第9話 平和な一日のはずが
今日でドロアの街にきて七日目だ。既に、ダンジョン攻略で五日間ほど戦闘を重ねた。
ダンジョン攻略の五日間は色々とあったが、レベル上げに関しては順調だ。というか、むしろ順調すぎると思う。
レベルでいえば、ダンジョンに初めて入った時がLv3で、現在はLv29まで上がっている。他の冒険者については知らないが、これが異常であることは、考えなくても分かることだ。
当然ながら、この異常さは実力ではない。固有能力である『取得経験値増加』のお陰だ。ただ、一日の討伐数が半端ないのも事実だ。
討伐数に関しては、認識IDをギルドで確認してもらえば分かることだが、それ以前に一日の獲得魔石数を見れば一目瞭然だ。
ラティが途中から参加したこともあるが、五日間で収穫した魔石が約二千五百個と、桁外れな結果になっていた。
一日平均で五百匹。時間平均にすると、八時間の狩で一時間当たり約六十二匹を倒している計算になる。これを買い取ってもらった金額は金貨五枚であり、日本円にすると五百万相当だ。
因みに、魔石の買い取り金額は小サイズの白魔石で一つ銅貨十枚、日本円にして千円相当だ。狩が危険であることを考慮すると、決して高い買い取り金額ではない。そして、中サイズの白魔石で銅貨二十枚、大サイズの白魔石で銅貨三十枚だ。
確かに大金を稼ぐ冒険者もいる。しかし、下級の魔物で一日に金貨一枚を稼ぐ冒険者なんて聞いたこともないと言うのが、エルザとミレアの意見だった。
ここまで話だけを聞けば、「結構なことではないか! 何を悩む必要がある?」と思うだろう。しかし、俺はそう思わなかった。
実のところ、ここ最近、この成長と討伐数の要因を考えていた。確かに魔法の威力は凄いし、パーティーのバランスも悪くない。だが、ここまで狩が順調な理由は明白だ。そう、もっくんのお陰だ。
これまで、どんな敵でも瞬殺。恐ろしいほどのチート武器だ。神器であることを考えると当然かもしれないが、もうこの武器を持っているだけで大抵の敵には勝てるだろう。
魔法を撃つ余裕があるのも、沢山の敵を相手に突撃できるのも、根底にはもっくんの殲滅力があるからに違いない。
まあ、もっくんというチート武器を持っていること自体が、俺のあるべき姿だといえば、それまでかもしれない。だが、自分自身に大した能力もないのに、下級とはいえ階層ボスを瞬殺というのは、些かインチキのように思える。
ラティの戦いぶりを見て、つくづく思い知らされる。本当にこれで良いのかと。
幼女の容姿は置いておくとして、彼女の技量はもの凄い。弓でサクサク敵を倒したかと思えば、カタールを両手に持ち、まるで踊るが如く敵を葬る。それこそ、もっくんを手にした俺でも敵わないのではないだろうか。いや、それこそが問題だ。
神器に頼れば、自身の能力は向上しないだろう。レベルが上がって、スキルを得ることはできるが、技量が上がることはない。
この世界は力が全てだ。地位も力だし、知恵も力だ。そして、直接的な暴力が当り前のように
そんなこの世界で生きて行くために、大切なものを守るために、強くなりたいと思っている。だが、こんな戦いをしていて、本当に強くなれるのだろうか?
