第8話 エルザのダンジョン日記


 少しばかり肌寒い。

 ピーチクパーチクと騒ぎ立てる小鳥のさえずりは、爽やかというよりも、多少、うざったい気がする。

 ああ、そろそろ起きる時間なのね。


 未だ朦朧とする意識の中で、夜が終り、新たな朝がやって来たことを知る。

 以前なら、まだまだ惰眠を貪る時間だけど、ここ最近では早起きも楽しくなってきた。

 なにしろ、食事を済ませたら、またダンジョンで暴れられるのだ。

 そう思うと、意識の覚醒が速いような気がする。

 眠い目を擦りながら周囲に視線を向けると、瞳に映るのは、右隣のベッドで休んでいるミレア。それから、左隣のベッドで熟睡しているユウスケ。

 ただ、ユウスケのベッドは、毛布が妙に盛り上がっている。

 まさか、彼が妊娠するはずもないし、導き出される答えは限られている。


 ああ、そういうこと。結局は潜り込んだのね。


 直ぐにピンときた。というより、予想できていた。

 昨日は、ラティが増えたことで、三人部屋から四人部屋に移ったのだけど、いざ寝るぞというタイミングで、彼女がユウスケのベッドに潜り込んだ。

 それを目の当たりにして、自分でも理由は解らないのだけど、許せない気持ちで一杯になってしまって、恥ずかしながら少し取り乱してしまった。でも、少しだけよ?

 その騒動で、結局はそれぞれのベッドに入ったのだけど、きっと、こうなるのだろうと思っていたわ。でも、昨日は疲れていたから、それ以上どうこうする気にもなれなくて、諦めてしまった。


 エルザ=マルブラン。それが、気高き私の名前。そして、今日は私のターンよ。


 誰が勝手にそんな事を決めたのかですって、そんなの、私に決まってるじゃない。

 あ、今、「なに、この女!」と思ったでしょ! それくらいお見通しよ、私は読める女なのよ。

 ご存知の通り、ローデス王国の西隣にあるルアル王国のマルブラン家の三女。今年で十三歳になるのだけど、色々とあってローデス王国の冒険者学校に入学することにした。

 色々の辺りについては、当然ながらミレアは知っているのだけど、ユウスケには話してない。

 そもそも、興味がないようだし、自分からペラペラと話すことでもないもの。


 ここ最近は、踏んだり蹴ったりだったわ。

 下等な男達にひん剥かれて、乙女の恥ずかしい姿を晒すことになるなんて、それこそ自殺ものだわ。せめてもの救いは、何とか脱出できたこと、それに、貞操を守れたことくらいね。

 ただ問題があるわ。そうよ、あれよ! ユウスケからのちぃカップ認定! 絶対に許せないわ。

 見てなさい。いつかとっちめてやるんだから。


「おはようございます」


「おはよう」


 ミレアも起きたみたいね。

 この子とも色々あったけど、いまでは、私が心を許せる数少ない人になっている。

 胸が大きいのは少しムカつくけど、私もそのうち大きくなるはずだし……

 もう胸のことを考えるのは、やめましょう。朝の清々しい空気が不味くなるわ。


「あら、やはり、ラティさんは入っちゃいましたか」


「そうね。別にいいわ」


「そうですか? 昨日は……」


 んもう! 少しは空気を読みなさいよ。


「昨日は虫の居所が悪かっただけよ」


「それなら良いのですが……ユウスケ様が名前を呼んでくれないとか、ラティさんの時は、直ぐに名前で呼ぶようになったとか……」


 むぐっ、このメイド、やっぱり始末した方が良いかしら? 空気を読むことを知らないみたいね。間違いなく栄養が胸に行っているはずだわ。


「ん、うお、ら、ラティ!」


 やっと無神経男が起きたわ。それよりも、そんなに驚くこと? これくらい予想できるじゃない。相変わらずの単細胞なんだから。


「おはようございます」


「ああ、おはよう。てか、ラティの奴いつの間に潜り込んだんだ?」


 全く気付かないなんて、この男の人生は長くないわ。絶対に根首を掻かれるわ。というか、そもそもラティの何を信じて従者になんてしたのかしら。

 だいたい、私とミレアが善人だから良かったものの、私達が悪女だったらどうするつもりなのかしら。きっと、彼の人生って、つまらない女に引っ掛かって酷い目にあうか、寝首を掻かれるのが関の山でしょうね。


