第2話 旅は道連れ


 女二人の苦痛の呻き声が、薄暗い牢屋の中に響く。

 放り込まれた時に、身体のあちこちを地面に打ち付けたのだろう。痛みを堪えるかのように身体をくねらせている。

 芋虫の如く転がっている二人の格好は、あられもない姿だ。

 薄暗いながらも、さすがに目の前に転がっている訳だし、二人が下着しか身につけていないことなど一目瞭然だ。


 一人は、やや小柄で百五十センチぐらいだろうか。

 年齢的には、俺と同じくらいに見える。

 やや細身の体には、日本の女性と同じようなパンティーとブラジャーが装着されている。

 ただ、とても残念なことに、ブラジャーをしているものの、あまり胸は大きくなさそうだ。

 というか、必要なのかという疑問を禁じ得ない。


 もう一人はというと、身長は百六十センチ以上ありそうだ。

 年齢的にもやや上のような気がするし、身体のメリハリが半端ない。薄暗い中でも胸が大きいと判断できる。というか、恐ろしいほどの破壊力だ。誰が何と言おうとも、俺が神器と認めてやる。

 その豊作とも言える胸を覆うのはブラジャーではない。布帯を巻き付けたような下着であり、下はガラパンみたいなパンツだ。

 ある意味、普通の下着姿よりも、こっちの方が色っぽいかもしれない。これは、飽くまでも好みの問題だ。


「なにジロジロ見てるのよ。その両目を潰すわよ」


 二人の芋虫を観察していると、特に豊かな胸を観察していると、いきなり罵声が飛んできた。


「いやらしい。こっちを見ないでよ」


 お前なんて見てね~し、貧乳が偉そうにほざくな。千年早いわ!


「ひ、貧乳ですって~殺すわ」


 あっ、どうやら声になっていたみたいだ。


「エルザお嬢様、落ち着いてください。これから大きくなりますから……きっと……たぶん……おそらく……」


 空気が読めないのか、巨乳が更にあおる。

 おいっ! それは、全くフォローになってないぞ。栄養が全て胸に言ったんだな。それなら仕方ない。


「そ、そう。ミレア、貴女の大きな物を私にもらえるかしら。サクッと切り離すわ」


「す、すみません。それだけはご勘弁を……」


「というか、お前等、そこで漫才を繰り広げている場合か? 少しは現実を理解しろ」


 漫才という言葉が、どう変換されたのかは不明だが、エルザと呼ばれた貧乳が「そうだったわ」と頷いた。途端に、素に戻って静かになった。

 ただ、暫くすると何か思いついたのか、頭を上げる。


「そこの貴方、何とかしなさい」

 

 奴が思いついた案は、丸投げだった。


 まぁ、案が無いわけではないが……だが、断る。


「俺は脱出するとして、何でお前らを助けなきゃいけないんだ?」


「何を言ってるの。か弱い女性を助けるのは男の務めじゃない」


 どこまで偉そうなんだ、この娘。ミレアという巨乳の態度からすると、どこぞのお嬢様みたいだが、横柄な態度が鼻に付くぞ。

 つ~か、世の中を舐めてるだろ! ここは思い知らせてやる。


「そんな態度で助けてもらえると思うのか? 少しは立場をわきまえろよ」


「なによ、小さい男」


 やばい、ちっさい認定された……てか、見てもないのに言うな! ああ、違うか……


「くっ、ぜって~助けてやんね。貧乳の癖に偉そうにしやがって」


 もはや、売り言葉に買い言葉だ。容赦なく拒否する。もちろん、罵声というノシ付だ。


「きぃーーーーーーーー!」


 エルザが発狂している。いい気味だ。とても壮快だぜ。


「まあまあ、落ち着いてくださいエルザお嬢様。私はミレア、エルザお嬢様の専任メイドです。貴方様の口振りからすると、ここを脱出する手立てがあるように思われますが、ついでに私達も連れ出してもらえませんか。報酬はお約束しますので」