きっと、このままではダメなのだろうな。だから、今日はダンジョンには行かず、それを確かめることにした。
誰もが朝食を終えて部屋でのんびりとしている。
昨夜は、俺の貞操危機という意味で大変な事態だったが、今は陽も高くなって落ち着いている。
つ~か、お前は吸血鬼かよ。ミレア! 夜な夜な童貞に襲い掛かるとか。いや、俺としては、捧げてもいいんだがな。エルザがうるさいんだよ。ああ、今じゃ、ラティも障壁になっているけどな。
おほんっ! まあ、危機は去った。
という訳で、自分の予定を進めるための準備を始める。
「今日は休息日だ。エルザとミレアは好きなように過ごしていいぞ」
「ラティさんはどうするんですか?」
「ラティには、ちょっと頼みたいことがあってな」
「ええよ~」
「また、内緒ごとかしら」
今日の予定を告げると、ミレアが首を傾げた。
その理由を端的に答えると、ラティが笑顔を見せ、エルザが不満そうな視線を向けてきた。
多分、自分とミレアだけが蚊帳の外にされたと感じているのだろう。
別に内緒にするような話でもないが、説明も面倒だ。
エルザもラティくらい素直だと可愛いだろうに……まあ、これがエルザだと言われれば、それを否定することもできんか……
「目つきが生温かいわよ。また
「ないない」
間違いなく誤魔化せていないはずだが、どういうわけか、最近はあまりしつこく追求してこなくなった。
エルザも
「それよりも、久々に買い物でも行って来たらどうだ」
一日の収益はパーティーの人数で均等に分けている。だから、現在のエルザとミレアは、以前与えたお釣り以外にも、金貨一枚と銀貨数十枚を持っているはずだ。
均等配分についてだが、エルザとミレアは借金していることもあって、受け取ることを拒んだ。ただ、それはそれ、これはこれなので、言うことを聞かなければスキルを初期化するぞと脅したら、渋々ながら頷いた。
もちろん初期化なんて方法はない。バレたら間違いなく酷い目に遭うはずだ。
「貴方は、どうするの?」
こいつ、俺には名前を呼べと言う癖に、自分のことは棚上げか。まあいい。それよりも、どうするかな……別に隠すことでもないし……
「俺はちょっと確かめたいことがあって、街から出ようかとおもう。夕方には戻るし、明日はダンジョンに行くつもりだ」
「ふ~ん、確かめたいことね~、まあいいわ、わかったわ。それじゃ、私達はお買い物に行きましょう」
「はい。エルザお嬢様」
エルザからあからさまに胡散臭いという眼差しを向けられたものの、なんとかその場をやり過ごし、俺達は別行動を取ることになった。
ラティを連れて宿を出ると、途中で武器屋に寄り、必要な物を手に入れて街の外にやってきた。
ここは街からそれほど遠くない、街道から少し外れた場所にある小さな森だ。
「ユウスケ様、ウチは何したらええん?」
「すまん、すまん。説明してなかったな」
武器屋で購入した三本の木剣を取り出し、短めの木剣をラティに二本渡した。
「悪いけど、俺と少し模擬戦をしてくれないか。残念ながらカタールの模擬刀がなかったから、短剣サイズの木剣になるけど」
「ええよ~。早くやろう」
ラティは迷うことなく了承してくれた。というか、ノリノリだ。
「よしゃ、それじゃ~、やめ! と言うまで続けよう」
「うん。じゃ、いくけ~ね」
そもそも、なんでこんな人目のない所まできて模擬戦かというと、幼女との模擬戦なんて外聞が悪過ぎる。それに、回復魔法があるとはいえ、幼女相手に戦って怪我でもさせたら、周りからどんな目で見られることか、考えずとも想像がつく。
そんな温いことを考えていた頃もありました。
思い上がりとは、まさにこのことだろう。このところの俺TUEEEで勘違いしていたと思い知る。そう、厳しい現実が立ちふさがった。
「そりゃ!」
ラティは左手に持つ木剣を右から左に振るう。そう、バックアタックのような感じだ。
その攻撃を避けると、彼女は脚を踏み出して右手に持った木剣を右側から振ってくる。まるでコマのようだ。
