第4話 ドロアの街で


 ドロアの街は、考えていたものより大規模だった。

 高くそびえ立つ障壁が街並みを覆い隠し、巨大な門には害をなす者を排除するかのように、衛兵が常に目を光らせていた。

 なんとか盗賊から逃げ出してきた俺達は、街に入るために身分証明で擦った揉んだしたものの、一人銀貨一枚の保証料を払うことで難を逃れることができた。

 エルザやミレアは、持ち物を全て奪われたと説明していたので、それに便乗することにした。

 初めから持っていなかったが、彼女達同様に奪われたことにして、召喚者である事実を隠し通した。チョロイもんだ。


 身分証についてだが、通常は生計を成り立てている地域のお役所に届け出ることで、簡単に発行してもらえるらしい。それ以外の方法だと、ギルドや教会に属することでも、発行可能だという。


「まずは、お前らの服を購入してから……ん~、風呂に入りたい」


 街に入っての第一声がこれなのだが、ここ数日の汚れを落とし、疲れを癒したいという思いは、ごく自然だといえる。

 まあ、この世界でも風呂が一般的な習慣だと知れば、誰でも口にするはずだ。

 但し、自宅に風呂を設置しているのは、王族や貴族、お金持ちだけで、パンピーは公衆浴場を利用するらしい。


「そうね。盗賊から剥ぎ取ったこの衣類って、とっても臭うもの……」


 そのきれいな容姿しに不釣り合いでみすぼらしい服装を身に纏ったエルザが、これ以上は耐えられないと言わんばかりに、汚れた衣服を摘みながら愚痴をこぼす。

 嫌なら脱げばいい。さあ、脱げ! なんて言わない。

 その臭いについては同感だ。ただ、可愛そうなので、敢えて口にしてなかった。

 女性で且つ貴族のお嬢様であれば、耐えられないのも仕方ないと思う。

 そう、エルザは貴族の子女だった。道理で高飛車な訳だ。

 まあ、それはいい。それよりも風呂だ。

 時間的にも、まだ十六時くらいだし、風呂に入ってから宿探しでもなんとかなる。しかし、風呂に行く前に清潔な衣服を購入する必要があるだろう。

 綺麗さっぱりしたのは良いが、また臭い服を着ては意味がない。

 全員の意見が一致したところで、そそくさと洋服屋に向かった。

 といっても、全員が洋服屋に行くのも非効率なので、エルザ達に金貨二枚を渡し、俺は一人で雑貨屋に行くことにした。


 余談ではあるが、俺の衣類や装備は神器だけあって、桁外れの性能だ。フード付きコート、ブルージーンズ、黒革のブーツ、木刀、包丁、全てに浄化や状態保持の機能が付加されていて、汚れても直ぐに綺麗になるし、破れたり壊れたりしても勝手に修復される。

 それをヘルプ機能で知った時、どんなチートだと呆れたものだ。

 まあ、いつも新品同様とか、開いた口が塞がらない訳だが、とても便利で有り難いことなので、さすがは神器。ということで、ご都合主義などというツッコミは入れないでおいた。

 当然ながら、そんな事実を外部に漏らすわけにはいかない。エルザとミレアには、魔法が付与されているとだけ伝えてある。

 それ以外の衣類であるボクサーパンツとタンクトップだが、同じ物がアイテムボックスの中に二十着ずつ入っている。チュートリアルの時に確認しているので、衣類の買い物は必要ないと判断した。


 エルザとミレアは差し出された金貨を見てビックリしていたが、何も言わず大人しく店舗に入って行った。

 もちろん、金貨が珍しいわけではないだろう。貴族の子女なのだ。金貨くらい見たことがあるはずだ。

 おそらく、金貨二枚をポンッと出てくるほど、俺が裕福に見えなかったという理由だと思う。

 まあ、金貨はあと九十八枚もあるが……


 買い物をするということで、ヘルプで確認した貨幣の価値を思い起こす。


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 1鉄貨=最小単位      一円相当

 1銅貨=100鉄貨       百円相当

 1大銅貨=10銅貨     一千円相当

 1銀貨=10大銅貨     一万円相当

 1大銀貨=10銀貨     十万円相当

 1金貨=10大銀貨     百万円相当

 1大金貨=10金貨    一千万円相当

 1神銀貨=10大金貨    一億円相当

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 そんな訳で、俺は日本円でいうと一億円以上持っていることになる。