 別に報酬が欲しい訳ではないのだが、女を二人も連れて逃げ出せるのかが問題なのだ。

 盗賊、アジト、近辺の情報がない状態、おまけに戦闘力の少ない面子、無事に脱出するのはかなりハードルが高い。

 まあ、ミレアの胸は破壊力抜群だが、逃走には不向きだろう。まさか、彼女をエサにして逃げ出す訳にもいかない。


「報酬なんて必要ないわ。こんな美少女を見捨てるなんて、神に対する冒涜なんだから!」


 うざっ! もういいからお前は黙ってろ。だいたい、自分で美少女っていうか? どんだけ自信があるんだよ。まあ、見た目は可愛いけど……貧乳なんて用無しさ。


 今度は声にはならなかったが、蔑みの眼差しに感情が現れていたのか、エルザが歯噛みをしている。


 正直、助けない訳にもいかないだろう。ただ、奴の態度が気に入らないだけだ。

 それに、自分だけで逃げるにしろ、情報が必要だ。


「お前等、ちょっと聞きたいことがある」


 物言いが気に入らなかったのか、「貴方こそ態度が大きいわよ」とエルザが憤慨するが、放置して話を先に進める。付き合っていると限がない。

 聞きたい内容に関しては、次の通りだ。


・盗賊の規模と装備、武力に関して

・アジトの所在地および周辺情報と街までの距離に関して

・アジトの造り、牢屋の位置に関して


 どれも、気を失っていたことで知りえなかった情報だ。

 それらの情報が得られなければ、闇雲に逃げる羽目になる。

 ただ、運が良いことに、彼女達は意識がある状態で連れてこられた。完全ではないにしろ、ある程度の情報を有していた。


「今の話からすると、戦うのは無理だな。幸い牢屋の位置は入り口からそれほど離れてないし、ここから入り口の間に、奴等が溜まりそうな場所もない。今から明日を迎えるまでには一晩ある。その辺りを考慮すると、夜中にこっそり抜け出すしかないな」


「何を偉そうに言ってるのよ。そんなこと、誰でも分かるわよ。それよりも、このいましめと牢屋からどうやって抜け出すのよ」


 本当にうるさい女だ。マジで置いていこうか。つ~か、泣かすぞ!


「そんなことしたら、大声だすから」


「先読みするな」


 このエルザという娘は、ニュータイプか。俺にプレッシャを与えるとは……いや、こうなったら、何としてでも黙らせてやる。


「ミレア、さっき話だが、何を報酬にするつもりなんだ?」


「やっぱり報酬狙いなのね」


「うるさい。お前は黙ってろ」

 

「何て横柄な態度、私を誰だと思ってるの」


 知らね~っての。俺はこの世界に来たばっかだぞ! てか、ヤバい、またループに嵌りそうだ。メイドさん、さっさと答えてくれんかね。


 エルザを無視して、回答を急かすようにミレアと視線を合わせる。すると、何を考えたのか、こいつはモジモジしはじめた。なんだ、トイレにでも行きたいのか?


「え、えっと、私の身体とか」


 ぐはっ、身売りかよ。それって公序良俗に反するだろ。

 そのエロい身体に興味がないといったら嘘になるが、人助けして身体を頂くのは、人として在り得んぞ。


「やっぱり……」


 エルザの解っていましたと言わんばかりのセリフが、何を意味するのかは分からないが、それに関しては聞き流し、人として否定することにした。男としては、否定できないのが悲しい。

 とてつもなく勿体ないけど、十五歳の高校生としてはとても興味があるけど、さすがにその報酬をもらったら人間失格だ。


「そ、それは、遠慮する」

 