ラティの踏み込みと右手の攻撃があまりにも速く、後手に回ってしまい、その右の攻撃を木剣で止める。
すると、今度は通り過ぎたはずの左手の木剣が、斜め下から襲いかかってきた。すぐさまバックステップで後退するが、ラティの踏み込みの方が速い。振り上げた左の木剣が、今度は袈裟斬りで振り下ろされた。
その遅滞のない変幻自在の攻撃は、避けられる代物ではない。仕方なく木剣で受けると、ラティは即座に懐に入り込み、右手に持つ木剣を脇腹に撃ち込んできた。
痛って~~~~~! こらこら少しは遠慮しろよ。この幼女、実は魔族じゃなくて、悪魔だろ。
「だいじょうぶなん?」
「いや、あんまり大丈夫じゃない……」
「ごめんね」
「謝らなくていいぞ。これは模擬戦なんだから仕方ない」
ラティが珍しくシュンとしている。その仕草だけ見ると、さっきの攻撃を放った者とは思えない。というか、やられた俺が罪悪感を抱いてしまう。
「気にするな、俺の望んだことだからな。だから手加減はするなよ」
「ほんとに、ええん?」
「ああ」
落ち込むラティに返事をしつつ、回復魔法を発動させようとしたのだが――
「あんねぇ~、そんくらいなら、回復つかわんほうがええよ」
「なんでだ?」
「ほんとの戦いやったら、そんな暇ないけ~ね。じゃけ~、ちょっと慣れた方がええと思うんちゃ」
言われてみると、確かにその通りだ。これまで、そんな場面に直面しなかったこともあって、全く気づかなかった。もしやられても、魔法で回復すればいいとか、安易に考えていたし……これも甘さなのだろうな。
「ありがとう。良く分かったよ」
「ほんと? うち、うれしいっちゃ」
訛りにも慣れてきたし、素直に喜びを見せるラティが、これまで以上に可愛く思えてくる。
「よし、もう大丈夫だ。もう一回やろう」
「うん、ええよ」
こうして動けなくなるまで模擬戦を続けた。もちろん、動けなくなるのは俺だ。つ~か、これじゃ、模擬戦じゃなくて、俺のための稽古じゃね? いや、俺って唯の木偶?
結局、ラティから一本も取れなかった。おそらくは、もっくんを握っていても結果は変わらなかっただろう。でも、それが分かっただけ大きな収穫だ。俺の想定は、間違ってなかったということなのだ。
模擬戦――俺の稽古を終わらせたところで、時間的にも丁度良い頃合いだ。宿で作ってもらったお弁当を食べることにした。
まあ、お弁当といってもおにぎりなのだが……
というか、異世界といえば、普通なら、米、味噌、醤油などがなくて、米を食いて~、という展開になるはずなのだが……いま食べているおにぎりは、海苔で包まれた梅干し入りだったりする。
歴代召喚者様、本当にありがとうございます。
因みに、お弁当のおにぎりは、どうやらロシアンおにぎりだったらしく、ラティはカラマヨ鶏ささみに当たったようだ。涙を流しながら咽込んでいる。
可愛そうなので、俺の梅干し入りと代えるかと聞いてみたが、梅干しは却下らしい。ん~、美味しいのに。
結局、最後のおにぎりが『ピチア』と呼ばれる桃のような果実が入っていたことで、ラティはニコニコしながら締め括った。
ただ、俺としては、果物の入ったおにぎりのどこに喜ぶ要素があるのか、全く理解できない。
幼女は驚いていた。だからといって、暴漢に襲われて身の危険を感じたわけではない。
もちろん、俺がロリコンに走って、
ただ、要求という意味では、間違ってない。ラティは俺の要望を聞いて、瞳を大きく見開いているのだ。
「ほんとにええん?」
「いいぞ! 遠慮せずにズバッとやれ!」
現在、彼女の目の前には、フード付きコート――神器が巻き付けられた、直径三十センチくらいの丸太が地面に転がっている。
この丸太は、森の木をもっくんで切り出してきたものだ。自然保護団体の皆さま、大変申し訳ありません。
「んじゃ~やるけ~ね。やっ~~~!」
ラティは俺のフード付きコートを着た丸太に、カタールを思いっきり切り付ける。
初めはもっくんで試そうかと思ったが、それじゃ全く参考にならないことに気付いたので、ラティにお願いすることにしたのだ。