 はぁ~、ほんとダメな男なんだから! 私が教育してあげるしかないわね。って、なんで私が……


「そろそろ朝食にしましょ。昨日の遅れを取り戻したいわ」


「そこまでムキになってダンジョン攻略しなくてもよくないか?」


 そう、これが沢山ある悪いところの一つ。せっかくの機会なんだから、もっと高い志を持てないものかしら。


「こんな機会なんてそうそうないんだから、十九階の階層ボスくらいはご対面してみたいわ」


「てか、まだ九階の階層ボスすら倒してないぞ?」


 あ、また、この男は「面倒だ」って顔をしたわ。私が気付いていないとでも思っているのかしら。

 貴方の考えていることの半分以上は、その顔を見れば理解できるわよ。

 本当に鈍感で無神経で覇気がなくて……でも、時々、本当に時々だけど、少しだけ優しかったり、頼り甲斐があったり、私の悪いところをきちんと指摘してくれたり、嫌々ながらも我儘わがままを聞いてくれるところは、ちょっと、ほんのちょっとだけ評価してあげるわ。


 幼年学校の同じクラスのバカな子達――友達ではない――にとっては、優しさとは何でも我儘を聞いてくれることだと思っているようだけど、私はそう思わないわ。相手を思えば、時には耳が痛いことを言う必要もあるはずよ。そうでなければ、きっと、人として良い方向に成長できないと思う。

 それに、嫌なことを嫌な顔を見せずに対応できる男の方が気持ち悪いわ。何を考えているか解ったものではないもの。

 まあ、嫌な顔をされた時に素直な態度で受け止められるかは、別の問題だけどね。

 さすがに、私もそこまで人間ができている訳ではないのよ。それくらいは我慢してもらうしかないわね。









 宿にしては満足できる朝食を摂っている時に、ユウスケが昨日の成果を話してくれた。

 三人とも基本レベルが三つ上がって、スキルポイントっていうのが増えたらしい。

 それにしても、ユウスケはどうしてこんな能力があるのかしら。

 スキル体系にしたって、誰も究明できてないのに……

 装備だってそうよ。あの『もっくん』とかいう武器なんて、模擬刀なのに何でもかんでもスパスパ両断するし、衣類は返り血を浴びたはずなのに、気が付いたらきれいさっぱり、まるで新品のようになっているもの。

 特に最近は、かなり遠くの様子まで把握しているみたいし、どれだけ否定したって、『神』『使徒』『勇者』の三者択一よね。

 まあいいわ。いつかゲロさせてみせるわ。


 現在の私のスキルポイントが41ポイント。そのポイントで取得可能なスキルの説明を面倒そうだけど懇切丁寧こんせつていねいに教えてくれた。でも、その態度はマイナス十点よ、ユウスケ。

 まあ、ユウスケの減点は置いておくとして、私としては高威力、広範囲の魔法をぶっ放したいのだけど、最近の戦闘を考えると、威力よりも攻撃回数、攻撃速度、マナの消費量、回復速度の方が大切だわ。

 それに、現時点で大魔法なんて使うと、マナ量的に一発終了になりそうなのよね。一発女なんて嫌だわ、響きも悪いもの……

 ということで、今回は魔法補助系のスキルを取ることにする。


 ●=新規/▲=上昇

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 名前:エルザ=マルブラン

 種族:人間族

 年齢:十三歳

 階級:マルブラン伯爵家三女

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 Lv:17

 HP:220

 MP:400

 SP:11

 -------------------

 <スキル>

 生活魔法

 風属性魔法Lv3

  [エアーアタック]

  [エアーカッター]

  [エアープレス]

 マナ回復向上Lv3▲

 消費マナ減少Lv2●

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 これでまた一歩、偉大なる魔法使いに近付いたわ。あと、ミレアは前衛職のスキルを増やしたみたい。どうやら、彼女は私を守ることを念頭においているみたいね。

 そういう面は、褒めてあげたいところね。


 ●=新規/▲=上昇

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 名前:ミレア

 種族:人間族

 年齢:二十歳

 階級:マルブラン伯爵家メイド

 -------------------

 Lv:18

 HP:250

 MP:440

 SP:5

 -------------------

 <スキル>

 生活魔法

 神聖魔法Lv1

  [スモールヒール]