「どもってるわよ。本当は勿体ないとか思ってるんでしょ」


 おまえ、マジでニュータイプだろ。つ~か、勝手に読むんじゃね~。


「ふん、そんなの態度を見れば分かるわよ。いやらしい」


 どうやら、動揺した態度が原因でした。


 それにしても、そんなに態度に出ているのだろうか。

 自分では物欲しそうにしたつもりはないのだが、若さとは罪だな。多分、自分自身では気付けないものなのだろう。

 あまり時間もないので、そういう結論で終わらせる。


「あの~、私でしたら構いませんので……」


「いや、俺が構うんだ。その報酬は遠慮する」


「ちぇ……」


 舌打ちしやがった……


 小さく残念がる声がミレアから聞こえてきたが、それはスルーして要求を伝える。

 まあ、本当は、ええのんか! やっちまってええんか!? と聞きたいが、エルザの瞳がメラメラと燃えているのを見て冷静になる。


「報酬については要らないんだが、一つ約束して欲しい」


「何かしら」


「何でしょうか」


「脱出するにあたって、俺の言うことに関して、素直に応じて欲しい。特にそっちのエルザは、いちいちうるさすぎる」


「なにドサクサに紛れて呼び捨てにしてるのよ。それに、そんなこと言って、私達に何をするつもり」


 何にもしね~よ。もう少し育ってから出直してこい。という眼差しで突き刺す。

 エルザはかなり悔しそうにしている。勝者たる俺は非常に満足だが、いつまでも馬鹿なことをやっている場合ではない。


「こっそり脱出しようとしてるところで、ゴタゴタしたくないんだよ。こういうのは迅速に行動しないと上手くいかないだろう。お前らと騒ぎながら逃げ出せるほど、高い戦闘力を持っている訳じゃないんだよ」


「そんなの、貴方が私の言うことを聞けば良いだけじゃない」


 予想通りの反論がエルザから飛び出す。待っていましたとばかりに追い打ちをかける。


「だったら、お前が脱出方法を考えろよ。さあ、やってみせてくれ」


「そ、それは……」


 エルザは悔しそうに唇を噛み締める。

 もう少しだ。多分あと一息で大人しくなるだろう。

 逃げ出すために一番大切なのは、このうるさい小娘を黙らせることだ。


「まあ、お前らがこの条件に従わなくても、俺は一人で脱出するだけだし。それがそれほど難しいことじゃないのは分かるだろ?」


「エルザお嬢様……」


「わ、分かったわ。その代り無茶な要求はしないでちょうだい。裸になれとか言ったら、引っ叩くんだから」


 言葉に反して、顔を伏せた状態で力無く横たわっているところを見ると、エルザは相当にこたえたのだろう。

 その甲斐あって、やっとのことで一歩前進することができた。


 このやり取りがエルザフラグのトリガーとなったとも知らず、俺は安堵して脱走の計画を話しはじめた。









 現在の時刻は二十時、あれから六時間ほど経っている。

 どうやって時間を知ったかというと、実に簡単な理由だ。

 ヘルプ機能で現在時刻を確認できるのだ。

 序に、ヘルプ機能――念話ヘルプ担当のエルから、この世界では就寝時間が割と早いという情報を得た。

 そして、俺達三人は、この六時間で現状確認以外にも、様々な情報のやり取りをした。


「それにしても、貴方のスキルは異常よ」


 どうせそのうちバレると思い、固有能力の一部については、スキルということで説明した。ただ、『アイテムボックス』のスキルは滅多にお目に掛かれないらしく、二人ともひっくり返るくらいに驚いていた。

 まあ、はなから横たわった状態なので、ひっくり返ると言うよりも、エビ反りと言った方が良いかもしれない。


 迂闊だと思うかもしれないが、何もかも隠し通すのは無理だと判断した。

 そもそも、どこからともなくアイテムを出せば、自ずと分かることなのだ。

 だったら、ある程度の情報を与えて煙に巻くのが得策だ。

 少しだけ格好良いところを見せたいという思いも、無きにしも非ずだ。

 特に、ミレアの豊満な身体と仲良くなりたいと思うのは、男としての性だ。

 結局、お互いのスキル情報などは、絶対に口外しない約束して、最低限の情報を与えることにした。

 ただ、驚いたのは、スキル取得に必要なポイントが基本レベルアップで得られること、スキル形態や前提条件についてなど、二人が全く知らなかったことだ。

 俺自身は、ヘルプ機能でその辺りの情報を確認できるのだが、この世界では「そういったものがあるのではないか」と考えられているだけで、全く研究や検証がなされていないという。


