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 島が空に浮き、星が大小、入り乱れて空を横切り、地を人と動物と、草木はにモンスターが行き交う。

 島は森を茂らせ清水を降らせる。星は青、黒、茶、様々で、クレーターで化粧をすれば、泥土のようにのっぺらな物まで。人は老若男女。動物は馬に牛。草は蒼く、木は低かったり高かったり。モンスターは、まあ概ね想像のとおりだ。

 そんな世界だから、街もまた、概ね想像のとおりだ。石畳の目抜き通り。石膏の壁に煉瓦葺きの屋根。そんな民家が軒を連ね、麻の布で店を作って商品を並べている。

 そんな街の入り口に降り立った三人は、世界を見渡して、茫然自失としていた。

 石畳の目抜き通りを牛車が歩き、露天でフルーツ、野菜、得体の知れない肉、日常品を売る。それを求め女と店主が口論のような値引き合戦をし、子供が子ヤギを追いかけて駆けぬけ、男が天秤で茶を行商している。

 この光景が、誰のせいでもたらされたのか、三人とも瞬時に理解していた。

 内から湧き出でる怒りを押し殺しながら、下田美琴は言った。

「えっと。で、奴はどこだ」

 辺りを見回してから冷静に、浅川笛子が返す。

「いませんね」

 さらに分析を進めて、中島鈴が言った。

「たぶん、そのへんで買い物してるんじゃ。値切りながら」

「ああ、あいつならやってそうだな」

「探しましょう」

「待って。この街に入るの?」

「他に手が?」

 頭を垂れて怒りを静め、美琴は藤田結歌を呪った。

「はあぁ…」

 三人の後ろに、ふわりと影が歩みよる。

「あなた方は、冒険者ですか?」

 この状況で、こんなふざけたことを言う奴を、美琴はこの世にひとりしか知らない。

 振り向きざまに声をあげる。

「あんたのせいで、またとんでもない世界の冒険者よ!」

 振り向いたそこに、藤田結歌はいなかった。

 そこには、Lat式ミク・冒険者衣装Verが立っていた。

「冒険者たちよ。待っていました。さあ、一緒に参りましょう」

 Lat式ミクの必殺技。あざといまなざしにやられた三人は、思わず声に出していた。

「「「はい」」」

 ミクに付いて街の中を歩く。しばらくして、一軒の家に招き入れられる。

「ここは、私が懇意にさせてもらっている、宿兼食事処です。従業員、皆、顔見知りで、口の堅い人たちです。外は物騒です。ここで少し話をましょう」

 テーブルに四人分のイスが差し出された。

「どうぞ、ゆっくりとしてください。今、食事を用意させます」

 ミクが腰を掛けると、三人は遠慮気味に、腰を掛けた。

 ほどなく、トーストやスクランブルエッグなどの軽食と、紅茶が運ばれてきた。

 この展開を、三人は理解していた。あ(・)の(・)曲(・)だ。

「みなさんの出で立ち。左眼の下に印された紋章。異世界の方々ですね」

 困った表情で、美琴は言った。

「はい」

「やはり、『闇を狩る者』でしたか」

 ティーカップを静かに、口元へ運び、そして静かにソーサーへ戻す。

「こちらへおいでくださったのは、ほかでもありません。あなたがたを『闇を狩る者』と見込んで、お願いがあったのです」

 三人は、暗い顔をしている。

 その顔色を察して、ミクが語を継ぐ。

「初対面の者が突然、このような申し出、当惑するのも当然かと存じます。しかし、私たちにも確固たる信念、あっての事。ご説明しましょう」

 ミクの後ろから、ひとりの男が歩み出て、一冊の古書を置く。その表紙には、ミクと三人の絵が描かれていた。

 男がページを開く。見た事もない文字が並んでいる。わかるはずもないが、三人は既に中身を知っている。めくったページを指しながらミクが語る。

「この国は永い間、『碧の姫』によって統治され、平和な生活を送っていました。しかし、一ヶ月ほど前です。姫はモンスターにさらわれ、天を貫く塔の頂に監禁。姫の魔力によって守られていた国は、モンスターの襲撃を受け、今や衰退の一途をたどっています」

 男がページをめくる。

「その時、どこからともなく、異国の衣服をまとい、左眼の下に紋章を印した三人が現われ、国の勇者と力を合わせ、モンスターを退治。見事、塔の頂から姫を救い、再び国に平和が訪れるという。その三人こそ『闇を狩る者』。伝承にある、あなた方なのです」