 確かに金持ちなんだが、今後を考えると無駄遣いは禁物だ。

 

 買い物についてだが、俺の予想だと、エルザ達はかなりの時間を使うはずだ。

 女性が買い物に時間を費やす慣わしは、ごく当たり前であり、世の常なのだ。

 幼い頃に母親と買い物に行ったことで、嫌というほど理解している。

 これは万国どころか、異世界でも共通だろう。


 エルザ達と別行動で雑貨屋に入ったのだが、そこで目をみはることになった。

 というのも、ラノベなどによくある設定とは大違いで、驚くほどの品揃えだったからだ。

 まずは、普通に石鹸が売っている。次にパッと見て分かる歯ブラシ、それに歯磨き粉、チリ紙に鉛筆、ハサミ、変わったところでは孫の手まである。

 それらの見慣れた商品が高価な物かと思えば、日本に比べればやや高いものの、高級品と言える値段ではない。

 なにより不思議なのは、商品が見慣れたものばかりだったことだ。確かに、人間のいる世界であれば似通るのも分かるが、いくら何でも類似商品ばかりだ。それこそ、パクリやバッタ物といった様相だ。

 念話ヘルプで確認したところ、過去に召喚された者の知識や技術が根付いたと聞かされ、なるほどと納得した。

 そう、歴代召喚者の遺産というわけだ。

 

 実際、俺としては、詳細な理由なんてどうでも良い。必要な物が揃えば良いのだ。

 そんな訳で、使いそうな物を大人買いすることにした。特にちり紙は大量に買い込んだ。ただ、あまりにも買い込んだことから、アイテムボックスに入りきらない。

 そこで、大量購入したちり紙、かさばると重い石鹸、そういった物をアイテムボックスに収納し、それ以外については、大きめのリュックサックを購入して、それに入れることにした。