  [ミドルヒール]

 槍術強化Lv1●

 身体強化Lv2

 危機察知Lv3

 気配察知Lv1  

 視覚向上Lv1●

 聴覚向上Lv1●

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ユウスケとラティに関してだけど……まあ、この世界でスキルの詮索せんさくはタブーなのよね。だから聞かないことにしましょう。

 さ~、ダンジョンに行くわよ! 早くぶっ放したいわ。


 準備も済ませ、いよいよダンジョンだわ。と喜んだのだけど、ラティが冒険者登録していないことが判明した。

 なんて使えない幼女なのかしら。まあ、中身は年上だけど……


「ラティ、識別IDタグなしで、どうやってダンジョンの中に入ったんだ?」


「あんねぇ~、夜中に門番を叩いて入ったんちゃ」


「えっ、それってあやめてないだろうな?」


「大丈夫ちゃ、お休みさせただけっちゃ」


 ユウスケの質問に答えるラティは、なぜか楽しそう。

 ああ、門番については、昏倒させただけみたいだから大丈夫よね? まあ、そういうことにしておきましょうか。

 そんな訳で、行先がダンジョンではなく冒険者ギルドになったのだけど……本当に大丈夫なのかしら……


「大丈夫だろ」


「本当に?」


 ユウスケは、然もたいしたことではないかのように頷いた。

 その自信ありげな理由を教えてほしいものね。


「ギルド登録って自己申告で、そのあとに真偽石しんぎせきに手を乗せて、申告に誤りがないか確認するだけだろ。それに申告書には種族を示す欄がなかったからな」


 そう言われると、確かにそうだわ。

 種族欄がないのは、私も不思議で係の人にたずねたのだけど、その答えは初めて知る事実だった。

 それは、ギルドの発足者が召喚者で、そのパーティーメンバーが多種族で構成されていたが故に、種族については人種差別につながるから記載しないとのことだった。

 これは、ギルドにおける絶対のルールであり、この禁を破ると、現在ギルドで使われている様々な魔道具が、使用不能となるとのことだ。


「でも、問題は殺人じゃない?」


「そう、それなんだよな。ラティは人を殺めたことがあるか? てか、昨日の二人は間違いなく死んでるか……」


 ユウスケが珍しく私の意見を素直に受け止めた。

 ダンジョンでは盗賊を二人始末していたけど……でも、あれは盗賊だから不問ね。

 確か真偽の問いかけは「これまでに私利私欲にて罪のない者を殺めたことがあるか」という内容だったから、盗賊を始末しても、これには該当しないと思う。


「人殺しとかしちょらんよ?」


「いやいや、ダンジョンで盗賊を始末したよな?」


「あっ……」


「大丈夫、大丈夫! あれはゴミだから」


 ユウスケが、ツッコミとフォローの両方を使いこなしているわ。

 というか、なんでラティの頭をでているの? 私には……それにラティのことは、しっかり名前で呼んでるし、それも愛称だし……本当に朴念仁なんだから。


 少しばかりイライラしている間に、何事もなくラティの冒険者登録が完了した。


「エルザお嬢様、ユウスケ様は少し思慮が足らないだけで、エルザお嬢様を嫌っている訳ではないですよ」


「わ、わかってるわよ」


 ミレアがフォローしてくるけど、そんなことは理解している。

 ただ、私自身がなぜこんなに苛立つのか、その理由が解らなくて歯がゆいのだ。


「待たせたな。無事完了したぞ。さて、ダンジョンにいこうか」


 ラティに左手を握らせたまま、苛立ちの元凶が近づいてくる。


 ぬうううう! 何故か怒りが込み上げてくるわ……でも、ここは我慢よ、この後のダンジョンで鬱憤うっぷんを晴らしましょう。


「どうしたんだ? お前」


「お前って言わないでよ!」


 透かさずユウスケのお尻に蹴りを見舞ったのだけど、それは乙女らしき行動とはいえないわね。少しばかり目を瞑ってもらえるかしら。









 ここまでの道程みちのりで、散々と魔法を放って、少しはスッキリしたような気がする。

 というか、魔法をぶっ放すのは最高に気分爽快だわ。

 ユウスケが少しばかり引いていたけど、まあ、愛嬌よ。愛嬌! まさか、本気でドン引きしてないでしょうね。

 それはいいとして、さっさと進みましょうか。


 ダンジョン攻略を初めて今日で四日になるのだけど、ここ二日ほどは地下四階の広場で足止めされてしまったから、この先が新規開拓になる。

 どんな戦闘になるかと楽しみにしていたのだけど、ユウスケの殲滅力に加えてラティの攻撃力で、何事もなく消化した。これはどちらかと言えば、呆気なくと表現した方がしっくりくるかもしれない。