「痛った~~~! 痛いっちゃ!」
どうも、地面に置いた丸太を思いっきり斬り付けた所為で、手首を痛めたみたいだ。
涙目になっている。ちょっと可愛いかも……
「ミドルヒール!」
「あんがと」
ラティが落ち着いたところで、まずフード付きコートを確かめた。カタールで切り付けられたコートは、薄っすらと傷跡が残っている。
次に丸太を確認する。丸太の方は切れてはいないものの、派手な打撃痕が残っていた。
この結果から推察できることは、コートは余程のことでもない限り切り裂けない。しかし、その内側は、多少は衝撃が緩和されているものの、全く無傷とはいかないということだ。
まあ、模擬戦の時にやられているので、ある程度は予測できていたのだが、敢えて確認してみたのだ。
その後、ジーンズも試してみたが、その時、俺のパンツ姿に感銘を受けたラティが「これはいいものなんちゃ」と言ったのは、聞かなかったことにした。
色々と試みた結果、様々なことが分かった。
・もっくんは、俺が使わないと切れない
・コートやジーンズは、鉄の鎧程度の物理防御力しかない
・コートやジーンズは、攻撃魔法の効果がかなり軽減される
・コートやジーンズを着ると身体能力が少し上がる
・ラティはちょっとエッチな幼女だった
まあ、予想通りとも言えないが、成果があったのは良いことだ。
装備の確認が終わったところで、今度は固有能力について確認することにした。
俺の固有能力だが、昨日のダンジョン攻略で基本レベルが29になり、ランクがEに上がった。そして、『空間制御』の能力が拡張され、今まで使用できなかった『伝達制御』が使用可能となった。
拡張された固有能力の内容は、多岐にわたる。
[空間制御]
・アイテムボックス:20種類×30個→40種類×40個
・浮遊:高度五メートル→高度十メートル
・飛翔:飛行距離100メートル/高度は浮遊高度依存
・空牙(攻撃能力):直径十センチ球体/単発/目視距離
[状況把握]
・マップ機能:探索範囲100メートル→500メートル
[伝達制御]
・伝心:半径五メートル範囲
ということで、アイテムボックスの確認ついては、宿に戻ってからでもできるので、まずは『浮遊』能力から試してみることにした。
「おおおおおお!」
「凄いっちゃ~」
俺が浮遊と念じると、スーって感じで身体が上昇した。まるで風船を飛ばしたような感じで上昇する。これって俺のイメージが影響しているのだろうか。
上昇や降下を色々と試してみたところ、やはりイメージによって上昇や降下の速度が変わるみたいだった。取り敢えず使用感を確認して、次の能力の試験をすることにした。
「うひょ~~~~~!」
これは最高だ! 空を飛びたいなんて話はよく聞いたけど、これを体現したら、きっと誰もが飛びたいと思うことだろう。
制御が思った通りに飛行できるので、高さによる恐怖感は全くない。
「わ~~~ん、うちも飛びたいっちゃ~~~!」
地上では、ラティがやんややんやと騒いでいる。
降下と着地をイメージすると、イメージ通りに地面に降り立つことができた。
「ぶちすごいっちゃ~~~~! 気持ちええ~~~~!」
今度はラティを抱っこして空を自由に飛び回るのだが、現在のランクでは『浮遊』の限界高度である十メートルを越えられないみたいだ。それと、飛行距離についてだが、限界飛行距離に到達すると自動で軟着陸した。しかし、再び念じると飛ぶことができた。
う~ん、自由自在の百メートルジャンプといった感じだな。これはかなり使える能力だな。
この限界飛行距離に関してもランクが上がる度に延長される。例えばAランクになると十キロメートルまで飛行可能になるみたいだ。
散々飛び回って満足したところで、次に『空牙』という初の攻撃能力を試してみた。
ヘルプの解説によると、対象物に異空間を重ねることで、その対象物と異空間が重なった場所を切り取る攻撃らしい。
なんか、難しい説明だったが、おそろしくヤバい攻撃のような気がする。
さっそく直径三十センチくらいの木の幹に向けて『空牙』をイメージしてみる。