 当然のことだが、俺のレベルについては内緒にしてある。Lv1で『アイテムボックス』とかあり得ないだろうからだ。

 二人のスキルについては、エルザは生活魔法と風属性魔法Lv1を取得していて、『エアーアタック』という攻撃魔法が使えると言っていた。

 ミレアに関しては、生活魔法と神聖魔法Lv1が使用可能で、『スモールヒール』が使えるとのことだ。

 神聖魔法が使えると聞いて、放り込まれた時の傷を『スモールヒール』で治癒しないことを疑問に思う。

 ところが、エルザが蔑みの視線を向けてきた。


「貴方、バカなのかしら。いえ、バカなのね」


「エ、エルザお嬢様……」


 即行でバカ認定された。


 至極真っ当な質問だと思うのだが、ぺちゃパイに馬鹿にされてしまった。

 ミレアが焦っているが、そんなことなどお構いなしに、エルザがそのきれいな顎をあげて見せる。


「対魔の首輪も知らないみたいね。これを嵌められている限り、魔法は使えないわ」


 そんな物があったのか。というか、首の違和感はそれだったのか。

 手も使えなければ、自分の姿を写す物もないので気付かなかった。


 あれっ? でも、アイテムボックスは使えたよな。もしかして魔法は駄目だけど、固有能力には影響しないということか。

 まあいい。それよりも、対魔の首輪の能力って、それだけなのか? だったら問題ないけど。だって、魔法なんて使えないし……


「この首輪って、魔法を防ぐだけか?」


「はぁ? やっぱりバカなのね」


 おいっ、二度目は許さんぞ! この貧乳!


「貧乳、貧乳、うるさいのよ! バカっ!」


「ぬぐっ」


 本当にウザい小娘だ。どうしてくれてやろうか。


「これは、魔法を封じるだけでなく、相手を懲らしめる、いえ、死に至らしめることができます」


「なんだと!?」


 エルザに対する怒りが霧散する。

 それほどに、ミレアの説明はショックだった。


「これって、どうやって外すか、知ってるか?」

 

「そんなことも知らないのね。解除するための詠唱が必要よ」

 

 首輪の能力があまりにも衝撃的で気にする余裕もなかったのだが、エルザの物言いを拙いと感じたのか、ミレアは焦ってオドオドしはじめる。しかし、今は揺れる胸なんて、どうでも良かった。直ぐにでも首輪を外したくて、思考をフル回転させる。


 首輪を外す方法か。簡単な方法は物理的に破壊することだが、ラノベとかでありがちなパターンでいくと、無理に外そうとすると対象が死ぬとかだよな。それ以外だと考え付くのは、アイテムボックスへ収納だな。


「この首輪って、無理に外そうとしたら死んだりするのか」


「死んだりしないわよ。どうでも良いけど、貴方って、ほんとに無知よね」


「くっ、俺が無知なら、お前は無乳じゃね~か」


 エルザの暴言を聞き流すことができず、思わずボキャぶってみせた。


 小娘め、さぁ、さっさと発狂しろ。さぁ~、さぁ~、さぁ~!


 再び起こった怒りで罵倒するのだが、なぜか食いついて来なかった。誠に残念……

 ただ、奴はブツブツと何か言っている。

 さすがに怖くなってきたので、敢えて聞かないことにした。









 エルザが発する負のオーラなのか、少しばかり肌寒い気がしてきたが、気にすることなく脱出を始めることにする。

 まずは、彼女達が放り込まれる前に用意していた神器『千切』で手首のロープを切る。

 次に、自由になった右手で『千切』を地面から引き抜き、膝立ちとなって足首のロープを切断する。

 神器の切れ味は最高だった。まさに豆腐でも切っているかのような感覚で、簡単にロープを断ち切ることができた。

 これで、第一段階完了だ。


 よくよく考えると、これってアイテムボックスに仕舞えば良かったのかな?