 難しい顔をする三人。心の中では、こう思っている。

「「「わかってる」」」

 顔色を心配し、ミクはさらに語を継ぐ。

「たいへん、申し訳ございません。あなた方のお気持ちも訊かず、勝手に話を進めてしまって。なにか、ご質問は?」

 三人が顔を見合わせる。目線で会話は終わる。

 美琴が口を開く。

「まず、食事をいただけますか?」

「それは失礼しました。気がつきませんで。さあ、どうぞ」

「それと、三人だけにしていただけますか?」

「かしこまりました」

 背筋をまっすぐ、姿勢良く立ち上がり、部屋を出て行く。御付きの男たちが、その後に付いて部屋を後にする。

 ドアがパタンと閉まる。

「「「ふう~」」」

 三人が、いっせいにため息をつく。

「さて、話を整理しようか」

「この世界は、初音ミクの曲『メロディ・ファンタジー』の中ですね」

「某国民的RPG風の世界観を、Lat式ミク・冒険者衣装Verと仲間四人で旅をしながら、魔王に幽閉された姫を救出する、冒険譚風ラブストーリー」

「そうなると、ラスボスが、あ(・)れ(・)か」

「ゆうかさんですね」

「困りました。この世界のナビゲーターに、最後まで会えないことになる。なにをして、この世界から脱出するか、手段がわかりません」

「あいつか。あいつのせいなのか」



 話は、美琴と鈴が初めてメールを交換した時までさかのぼる。


From:中島鈴 Sb:non title To:下田美琴

「こんばんは」

To:中島鈴 Sb:non title From:下田美琴

「こんばんは」

From:中島鈴 Sb:non title To:下田美琴

「先ほどはどうも」

To:中島鈴 Sb:non title From:下田美琴

「こちらこそ」


「「…」」


From:中島鈴 Sb:non title To:下田美琴

「みことんさんのおかげで助かりました」

To:中島鈴 Sb:non title From:下田美琴

「いえ全然私なんかなにもしてないしベルさんの料理には助けられました」

From:中島鈴 Sb:non title To:下田美琴

「あの世界でも言いましたが料理は普段からしてるので別段ほめられるようなことではありません」


「「…」」


From:中島鈴 Sb:non title To:下田美琴

「ところでこうしてメールのやりとりができているということは仮説が正しかったことになります」

To:中島鈴 Sb:non title From:下田美琴

「そのとおりです」

From:中島鈴 Sb:non title To:下田美琴

「これからもっと込み入った話になりそうなのでLINEで話しませんか」

To:中島鈴 Sb:non title From:下田美琴

「そうしましょう」


@ベル{では最初から話しましょう}

{はい}@みことん

@ベル{私たちがあの世界で交わした情報がこの世界でも使えている}

{はい}@みことん

@ベル{私が音楽を聴きながら寝落ちし目が覚めるまで数時間しかたってません}

{私もそのぐらいかな}@みことん

@ベル{しかし私たちがあの世界で体感した時間は正午から夕方までです}

{だいたい六時間ぐらい?}@みことん

@ベル{つまりあの世界の体感時間は現実とリンクしない}

{私もそう思います}@みことん

@ベル{情報以外に行き来が可能なモノについてですが}

{スマフォはあの世界に持ちこめましたね}@みことん

@ベル{衣服はあの世界と現実を行き来した前後で異なってました}

{少なくとも衣服は無理という事かも}@みことん

@ベル{そうかも知れません}

{スマフォ以外になにがあの世界に持ちこめるんでしょう?}@みことん

@ベル{それは今後検証の必要がありますね}

{今後? ですか(゜_゜;)}@みことん

@ベル{そうか次があるかわからないですね}

{そもそもあたしたちはどうしてあの世界に迷いこんだのでしょう?}@みことん


「「…」」


@ベル{青い空の彼方に蒼い髪の君がいるの別バージョンがアップされましたね}

{ホントですか?}@みことん

@笛{ホントですよ}

{笛さん}@みことん

{笛さん}@ベル

@笛{曲の内容が変わっています}

{ああなんとなく予想できます}@みことん

@笛{曖昧だった結末がまた会おうと約束したに変わっています}

{結歌の言ったとおりになったと}@みことん

@笛{結論から言うとそうなります}


「「「…」」」


@みことん{あの世界と現実はなんらかのつながりがあるそこは認めよう}

{そうですね}@笛

{異論ありません}@ベル

@みことん{問題は誰がどうやってなんの目的でつなげているかだ}

{仮説はあります}@笛

{まあ言わずもがなだと思います}@ベル

@みことん{キーは結歌だ}

{それは間違いなさそうです}@笛

{あの世界を二度知っているのが今のところゆうかさんだけですから}@ベル

@みことん{理由や方法はわからんが結歌によってあの世界に飛ばされた}

{おそらく}@笛

{彼女の言ったとおり物語を変えたら帰って来れました}@ベル

@みことん{明日学校で問いただしてくるわ}



「それで、聞き出せたの?」

「あたしも寝落ちしてた口だからね~。よくわからない♡ って返答だった」

「そんなことだろうと思った」

「困りましたね。ナビゲーター不在となると。そもそも、これはゆうかさんの仕業なんでしょうか?」

「たぶん」

「状況証拠から」

「もしかしたら、別の者による仕業とも考えられます」

「目的は?」

「わかりません」

「だよね」

「少なくとも、今は曲の成り行きに任せるしか、方法は無いかと」

「じゃあ、Lat式ミクについて行くということ?」

「今のところは」

「選択肢が無いってことか」

「ねえ、ちょっと思ったんだけど」

「なんでしょうか? みことんさん」

「その…、危険はないんかな?」

 あっ! と他のふたりは気がついた。

「曲中には、モンスターと戦うという歌詞が明確に出てくる。怪我しないとは限らないし、そもそも、どうやって戦うの?」

「多少の怪我は、現実の世界でも、普通に生活していれば常に負っているリスクですし…」

「モンスターと戦うんだよ! 普通の生活と違うじゃん! 多少の怪我じゃすまなかったらどうするの?」

「そ、それは…」

「これが夢なら、いくらでも無茶できるよ。でも、スマフォのデータが持ち出せた以上、現実となんらかリンクしている。この世界で受けた怪我が、元の世界まで治らずそのままだったらどうするの?」