すると、幹に真ん丸の穴が開いた。近づいて確かめてみると、その木の幹に空いた穴を通して向こうが見える。
自然保護団体の皆さま、度々申し訳ありません……
解説に『単発』とあったので、再び発動させてみたが、見事に発動しなかった。そして、何度か繰り返してみたのだが、どうやらディレイタイムがあるようだ。約五分経過すると使えるようになった。これもランクが上がるとサイズアップや連続発動が可能となるとのことだ。
その次だが、いつでも確認できるマップ機能は置いといて、最後の『伝達制御』能力である『伝心』を使ってみる。
『ラティ、聞こえるか?』
『うん、聞こえるちゃ』
色々と距離などを変更して試したり、発動アイテムであるパーティーアイテムの持ち方などを変えて試してみたりした。
『伝達制御』の能力は概ねヘルプの解説通りだった。その内容は至って簡単なものだった。
・使用可能なのはパーティーメンバーのみ
・パーティーメンバーの判定はパーティーアイテムで認識
・パーティーアイテムを手に持つ必要はない
・パーティーアイテムと使用者の距離は半径一メートルが限界
・俺だけはパーティーアイテムが不要
・伝心といっても心が繋がるわけではない
あと、伝達制御で試せてないのは、複数人数の同時チャットだ。
因みに、パーティーアイテムとは、パーティー作成時に使ったアイテムであり、俺たちでいうと『銅貨』ということになる。ラティに関しては、ダンジョンに入る時に、追加で作成した銅貨を渡している。
こうして自分の不甲斐なさ、装備の能力、新規獲得や向上した固有能力の確認を終わらせ、ドロアの街に戻ることにした。ただ、大切なことを忘れていた。そう、ラティに口止めするのを失念していたのだ。
一通りの確認を済ませ、ドロアの街に向かう街道を歩いている。あと十分も歩けばドロアに辿り着くだろう。
飛翔を使えば直ぐにたどり着くのだが、周りに知られたくないこともあって、面倒だと思いつつも歩いている。
ただし、ラティに関しては、鍛錬がてらに、俺が肩車している。
そして、仲良く会話をしながら歩いているといった状態だ。
「そう言えば、初めての時、なんで大人の姿に変身したんだ?」
ダンジョン攻略が忙しくて忘れていたが、今更ながらに、以前に感じた疑問を投げかけてみた。
「従者になるんやったら、大人の方が有利やけ~ね。それに村の婆ちゃんが、乳のデカイ女の方が、男が喜ぶって言っちょったけ~ね」
「そうか……」
確かに間違ってないような気がするが、婆さんや、子供に何を教えてんだ?
実は、俺は巨乳好きという訳ではない。これは嘘でもなければ、誤りでもない。どれだけ周りに否定されても間違いない。だからといって貧乳好きでもない。なんでも程度というものがあると思う。
そもそも、女性を胸で判断するのは、失礼極まりないと思う。確かに男としては、胸に女らしさを感じたりもするが、大切なのは乳のサイズじゃないはずだ。やはり、男も女も中身だろ。乳や金ではないのだ。
まだまだ、世間を知らない俺としては、それが間違っていないと信じている。
「じゃ~なんで、子供バージョンに戻ったんだ?」
乳についての持論に決着をつけ、もう一つの疑問に移る。
「あんねぇ~、あん時はお腹がへって集中できんくなったんちゃ。それに、マナが少なかったんちゃ」
ラティの説明からすると、獣化は固有能力だから問題ないが、変身はマナを使って魔道具の力を発動させていることから、イメージの失敗とマナ枯渇の所為で本来の姿に戻るらしい。
どうやら、現在の人間族偽装には大したマナを消費しないが、成長体への変身には、多くのマナを消費するようだ。
ああ、どういう訳か、固有能力の使用ではマナを消費しない。だから、固有能力とは使いたい放題で最高な能力だといえる。
「あ、それと黒ヒョウなんだけど、なんで黒ヒョウ?」
「あんねぇ~、従者っていうたら、黒ヒョウなんちゃ」
確かにバビル◯世はそうだけどさ。いや、あれは黒ヒョウが人に変身するんだよな?
