─ 5

 翌日。

 美琴の機嫌が、朝から悪い。

 原因は予想がついている。昨夜の『メロディ・ファンタジー』についてだ。

 結歌は、三つ離れた席の向こうにいる美琴へ目線を送る。キッと鋭い視線が返った。これは、あれだ。かなりお怒りのご様子。あたしに落ち度は無いけど、とりあえず謝っておいた方が無難かなあ。授業が終わったら謝りに行こう。

 終業のベルが鳴ると、早速、美琴の席に行く。

「美琴。昨夜の事なんだけど…」

 ブスッとしたまま、顔も合わせず帰り仕度を済ませると、美琴は席を立った。

「あれ? やっぱ怒ってる?」

 言葉も返さず、スタスタと教室の外へ歩み出て行く。

「結歌。また、なんかやったの?」

「事情は訊いてないけど、たぶん、結歌が悪い」

「早めに謝っちゃいな~」

 クラスメイトの野次に手を振る。

「OK! 謝ってくる。みんな、じゃあね!」

 小走りに駆けよって、美琴に声をかける。

「そこまで一緒に帰らない?」

 粛々と歩みを進めるだけで、返事は無い。

 とりあえず、機をうかがいながら結歌は後に付いて行く。

 校門を出て、駅へと向かう道を進む。時々、「ねえ」とか「お~い」とか、声をかけてみるが返事は無い。

「そういえば、『メロディ・ファンタジー』の別バージョンがアップされてたね。まるで、あたしたちが行ってきたかのような歌詞に変わって」

 突然、細い脇道にそれて曲がった。慌てて結歌が追う。曲がったところで、美琴が待構えていた。

「おおっ! びっくりした」

「びっくりしてるのはこっちよ」

「え? なんの事?」

「とぼけんな! あのヘンテコな世界に連れこんだ事だよ」

「いや、あれは、あたしも知らないうちに連れこまれたんだって」

「見てよこれ!」

 美琴は袖をまくって見せた。痣や傷跡がある。

「お風呂で見たとおり、立派な腕っ節で」

「ここも痣と傷だらけよ」

 美琴は足を指した。

「ああ、なるほど。普段は白ソックスなのに、今日、黒パンストなのは、そういう意味だったのか」

 ふーっと、深いため息をつく。怒りの鼻息が洩れたようだ。

「似合ってるよ、黒パンスト。太い太ももも、黒の視覚効果でホッソリと見え…。見えない」

「お・ま・え・は、殺されたいのか!」

「冗談だって!」

 再び、ふーっと怒りの鼻息が洩れる。

「美琴。怒らないで聞いてね。今回の件に関しては、あたしも巻きこまれた側であって」

 上から見下ろす目線で。

「あはぁん?」

「あたし自身も正直、どうしてあんな世界に迷いこんじゃうのか、わからないんだよ」

「他に原因があるとでも?」

「原因かどうかわからないけど、だいぶ前に不思議な夢を見て」

「夢?」

「いや、夢って決まったわけじゃないんだけど、ちょうど今回の件と似たような感じで」「どんな?」

「MEIKOの曲を聴きながらベッドで寝落ちしたら、夢の中に、MMDデフォルトのMEIKOモデルが出てきて『ボカロ部を作りなさい』と言われて」

「今のボカロ部を作ったと」

「そう! その後すぐ、ネグさんがあたしの曲に感想をくれて。さらにその後すぐ『パ・ディ・シャ』の世界に迷いこんだ。ネグさんとふたりで」

「つまり、夢に出てきたMEIKOさんのせいだと?」

「たぶん!」

「その、キリッ! ていう表情がむかつく」

「MEIKOさんから話を訊けば、謎は解ける!」

「どうやって?」

 う~んと数分、考えて、結歌はスマフォを取り出すと、ボカロ部メンバーへメッセージを送った。



 ふと気がつくと、結歌はMMDデフォルト画面の中にいた。

 あ、これはMEIKOさんと出会った最初の場所。

 空からキラキラと、黄色い星が落ちてくる。地面に落ちた瞬間、弾けて下田美琴が現われた。

 それに誘われたかのように、ピンク、緑、青の星が、キラキラと落ちてきて、それぞれネグ、浅川笛子、中島鈴が現われた。

 ほどなく、四人は目を覚まし、辺りを不思議そうに見回す。

「ここはどこ?」

「ゆうさかんの言っていた、MEIKOと出会った世界ですか?」

「なんにも無いわね」

「MMDデフォルト画面だね。ご丁寧にXYZ軸まで表示されてる」

 そこへ、赤い星が、キラキラと落ちてきて、MEIKOが現われる。