 今更ながらに、自分の知恵の足らなさに嘆息しつつも、呆気にとられている二人の女はスルーして、左手で対魔の首輪に触れる。

 そして、『収納』と念じる。すると、物の見事に左手から首輪の感触がなくなる。

 アイテムボックスを確認してみると、見事に対魔の首輪が収納されていた。個数も一となっている。

 やっぱり、手足の縄もこれで収納可能みたいだ。でも、こんな小汚いロープなんていらね~。


 この段階で二人は、顎が外れんばかりに驚愕していたが、ここもスルーだ。

 わざわざ寝た子を起こす必要もない。せっかく静かにしてくれているのだ。暫くはこのまま放置プレーでいこう。


 一人ほくそ笑むと、アイテムボックスからおもむろに銅貨を三枚取り出す。

 この銅貨についてだが、エルソルが気を利かせてくれたのだろう。アイテムボックスの中には金貨百枚、銀貨百枚、銅貨百枚が入っていた。それについては、チュートリアルの時点で確認済みだ。


 三枚の銅貨を左手に握りしめて、「パーティー作成、安全第一」と口にする。三枚の銅貨が一瞬だけ光に包まれて、直ぐに元に戻る。

 これはパーティー結成の作業であり、この銅貨を持つ者が同じパーティーの仲間として認識される。

 今回は他に思い付かなかったので銅貨としたが、使用する物は何でも良い。この方法については、ヘルプ機能で知ることができた。

 本来であれば、この状況でパーティーを組む必要もないのだが、彼女達をパーティーメンバーにすると、俺のマップ機能で彼女達の位置情報が得られることから、臨時のパーティーを結成することにしたのだ。

 そして、マップ機能だが、現在のランクでは最大十メートル範囲を確認可能で、人族や動物、魔物といった生命体を認識できる。但し、敵味方の判別は不能で、唯一、本人とパーティーメンバーだけは判別可能だ。


 一通りの準備が整ったところで、放置プレーを解除することにする。


「これから、お前らの縛めを解くが、絶対に騒ぐなよ。それと脱出する寸前までは、縛られている振りをすること。あと、パーティーアイテムの銅貨を渡すから肌身離さないようにしてくれ。分かったか」


 注意事項を告げると、彼女達は大人しく頷く。

 彼女達の同意を確認したところで、近くにいるミレアの縛めを解くために右足を踏み出した。しかし、ここで思慮が足らなかったことに気付く。

 右足で立ち上がろうとしたのだが、六時間弱も正座をしていたこともあって、足が痺れて感覚がなくなっていたのだ。

 おまけに、右手に何でも切れる包丁――千切を持ったままだったことが災いした。

 慌てて危険物を持つ右手を背後に回し、左手だけで倒れる身体を支えようとする。そして、物の見事に失敗した。

 結果的に、ミレアの豊満な胸に顔を埋めるという、人生で二回目のラッキースケベの構図となる。

 因みに、人生初めては、同級生のオッパイを揉みました。はい。

 

