00 プロローグ
第0話 プロローグ
世の中とは、どこまでも理不尽だ。
当たり前のことだし、既に理解しているものの、それを体感する度につくづく嫌になる。
何か起これば、被害者叩きが始まる。気に入らないというだけで虐めが起こる。
この世の中は、何かが狂っているのではないだろうか。
かくいう俺自身も、現在進行形で虐めの対象となっている。
とはいったものの、人影のない場所で暴力的な行為に怯えている訳ではない。ただ、ちょっと目を離すと、持ち物がなくなる。これが自然現象であるのなら、摩訶不思議な出来事であり、怪奇現象だと吹聴したくなるが、単なる嫌がらせというオチなので、溜息しか出てこない。
それに、被害の方も軽微だ。上履き、靴、机、椅子――俺の持ち物ではないが――といった物が消えてなくなるだけで、ありがちな内容だ。
まさか異世界に転移していることもないだろう。というか、大抵が決まった場所に転がっている。あまりにもワンパターンで、テンプレな手法だ。それこそ、怒る気すら起きないほどに幼稚な行動だ。
しかし、その犯人は、幼稚園児ではない。この春にめでたく入学した高校生だ。
それを考えると、人間とは獣にも劣るような気がする。
そもそも、獣とは、狂暴ではあるものの、脅威や空腹がなければ、他の動物を襲うことはない。しかし、人間とは三大欲求とは別に、感情なる素晴らしき感覚を持っている。これが厄介だ。
まあいい。人間とは、なんて哲学的なことを考えても何の解決にもならない。
それよりも、虐めに遭っていることが面倒だ。
ああ、間違っても死にたくなるような状況ではなく、ただただウザいだけだ。
その虐めだが、理由も理不尽な話だ。ことの発端は、他の虐めを見咎めたから。それだけだ。
親が憎けりゃ子も憎いとでもいうのだろうか、虐めを見過ごせなかったことで、物の見事に虐めのターゲットとなってしまった。
うむ、ありがちな話だ。
そもそも、俺は虐めというのが大っ嫌いだ。
気に入らないなら関わらなければ良い。わざわざ嫌がらせや暴力に訴えるというのが気に入らない。それも、大抵は複数人で一人を攻撃する。
これも人間の特徴だ。一人でだと大人しいが、徒党を組むと気が大きくなる。
そして、虐めを楽しんでいるような奴等なんて、本当に最低で最悪だ。まさにゴキブリの如き存在だ。
上履きをシューズケースから取り出し、外履きをシューズケースに収めながら、朝から虐めに対する批判を繰り広げている。
まあ、シューズケースの必要性については、いまさら説明する必要もないだろう。靴が他界しないための対策だ。
幾度となく紛失したこともあって、対策にも余念がない。ただ、これが面倒だと思う要因の一つだ。
よし、今日は順調だ。今のところ、何の被害もない。
全ての対策が上手くいっていることに満足する。
もしかしたら、奴等も飽きたのではないかと考えるが、教室に入ったところで、自分の考えが愚かだったことに気付く。
ん~、椅子がね~。
椅子がないのは、一目瞭然だった。
それに付け加えて、机には油性マジクックで罵詈雑言が刻み込まれている。余白の部分を考えると、新たに追加されているようだが、然して気にならない。放置作戦が功を奏している。というのも、消せば更新分が目立つのだ。
それにしても、虐めのためにわざわざマジックを購入するとか、なかなかのブルジョアだ。
というか、かなり目立つ落書きで、教師もこの机の惨状を知っているはずなのだが、取り立てて何のアクションもない。
素晴らしいといえるほどに見事な教育体制だ。
朝から順調だったのだが、ここにきて一気に嫌がらせが炸裂する。
実際、こればっかりは、対策の執りようがない。教室に寝泊まりする訳にもいかない。というか、そこまでして学校にきたいとも思えない。
まあいい、どうせ椅子は何時もの場所だろう。
少しばかり心中で皮肉を繰り広げながら、疑うことなく教室と同階のトイレに行くと、特に欲情した訳でもないのにヌレヌレとなった椅子がある。
