01 盗賊は許せない
第1話 行き成りSOS
身体の不快感で目を覚ますと、薄暗い視界の中で土が目に入る。
というか、それが土だと理解するまでに、数秒の時間が必要だった。
なにしろ、視界にはそれしかないからだ。
確か、なんちゃら王国以外の場所に転送させられたはずだが……もしかして、あれって、夢だった? でも、生きているのは事実だよな? まさか、廊下が土なんてことはないだろうし……
何が現実で何が事実なのか、もはや、何も理解できない。しかし、やるべきことは決まっている。現状の把握だ。
薄暗い場所で横たわっているのは、不快感から嫌でも理解できる。
下になった右腕に
痺れていない左腕を動かそうと試みるが、背に回された左腕はビクともしない。
どうなってんだ、これ……腕が動かね~し。
腕が痺れていることもあって、それに気付いたのは、暫くしてからだ。
「もしかして、これって拘束されてるのか?」
身体が動かないこと、手首に痛みを感じること、そこから、両手首を後ろで縛られているのではないかという疑念に辿り着く。
それじゃ、脚はどうなのだと確かめてみる。
両手を動かせないことを理解し、今度は脚を動かそうとするが、やはり上手く動かない。
「おいおいおい、こりゃ、いったいどういうことだ?」
嫌な予感が脳裏をよぎる。
いよいよ不安が大きく膨らみ始めるのだが、状況を確かめるために、上体を曲げて両足に顔を近付けてみる。
嫌な予感ほど良く当たるものだ。案の定、両足首がロープのような物で縛られているのだ。
「くじ運はなくても、こういう嫌な予感は
どういう経緯でこんなことになったのか、全く以て理解できない。ただ、状況を把握する必要がある。
何にしても、状況を理解しないことには始まらないのだ。敵を知り己を知れば百戦危うからずというやつだ。
経緯はさておき、結論は至って簡単だった。
そこは横穴式の部屋だ。その広さは六畳間くらいで、高さは二メートル弱だろう。窓はなく、明かりは入口付近に置かれた発光物だけだ。それもあって、部屋の中は薄暗い状態となっていた。
因みに、発光物の正体については不明だが、まあ異世界だし、ということで終わらせた。というか、教室の外が横穴式住居でなければ、異世界しかないだろう。
その横穴式住居だが、それにも語弊がある。
入口が直径十センチくらいの丸太で作られた格子で塞がれているのだ。どう考えても牢屋以外の何物でもない。
横たわった身体を一旦うつ伏せにしてから正座の状態にして、周囲を確認した結果がこれだ。
「転送先が牢屋とか、どんな虐めだよ。もう誰も信じないぞ」
エルソルさん……いや、もうエルソルでいいや――にクレームを入れる。
ただ、文句を言っていても始まらない。この状況だと、異世界での生活が超短命になる可能性があるのだ。
なにしろ、牢屋となれば、この先の展開は知れている。
取り敢えず、この状況を何とかしたい。
そんなことを考えていると、不意に男の声が聞こえてきた。同時に悪臭が漂う。
うわっ、くせ~! 生ごみの臭いだ……
「起きやがったか。おめえも運がねえな~、ケケケッ」
ああ、お前の臭いを嗅がされるとは、俺も運がね~よ。
「ここは、何処ですか」
心中で悪態を吐きつつも、情報収集には余念がない。そして、情報を得るためには、低姿勢が鉄則だ。
異世界のはずなのに言葉が通じるなんて疑問は、今のところ棚上げだ。
「ここは、オレ達のアジトさ。ケケケッ」
アジト……アジトってあれだよな。悪い奴らの根城ってことだよな。やっぱりそうなるか……つ~か、くせ~よ! 風呂に入れ! 歯を磨け! 俺を殺す気か!?