「こんにちは。みなさん」

 呆然とする四人を前に、結歌が熱弁を奮う。

「ほらっ! 言ったとおりでしょう!」

「これは、なんの騒ぎ?」

「実は、MEIKOさんとお会いした日から、あたしがミクの曲の中へ入りこんでしまうという事が起こりまして」

「あなたは、あの時の新人ボカロユーザー」

「はい! そうです」

「その後、どう? 順調に再生数は伸びてる?」

「全然ダメです! 再生数は伸びませんが、こんな事態になりました」

 結歌は、他の四人を紹介した。

「ああ、そういう事」

「やっぱり! この世界にあたしたちを連れこんだのは、MEIKOさんのせいだったんですねっ!」

「それは違う」

「えっ? でも、こうしてあたしたちは、MEIKOさんの前にいるわけで…」

「あたしは、創った曲の披露する場所を作りなさいと、アドバイスしただけ」

「でも、現実問題として、MEIKOさん。今、あたしたちの目の前にいるじゃないですか」

「それはあたしのせいじゃなく、あなたのせい」

「え? あたし?」

「どういう仕組みかわからないけど、あなたには、ボカロ曲の中に入りこむ能力があるようね」

「え~と、これって、つまり、あたしのせい?」

「そう」

「じゃあ、こうしてMEIKOさんにお会いできたのは?」

「あたしは、ただの中の人。あなたが来るまで、ユーザーに会った事なんてないわ」

 ちょっと待て。するってーと、この状況。非常にやばいのでは?

 結歌は恐る恐る、他の四人を見る。

 四人は結歌を無視して、MEIKOに集まった。

「あなたがMEIKOさんですが。初めまして。どうぞよろしくお願いします」

「赤い髪。綺麗な素肌。均整のとれた手、足、腰のバランス。普段、どのようなトレーニングとお手入れをなさっておいでですか?」

「初めまして。中島鈴と申します。もし、よろしければ、あなたの曲『ノスタルジック』をお聴かせ願いたいのですが、どのような手順が必要でしょうか?」

「MEIKOさん。他のモデルにはどのようにしたら会えるんでしょう?」

 怒濤の如く質問攻めに合うMEIKO。

「ちょ、ちょっと待って。さっきも言ったけど、あたしはただの中の人。この世界へ皆を連れてきたのは、間違いなく、あそこにいるユーザー」

 皆の視線が、結歌に集まる。

「でも、あたし自身、どうやってボカロの曲の中に入れたのか、どうやって抜け出して来たのか、全然わからないんですけど」

「それは、あなたの本能が知ってるわ」

「なんですか、その『魔法の使い方は心が知っている!』みたいな魔女っ子モノ的アドバイスは」

「今までの事を思い返してご覧ん」

「今までの事?」

「例えば、今までその世界にはどうやって入ったの?」

「ミクの曲を聴きながら寝落ち」

「出る時は?」

「曲の内容かまわず、動きまくって」

「それ」

「それ?」

「動き回って、現実に戻った時、何か変わっていなかった?」

「そういえば、曲の内容が、あたしたちが動き回ったように変えられたバージョンがアップされてました」

「作者自身にも気がつかない、完成度の小さなわだかまり。いったん曲が完成し、動画サイトにアップしたら、普通、見直す事はあまりしない。しかし、ある時、ふと気がつく。『この曲のここを変えたい』」

「はあ」

「それを気づかせてくれてるのかもね。あなたは」

 結歌を含め、五人、全員が呆然としている。

 おもむろに、美琴が手を上げる。

「みことんさん。なんでしょう?」

「結歌が、ボカロ曲へ連れこむ犯人なのはわかりました。問題は、その世界が『夢』のように、目が覚めたら、体験した全てが、無かったことになってないんです」

「それは簡単。あなたたちは、体験してきたとおり、ボカロ界に飛ばされたの。そこでの体験は実体験と同じ」

「じゃあ、ボカロ界へ行っている間、私たちの体はどうなっているんですか?」

「一時的にボカロ界へ飛んでいるのかも?」

「でも、だいたい飛ばされた直後ぐらいに、現実へ戻ってきます」

「残念だけど、あたしは中の人。外でなにが起こったなんて、知り様がないわ。それを確かめたかったら、あなたがボカロ界に飛んでいる間、その時の自分がどうなっているか、他の人に観察してもらうのね」