「わざわざ、洗ってくれるとは親切な奴等だ。もしかして、うちのクラスの奴等はアライグマにでも憑りつかれてるんじゃねえのか。どうせなら、綺麗に拭き取ってくれると、なお良しなんだが」
皮肉を繰り広げつつ椅子を片手に教室に戻ると、丁度、担任の教師が出欠を取っているところだった。
「柏木、何をしとる。早く席に着かんか」
教室に入ると、頭の薄くなった担任から
こいつはハゲである。そしてゴミでもある。だから、無視して席に着く。
「ちっ」
無視がお気に召さなかったのだろう、舌打ちが聞こえてくる。
正直、自分の態度が悪いのは理解している。
初めの頃は、こんな態度ではなかった。ただ、どうもこのハゲは、俺が気に入らないらしい。それをあからさまにしているので、敢えて相手にしないようになった。
「なんだぁ、お前のその態度は、廊下に立ってろ」
お前が立ってろよ。と思うが、口にはしない。ここで騒げば、面倒なことになるだけだ。そう、俺は面倒なことが嫌いだ。一般的にいうと、面倒臭がり屋という奴だ。
ゴミ担任、もとい、ハゲ担任から叱責され、無言で教室の後ろ側の出入り口に向かう。
そこで、空席になっている机に気付くが、それも今日始まったはなしではないので、肩を竦めるに留める。
「え~、磯崎、磯崎……今日も休みか」
いまにも頭から湯気をあげそうなゴミ担任は、怒気を露わに、歯噛みをするが、気を取り直して出欠確認を再開した。ただ、名前を呼んでも返事がない。
それはそうだろう。クラスの生徒からは虐められ、担任からはシカトとくれば、登校拒否にもなろうってもんだ。
磯崎――
俺も学校にくるのなんてやめっかな~。めんどくせ~し。
またまた面倒臭い病が発症したのだが、それが拙かったのかもしれない。
教室から出た所で、突如として足元が発光しはじめた。それに続いて視界が歪みはじめる。
「なんだこれ、これってゴミ担任の頭より眩しいぞ」
まばゆい光と蠢く空間を前にして、思わずジョークを飛ばしてみるが、正直言って笑い事ではない。
次の瞬間には、意識が朦朧としたかと思うと、一気に暗転してしまった。
そこは、真っ白な空間だった。
前も、後も、上も、下も、何もかもが真っ白だ。
それこそ、何も存在していないかのような白い世界。
なんじゃこれ!
慌てて自分自身を確かめる。
なぜか、発光している。まるでスーパーサ○ヤ人みたいだ。
これで驚かない者など居ようはずもない。
焦って周囲を確認するが、それは無意味な行為だった。
なにしろ、白しかないのだ。
「ここは? まさか、死んだ? てか、教室から外に出たら死ぬとか、迂闊に学校なんて行けね~し」
現実離れした状況は、現実逃避の母だ。
正常な思考が停止して、ただただ無意味な想像だけが繰り広げられる。
そんなところに、突如として、声が降って
「ようこそ。柏木勇助さん」
「うおっ!」
透きとおるような声色が、俺の名前を呼んだ。
もちろん腰を抜かすほど驚くのだが、代わりに思考が現実に戻ってくる。
「ん? 誰だ? どこから?」
周囲を見渡すが、誰も居ない。ただただ白い空間があるだけだ。
そのことに寒気を感じていると、再び声が降ってくる。
そう、まさに降ってくるような感じだ。
「驚かせましたね。わたしはエルソルと言います。そして、形無きものです」
「形無き者?」
形が無いが故に目視できない。
少しばかり納得するが、理解できないことが多過ぎる。
ここは何処。私は誰。そんな状況だ。いや、私は俺であり、柏木勇助なのだが……
「ここは、何処ですか。もしかして、俺って死んだりしてますか?」
恥ずかしながら、声が震えてしまう。
というか、死の恐怖がデスマス調を呼び起こす。
しかし、どうやら思い違いだったようだ。
「いえ、死んでいませんよ。あなた達の言葉で表現するなら、ここは異次元になります」
ちょっ、ちょっ、ちょっと……ちょっとまて、異次元って、なんで異次元? 教室の外は異次元なのか?