 面白いことに、大量のちり紙は一つの麻袋に入れることで、アイテムボックス内で一個として認識された。石鹸も同様だ。


「う~ん、いい買い物をした。やっぱり、買いろうひはストレス発散になるな。めっちゃ気分がいい」


 大量の買い物に満足したところで洋服屋に戻る。

 俺の予想では、まだ買い物が終っていないはずだったのだが、なぜかエルザとミレアが店舗前で待っていた。

 というか、かなりイラついているように見える。


「何をやってたの? 遅いわよ」


「すまん。すまん。てか、早かったな」


 予想を裏切り、彼女達は早々に買い物を終えていた。

 それがどうにも腑に落ちない。それほど興味がある訳ではないが、不機嫌な様子も気になる。しかし、その理由は直ぐに判明した。


「私達の服の臭いに耐えられなかったようね……二度と来ないわ、こんな失礼な店」


 悪臭に耐えかねた店員に、さっさと追い出されたようだ。まあ、あの臭いだと仕方ない。

 あれに比べると、ドブネズミの臭いですらシャネルの香りに思えてくる。

 それこそ、妊婦でなくても、嘔吐しそうになるってもんだ。

 まあいい。とにかく、その臭いの元を何とかしたい。


「それで、必要な物は買えたのか?」


「はい。それは何とか購入できました。さすがに金貨を見せると、多少は我慢できたようですから」


 ミレアはチラリとエルザに視線を向けつつ、店員に肩を竦めて嫌味を披露した。

 ただ、嫌味よりも、エルザを気にしていることが引っ掛かる。


「ん? どうしたんだ?」


「いえ、あまり品揃えも良くなくて、エルザお嬢様の品位にそぐわないというか……」


 申し訳なさそうにするミレアだが、エルザはそっぽを向いたままだ。

 なんとも我儘なご令嬢だ。この場合、悪臭が無くなるだけでも感謝感激すべきだ。

 お嬢様が着るような服がなかったくらいでご立腹とは、今後が思いやられる。

 ただ、牢屋で見た二人の下着の違いが気になった。これについては、完全に興味本位だ。


「そういえば、お前達の下着って全く違ってたよな。エルザが着ていたような下着って、やっぱり高いのか?」


「そのことは忘れてと言ったわよね。それに、また呼び捨て……まあ良いわ。そうよ、私の下着は高級品よ。上下で銀貨二十枚はするわ」


 二十万円か……日本の感覚だと高いような気がするが、こっちの物価が理解できてないし、それが高いのかも分からない。


「まぁまぁ、エルザお嬢様、ご実家と連絡さえ着けば、直ぐに送ってもらえますし、しばらくの辛抱です。あっ、それとユウスケ様、これは残りになります。本当にありがとう御座いました」


 ミレアはエルザを宥めつつも、お釣りを返してくる。しかし、それを受け取ることなく、逆に雑貨屋で購入したお財布をミレアに渡した。

 お財布といっても、だだの小さめの布袋だ。ちょっとした色合いと刺繍で見た目が良くなっている。


「それは、お前達が持ってろ。何かと入用だろう。あとこれを――」


 ついでなので、革で出来た肩掛け鞄をミレアに渡す。

 中には二人分の石鹸、タオルというか手拭、歯ブラシ、髪ブラシ、ちり紙、ハンカチなどの生活雑貨を入れてある。

 そう、俺は気の利く男なのだ。


 二人は鞄の中を覗き込み、パッと嬉しそうな表情を見せる。

 それまで不機嫌にしていたエルザですら、頬を緩めている。


「ありがとう御座います。ユウスケ様、この御恩は、私の――」


「いや、それは遠慮しておこう」


 ミレアの発作が始まったので、有無も言わさず被せて拒否する。

 初めの頃は、ミレアのナイスバディーに興味を示したのだが、慣れるにつれて、彼女が危険人物に思えてきた。それは、飽くまでも直感なので、これといった根拠がある訳ではない。

 そんな俺の反応が面白かったのか、エルザがクスリと笑う。それは、これまでに見せたどの表情よりも可愛かった。しかし、その表情を誤魔化しながら、次の行動を急かしてくる。なんとも、素直でないお嬢様だ。


「さあ、さあ、お風呂に行きましょ」


 我儘なお嬢様も、多少は機嫌が直ったらしい。別にエルザの機嫌なんてどうでも良いが、ここは気分を良くさせておいた方が得策だ。


「そうだな。さて、行くか」


 こうして意気揚々とした気分で、大脱走の疲れを癒すために大浴場に向かったのだが、世の中とはつくづく上手くいかないものだと、思い知らされることになる。









 きれいに整備された石畳を暫く歩くと、そこには『ドロアの湯』と書かれた看板を掲げる大浴場があった。

 その店構えはなかなかのもので、旅の疲れを癒すには最高の雰囲気を醸し出していた。

 それもあって、一気に気分が高揚する。

 ところが、ここでも問題が発生する。


「ユウスケ様、申し訳ありませんが、不要な荷物をアイテムボックスに収納して頂けますでしょうか」


 ミレアは事前に大浴場の利用料金やシステムを確認してきたのだが、屋内の荷物収納スペースが最低限のサイズであること知って、申し訳なさそうに願い出た。


「そう言われてもな~。アイテムボックスは、もう空きがなんだ」


 そうなのだ。アイテムボックスの収容能力は、現在のランクだと十種類で各二十個となっている。雑貨などを大量に購入した所為で、空きがない状態だ。


「えっ!? それじゃ~、どうするの。こんな大荷物を持って入れないわよ。盗まれる可能性だってあるのだし」


 エルザの言う通りではあるのだが、入らないものは入らない。

 物理的に押し込めるものでもないし、どうしたものかと頭を悩ませる。

 荷物も大切だが、風呂にも入りたい。既に身体のあちこちがむず痒いし、入浴しないという選択肢はない。

 ただ、公衆浴場だけが入浴できる場所ではない。それを思い出した時、名案が浮かぶ。


「仕方ないな。少し割高だが風呂付の宿を取るか」


「お金は、大丈夫なのですか?」


「それがいいわ! さあ、行きましょ!」


 ミレアがお金を気にしているのだが、エルザは決定だと言わんばかりにきびすを返した。

 少しばかり不愉快に感じる態度だが、これもツンデレの産物だと思えば、腹をたてることもないだろう。

 そう自分に言い聞かせ、大浴場を断念し、宿を探すことにする。

 本来ではあれば、より良い宿に泊まるなら――この場合は高級と意味ではなく、品質と料金面で最適という意味で――それを判断するために、評判の聞き込みをしたり、紹介してもらった方が良いはずだ。しかし、俺には最適な宿を教えてくれるヘルプという便利機能があるので、難なく宿屋に辿り着くことができた。