返事は良そうと違わなかった。この洞窟は奴等のアジトらしい。そんなことよりも、この悪臭をどうにかして欲しい。
人を縛った上に、アジトの牢屋に閉じ込めるくらいだ。間違いなく、ろくでもない奴等だ。それでも現在の状況を把握するには、少しでも情報を得るしかないのだ。つ~か、くさい……
不安、憤り、不満などの感情を抱きつつも、我慢して情報収集に専念する。
「あなた達は、誰ですか? 俺をどうしようと」
「オレ達は盗賊だ。おめえは行倒れてたんでな、金目の物でもと思ったが、な~んにも持ってねえから、おめえを金にすることにしたのさ。ケケケッ」
予想通りというか、そのままだ。
さすがは盗賊、身包みとは正にこのことだな……というか、拙いぞ、このままだと破滅が確定だろ。俺の異世界生活が瞬殺だ。
命の心配をするのだが、どうやらそれは考え過ぎだったようだ。
「大人しくしてろよ。そのうち奴隷商に売り渡してやるからな。ケケケッ」
確かに、殺すくらいなら捕まえてないか……でも、行き成り奴隷はね~だろ。
湧き起こる怒りを他所に、盗賊ケケケは檻の前から姿を消した。
くそっ、この盗賊をこの世から消してやりたい……てか、くさい……
盗賊の男が居なくなったことで悪臭が薄れてゆく。空気が浄化されたような気がして少しばかり安堵するのだが、それに相反して俺の心の中は、黒々とした怒りが渦巻きはじめた。
異世界召喚された途端に、大ピンチ。
なにやっとんじゃ、エルソル。なんて悪態を吐きたいところだが、文句を言っていても何ら解決しない。
この悲惨な現実を打破するために、様々な方法を考えた。
しかし、画期的な解決策なんて、全く思いつかない。
なんてったって、現在の姿はといえば、タンクトップにボクサーパンツしか身に着けていない有様なのだ。おまけに足首と手首はロープらしき物でグルグル巻き。
こんな有様で、どうしろと……
この状況では、エルソルを罵倒するか、誰かの助けを願うことくらいしか出来ることがない。
「くそ~、勇者こね~かな~。誰でもいいから助けてくれよ。ヘルプ、ヘルプミ~」
思わず助けを願う言葉が口から
次の瞬間、目の前に『文字ヘルプにしますか? それとも念話ヘルプにしますか?』という選択の文字が映った。
「な、なにこれ」
そういえば、エルソルが別れ際に『ヘルプ』を使えって言ってたよな。
ただ、どうやって選択するのかわからない。なんとも、不親切なシステムだ。
そもそも、両手両足が塞がっているのだ。できることは限られている。そう、声にするしかない。
「念話ヘルプで――」
『初めまして、わたくし念話ヘルプを担当しますエルと申します』
頭の中に直接話し掛けてきやがった。てか、この声はどう考えてもエルソルだろ。
「エルソルさんだよね」
『いえ、違います。エルです』
「嘘つけ。絶対エルソルだろ」
『早くも呼び捨てですか』
「ほらみろ、エルソルだろ」
『いいえ、わたくしはエルです』
もういいや、こんなくだらない言い争いをしている場合じゃないんだ。
「もうどっちでもいいや。取り敢えず、この状況を何とかしてくれ」
『わたくしは、ヘルプ機能ですので、現状を改善することは出来ません』
まあ、当然と言えば当然か。ヘルプ機能が仕事をしてくれたらオペレーターは要らんわな。
「それじゃ、何ができるんだ?」
『まずはチュートリアルですかね』
この状況でチュートリアルかよ。空気が読めね~のかよ。それに「ですかね」ってなんだよ。くそっ、ヘルプ機能が空気読めないのは仕方ないが、なんかムカつく。
結局、色々と思うところはあったのだが、現状を打破したい気持ちが勝り、この絶望的な状況でチュートリアルを始めることなった。
それでは、チュートリアルを開始します。
そんなエルの念話で説明が始まり、体感時間にして一時間前後で説明が終わり、それでは、頑張ってくださいのセリフで幕を閉じた。
チュートリアルが終わったのは良いが、いきなり脱出ゲームときたもんだ。
ああ、チュートリアルの内容だが、結構な量なので頭の中で整理してみる。