「すみません。全く状況が把握できないんですけど……」
これは恥ずかしくない。この状況を把握できるものは、妄想癖がある者だけだ。まあ、それも現実逃避と同義だけどな。
というか、姿は見えないけど、このエルソルさんって、とても優しかったりする。親切にも説明を始めてくれた。
「あまり時間がないので手短に説明すると、あなたは異世界に召喚されました。それは、あなただけではなく、あなたのクラス全員です。しかし、召喚を行った国には多くの問題があって、できれば召喚を阻止したかったのですが……」
時間がないというわりには、長々と続いたエルソルさんの話をまとめてみる。
異世界のミストニア王国という国が勇者召喚を実行した。ただ、その国は素行が悪く、実は勇者召喚も私利私欲のためだという。出来れば勇者召喚を阻止したかったのだが、彼女の力が及ばなかった。結局のところ、波長の合った俺だけを呼び寄せたらしい。
勇者召喚で私腹を肥やす方法だが、異世界から召喚された者は、特殊な能力である『固有能力』を得るらしい。その特性を利用したもので、力を持った者を『勇者』と祭り上げて上手く利用するのだそうだ。
教えてもらった話を頭の中で整理してみる。
勇者召喚は良いとして、いや、ぜんぜん良くないが……それは置いておくとして、問題は自分の立ち位置だ。
このまま日本に帰れるのか、はたまた、異世界に飛ばされるのか。もし後者だった場合、異世界でどうやって暮らせばよいのか。さすがに、裸一貫で異世界起業なんて、それこそラノベものだ。
「あの~、俺はどうなるんでしょうか?」
「わたしが召喚先の世界にお送りします。ただ、行き着く先は、召喚の儀式を行った国ではなく、他の場所になりますけど」
エルソルさんの返事は、良いものと悪いものが入り混じっていた。
同じクラスの奴等と違う場所は願ってもないのだが、地球に戻る案はないようだ。
それ以前に、思いっきり嫌な予感がする。
これって、どう考えても、俺がエルソルさんのお願いを叶えるとかいう流れなんじゃ……まあ、実際、そんなこと言われても無理だけど……
自分だけが、ここに呼ばれたことが気になるのだ。
意味なく呼ばれるはずがない。それこそ、これで良い話ばかりで終わったら、お金をもらってください詐欺みたいなものだ。
その考えは、見事に読み取られてしまった。そう、彼女は俺の思考を読んでいた。というか、それなら会話の必要なんてないじゃんか。
「そうですよね。できればミストニア王国の所業を
「す、すみません。それって、俺は助かるんですが、それで良いのですか?」
「ええ、仕方がありません。召喚先の世界は、あなたの世界と全く違う環境です。そんな世界に独りきりで放り出されるだけでも大変なことです。ですから、あまり無理なお願いをする訳にもいきません」
この人、良い人だなぁ。あのゴミ教師と交代して欲しいわ。でもまあ、もう教師でも生徒でもないからな。あんなゴミ教師なんてどうでもいい。
「あ、もう時間がありません。本当は、もっと説明したいことがあるのですが……向こうに着いたら、ヘルプで確認して下さい」
「えっ、ヘルプですか」
まだ何も理解してないし、どうすんだよ。
なんて考えていると、身体の発光が激しくなる。
「あなたのこれからの行く末に幸あらんことを」
彼女の祈りを最後に、チュートリアルすらない状態で、ラノベにありがちな異世界召喚物に叩き込まれることになってしまった。
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