「うん、なかなか良さそうな宿ね」


 エルザが腕を組んで頷いている。どうやら満足しているようだ。

 お嬢様が頷くだけあって、確かに品の良さそうな宿だ。

 レンガ調の四階建てで、一階はレストランになっている。

 料金についてはヘルプで相場を知っているのだが、建物の見た目だけで判断すると、高そうだという感想を持ってしまう。

 ただ、いつまでも眺めていても仕方ない。衣服の悪臭もあって躊躇ちゅうちょしてしまうが、覚悟を決めて宿に入る。

 臭いから帰れと言われたらどうしよう……


「いらっしゃいませ」


 ウエイトレスらしき二十代の女性が、笑顔で近寄ってくる。

 教育が行き届いているのか、その女性は悪臭に顔を顰めたりしなかった。

 その態度を目にして、この宿に好印象が五割増しになる。


「宿を取りたい。人数は、俺と女性二人だ」


「お泊りのお客様ですね。では、こちらの受付にお願いします」


 ん~、なんか、宿屋というよりも、メイドカフェって感じだな……


 ウエイトレスの雰囲気から、少しばかり宿屋と違うイメージを持ってしまう。

 店の中を見回しながら、ウエイトレスの女性に付いていくと、感じの良い年配の男が受付に立っていた。

 その雰囲気はと言えば、メイドカフェから一転して、日本のビジネスホテルといった感じだ。

 それは、ラノベなんかで出てくる異世界の宿と全く異なる印象であり、少しばかり驚いてしまうものの、エルザに急かされてサクサクと宿泊の手続きを進める。


「では、一人部屋と二人部屋、二部屋で宜しいですか」


「ああ――」


「いえ、三人部屋はあるかしら」


「はぁ?」


 受付の男の確認に頷こうとしたところで、エルザが被せて否定した。

 その言動が意味不明で、思わず彼女に視線を向ける。

 ところが、彼女は全く表情を変えない。


「はい。御座いますが、そちらをお取りしますか」


「そうしていただける?」


「お、おい!」


「良いの。貴方は黙っていて」


 いや、全然よくね~し、俺がゆっくりできね~じゃんか!