「そんな事できません!」

「なぜ?」

「なぜって、どうなっているかわからない姿を、他人に見せるなんて、できるわけないじゃないですか」

「親兄弟でいいじゃない」

「なおさら無理です!」

「そう? まあ、思春期の多感な年頃だから、恥ずかしい姿は見られたくないか」

 美琴は、顔を紅くした。

「ところでみなさん、ここからどうやって出ようか?」

 みんなの視線が結歌に集まる。

「それは、あたしが目を覚ませばOK!」

「そうね。でも、せっかくのお客様を、ただ帰したんじゃつまらないし、この曲を改変していってもらおうかな」

 MEIKOが手をあげると、白に罫線だけが引かれた世界に、見慣れた街並みが現われる。

「ゲキド街ですね」

 ふと、向こうから、あにまさ式ミク・セーラー服Verが、パンをくわえて小走りにやって来る。

「ちこく! ちこくう!」

 MEIKOがさらに手をかざすと、結歌がブロックノイズにかき消され、ミクの前に再生される。間髪を入れず、ミクと衝突する。

「キャッ!」

「痛っ!」

 尻餅をついたふたり。

「ちょっと、なにするのよ!」

「ごめんなさい。なんか突然、飛ばされて」

 ミクは、ハの字に開いた両足を、慌ててスカートで押さえた。

「見たわね?」

「いえ、見てません」

 不機嫌に立ちあがって、スカートの砂埃を払う。

「すけべ」

 一瞥してミクは走り出す。

 辺りがブロックノイズに包まれ、再び組み上がると、そこは教室だった。

 教室には、ネグ、美琴、笛子、鈴の席が用意されている。そこに、ミクが勢い良く入って来る。

「みんな、おはよう!」

「おはよ」

「おはよう」

「今日は間に合ったね」

「はは、ギリギリだった」

 モブたちがミクに挨拶している間、MEIKOは席に座っている四人に声をかけた。

「もう、わかったでしょ?」

「これ、結歌の曲ですよね」

「あたし、聴いた事あります」

「嫌な予感しかしないんだけど」

「俺も同感」

「じゃ、うまくやってね」

 ウインクをして、MEIKOは消えて行った。

「いや、うまくやれと言われても」

「よくわからない曲ですよね」

「つーか、意味不明」

「これをどうまとめたら、ゆうかさん好みの曲になるんだ」

「登場人物と、私たちが座っている席のポジション的に、役割はみなさん、既におわかりかと」

「どうしていいかわかりません」

「私、帰っていいかな?」

「ベルさん。この曲をゆうかさん好みに改変しないと、帰れませんよ」

「無理ゲーよ」

「俺も同感」

 教室に、担任教師が入って来る。その後ろに付いて、結歌がしおらしく入って来る。

 四人は同時に思う。

「「「「あざとい」」」」

 突然、ミクが立ちあがる。

「おまえは、あの時のスケベ!」

「あっ! あんたは、今朝あたしにぶつかってきた奴!」

「なに言ってんの? ぶつかってきたのはあんたの方でしょう!」

「あんたが飛び出してきたんじゃない!」

「飛び出したのは、あんたの方!」

 ここで教師が仲裁する。

「ふたりともちょっと待った。ミク。座って」

 ミクは怒り顔で座る。

「転校生を紹介するわ」

 黒板に結歌の名前を書く。

『白鳥 麗子』

「今日からみんなと、一緒に、勉強する新しいクラスメイトです。さあ、自己紹介を」

 キッと、まるで少女漫画のような笑顔で結歌は言う。

「白鳥麗子です。今日から、みなさんと一緒に、教卓へ向かう事になりました。どうぞよろしくお願いします」

 深々と頭を下げる。

 美琴は思う。

「誰だ、あいつは」

 笛子は思う。

「白鳥さん、綺麗」

 鈴は思う。

「ここまで、少女漫画の鉄板ね」

 ネグは思う。

「さて、どうやってこの後、物語をかき回すかな」

 少女漫画のような始まり方をしたこのお話が、この後、異次元を巻きこんだ世界へ迷走し、荒唐無稽、理解不能、前人未踏の歌詞とメロディラインへ突き進んで行く。

 ゆうかさんが創った曲なら、他にも何曲かある。この曲は、その中でもとりわけ、出来が悪い。他の曲にはまだ、歌詞や、メロディラインの断片に、ふと惹かれる部分がある。しかし、この曲には、それが全くない。