まあ、アニメネタは置いておくとして、出会った時のラティの基本レベルはLv38で、固有能力がEランクだった。Eランクだと地上生物の小中大の三サイズに変身できるらしい。
ただ、現在の固有能力ランクは、俺達とのダンジョン攻略でDランクに上がっている。Dランクでは水性生物の小サイズにも変身可能だ。更にランクアップしてSランクになると水性生物と飛空生物の大サイズに変身できるようだ。
ということは、ラティは一人で黒ヒョウ、海の
あと、変身に関してだが、今までの実績では、小サイズがネズミと猫で、中サイズはヒョウと馬に変身したことがあるらしい。しかし、大サイズには変身したことがないとのことだ。もし、大サイズの変身をするなら地竜になりたいと言っていた。
まあ、大サイズに関しては、場所と餌に難がありそうなので、できれば遠慮して欲しいところだ。
そのあとも、ラティは自分のことを色々と話してくれた。
例えば、魔人族にも関わらず、マナが少なく魔法が上手く使えなくて、同年代の魔人からは虐められ、村の人達からはつま弾きとなっていたとか。
マナが少ない代わりに身体能力が高く、村の大人達の戦闘力を優に超えていたとか。
両親は幼い時に竜との戦いで亡くなって、それからは一人で狩りをして暮らしてきたとか。
変身の魔道具である『相貌の指輪』が母の形見であり、大切なアイテムであるとか。
聞いている方が泣けてきそうな話ばかりで、凄くショックを受けた。そして、この世界は理不尽なことが横行していることを再認識した。
せめて、俺だけでもラティを可愛がってやろう。できるかぎり彼女を大切にしよう。
心中で自分自身に誓いを立て、少しでも場の空気を明るくするために、ラティの好きなことなどを話題にしながらドロアの街に戻ってきた。
「宿に戻るん?」
「いや、ちょっと武器屋によりたい。ラティは先に戻るか?」
「うんにゃ、一緒にいくんちゃ」
「それじゃ~、一緒にいくか」
「うん」
どうも、ラティは独りが嫌なようだ。特に危険がなければ、できるだけ一緒にいるようにしよう。
「ちわ~すっ」
「お、また、あんちゃんか!」
武器屋に入ると、ハーフドワーフのオヤジが、相変わらずの大声で出迎えてくれた。
見た目は厳ついし、声はデカいし、ぶっきらぼうな感じがするが、実はとても親切で色んなことを教えてくれるツンデレオヤジだ。
「今度は、どうしたんだ?」
「武器が欲しくてね」
「どんな武器がいい? 誰が使うんだ?」
「おれおれ、剣がいいんだけど、サーベルみたいなのがいいのかな?」
日本人の俺としては、叩き付ける剣より切り裂く刀やサーベルの方がしっくりきそうな気がしていた。
「サーベルなら、これとこれだな」
「これって良く切れる?」
「ん? 知らないのか? サーベルで切れるのは、先っぽだけだぞ?」
「そっか~、叩きつけるんじゃなくて、斬れる武器が欲しいんだけど」
「斬れる武器か。それなら、ちょっと待ってろよ」
武器について知識がないこともあって、好みだけを伝えると、ツンデレオヤジは、奥の部屋から何かを持ってきた。
因みに、キレる女については間に合っている。エルザ一人で十分だ。
「それなら、これだな」
オヤジが突き出したのは、見事な刀だった。これも遺産により製法が伝えられたことによる産物のようだ。
本当に歴代召喚者、さまさまだな。
「この刀の素材は黒鋼だからな、その辺りの剣より強度は上だが、ミスリル鋼には負けるな。だが、強度と
差し出された刀を受け取り、ゆっくりと鞘から抜いてみる。独特の波紋をもった刀身が目に映る。そして、吸い込まれるように魅入られる。
ああ、切刃とは、切れ味を落とさないための魔法だ。