 ぶっちゃけ、甘い誘惑よりも、心身を癒す休息が欲しいのだ。

 しかし、不満を露わにする俺を押し除け、エルザは勝手に三人部屋で話を進めた。

 結局、三階の角部屋に決まり、先程のウエイトレスに案内される。

 因みに、三人部屋で一泊二食付きで銀貨三枚だった。風呂の利用料については、共同風呂ではあるものの、宿泊料に含まれているのとことだ。


 案内された部屋で荷物を下ろすと、さっそくとばかりに、三人部屋にした理由について触れる。


「なんで三人部屋にしたんだ? お前達も男と一緒は嫌だろ?」


「わ、私は構いません」


「そうなるからよ。二部屋に分かれたら、貴方はミレアの餌食よ。エサよ。据え膳よ」


 心外だと言わんばかりに首を横に振るミレアに半眼を向けつつ、エルザは自分の眼が届く場所に居た方が安全だと説明してくれた。

 ミレアなら食われるのも悪くないような気がするが、正直なところ、エッチよりも、いまはゆっくり休みたい。いや、まずは――


「まあいい。それよりも、まずは、風呂だ」


「そうね。サッパリしてから夕食にしましょう」


「ざ、残念なが……いえ、共同風呂は男女別ということです」


 ミレアの怪しい発言は置いておくとして、俺達は念願の湯浴みに向かうことにした。









 店構えや接客態度から品が良いと感じただけあって、風呂や夕食についても満足できる内容だった。

 お嬢様であるエルザも、久し振りの真面な食事という理由ではなく、純粋に料理の内容や味に満足できたようだ。

 風呂でこれまでの疲れと汚れを落とし、美味しい料理で腹を満たし、現在は借りた三人部屋でのんびりとしている。

 俺は窓から一番遠いベッドに転がり、明日からの行動について考えていた。


「ねえ、明日からどうするの?」


「ん~、先ずはギルドで冒険者登録して、身分証を発行してもらおう。今後を考えると、お前達もその方が良いだろう?」


「そうね。どうせ学校を卒業したら、そうするつもりだったし」


 そもそも、エルザはお嬢様なのに、なにゆえ冒険者志望なのだろうか。

 エルザの返答は疑問を抱かせるが、敢えて口にしない。

 なにしろ、俺にも言えないことが山ほどあるのだ。だから、なるべく個人的な内容を詮索する話はしないようにしている。


「ユウスケ様。ドロアの街にはどれくらい滞在するのでしょうか?」


「そうだな~、十日から十五日くらいかな。それならロマールに行くのも余裕だろ?」


「はい。それなら全く問題ないと思います。チャンスは、あと……」


 滞在日数を告げると、ミレアの発作が始まった。


 なんのチャンスだよ! やめろよな、欲求不満が溜まるだろ! やるなら、一思いにやってくれ。蛇の生殺しだぞ。


 こうやって綺麗な服を身に纏って清潔にしていると、ミレアがとても魅力的な女性に見える。

 明日からのことを棚上げし、思わずミレアの品定めを始めてしまう。

 身長百六十センチくらいで、スタイルは抜群だ。

 髪はブラウン色でロングヘアをポニーテルにしている。薄いブラウンアイで睫毛も長く、その肌は美白といえるだろう。

 どちらかというと、美人というより可愛いタイプのお姉さんだ。そんな女性がメイド服を着ているのだ。ムラムラしない方が嘘である。こちとら、色々と興味のある年頃なのだ。

 ああ、このメイド服だが、メイド喫茶あたりで見かける派手なものではない。長袖で膝下丈の正統なメイド服だ。濃紺の服に肩掛けタイプの白いエプロンが可愛らしさを倍増している。


「なに、ミレアをジロジロみてるのよ」


 気が付かないうちにミレアを凝視してたらしい。

 ミレアは視姦でもされているかのようにモジモジとしている。その横では、エルザが腰に両手の甲を当てたポーズで睨み付けてきた。


 おいおい、そんなに睨んでると、眉間の皺が癖になるぞ。


 不機嫌な様子を見せるエルザだが、まさにお嬢様と言えるルックスだ。まあ、お嬢様とルックスには、なんの因果関係はないけどな。

 身長は百五十センチに少し足らないくらいだろうか。細身で貧乳だが、これから成長するのだろう。ブロンドの腰丈ストレートヘアで、コーカソイドのような色白でブルーアイ。顔は小さく、大きな瞳と小さな唇が印象的だ。

 これをどう表現すればいいのだろうか、ロシア人と日本人のハーフ的な可愛らしさといえば良いだろうか。もう少し成長すれば、間違いなく飛び切りの美人になることだろう。

 身に着けている服は、スリーブレスの膝丈ワンピースだ。高貴な雰囲気はしないものの、シックな装いだ。ただ、少し背伸びをしているような気もする。


「な、なにかしら」


「いや、あれだな。お前もそうやっていると、お嬢様に見えるもんだな」


「し、失礼ね。私はれっきとしたお嬢様なんだから、バカっ。それにお前って言わないで!」


 どうやら、自分では気づかなかったが、相手を凝視する癖があるようだ。

 それを不快に感じたのか、エルザが突っかかってきた。

 適当に誤魔化すと、真っ赤な顔でバカ認定しやがった。金輪際、褒めてやらね~。まあいい。取り敢えず、話を戻すとするか。


「それはそうと、ドロアに滞在する間だが、俺はダンジョンに入ろうと思ってる」


 腹立たしげにしているエルザ、くねくねと挙動不審なミレア、二人の想いを深堀することなく、考えていた方針を伝える。

 すると、エルザの表情が一気に好転した。


「いいじゃない。私も賛成だわ」


 エルザが即座に食いつく。というか、なぜか瞳を輝かせている。


「初のダンジョンだわ。心躍こころおどるわ」


 いや、俺一人でいくつもりなんだが……


「駄目よ。拒否、却下だわ」


 ちっ、また先読みしやがった。そんなに顔に出てるのか?