 しばらく、重い空気が辺りを包む。

「曲のとおりなら、怪我の有無はわかりませんが、パーティ全員生きてハッピーエンドですよね?」

「笛さんの言うとおり、死ぬことはないみたいだし。とりあえず先に進まないと、この世界から脱出できないみたいだし」

「みことんさんの不安はわかりますが、先に進まないことには、どうにもならないと、あたしも思います」

「はあ、しょうがないな」

「じゃあ、先へ進むと言うことで、みなさんOKですね」

 コンコン! とドアをノックする音。

「はい」

 笛子が応える。

「お話はすみましたか?」

「はい」

 ドアが開いて、ミクが入って来る。

「あら? 食事が全然、お進みになっていないではありませんか」

「ああ、これは、勇者様とご一緒にと思いまして」

「私を待っていてくださったのですか?」

「はい」

「それはたいへん、気を使わせてしまったようで、申し訳ございません」

「さあ、勇者様もご一緒に」

「それでは、遠慮無く」



 通称『レア様の塔』。

 正式な呼び名は知らない。スマイル動画で、レア様を紹介するPVで最初に登場したことから、結歌はこう呼んでいる。

 そのレア様の塔、頂上に広がる円形の庭園に、ティーセットを並べてくつろいでいるのが、結歌とネグだ。

「暇だ」

「しょうがないよ。この世界が『メロディ・ファンタジー』の曲中だとするなら、俺たちにできるのは待つだけだ」

「それよ! そこが気に入らない! だって、それが本当なら、あたしの出番、曲の最後まで無いじゃん!」

「そこかよ」

「それに、勇者ミクと共に旅をする仲間は、ネグがここにいるってことは、美琴と笛とベルの三人」

「それで?」

「あたしが一緒にミクと旅したかったあ!」

「はは。まあ、それは俺も同感かな」

 勇者ミク御一行は、お供を連れ、街の中を歩いていた。街はあいかわらず、雑多な人々で賑わっている。

 辺りを見回しながら、結歌が声を掛ける。

「勇者様。どちらへ?」

「まずは装備を調えましょう。見えてきました、あれです」

 ミクの指すそこには、この世界の言葉で書かれた看板が掲げられている。何かの店のようだ。

 店のドアが開き、ミクとお供三人に、ミクの従者がふたり、入って来る。

「うわあ」

「へー」

 店内には、様々な武器、防具、衣類などが展示されている。

「このたたずまい。まんまド○クエだね」

「まず、戦士のみことんさん」

「えっ! 私が戦士?」

「ぷっ!」

「笑うなベル!」

「武器と防具をそろえましょう。どうぞこちらへ」

 武器ってなんだ? 剣か? そんなもん使ったことないぞ。などと思いながら、美琴はミクに付いて行った。

「それと、踊り子の笛さん。魔法使いのベルさん。私の従者に言って、装備を調えてください」

「「え?」」

 従者が言う。

「どうぞこちらへ」

 怪訝な顔をして、ふたりは従者に付いて行く。

 武器や防具などを買い、装備を終え、四人は店から出てきた。

「お二人ともご苦労であった。もう、下がってよい」

「かしこまりました」

 従者の二人が、街中へ消えて行く。

 残ったのは、勇者ミク。戦士みことん。踊り子笛。魔法使いベル。以上、四人だ。

「街を立つ前に、教会でお祈りをして行きましょう」

 美琴が小声で笛に言う。

「これってセーブポイント的な奴かな?」

「おそらく」

 教会に入る。

 正面に十字架が掲げられ、ステンドグラスから射しこむ光が、教会内を聖なる空間に満たしている。

 勇者ミクは、祭壇に片膝をつき。手を握って目をつぶり、何か祈っている。三人も、勇者ミクの見様見まねで祈る振りをして、教会を後する。