「気に入った。オヤジ、これいくら?」
「金貨五枚だな」
日本円にして五百万円相当か、武器の相場が分からないから、高いのやら安いのやら判断がつかない。
まあ、命を預けるものだしケチるのもどうかと思う。お金に関してもまだ余裕があるし、これを買おう。
「わかった。これをもらうよ」
「まいど! それはそうと、予備は持たないのか?」
「予備なんているの?」
「そりゃ、もしもの時に困るだろ」
今まで、もっくんを使っていたことの弊害なのかもしれない。武器が壊れるとか考えてもいなかった。だが、言われてみると確かにそうだ。
「他にも刀があるのか?」
「いや、ねえ。脇差ならあるがな」
脇差か、悪くないな。
「脇差はいくら?」
「ん~、一本買ってもらってるしな、金貨二枚にマケとくぜ」
そもそも相場を知らないので、マケとくと言われてもピンとこないな。
結局、武器屋で日本刀? この場合、異世界刀になるのかな? と脇差を購入して剣帯に二本差しで取り付けた。
「あの武器はもう使わんの?」
「ああ、あれは封印だ」
今日の模擬戦の結果から、もっくんを封印するという結論に至った。
ただ、ラティとしては、それが疑問だったのだろう。可愛らしく首を傾げている。
「なんでなん?」
「あれを使ってると、俺自身の技術が向上しないからな」
そう、あの武器はチート過ぎて使い手をダメにする。俺の技量がチート級になったら使うことにしよう。
「それで、悪いんだけど、これから毎日模擬戦をしてほしいんだが」
「ええよ~。うちも楽しいけ~ね」
それにしても、フード付きコートにタンクトップ、ブルージーンズ、ブーツに二本差しの日本刀とか、すげー浮いている気がする。なんて考えながら、ラティを肩車して宿に戻った。
宿に戻ると、エルザが険しい表情を貼り付けていた。
なんか、部屋に入りたくないんだが……いったい何があったんだ?
「その刀はどうしたの?」
物凄く険悪な雰囲気の部屋の中に、渋々ながら脚を踏み入れると、エルザの方から声をかけてきた。どうやら、腰に吊るした刀が気になったようだ。
「これか? ん~、ちょっと木刀を封印することにしたんだ」
「えっ? どうして封印する必要があるの? 特に問題があるように見えなかったけど」
素直に答えると、エルザは武器を変えたことに疑問を感じたようだ。
「あれな、あまりにも切れ過ぎて、俺の腕が上達しないと思ったんだ」
エルザは少し考え込んでから「そうかもね」と言葉を漏らす。多少は理解できたのだろう。
「悪いな、今後は暫く殲滅力が下がると思う」
「それは、仕方がないわ。自分を鍛えるためにそれが必要なら、私があれこれ言うことではないもの」
「そう言ってくれると助かるよ」
特に異論なく納得してくれた。だが、他に何かを言いたそうにしている。仕方なくエルザの話を聞いてやることにした。
「ところで、エルザはどうしたんだ? 険しい顔をしてるけど」
「そんなことないわ」
それこそ、そんなことはないだろう。ミレアの方を見ても心配そうな顔で様子を覗っている。
「ミレア、何かあったのか?」
「……実は買い物に行ったときに、少し嫌な話を耳にしたんです」
やはり、買い物の最中に何かあったようだ。いまは、あの時のように悪臭を漂わせているわけじゃない。むしろ、いい香りがする。だから、余計に何があったか気になる。被害があったのかと続けて聞いてみたが、特に実害はないという。
「実は、国境付近で、また盗賊の被害が出ているという話を耳にしたのよ」
エルザが重い口を開いた。その内容は、ある意味では実害があったことだ。だが、それを今さら悩むのは前向きじゃない。ただ、エルザの性格からすると、思うところがあるのだろう。