 まるで、地下一階で狩りをしているような気分ね。


「それにしても、ラティの弓術は凄いな」


「うれしいっちゃ」


 褒められたことを無邪気に喜ぶラティは、当たり前であるかのようにユウスケに飛びつく。

 彼も嫌がることなく受け止め、にこやかに頭を撫でている。


 むか~~~~! 何それ、私に対する態度と違い過ぎない?


 私をチラリと見やったユウスケは、何時ものように目をそらした。この男、都合の悪い時は、いつもだんまりなのよね。


「ほら、そろそろ行くぞ」


 少し怯えが見え隠れするユウスケが、ゆっくりとラティを下ろし、先に進むことを告げてくる。

 ここでお尻を蹴飛ばしたら、私が嫉妬してるみたいだし、我慢、我慢よ。エルザ!

 結局、地下四階は消化試合だった。拍子抜けも良いところよ。


「地下五階は、メイジとアーチャーが増えるからな、それとゴブリンアサシンが登場するぞ。気配を消して襲ってくるから気を抜くなよ」


「うん」


「分かったわ」


「はい」


 いつもながら、もの凄い情報収集能力だわ。いったいどこから情報を仕入れているのかしら。

 まだまだ、私達に隠している能力があるのは明確だわ。

 ユウスケのやつ、私の様子を見て少しバツが悪そうにしてるわね。うふふふ。もっとプレッシャを与えないと……

 そう、全てお見通しよ。以前、盗賊のアジトの牢屋で、私の下着姿をジロジロと見ていたのも、ミレアの胸に顔を埋めて下半身を大きくさせていたこともね。甘いわよ。そう、ユウスケは甘々ね。ふふふっ。










 モンスターに向かって、遠慮なくエアープレスを叩き込む。

 凄い数だわ。二十体はいるかしら。それに、アーチャーとメイジが増えたのが厄介だわ。

 でも、基本レベルが上がったお陰かしら? なぜか魔法の威力が上がっているような気がする。

 範囲魔法の一撃で倒せなくても、かなりのモンスターが行動不能になっているし、その範囲も広がっているような気もする。

 この数なら問題なく処理できそうだわ。

 でも……それよりも、驚異的なのは、ラティだわ。

 小柄で非力に見えるのに、身体と大差ない大きさの弓で、狭い隙間を通して後方のモンスターを射抜いている。

 その技能と判断力は半端じゃない。一歩間違えれば、味方を射ることになりかねないのに……きっと、余程に自信があるのでしょうね。


「おりゃ!」

 

「えいっ!」


 ユウスケがモンスターを両断し、ミレアが槍を突き立てる。

 もう終了ね、立っているモンスターも殆どいないわ。


「ウギャーーーー!」


 ホッと息を吐いた途端、突如として、私のすぐそばで断末魔がとどろいた。

 焦って振り向くと、二本のナイフを持ったゴブリンが倒れている。

 その屍の横には、カタールと呼ばれる武器を両手に持ったラティが立っている。


 彼女が複数の武器を携帯しているのは知っていた。アイテム袋を持っているのよね。

 アイテム袋はアイテムボックスのスキルほど超レアという訳ではないけど、レアな魔道具には違いない。さすがは魔人族というところかしら。いえ、それよりも、私がやられそうだったのよね?