『作者自身にも気がつかない、完成度の小さなわだかまり。それを気づかせてくれてるのかも』

 ゆうかさん自身、気がついていない『わだかまり』。それを気づかせ、改変することができれば、現実へ帰られるのかも知れない。だが、このメチャクチャな世界を、どう改変せよと?

 なんという無茶振り。

 そもそも、この曲の主題はなんだ? 恋愛? SF? それ以外の何か? 創ってゆくうちに、収拾がつかなくなったパターンか?

 とにかく、この世界観をぶっ壊さなければ、現実世界へ帰れない。他の三人が、どう立ち回ってくれるか不安はあるが、行動を起こすしかない。

 ネグは、おもむろに立ちあがる。

「麗子? とか言ったな」

 クラス中の目線が、ネグに集まる。

「俺のミクと、知り合いなのか?」

 美琴と鈴が怪訝な顔をしている。突然、始まった小芝居に唖然としているのだろう。不自然、極まりない展開だが、押し通す。

 ネグは席を立って、ミクの手を引き、教室のドアを開けた。

「ミクはおまえのモノじゃない。俺のモノだ! さあミク。俺と海原へ旅立とう!」

 ネグが手をかざすと、廊下はブロックノイズの向こうに瓦解し、変わって、青い海に浮かぶクルーザーが現われた。

「ちょっと! あたしとミクの話はついてないのよ!」

 ネグは、美琴、笛子、鈴に目線を送った。

「いざ、大海へ!」

 クルーザーへ飛び移ったネグとミクを追うように、結歌、笛子、鈴が飛び移った。

 陽は高く照りつけ、波は潮を跳ねて香り、海は透き通るように青く澄んでいる。

 右腕でミクの肩を抱いたまま、ネグはクルーザーの舵を切る。

「ちょっと! 勝手にミクを連れてかないで」

「ミクはいつから、ゆうかさんのモノと決まったんだ?」

「ミクをモノ呼ばわりするな!」

「どうせあのまま学校にいても、退屈なだけだ。だったら、暑い南国へクルージングでも良いだろ!」

「クルージングは良いけど、ミクにかけてるその手を離せ!」

「なんで? ゆうかさんの彼女だったか?」

「彼女じゃない! 嫁だ!」

 次の瞬間、照りつく太陽も、紺碧の海も、クルーザーも、潮の香りと友に、ブロックノイズへ消えて行った。

 美琴が目を覚ますと、そこはMEIKOが創ったゲキド街だ。

「気がついた? みことんさん」

 手を差し出すのは、笛子だ。

「ありがとう」

 手を取って、立ちあがる。

「大丈夫よ。それより、ここは?」

「曲の最初に、戻されたみたいですね」

 鈴の姿はあるが、ネグの姿が見えない。

「ネグは?」

「さあ?」

 そこへ、あにまさ式ミク・セーラー服Verが、パンをくわえて小走りにやって来る。

「ちこく! ちこくう!」

 死角になった道路からは、結歌が走ってくる。

 とっさに、美琴が飛び出してミクにぶつかった。

「キャッ!」

「痛っ!」

 尻餅をついたふたり。

「ちょっと、なにすんのよ!」

 激高したのは、結歌だった。

「ここは、あたしとミクの大事な出会いの場面なの! 美琴、なに邪魔してんの!」

 次の瞬間、周りはブロックノイズに包まれ消えてゆき、再編された世界から美琴が消え、笛子と鈴が残った。

 結歌とミクが、出会い頭でぶつかるところから、学校への流れは、曲とまったく一緒だ。

 笛子と鈴は思う。

「どうしましょう?」

「とりあえず、成り行きを見守ってみますか」



 曲も終盤にさしかかる。

 地上はねじ曲がって、道路もビルも蔓の様になり、車や野良猫、電車や人は空を泳いでいる。飛行機は高速度道路を走り、鳥はアスファルトの道から顔を覗かせる。イルカや魚は青空を跳ねて、月や星は海に沈む。一筋の流れ星が、海から空を蹴りビルの谷間へ消えて行った。