ステータスオープンと念じるとステータス画面が表示される。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
名前:ユウスケ
種族:人間族
年齢:十五歳
階級:獲物
-------------------
Lv:1
HP:100
MP:200
SP:10
-------------------
<固有能力>
空間制御:G [アイテムボックス]
伝達制御:-
状況把握:G [マップ]
取得経験値増加:G
補助機能:MAX [ヘルプ機能]
言語習得:MAX
<スキル>
-
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
どう見ても寂しい内容だ。まあ、それは置いておくとして、少しステータスについて振り返る。まずは基本ステータスだが、Lv、HP、MPなどはゲームとかであるやつと同じだった。
基本ステータスの上昇契機だが、Lvアップ時となっている。現在のステータスは見事に初期値だ。
次に、召喚された人に出現しやすい『固有能力』だが、ランクで管理されていて、ランクが上がることにより、効力や範囲、能力が変わるらしい。そして、この固有能力のランクは、最低が『G』であり、ランクが上がる毎に『A』に近付き、『S』が最高だと言っていた。
『伝達制御』の『
確認してみたのだが、『伝達制御』取得の必要ランクは『E』だ。
それと、保持している『固有能力』は全部で六つだ。その内の三つは、エルソルが追加してくれたらしく、一般的には多くても三つ程度らしい。
呼び捨てにしてすみません。今は少しだけ感謝してます。
最後に『スキル』についてだが、基本レベルが上がることにより得られるスキルポイント(SP)により習得可能となる。
ああ、この異世界に現存するスキル一覧については、ヘルプ機能により表示可能だ。
因みに、現在のスキルポイントは十ポイントだが、十ポイントで習得可能なスキルは、『危機察知』、『気配察知』などの知覚系スキルのみであり、魔法系や身体系、戦闘技術系のスキルを取得するには、全く以てポイントが足らない。
「つ~か、階級が獲物って、なんだよ、それ!」
チュートリアルを終えたところで、ここから脱出するために、持ち物を確認することにした。
『アイテムボックスオープン!』
アイテムボックスの使用を念じると、視界に収納状況が認識できる表示が現れる。
その表示は、俺しか見えないという説明だった。それに、触ることもできない。だが、思考と連動して希望の場所を選択可能という優れモノだ。
ただ、現在のランクが『G』であることから、アイテムボックスの容量は十種類で、各二十個が限界となっている。
この容量にかんしては、固有能力ランクが上がるに連れて増えるらしい。
まあ、いまは大して収納できないが、荷物を持つ必要がないこと、武器や道具を隠せること、それを考えると、かなり便利な能力だと思える。
肝心の持ち物はというと、ありがたいことに武器があった。
しかし、なぜか木刀……銘は『もっくん』とのことだ。
説明を確認すると、『エルソルが世界樹の枝を使って削り出した木刀』となっている。
武器が用意されていたことには感謝するのだが、思わず『世界樹に何てことしてんだ。エルソル』と心中で罵倒してしまう。地球なら、間違いなくエコプロジェクトから訴えられるだろう。
まあ、武器があったのは嬉しいが、さすがに木刀じゃロープは切れんわな。
それ以外で武器になりそうなものといえば、包丁があった。
その名も『千切』。説明を見ると『ゴットニウムで創られた包丁であり、何でもサクッと切れる』とある。
おいおいおい! これって、まな板も切れるんじゃね~か? 包丁として使えね~じゃんか。それに『ゴットニウム』って何だよ。
色々とツッコミどころ満載なのだが、木刀と包丁のどちらも『神器』となっていた。
ここにきて神器はありがたい。だが、嫌な予感しかしない。
神器の包丁で、俺に何をさせる気だ?