「危なかったっちゃ」


 倒れ伏せている屍がゴブリンアサシンらしいわね。いつの間に後ろに回り込んだのかしら……


「ありがとう。助かったわ」


「ええんよ。うちら仲間やけ~ね」


 ラティは恩を着せるでも、自慢げにするでもなく、当然のように頷く。

 もしかしたら、彼女はとても良い子なのかもしれない……

 なんでユウスケが簡単に仲間にしたのか疑問だったけど、ちょっとだけ理解できた。


「大丈夫か、エルザ」


「エルザお嬢様、お怪我はありませんか」


 あっ、名前を呼んでくれた……

 これまで緊急時などに呼ばれたことはあったけど、指摘せずに呼んでくれたのは、初めてのことじゃないかしら。


「あ、う、うん。大丈夫よ。ラティが守ってくれたから」


「だから、気を抜くなと言っただろ」


「わ、悪かったわ、これからは気を付けるわ」


 素直に謝ると、ユウスケは少し驚いたような表情を見せたけど、その後にニヤリとした。

 あ、今、私のことをチョロイと思ったわ。私が気付かないとでも思っているのかしら。

 まあ、良いわ、今回はそう思わせておきましょう。本当にチョロイのは、ユウスケの方なのだけど。









 慢心は最大の敵よね。そう自分を戒めながら地下五階も簡単に片付けて、地下六階に辿り着いた。


「地下六階は、これまでに出たゴブリン系が全てワンランク上がるからな。これまで以上に気を引き締めていくぞ」


 ユウスケの言葉に、みんなで頷く。

 地下六階のゴブリン種は、アサシン、ハイソルジャー、ハイメイジ、ハンター、リーダーであり、これまでのモンスターの上級職だ。

 あと、地下七階にはゴブリンキングが居るらしい。それを片付けると、ゴブリン種は終わりだ。

 少し進んだところでユウスケが足を止める。

 

「全部で十匹だ。先に後衛種を叩くぞ」


 私も含め、全員が首肯する。

 どうやって索敵しているのか気になるところだけど、きっと、尋ねても教えてくれないはずだから、敢えて口にはしない。

 まあ、それでことが済んだと思っているのでしょうけど、いつかゲロってもらうわ。


 ユウスケから敵の数を聞かされ、移動しながらエアープレスのキャスティングに入る。

 最近分かったことだけど、イメージは発動のタイミングで良いみたいだ。

 これまでは、詠唱している間に、一生懸命にイメージしていたのだけど、今考えると無意味なことだと分かる。

 今では詠唱もしないし、発動のタイミングでイメージしているだけだ。それとも、その段階を経たから今があるのかしら?

 まあ、どちらでも良いわ。今は戦いに集中しましよう。


「ファイアーアロー」


 これまでのように、まずはユウスケの火属性魔法が後衛種を撃ち取る。

 いつも思うのだけど、Lv2の魔法とはいえ、ユウスケのキャスティングタイムは短い。それに、威力も私より大きい。前衛職なのに専門職の私より速度も威力も上なんて、ちょっとだけ悔しい。


「エアープレス」


 ユウスケの魔法でハイメイジが倒れた。そこに、風属性範囲魔法が炸裂する。ただ、後衛職の全体がターゲットに入るように撃ったから、逆に前衛職を撃ち漏らす。


「やっ、やっ、やっ!」


 ディレイタイムで魔法を撃てないのだけど、その間に、ミレアの三段突きがハイソルジャーに決まる。

 上位職とはいえ、ゴブリンは武器こそ持てども、身体にはボロ布を纏っているだけで鎧を着てない。それもあって、彼女の刺突は易々とモンスターを貫く。ユウスケの場合は……論外よ。あの木刀のもっくんで切れない物なんてあるのかしら。


 始めに放ったエアープレスで一命を取り止めたゴブリンが立ち上がる。しかし、その途端、ラティから額を矢で射抜かれる。

 もう哀れとしか言いようがないわね。

 なぜか弱い者虐めをしているようで、心が痛むわ……でも、同情なんてしないわ。油断すれば、あれが私の姿になるのだ。

 結局、私が二発目の魔法を撃つこともなく戦闘は終了した。

 もうゴブリンなら、上級職でも十匹だと瞬殺になってきた。本当に人外だわ。









 エアープレスが見えない圧力でモンスターの後衛種を押しつぶす。

 ユウスケも直ぐに突撃せず、二回目、三回目のファイアーアローを放っている。

 彼の横では、ラティが涼しげな顔で速射している。

 その弓の大きさ、その速度、それを為す幼女、そのギャップが異様な光景を生み出している。

 それでも、モンスターの数は、一向に減っているように見えない。

 目の前には、溢れんばかりのゴブリンの集団がいる。どうやら、その後ろにはゴブリンキングが居る。

 ゴブリンキングと上級職の団体だけあって、これまでと違って統率が取れている。

 モンスターは無暗に攻めてこず、ハイメイジとハンターで応酬してくる。

 