 ごめんなさい。やっぱりオッパイは何度触ってもプヨプヨして気持ちいい……


「きゃぁ」


「ちょ、ちょっと、ドサクサに紛れて、何やってんのよ。このドスケベ」


「す、すまん。足が痺れて、感覚がなくなって……だ、大丈夫か?」


 足が痺れて身動きが取れない。顔を埋めた拍子に脱げかかった胸の布帯の上で謝罪するしかない状態だ。


「え、ええ、とてもいいです。ありがとうございます」


 始めは驚いただけのミレアだったが、どうやら俺が話す動きが刺激したのか、身体をくねらせた。なぜか、感謝の言葉が聞こえてきた。


「ちょ、いつまでそうしてるつもり。いい加減にしなさい」


「わ、わざとじゃないんだ。う、動けなくて……」


「いえ、ゆっくりで構いません。んんん~」


 結局、動けるようになったのは、それから暫く経ってからのことだった。

 それにしても、倒れたのがうつ伏せ状態で助かった。

 もし下半身が見える状態だったなら、若さゆえの過ちを見咎められるところだった。

 なにしろ、上半身はタンクトップ、下半身はボクサーパンツだけだ。ちょっとでもサイズが変わろうものなら、即座に見抜かれたことだろう。

 少しばかり焦ったものの、下半身の状態がバレていないことに安堵の息を吐きながら、彼女達の縛めを解くことにした。









 長時間の正座のせいで、色々と擦った揉んだしたのだが、無事に二人の縛めと首輪を除去する作業が完了した。

 敢えて言うが、決して『吸った揉んだ』ではない。しかし、ちょっとだけ心情を吐露すると、そうしたかった気持ちも無きにしも非ずだ。

 というか、吸った揉んだせずとも、柔らかな感触はゲットした。危うく発射しそうになったのは、最重要機密事項だ。

 エルザに関しては、色々と言及したそうにしていたが、これからの行動の妨げになると判断したのか、ジト目を見せつつも言葉にはしなかった。

 ミレアはと言うと、薄暗くて顔色は判別できないが、やたらとモジモジしている。というか、パンツを気にしているようだ。

 何となく想像がつくけど、俺は紳士だ。何も言うまい。敢えて見て見ぬ振りをする。


 彼女達の心情と俺の下半身が落ち着いたところで、銅貨を彼女達に渡した。

 銅貨を受け取ったミレアは、色々考えた末にその豊満な胸の間に挟み込んだ。これでよし! といった雰囲気だ。確かに、その豊満な胸なら、銅貨が零れ落ちることはないだろう。