「まぁ、色々と思うところはあるが、武器はこれでいいや、次は、服、靴、それに防具だな」
次に服や防具を確認した。何を血迷ったのか、全く以て異世界風ではなかった。内容は以下の通りだ。
上着:フード付きコート(黒)『神器』
ズホン:ブーツカットブルージーンズ『神器』
靴:七インチブーツ(黒)『神器』
やたらと地球風なのだが、全てが神器だった。
先行き不安な状況に、神器と言えば嬉しい限りだ。
ただ、その内容がアレすぎる。どんだけ地球に汚染されているのだろうか。
しかし、こうなると、嫌でも妄想が働き始める。
もしかして、ラノベとかにある俺TUEEE展開なのかな。てか、防具はナシかよ。それにコートの下はタンクトップ……
この時点で、エルソルを『天然』に認定した。
しかし、いつまでも天然の相手はしていられない。
気を取り直して縛めを解く方法を考えることにする。
神包丁『千切』を使うのは良い。ただ、どうやって握って、どうやってロープを切るかだ。間違って手とか切りたくないし、説明からすると手首とかサクッと切落としそうだし……まあ、悩むより産むが易しだ。ああ、もちろん、子供じゃないぞ? それは俺の役目じゃない。いや、種を付けるのは俺の役目だが……そうだな。悩むくらいなら孕ませる方がいいかな……いや、失敬。
くだらないことを考えながらも、アイテムボックスから『千切』を取り出すことを念じた。
その途端、目の前にポロンと包丁が出現した。
刃渡り十寸(三十センチ)くらいの柳葉包丁だ。柄は黒檀のような黒色で、平の部分に『千切』の銘が彫られている。
実に見事な包丁だ。いい仕事してますね~。なんていうと思ったか? 異世界観が台無しだぞ。
気を取り直してばかりだが、溜息を吐きつつも、思いついた使用方法を試すことにする。
まずは、上半身を伏せて千切の柄を
さすがは神器と言うべきだろう。無理な体勢から口を使って地面に刺し込んだはずなのだが、千切は大した力を必要とせずに半分くらい刺さった状態となった。
下準備が終わると、千切を背にし、入り口を向いた状態で正座の姿勢をとる。
さぁ~て、これから手首のロープを切るぞ。なんて意気込んだのだが、なにやら入り口付近が騒がしくなってきた。どうやら、盗賊が来たみたいだ。
「やべぇ、どうしよう。って、この状況じゃ見えね~か」
千切が見つかると拙いと感じて慌てるのだが、よくよく考えると自分の身体で見えないことに気付いて安堵の息を吐く。
そんなタイミングで女の騒ぐ声が聞こえてきた。
「離しなさい、降ろしなさい。この無礼者!」
「うっせ~な、騒ぐんじゃね~よ」
盗賊風の男が三人、その内の二人は、一人ずつ女を肩に担いでいる。
どうも、担がれた女の一人が悪態を吐いているようだ。
先頭の男が入り口の格子戸を開けると、後の二人の男が「お仲間だ。仲良くしな。まあ、明日までだがな。クククッ」と二人の女を放り込んできた。
「きゃぁ」
「ぐっ、私にこんなことをして、タダで済むと思っているの」
ドサッ、ドサッという音と共に、女達の悲鳴があがる。ただ、罵声の音量が半端ない。
耳が痛いっての……
「タダで済まないのは、お前だぜ。奴隷商に高く売りつけるからよぉ」
格子戸を閉めながら、一人の男が嫌らしい笑みを浮かべる。
男達は犯したいとか、犯すと売り物にならないとか、下種な会話をしながら姿を消した。
最低だよ、お前ら。ここ盗賊達はゴミ認定にするしかないな。
そもそも、盗賊自体がゴミ同然だ。いまさら認定する必要もないのだが、腹立たしさからそんな想いが込み上げてくる。
こうして俺の異世界における人生が始まったのだが、初期ステータス状態で、女二人と牢屋スタートとか、ちょっとハードル高いような気がする。
実はエルソルに深い考えなんて皆無であり、「転送先はあの辺りで良いかぁ~」という安易な判断で事が進んだことなど、全く知る由もない俺は、この後、大脱出について頭を悩ますことになる。
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