 そんな摩訶不思議な世界を、優雅に謳歌しているふたりがいる。

 結歌とミクだ。

 ふたりは手を取りあって、空を歩き、地を泳ぎ、海を蹴って雲に乗る。これが夢ならどんなに楽しいだろうと、笛子と鈴は思った。しかし、この世界は、少なからず現実とリンクしている。携帯のデータや、肉体的な怪我は持ち帰れるし、改変した曲もまた、作者に影響を与えている。

「ベルさん。様子を見ながら曲の最後にさしかかりましたが、どういたしましょう?」

「このまま、この世界を放っておいたら、どうなると思う?」

「最初からリピート。ですかね?」

「私もそう思う。笛さんはそれがお望み?」

「現実の世界に帰りたいです」

「じゃあ、介入するしかないか」

「そうしましょう」

 無邪気に、世界を楽しんでいる、結歌。

「これはゆうかさんが作った曲よね?」

「そうですね」

「あれがゆうかさんの望みなら、叶えてさしあげましょう」

「というと?」

「ちょっと耳貸して」

 鈴は、笛子に耳打ちをする。

 策を講じたふたりが、結歌とミクの元に降り立つ。

 不思議な顔をして、結歌は言う。

「どうしたの? ふたりとも」

 テーマパークで、ゲストをもてなすキャストのような、満面の笑みでふたりに対峙した。

「結歌さん。あなたの望みを叶えてさしあげましょう」

 鈴が手をかざすと、ブロックノイズが現われ、教会のステージを形作った。

 笛子がミクの肩に手を掛けると、服がウエディングドレスに変る。

 鈴が結歌の肩に手を掛けると、服が燕尾の婚礼衣装に変る。

「さあ、ふたりの結婚式をあげましょう」

 摩訶不思議が飛び交う空間から、四人は手を引いて、教会の前に降り立った。

「さあ! ゆうかさんとミクの結婚式を執り行いましょう」

 教会の鐘が鳴り、花びらが舞って、結婚行進曲が流れる。

 結歌は、ウエディングドレス姿のミクの手をとり、バージンロードを一歩一歩、ゆっくりと歩んで行く。祭壇には鈴がいて、神父の格好をしている。ふたりは祭壇の前で歩みを止める。

 厳かに、笛が結婚式の開始を告げる。

「神の御名において、ここにふたりの、婚姻の議を執り行う」

 ドンドン!

 教会のドアを、激しく叩く音が聞こえる。

「ミク!」

 聞き覚えのある声が響く。

「ミクーッ!」

 ドアを弾き飛ばして現われたのは、ボロボロのGパンに、色褪せたシャツを着た、さえない姿の鈴だ。

 鈴は、ミクの元に駆け寄って、手を取ると、出口へ向かって走り出した。ミクも、鈴に連れられ、笑顔で走り出した。

「ちょっと! ミク! ベル! あたしたちの結婚式は?」

 教会を飛び出し、道路を小走りで逃げていると、バス停に止まるバスが見えた。ふたりは迷わず飛び乗り、バスの一番後ろに腰を下ろす。

 突然、バスに飛びこんできたウエディングドレス姿に、乗客は目を奪われた。

 バスが走り出すと、鈴とミクは目を合わせて笑った。

 一方、教会に残された結歌は、笛の説教を聞いている。

「なんのつもり?」

「もう、十分。楽しんだじゃありませんか」

「楽しんでない! あたしとミクは、この後、新婚旅行へ行って、行った先のホテルでめちゃくちゃ…」

「もう止めてください」

「え? 何が?」

「その、自己満足に終始した曲作りですよ」

「どんな名曲も、所詮は作者の自己満じゃん」

「そうですね。そうかも知れません。否定しません。ですが、それだけじゃ人の心に届く曲はできませんよ」

「そりゃわかってるけどぉ。別に一曲ぐらいあってもいいじゃん。あたし好みの、あたしだけの曲」

「でしたらその曲は、ゆうかさんのこころのメモリーに留めて、外へは出さないでください。少なからず、それを聞いて、不愉快になる方も世の中にはいらっしゃいますから」

「…」

「ご納得、いただけましたか?」

「はあ。所詮、二次元の嫁は、二次元のままか」

 辺りはモザイクのブロックノイズに分解し、かき消され、再編される事はなかった。

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