うと、店の奥に入っていった。


「これこれ、これなんてどうだ? これなら、力がなくても攻撃力があるぞ」


 戻ってきたオヤジが持ってきたのは、見紛うことなく『銃』だった。それもリボルバーではなく、ベレッタのようなオートマチック銃に酷似している。


「これって銃か?」


「そうだ」


「弾は?」


「マナだな、これは魔弾を打ち出すんだ。だが、魔法が使えなくても使える優れモノだ」


 確かにそうだが……


「魔弾ということは、マナを使うんだよな?」


「もちろんだ」


「試し打ちとかできるか?」


 それなら裏庭でということになり、オヤジに付いていく。

 オヤジに連れられた場所には、ボロボロの鉄の甲冑が置いてあった。


「ほれ、撃ってみろ!」


 まずは、俺が撃ってみて、次々と交代で試してみたが、甲冑に当てることができたのは、俺とルミアだけだった。

 エルザなんて自分が上手くいかなかったという理由で、銃をゴミ認定する。ほんと、我儘なお嬢様だ。


「これって、不良品じゃないの?」


 エルザは上手く目標物に当てることができず、いきなり暴言を吐いた。

 しかし、オヤジも負けてない。


「なに言ってんだ! お嬢ちゃんが下手なだけだ」


 オヤジがエルザの暴言に反論する。


 いいぞ! オヤジ、もっと言ってやれ!


 オヤジの応援をしている間も、ルミアは楽しそうに的を射ていた。かなり気に入ったようだ。

 ただ、俺としては、不満があった。


「しかしな、オヤジ。これは弱すぎるぞ?」


「やはりそうか。殺傷能力がイマイチなんだよな」


 どうやら、オヤジもこの武器の欠点を理解しているようだ。


「一応、聞いてみるが、この武器は幾らだ?」


「……金貨五十枚ってとこかな」


「いや~、それは、さすがに無理だ」


 携帯性や使い勝手はいいんだが、この殺傷能力で金貨五十枚はね~わ。


「こいつはな、付与魔法やらなんやらで、かなり作るのが大変なんだ。だから、どうしても値が張るんだ」


 目を輝かせて銃をナデナデしていたルミアの表情が、値段を聞いた途端にムンクの叫びと化した。

 結局、涙目のルミアを見なかったことにして、武器については、盗賊からの鹵獲品から短剣と槍を二人に渡すことになった。









 買い物を終え、真っ直ぐ借家に戻った。

 もちろん、買った物は冒険者として必要な物だけではない。なにしろ、マルセルとルミアは今着ている服意外、何も持っていないのだ。

 屋敷に戻って一息つくと、ミレアとマルセルを残して、残りのメンツは庭に集まっている。その二人に関しては、最低限の生活環境を整えている最中だ。

 この屋敷は賃貸料が高いだけあって、敷地を囲う塀がしっかりしていて、外部から敷地内の様子を覗うことができないのが良いところだ。


「どうしたのよ、こんなところで」


 手の空いた者を庭に呼んだのだが、エルザはそれがお気に召さなかったようだ。

 ぶっちゃけ、エルザを呼ぶ必要はなかったのだが、放置すれば文句を言うに決まっているので、仕方なく連れてきたのだ。

 まあ、連れてきたら連れてきたで、不服そうな顔をしている訳だが、あとでグチグチと言われるよりもマシだろう。


「いや、盗賊の宝物庫に開かずの箱が二つあったろ。あれを開けようかと思ってさ」


 実のところ、盗賊の宝物庫には、宝石や宝剣などが多々あったのだが、金貨などの貨幣は少なかった。その理由は定かではないが、足が付きやすい物が保管されていたのかもしれない。

 ただ、その中に何かも分からない古びた箱が二つあったのだが、鍵や守りの魔法が掛かっていて、すんなり開かなかったので、そのまま持ち帰ることにした。

 ところが、武器屋のオヤジが取り出した箱を見た時に、ピンときた。

 それ故に、帰り道の最中に、その箱を開ける方法を幾つか考えておいたのだ。

 ああ、頑張ったのは、もちろん俺でなく、ヘルプ機能だが……


「大丈夫なの? 無理に開けようとすると、呪縛されそうな気がするけど……」


「まあ、大丈夫なんじゃないか?」


「その根拠は?」


 本当はヘルプで教えてもらっているのだが、そんなことを言えるはずもない。だから、適当に誤魔化す。


「なんとなく……勘だ。そう、俺の勘だ」


 う~ん、全く誤魔化せてない気がする……だが、エルザは溜息を吐いて黙り込んだ。

 その態度を快く思いつつ、一つ目の箱を取り出す。

 箱の形は直方体であり、サイズはわりと大きく、長辺が百センチほどで、短辺は五十センチくらいだ。厚みは二十センチくらいであり、重さ的には、それほどでもない。

 その直方体の箱は、高さ三分の二くらいのところで開くように金具が取り付けられているが、開閉側には錠前が掛かっている。しかし、この錠前には、鍵を差し込むような穴もなければ、番号を合わすようなダイヤルもない。