 現在は、地下七階の最奥にある広場の入口付近で、ゴブリンの一団と戦っている。

 その広場は、真っ直ぐな通路の先ではなく、通路の横にあった。そのお陰で、通路に隠れながら攻撃することができて助かっている。

 ただ、私にとって、致命的な問題が起っている。


「そろそろ、マナ量が辛いかも」


 身体の倦怠感から、マナ量が限界に近いと感じとっていた。


「さて、どうしたもんかな。相手の数は、あと二十弱だが……」


 どうやったら、この状態でそんなことが分かるのよ。やっぱり、まだまだたくさん隠しているのね。


「うちは、矢がもうあんまりないけ~ね」


「よし。エルザはここに残ってマナ回復に努めろ。俺、ラティ、ミレアの三人で突撃するぞ」


「えっ、大丈夫なの?」


「ああ、接近戦の方が遠距離攻撃を受けにくいからな。でも、拙いと思ったら直ぐに撤退するから、あまり突出するなよ」


「うん」


「はい。エルザお嬢様、通路からの敵に気を付けて下さいね」


「大丈夫だ。新しく生まれない限り、通路側からの攻撃はない」


「どうしてそんなことが分かるのよ」


「……」


 あ、また黙殺された。それで誤魔化しているつもりなのかしら。

 結局、私の問いは流されて、ユウスケの「いくぞ」という言葉でみんなが走り出す。

 これってイチかバチかに見えるのだけど……でも、これがまた笑い話のような戦いになるのよね。


「おらおらおら!」


「えいっ!」


「くたばるんちゃ!」


 ユウスケの威勢はまだしも、幼女が一番過激だわ。私は、ああならないように精進しましよう。


 それからの戦いは、一言でいうなら、蹂躙だった。

 ユウスケがもっくんを縦横斜めと、まるで細枝でも振っているかのような軽快さで振り回すと、ゴブリンは紙のように切り裂かれる。というか、完全にみじん切りになっていると思う。

 ミレアはといえば、もう私ではその刺突を見切ることなんてできない。ゴブリンの急所を次々に刺し貫く。まるで串モノ料理でも作っているみたいだ。

 ラティなんて言葉にならない。それこそ演劇のようだもの。両手にカタールを持ち、飛んだり跳ねたり、クルクル回ったり、その度にゴブリンの身体の一部が斬り飛ばされていく。あれはもう殺戮幼女さつりくようじょだわ。


 三人が戦う光景を眺めていると、残るは他のゴブリンと比べて一回り大きな身体をもったモンスターだけになった。恐らくあれがゴブリンキングだ。

 そのゴブリンキングを相手に、ユウスケは躊躇ちゅうちょすることなく、上段からもっくんを振り下ろす。

 さすがにキングだけあって厳ついんだけど……彼に恐怖心はないのかしら。

 そんな事を考えている間に、剣を横にして防御したゴブリンキングが、防御した剣ごと一刀両断された。

 なんて呆気ない結末……キングとはいっても、所詮はゴブリンなのね……いえ、違うわね。あれはユウスケの運動能力ともっくんの為せる技ね。


 戦闘も終わり、私は三人の所に向かう。

 広場の地面では、倒したモンスターの数が多すぎて、『魔素』で埋め尽くされている。

 その先に三人の姿が見えるのだけど、ユウスケの様子が少しおかしい。しきりにもっくんを振ってみたり、握りを見て頭を左右に揺らしてみたり、何かあったのかしら。


「どうしたのよ」


「いや、ちょっと思うところがあってな」


「ふ~~~ん」


 どうせ聞いても教えてくれないのよね。


 なにやら悩んでいるユウスケを他所に、ミレアとラティは、広場に転がる魔石を回収してまわっている。

 だけど、私は手伝うことなく、その光景を眺めている。

 というのも、初めの頃に手伝おうとしたのだけど、ミレアから「エルザお嬢様のお手を汚すなんて」と否定されてしまった。だから、彼女に任すことにしたのだ。


「よし、じゃ~今日はこれくらいにして、明日のために英気を養うことにしようか。明日は階層ボスをやるぞ」


「賛成だわ」


 こうして今日のダンジョン攻略は終了することになったのだけど……最後は見学という状況がしゃくさわる。

 まあいいわ、まだ成長の段階だし、少しずつ強くなるはずだわ。帰ったら、どれくらいレベルが上がったか尋ねてみましょう。まあ、ユウスケは面倒臭そうな顔をするでしょうけどね。ふふふっ。