というか、あれだけ始末したのに健在なんだな。台所の黒い悪魔みたいだ。
「それで、どうしたんだ?」
「はっきり言うわ。私は盗賊を討伐したいの。今の実力なら、きっと簡単に殲滅できるわ」
「しかし、エルザお嬢様、それはあまりにも危険です」
「申し訳ないけど、ラティも手伝ってくれるなら、間違いなく瞬殺よ」
「でも、盗賊のテリトリーで戦うのは、何が起こるかわかりません」
エルザの想いは、この話が出た時に、もしかしたら? レベルで想像できる範囲だった。まあ、想いは同じだからな。だが、ミレアの意見も理解できる。
「正直言って、エルザの想いはわかる。というか賛成したいところだが……」
「だが?」
「国境付近まで馬車で往復十四日以上かかるし、戦うことや一旦ドロアに戻ることを考えると、ロマールに行くのがギリギリになるぞ」
「そ、それは、分かってるわ」
どうやら、俺が戻るまでに色々とスケジュールを考えていたのだろう。既に計算済みのようだ。
「それに、移動手段がない」
「そ、そうね……」
十四日というのは、あくまでも馬車の場合だ。徒歩だと倍は掛からないものの、二十五日くらいはかかる計算だ。
「実はな、俺はエルザ達をロマールへ送ってから、直ぐにとはいかないが、あの盗賊団を殲滅するつもりだった」
「「えっ!」」
エルザとミレアが驚く。まあ、普通は独りで盗賊団を討伐になんて行かないからな。
「仕方ないわね……でも、また貴方にお願いする形になるのは……」
渋々ながらエルザが諦めたのだが、何を考えたのか、ラティが爆弾を投下。そして、全てがアボンと崩れ去る。
「あんねぇ~、うちなら、そんな時間はいらんよ?」
ラティ~~~~~! 失火した導火線に、着火はやめなさい。
ここでやけぼっくりは頂けない。即座に否定の意見を口にする。
「ラティだけ行けても仕方ないだろう」
「うちが馬になって馬車を引くんちゃ。四人ぐらいは平気やし! それに、うちなら馬車の三倍は早う着くけ~ね」
「ラティさん、馬に変身できるのですか?」
「うん!」
ミレアの質問に、ラティは満面の笑みで頷く。
ラティが馬に変身できることを知らなかったエルザとミレアが、零れ落ちそうなほど目を丸くしている。
それにしても、三倍ということは往復で五日か!? 確かに、日数的には問題ないが、それはそれで、拙いんじゃないのか?
「いや、そんな速度で走ったら怪しいだろ」
「うんにゃ~、夜に時間を稼いで昼はのんびり行くけ~、誰にも見つからんちゃ」
「それなら問題ないわね。明日、出発しましょう」
おいおい、エルザ、なに勝手に決定してんだよ!
結局、ラティの爆弾発言で緊急盗賊退治が決まってしまう。俺の意見なんて木の葉のように吹き飛ばされた。ただ、エルザの顔は晴れ晴れとしている。そして、その顔を見た時、少しばかり心が和むような気がした。
急な話になったが、これはこれで良かったのかもしれないな。なんて納得していると、エルザが怪訝な表情を向けてきた。
「ところで、刀を購入するには時間がかかり過ぎじゃない? 何をしていたのかしら」
俺とラティが宿に戻ったのは、夕方の五時くらいだ。それを不審に思っていたのだろう、今頃になって問い質してきた。
「あんねぇ~、二人で空を飛んできたんちゃ~。ぶち気持ち良かったけ~ね」
ここでラティに口止めするのを忘れていたことに気付いたが、時既に遅かった。
こうして可愛らしい小悪魔ちゃんの所為で、せっかくの別行動で穏やかだった一日が終わりを告げ、波乱の夜が始まった。
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