「それでどうやって開けるの? 魔法でロックされていると思うけど……」


「まあ、見てろ。こうやって――」


 エルザは方法について尋ねてくるが、俺は錠前を握って一言だけ返す。

 その途端、錠前が俺の手の中から消えた。

 簡単な話だ。以前に俺やエルザ達の首輪を解除した方法と同じで、アイテムボックスに収納しただけだ。


「そのスキルは反則だわ」


 まあ、俺もそう思う。だが、口にはしない。


 頬を掻きつつも箱を開くと、中には布が敷き詰められていて、その上に鞘入りの短剣のような武器が収められていた。


「短剣かしら、それとも長めのナイフ?」


 エルザの言う通り、刃渡りは三十センチくらいありそうだ。そして、俺が手を伸ばすと、ヘルプ機能が自慢げに告げた。


『それは呪われています。鞘から抜くと、使用者に精神異常が起きる可能性が高いです』


 その言葉を聞いて、慌てて身体ごと手を引く。


 おい。なんで自慢げなんだ? 見破った自分SUGEEEみたいな感じか? つ~か、もっと早く言えよ! だいたい、お前なら開けなくても中身が分かったんじゃないのか?


 慌てる俺を目にしたエルザが、一緒になって飛び上がる。だが、俺はヘルプ機能にクレームを入れるのが忙しくて反応できない。

 そこに、眉間に皺を寄せたエルザお嬢様がクレームを入れてきた。


「ど、ど、どうしたのよ。お、驚くじゃない」


 どうやら、自分が格好悪い姿を晒したことに不満を抱いているようだ。

 てか、こいつ、実はビビリなんじゃないのか?

 込み上げてくる笑いを我慢しながら、手を引いた理由を説明する。


「この武器は呪われているんだ。使用者の精神を狂わせるはずだ」


「時々ある話だけど……」


 エルザとしては、その理由よりも、それを見破ったことの方が気になったようだ。

 ただ、どうしてとは聞いてこなかった。

 もちろん、彼女は両手を腰に当てたまま、怪しいと言わんばかりの視線を向けてきている。


「取り敢えず、これは使えないな」


 罪悪感を持ちながらも、彼女をスルーして、逆の手順で鍵を掛けてアイテムボックスに戻し、次の箱を取り出した。

 そして、同じ手順で次の箱を開けると、今度は二丁の銃とショットガンが収められていた。


「うきゃ! そ、それは!」


 ここで、ルミアの瞳が闇夜を照らさんばかりに輝いた。

 おまけに、今にも涎が垂れそうなほどに、口を開けたままだ。

 元が良いので、そういった顔も可愛らしく感じたりする。


 二丁の銃に関しては、武器屋で見たものと酷似していたが、グリップの部分に魔石のようなものが二つ取り付けられていた。

 ショットガンについては、俺も詳しく知らないのだが、アメリカの警察とかが持っていそうな、ポンプアクション式であり、銃身が短めのショットガンみたいな感じだ。そして、こちらにもグリップ部分に魔石らしきものが二つ取り付けられている。

 ここはやっぱり、エル――ヘルプ機能に登場して貰うしかないだろう。


『どれも魔銃です。二つの魔石の内、一つは威力を増幅するためのもので、もう一つは属性を付与するための装置になります』


 要約すると、事前に魔石にマナを注入しておけば、使用時に威力が上がる。そして、もう一つの魔石に属性を付与すれば、着弾時に属性効果をもたらすことができるということだ。

 ああ、それと、さっきの短剣とは違って、呪われていないとのことだった。


「ユウスケ様……」


 俺が銃について教えてもらっていると、瞳を爛々と輝かせたルミアがすり寄ってきた。


 聞かずとも、お前の目を見ればわかるよ……


「使ってみるか?」


「はい!」


 今の彼女を見ていると、盗賊に捕まって怯えていた姿が、悪い冗談だったかのように思える。

 こうして新たな仲間との生活が始まったのだが、この銃がルミアに大きな変化をもたらすとは、誰一人として想像すらしていなかった。

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