 目の前ではベッドに座ったユウスケが、今回取得したスキルポイントと取得可能なスキルについて話している。

 ユウスケの後ろには、ベッドに立って彼の首に腕を回して抱き着いているラティがいて、なぜか胸の内でモヤモヤとしたものが騒ぐ。

 原因の分からない腹立たしさは置いておくとして、私は今日のこともあって、マナ回復と消費マナ減少にポイントを回すことにした。

 ミレアは槍術の向上と知覚系を上げたみたい。おらく彼女は先々を見据えているのだろう。

 あと半月もしないうちに、私達はロマールの街で二人暮しになるのだ。私を守るためにも、魔法より危険を察知する技術を向上させたいみたいだ。

 ああ、基本レベルについては、私がLv23でミレアがLv24になったわ。

 

  ●=新規/▲=上昇 


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 名前:エルザ=マルブラン

 種族:人間族

 年齢:十三歳

 階級:マルブラン伯爵家三女

 -------------------

 Lv:23

 HP:280

 MP:520

 SP:11

 -------------------

 <スキル>

 生活魔法

 風属性魔法Lv3

  [エアーアタック]

  [エアーカッター]

  [エアープレス]

 マナ回復向上Lv5▲

 消費マナ減少Lv5▲

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 名前:ミレア

 種族:人間族

 年齢:二十歳

 階級:マルブラン伯爵家メイド

 -------------------

 Lv:24

 HP:310

 MP:560

 SP:2

 -------------------

 <スキル>

 生活魔法

 神聖魔法Lv1

  [スモールヒール]

  [ミドルヒール]

 槍術強化Lv2▲

 身体強化Lv2

 危機察知Lv3

 気配察知Lv2▲

 視覚向上Lv2▲

 聴覚向上Lv2▲

 嗅覚向上Lv2●


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 それにしても、こんなに基本レベルって上がるものかしら?

 基本レベルやスキルポイントなんて聞いたことがなかったけど、そんな知識を差し置いても、こんなペースで成長する人間族なんて聞いたこともない。

 取得スキルだけ見れば、私もミレアも既に一人前の戦士だ。

 まあ、答えの出ないことを考えても仕方ないわね。明日はいよいよ階層ボスとご対面なのだから、今日はゆっくり休むことにしましょう。

 多分、答えはユウスケが知っているのでしょうけど……









 フゴフゴ、ブヒ! フンガー! ブヒブヒ! って、豚が煩いわね。初めて実物を見たのだけど、オークってまるっきり豚人間ね


 今日はダンジョン攻略五日目、昨日から予定していた階層ボス攻略にきている。

 既に、二足歩行の豚を数えられないほど屠殺とさつし、地下八階を軽く終わらせて地下九階に到達している。ユウスケの話では、そろそろ階層ボスがいる場所のはず。

 

「エアーカッター!」

 

 風属性魔法が、豚共をスライスしていく。

 しかし、さすがはオークというところかしら、生命力がゴブリンの比ではない。ユウスケも火属性魔法で直火焼きしているのだけど、焼き豚ちゃーしゅーになっても立ち上がる敵もいる。


 それにしてもユウスケの奴、ファイアーボムなんて取得して、私の魔法戦力じゃ足らないと判断したのね。悔しい~~~! でも、そのお陰で、ここまでの道程がこれまでとは雲泥の差だった。呆気にとられるほど楽になったのは事実だ。

 ユウスケが最後の焼き豚をスライスしたところで、戦闘が終了する。


「ねえ、火属性魔法Lv3なんて撃ちまくって、マナは大丈夫なの?」


「ああ、俺の場合は魔法オンリーじゃないからな。数が少ない時は魔法を使わないし、根本的にマナ量も少しばかり多いみたいだから、今のところは特に問題なさそうだ」


 なんて羨ましい。というか、悔しいわ。


 確かにユウスケの場合は接近戦もこなしているから、魔法を使わない戦闘も多いけど、それにしても、全くマナを気にしている様子がない。きっと余裕なのだ。私に分けてくれないかしら。