 ミレアの行動を見ていたエルザは、自分の胸元を確認し、同じように胸の間に銅貨を入れることを考えたようだ。


 よせ、お前の胸では無理だ。きっと、ブラジャーの中をうろうろした挙句、最終的には落としてしまうのが関の山だ。


 飽くまでも現実的な思考だ。ただ、そこでエルザと目が合う。ハッとした彼女は、食らいつかんばかりに睨み付けてきた。


「何見てんのよ! あっち向きなさい」


 他所を向けという割には、自分が直ぐに背を向けた。そして、下半身をモゾモゾ動かしていた。

 多分、胸は諦めてパンティーの中に仕舞ったのだろう。胸元よりは安全だが、トイレには気を付ける必要がある。

 口にすると災いの元なので、知らん振りを決め込む。俺は空気を読める男なのだ。


 衣類や装備についてだが、これについては事前に話をしておいた。

 どう考えても、俺の持っている物では足らない。だから、ズボンとブーツは自分が着用し、フード付きコートはエルザに貸した。

 しかし、それでは全く足りていないのだ。そこで足らない衣類や装備は盗賊から奪うことにする。

 というのも、間違いなく入り口付近には見張りが居るはずだ。そいつから頂戴する予定だ。


 大した衣類や装備もなかったことから、サクッと準備を終えた。

 そして、さっそくとばかりに脱出に取り掛かる。

 俺は左手で格子の丸太を下から持ち上げるように支え、右手に千切を持った状態で、彼女達に視線を向ける。


「準備はいいか」


 二人は悩むことなく首肯する。但し、「これから一体どうするのだろう」といった顔だ。

 訝しげな眼差しを向けてくる二人を無視して、右手に持つ千切を格子の丸太に押し付ける。

 驚くことに、格子の丸太をまるでハムのように切断できた。これこそが神器の力だと賞賛したいところだが、いくらなんでも異常だ。

 その証拠に、二人は白昼夢でも見たかのような様相だ。ただ、それに付き合っている暇はない。彼女達を放置して、黙々と作業をこなし、あっという間に牢屋の格子を解体した。


「貴方、それ……」


「そんな話は、あとだ」


 エルザから漏れ出す疑問の声を、被せ気味に押し除ける。

 そして、右手の千切をミレアに手渡し、木刀の『もっくん』をアイテムボックスから取り出す。これも作戦会議で決めていたことだ。

 ただ、千切の力を目にしたせいか、ミレアはおっかなびっくりだ。


 地球から召喚されて、この世界に降り立った俺としては、例え相手が盗賊とはいえ、殺してしまうことに抵抗がある。

 心情的には消し去ってやりたいが、それは飽くまでも想いであって、自分が人殺しになる気はない。

 そんな訳で、三人で色々と話し合った結果、俺が木刀、ミレアが包丁、エルザが魔法という役割分担となった。

 ミレアについても、多少は抵抗があるとのことだったが、さすがは力無き者が虐げられる世界だ。彼女は盗賊を殺すことを決意したようだった。

 それに付け加えるなら、木刀より包丁の方が使い慣れているという理由もある。

 確かに、剣や木刀を振り回すメイドなんて、そんなのはラノベの世界だけだ。

 

 牢屋を抜け出すと、一本道の通路の壁際をゆっくり進む。

 通路には発光体が所々しか設置されていないこともあり、かなり暗い場所もあって、ゆっくりと移動する他なかった。

 ああ、足音に関して言えば、幸いにも地面が土なので、あまり音が響かない。

 因みに、静音性を考慮して、ここでは靴を持っている俺も裸足のままだ。

 

 既にマップ機能を有効化し、所々で盗賊がいないことを確認している。

 現状のマップ機能は十メートル範囲だ。

 牢屋で確認した時には、入り口が有効範囲外だったこともあって、盗賊の有無を知ることができなかったが、現在は牢屋から移動したこともあって、入り口付近の情報も確認できる。


 良かった。入り口までの通路に盗賊は居ない。それと、入り口の見張りは、二人だけだった。思わず安堵の息を吐く。


 マップ機能については、あまりにもイレギュラー過ぎて二人に教える訳にはいかない。そこで、『気配察知』のスキルがあると伝えている。

 実際、スキルポイントがあるので『気配察知』のスキルを取得することも出来るのだが、スキルは落ち着いて決めたかったので取得していない。


 入り口の近くまで移動したところで、直ぐ後ろのエルザ、その後ろのミレアに指示を出すべく振り返る。

 入り口は、現在の通路を右に曲がって、約五メートル先だ。

 先程からマップを確認しているのだが、入り口の左右に一人ずつ居る盗賊は、全く動く気配がない。

 もしかしたら居眠りをしているのかもしれない。もしそうならラッキーだ。


「見張りは入り口の左右に一人ずつだ。ミレア、お前はここを右に曲がったら通路の左側に沿って進め。そっちの見張りを倒してくれ。俺は通路の右側を通って右の男をやる。それと、合図するから仕掛けるタイミングを合わせろよ。あと、エルザはミレアに付いていけ」