「しかし、お嬢様、危なくないですか?」


 お~、ミレアもっと言ってやれ。


「大丈夫よ。低層階なら、きっと問題ないわ」


「そうですか? それであれば、私もお供させて頂きます」


 こら、簡単に説得されるんじゃね~。

 お前らが来ても足手まといなんだ。是非とも遠慮してくれ。


「てか、俺にお前達を守る余裕はないぞ」


 エルザの態度からして、無駄な足掻きだとは感じつつも反対してみる。

 しかし、敢無く玉砕してしまう。


「大丈夫よ。自分の身は自分で守るわ」


 案の定だ……もういいや、疲れたし、今日は寝よう。


 こうして久し振りの布団に身体を沈ませ、意識もどっぷりと闇に沈ませた。

 ああ、疲れていたこともあって全く気付かなかったのだが、深夜にミレアが飢えた狼に変身したようだ。

 翌朝、芋虫よろしく、ロープに縛られて転がっているのを眺めて、複雑な心境になったのは秘密だ。

 もちろん、エルザが阻止したのだ。









 ここは冒険者ギルドだ。そのはずだ。本当にそうか?


 冒険者ギルドの建物の前で、俺は声すら出せずに固まっていた。

 別に、コカトリスやバジリスクに襲われた訳ではない。ミレアに襲われる事件は起こったようだが、その場合は、石化ではなく昇華するだけだ。そう、童貞から大人の男にクラスアップだ。

 しかし、エルザによって阻まれたようだ。間違ってもグッジョブではない。

 それはそうと、驚いている理由は簡単だ。日本での常識しかない俺にとって、冒険者ギルドといえば、ラノベとかに登場する小規模で古びた建物だ。

 ところが、目の前にあるのは、豪邸とも御殿とも呼べそうな立派な建物だった。


「なに突っ立てるのよ」


「い、いや、冒険者ギルドって、どこでもこんな感じなのか?」


「貴方、本当に無知ね」


 早速、エルザにバカにされた。貧乳の癖に。貧乳の癖に。貧乳の癖に。あっ、睨まれた。


 一気に気分を害したエルザの説明によると、他国ではこれほどではないが、このローデス王国ではこれが当り前であり、有名な話だという。


 ふんっ、お前だって、日本にくれば、腰を抜かしただろうさ。


 行き成りバカ認定され、心中で毒を吐きつつも、気を取り直して入口に向かう。

 すると、鉄製の頑丈そうな扉が勝手に開いた。


 おい、自動ドアかよ。原理はどうなってるんだ?


 驚愕のあまり、背後のエルザに視線を向ける。


「魔法よ。入口の前後に魔法陣があって、それに人が乗ると開くようになってるの」


 呆れた顔をしたエルザが、先読みして説明してくれる。ムカつくが、とても助かる。


 建物の中に進むと、正面は銀行のような受付カウンターになっていた。向かって左側はテーブルや飲食用のカウンターが見える。右側に視線を向けると、膝丈のカウンターで封鎖されており、その向こう側に数人の姿が見える。


「凄いな~、これが冒険者ギルドか……」


 呆気に取られて室内を見回していると、ちょっとボディコン風のリクルートスーツといった装いの女性が近寄ってきた。


「本日は、どういったご用件でしょうか?」


 どうやら、このリクルートスーツ風の女性は、冒険者ギルドの案内係のようだ。

 それにしても、ボディコン風の服だけに胸が強調されていて、目のやり場に困る。

 というか、背後からエルザの蹴りが入るからやめて欲しい。いてっ!


 くそっ、冤罪だっつ~の。このニュータイプ。感度が良すぎるぞ! サイコフレームで出来てんじゃね~のか?