「そんなことより、この先に階層ボスの部屋がある。情報では取り巻きを二十体ほど連れているそうだが、倍くらいの取り巻きを考慮した方が良いだろう」


「なんで、倍の取り巻きを見込むの?」


「……そのくらいいそうだな~、と思って」


 ごく当たり前のツッコミだけど、途端にユウスケが言い淀んだ。

 間違いなく、隠し事に関連しているのだろう。


「そろそろ正直に話したら?」


「な、なんのことだ?」


「はぁ~。はいはい」


 溜息がでるわ、ユウスケって、ほんとに嘘を吐くのが下手すぎでしょ。

 行動も発言も違和感だらけなのに……そのうち、ちゃんとレクチャする必要があるわね。

 まあ、ユウスケが四十体いると言うのだから、居るのでしょう。


「とにかく、まずは俺とエルザの範囲魔法で数を減らす。ラティはいつもの調子で後衛職を優先で倒してくれ。ミレアは指示があるまで待機だ」


「うん」


「分かったわ」


「はい」


「それじゃ、いよいよ階層ボスだ。盛大にいこうか!」


 ユウスケが景気づけをして、私達は慎重に脚を進める。

 三十メートルくらい進んだかしら、部屋というか広場があった。

 数えらないけど沢山の豚がいて、まるで養豚場だ。

 数に関しては、ユウスケが言っていたから、恐らく四十匹くらいなのだろう。


 「エアープレス!」


 「ファイアーボム!」


 多分、ユウスケは魔法の効果を考えて、私の後に魔法を発動させている。そもそも、同じLv3の魔法なら、発動は彼の方が早いもの。

 魔法攻撃の結果は、予想通りというところね。押し潰された敵に追い打ちを掛けるように炎の爆発が炸裂する。あとに残るのは、大量生産された焼き豚いうオチだ。

 この攻撃で敵の三分の二が戦闘不能になったみたい。それでも、ラティは容赦なく残った後衛職を次々に撃ち倒している。

 ラティの凄さを横目に見ながら、残りの敵に魔法を撃ち込む。

 私の魔法発動を確認したユウスケは、もっくんを右手に残敵に向かう。といっても、もうオークキングらしき存在しか残ってない……弱すぎるわ。


「チャー・シュウー・面!」


 魔法攻撃やラティの矢で、既に大ダメージを受けたオークキング。

 ユウスケは意味不明な掛け声を発しながら、頭から真っ二つにする。

 もはや、ミレアは手を出すチャンスすらなく、私の護衛兼魔石回収係となっている。

 本人も喜んで戦闘をこなしている訳ではないので、文句はないみたいだ。


「最弱の階層ボスとはいえ、呆気なかったわね」


 戦闘が終了したと判断し、いつものようにユウスケの側に行くのだけど、彼の様子がおかしいことに気付く。

 ゴブリンキングの時と同様に、もっくんを見て溜息を吐いている。


「その武器がどうかしたの?」


「だめだな……」


 問いに答えるのではなく、何かにダメ出しをした。


「何がだめなの?」


「……俺がだめなんだ」


「えっ?」


 階層ボスを瞬殺して、自分にダメ出し? 意味不明だわ。


「今日は、これで戻ろう」


「ええよ~」


「はい」


 肩を落とすユウスケの言葉に、元気なラティとにこやかなミレアが答えるのだけど、私としてはなぜかしっくりこない。


「今日の目標も遂げたし、それで問題ないけど……」


 時間的にも丁度良いくらいだし、戻るのには賛成だけど、どうしたのかしら。


「あとさ、明日は休息日にしないか?」


 ユウスケが何を悩んでいるのかは知らないけど、どうやらかなり深刻そうね。

 そんな彼の様子を気にしつつも、結局、この日の狩は終了となった。


 それにしても、ユウスケの様子がおかしい。どうしたのかしら。ああ、別に心配してるわけじゃないんだからね。


 この時、彼の態度が今晩の騒動につながるとは思いもしなかった。

 だって、思い悩む彼を刈り時とばかりに、年下ハンターが手ぐすねを引いているなんて、今の私は思いもしなかったもの。

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