「なんでミレアが左側なの? それに、私がミレア側の理由は?」


「ミレアは右利きだろ。だったら左側からの方が戦い易いはずだ。それと、俺の武器は長物だから、後に居ると危ないだろう」


「へぇ~、ちゃんと考えてたのね。でも、貴方は大丈夫なのかしら」


 エルザは少し見直したのか、腕を組んで納得の表情で頷いた。ただ、何を思ったのか、不安な表情を浮かべている。


 もしかして、俺の心配をしているのだろうか。いや、まさか……まあいいや。


「俺は木刀だからな。右利きなら左腰に得物を仕舞うだろ。だから居合とかは、左から右に片手打ちするじゃん」


「居合ってなに」


 当然ながら、『居合』が何かを知らないようだ。しかし、それを説明している場合ではないので黙殺する。

 因みに、俺が知っている理由は簡単だ。幼少期から空手をたしなんでいるからだ。剣術は、空手とは違うものの、武道家として剣術についても多少の知識を教えられた。

 段位は初段まで取ったが、それ以降は昇段審査を受けていない。


「それじゃ~、いくぞ」


 二人は頷き、通路の左側に向かう。そして、俺も歩調を合わせて前に進む。

 あと数歩というところで合図をおくり、彼女達をその場に留め、見張りの様子を覗う。

 寝ているかどうかは判別できないが、二人とも言葉もなく、身動きもせずに座り込んでいる。

 盗賊の様子を確認したあと、マップに意識を向ける。


 よし、十メートル範囲に、見張り以外は誰も居ない。


 彼女達に再び合図を送り、前進を再開する。見張りの奴等が気付く様子は見受けられない。そして、あと一歩と言うところで、GOサインを出す。

 俺は木刀のもっくんを左肩に乗せた状態から、身体を座っている見張りの側面に回り込ませ、その首元に向けて遠慮なく腕を振り下ろす。

 見張りの盗賊男は、想定したよりも体格が良く、その太い首にもっくんを討ち付けると、それなりの手応えがあるものと思っていた。ところが、予想に反して全く手応えがない。

 何の抵抗もないまま、もっくんは入り口横――見張りが背にしていた壁面まで切り裂き、俺の右足元まで振り切れていた。


「えっ!?」


 目を瞑っていた訳ではないのだが、何が起きたのか理解できないでいた。しかし、その結果は、鮮血と共に俺の目に焼き付いた。

 そう、そこには首のない盗賊だった者の姿が、鮮血を噴出させていた。

 物言わぬ骸となった盗賊の首から噴出ていた血が収まると、その切断痕が露わになる。どう見ても、木刀で討たれたものではない。

 もっくんを討ち付ける時、瞬間的に見た盗賊の姿は、空を見上げるような姿勢で壁面にもたれ掛かっていた。多分、寝ていたのだろう。


 その体勢が災いしたんだな。これほど見事に首が飛ぶとは……それにしても壁面まで切り裂いているし……


 震える右手を持ち上げて、もっくんをマジマジと見詰める。どう見ても唯の木刀にしか見えない。だが、これはエルソルが寄こした神器だ。


 これが、神器の力か……なんてもん寄こすんだよ……


 あまりの結果に困惑する。高鳴る鼓動は耳を討ち、神器を持つ手が震える。

 まさしく、怖気づいているのだ。

 意図しなかったとしても、人を殺めたのだ。誰だって動揺するはずだ。

 ところが、それは勘違いだった。


「こんなに血だらけにして、どうするのよ。装備を奪う手筈なのに」


 俺は声さえ出せずに、呆けたまま振り返る。


 エルザは困惑していることに気付いたのか、骸となった盗賊を眺める。そして、震える俺の右手に視線を向けてきた。


「それって模擬刀よね。どうやったら首が飛ぶのかしら」


 再びもっくんに視線を落とす。どう見ても、ただの木刀だ。

 次に盗賊だった物に視線を移す。

 そして、振り向いてエルザを見るが、恥ずかしながら声が出ない。

 

「しっかりしなさいよ。小さい男ね。盗賊を殺したくらいで動揺して。ミレアを見習いなさい」


 それは、呆然としている俺に発破をかけているように思える。

 もしかしたら、元気づける気だったのかもしれない。

 しかし、それを考える余裕がなかった。

 ただ、エルザの言葉を聞き、見張りがもう一人いたことを想い出す。

 直ぐにミレアを確認すると、そこには、倒れた盗賊から衣類や装備をサクサクと剥ぎ取る姿があった。

 比べものにならないほど、実にたくましい。どう見ても、完全に自分が負けている。


「ほら、さっさと必要な物を剥ぎ取って脱出しましょ。私も手伝うから」


 溜息をこぼしたエルザは、俺の尻を軽く叩く。

 本来であれば、ムカついて罵声をあびせるところだが、いまは頷くことしかできなかった。


 こうして盗賊のアジトから逃げ出す事に成功した。しかし、俺にとって、せっかくの脱出成功も、盗賊が首なしの骸となった今では、全くと言って良いほどに喜べない状態だった。

 もしかしたら、これはエルソルの用意した異世界の洗礼なのだろうか。

 エルソルが全く考え無しの存在だと知らないが故に、そんな的外れなことを考えながらも、エルザやミレアと共に森の中に逃げこんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る