 街の出口にさしかかる。眼前には、緑鮮やかな草原が広がっている。

 勇者ミクは雄叫びをあげる。

「さあ! 参りましょう」

 ミクと共に旅ができる嬉しさに、三人は興奮していた。

「「「はい!」」」

 四人は勇猛果敢に、草原へ歩み出て行く。

 歩み出して、五分もしないうちに、三人はこの旅立ちを悔いていた。

 目の前に、スライム、毒蛇、毛虫などモンスター合計五匹が、立ちはだかったのだ。

 美琴は思う。

「やっぱりこうなるのね」

 笛子は思う。

「踊り子の特技で、どうやってこのモンスターを倒すのでしょう?」

 鈴は思う。

「魔法使いっていっても、呪文のひとつも知らないんだけど」

 果敢に立ち向かう勇者ミクに続いて、三人もモンスターに挑む。

 敵、先頭のスライムたちを勇者ミクがなぎ払ったまでは良かった。続く、毒蛇に噛まれ美琴が絶叫する。

「痛い! 痛い! 痛い!」

 後続の毛虫が糸を吐く。

 糸に絡まれた笛子は、難なく踊りを封じられる。

 勇者ミクが叫ぶ。

「ベル! ファイア! ファイアです!」

 それ、別のゲームに出てくる呪文だけど良いの? と思いつつも襲って来る毛虫に鳥肌が立つ。

「ファイア!」

 叫んだ指先から、炎が出た。

 炎は毛虫を丸焦げにしたが、笛子はまだ糸に絡まれたままだ。笛子めがけて呪文を放つ。

「ファイア!」

 笛子を拘束していた糸は燃え落ちた。

「熱い! 熱いですよベルさん!」

「ごめんなさい」

 美琴に噛みついていた毒蛇は勇者ミクが両断にする。

 とりあえず、襲ってきたモンスターは全て退治した。

 毒蛇に噛まれた美琴が、朦朧としている。

「いけません。モンスターの毒にやれたようです。踊り子笛。解毒の舞を」

 解毒の舞ってなんだろう? 心を癒やすようなもので良いのかな? と舞子は解毒の舞を踊る。すると、美琴の顔色が、見る見る良くなってゆく。

 笛子は、鈴の呪文のせいで、身体のあちこちに、軽い火傷を負っている。

「今度は、回復の舞を」

 回復の舞ってなんだろう? よくわからないが、さっき同じように踊ってみた。

「それは解毒の舞です」

 え? じゃあ、こうですか? 身体を癒やすつもりで舞子は回復の舞を踊った。すると、笛子自身の火傷が、見る見る良くなってゆく。

「これで一安心ですね」

 笛子と鈴は思う。

「「一安心?」」

 朦朧としていた美琴が目を覚ます。

「大丈夫ですか?」

 勇者ミクに抱き起こさる。それは悪い気分じゃない。むしろ心地良い。それよりも大事なことを早く確認したかった。

「大丈夫です、勇者様。それよりちょっとだけ、三人で話させてもらっていいですか?」

「どうぞ」

 ミクから離れて三人は集まった。

 切れ気味に美琴は言う。

「やっぱり痛いじゃん! 危ないじゃん!」

「そうですね」

「でも、呪文も、なんとかの舞も効きましたよ?」

「蛇に噛まれるなんて、生まれて初めてだよ!」

「あたしも毛虫の糸に絡まれるには生まれて初めてでした」

「私も手から火を放ったのは生まれて初めてだな」

「次の初めてが人生最期の経験になっちゃうかも知れないんだよ。それでも進むの?」

「しかし、他に現実へ戻る方法も思い当たらないですし」

「進むしかないんじゃない?」

「その前に死んじゃったら意味ないでしょ!」

「そう言われましても…」

「他にどうしたらいいか思いつかないしねぇ」

 意気消沈する三人。

「くそ! こんなとき、結歌はどこでなにしてんだ!」