 エルザに対して心中で愚痴をこぼしながらも、自分の用件を伝える。


「今日は冒険者登録と、手紙を出したいんだが……」


「冒険者登録は、三名様で宜しいですか?」


「ああ」


 この対応は、とても助かる。

 無法者が「あ~ん、お前みたいなガキが……」なんてテンプレを想定していたこともあって、実に安堵できる展開だ。

 それに、ロビーには人も多く、俺達を気にするような者も居なさそうだ。


「では、こちらの札をお持ちください。順番となりましたら札の番号をお呼びします」


 案内係の説明に頷き、十と刻まれた番号札に目を向ける。


「わかった。ありがとう」


 案内係との遣り取りを終えると、所々に設置された長椅子に腰かける。


「さすがは、ローデス王国の冒険者ギルドね。絡んでくる無法者すらいないわ」


「そうですね。まあ、有名な話ですから。ローデス王国の冒険者ギルドでは、凄腕の警備員を雇っているお陰で、屋内でのトラブルは皆無だと言われてます」


 俺が抱いた印象は、この世界の住人である二人にとっても異例だったようだ。感嘆の声を漏らしていた。


「ん?」


 順番を待っている間に、そんな他愛もない話をしていたのだが、何やら良からぬ視線を感じる。

 頭を掻く振りをしながら周囲を確認する。そして、室内の左側の飲食スペースのテーブルに陣取る四人の男達が、こちらを観察していることを知る。


 いったい、どういった理由で観察しているのだろうか。

 その理由は、全く見当も付かない。しかし、身の内で起こる第六感は、喜ばしいものではなかった。

 良からぬ予感に沈思黙考していると、順番がやってきたようだ。そそくさとカウンターに出向く。

 こうして何事もなく冒険者登録が完了し、俺達は晴れてGランク冒険者となった。

 そんな俺達の首には、日本でいう兵隊が身に着けるIDタグのような認識票がぶら下がっている。昔風に言えば『ドッグタグ』だ。

 刻印内容は、名前、年齢、性別、ギルドランク、パーティ名などが刻み込まれている。

 このIDタグだが、刻まれている刻印は、魔法刻印で年齢やパーティ名などが勝手に書き換えられる魔道具となっている。

 他には、討伐した魔物のLvや数、登録地や登録日などが、表面的には刻まれていないものの、内部に記録される仕組みらしい。

 この便利な魔道具である認識票だが、これも歴代召喚者の遺産だと、ヘルプ機能の説明が教えてくれた。

 次にギルドランクについてだが、固有能力の表記と同じ内容で『G』~『A』、その上に『S』がある。ギルドランクの上昇には幾つかの条件があるが、まあ、今は考える必要もないだろう。

 あと、ダンジョンについてだが、入場には制限などなく、入場料を出せば誰でも入れるそうだ。その代り、中では何が起こっても自己責任となる。死んでも文句は言うなよ。ということだ。

 それと、ダンジョン内での収集品に関しては、冒険者ギルドで買い取ってくれるので、面倒臭くないところが良い。


「それじゃ~、次は装備ね!」


 なぜか、エルザがウキウキしている。つ~か、お前、金持ってないだろ!? そんな思いを込めてジト目を向ける。

 もちろん、ニュータイプの感度は研ぎ澄まされていて、すぐさま意志の伝達が可能だ。


「後で返すわよ」


「本当に申し訳ありません。この御恩は――」


「いや、いいから」


 頬を膨らませるエルザを放置し、ミレアからのお礼を即座にお断りする。

 本当は喜んで受理したいところだが、紳士である俺は、その思いを表に出せない。

 というか、とても拙いような気がする。いよいよ展開がパターン化してきた。


「それにしても、ミレアは何時もこうなのか?」


「そんなことはないわよ。早々に気付いた私が、若い男を排除したもの。だから、うちの屋敷に若い男は居ないわよ?」


「そうなんです。私の唯一の楽しみを……」


「貴方も、もう少し危機感を持った方がいいわよ。なんたって、ミレアは年下ハンターなんだから」


 いや、それって犯罪だから……


 こうして冒険者ギルドに居た四人組のことなどすっかり忘れて、エルザから道すがらミレアの危険性を叩き込まれながら、武器屋と防具屋を梯子はしごしてから宿に戻った。

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