 その頃結歌は、レア様の塔で、ふてくされていた。

 テーブルに顎を付け、トロピカルフルーツジュースを幾何学模様のストローで吸い、頬を膨らませて、ゴクリと飲む。

 横では、ビーチチェアを倒し、横になって本を読んでいるネグ。

「ねえ、ネグ」

「なんですか? お姫様」

「この退屈は、一体いつまで続くの?」

「曲がゲームの終わりを迎えるまでですかね」

「この曲。たかが、五分四十三秒なんだけど」

「それがなにか?」

「もう一時間以上待ってるじゃん!」

「そりゃ、曲の長さと、曲中の世界では、経過する時間が違いますからねぇ。四分の曲に六十年の人生を歌った曲もありますし」

「六十年も待てるか!」

「一例ですよ。ゆうかさんがこの世界に来たのも三回目。十分おわかりでしょう」

「わかってるよ!」

「では、待ちましょう。勇者ミクとその仲間が来るまで」

「そこが一番気に入らない。本来、あたしの立ち位置は戦士でしょ。誰が今、戦士やってるか知らないけど。だいたい、あたしが救出を待つか弱いお姫様? ふん! 自分で鼻を鳴らすわ」

「じゃあ、様子でも見に行きますか?」

 キラ! と結歌の目が光る。

「冗談ですよ」

「いいねそれ!」

「まあ、この塔から降りられたらの話だけど」

 塔の縁まで歩みより。塔の遙か下を覗きこむ。

「この塔のモデルに高さは設定されていないから、覗きこんでも無駄だと思うけど」

「ふっふっふっふ…。浅はかなりネグ」

「なんですか?」

「それはこの塔をモデルとしてしか見ていないからだ。曲中に登場する塔だとすれば、勇者パーティーはここを登って来る。登るのに、さほど時間は掛かっていない。ならば! 降りるのもさほど時間は掛からないはず」

「名推理だな。でも、降りるということは、曲の理(ことわり)に逆らうこととなる。その先がどうなるか、わからない。最悪、元の世界に戻れないかも」

「違う。今まであたしは、曲の内容を変えることで現実の世界に帰ってきた。ならば、ここで座して待つより、行動すべし!」

 結歌が鼻息荒く、塔の下を覗きこんでいた頃、勇者パーティーは今日、何回目かの戦闘をしていた。

「フリーズ!」

 鈴の放った呪文がモンスターを凍らせる。すかさず、美琴が両断する。モンスターは砕け散って金貨に変わる。

「おつかれさまで~す」

 笛子が回復の舞を踊る。パーティーの怪我が回復してゆく。

 金貨を素速く集め終わると、勇者ミクは言う。

「さあ、みなさん。先を急ぎましょう」

 息つく暇も無く、森の奥へ歩みを進める。

「私ってさ、ゲームやらないからよく知らないんだけど、こんなもんなの?」

「なにがですか? みことんさん」

「難易度ってやつ?」

「あたしもそんなたくさん、プレイした訳ではないので、一般的な意見ではありませんが…」

「笛さんの主観でいいわ」

「RPGの場合、序盤にこれほど強敵が現われることは、普通ありません」

「じゃあ、私たちは普通じゃないってこと?」

「序盤から強敵が現われるにしろ、チュートリアルのある場合が普通です」

「なにその、ちゅーとりあるって」

「ゲームの進め方的なものです」

「ああ、あれか。取扱説明書的なやつ」

「それです」

「それがないってことは、どういうこと?」

「この世界はゲームの世界ではありません。曲の世界です。曲の世界が必ずしもゲームのルールに従う必要はないということです」

「ということは、ますます、私たちにとって優しくない敵が待ち構えているってことだ」

「逆に言えば」

「なに? ベルさん」

「いきなりラスボスに出くわして、倒して終了ってパターンもありうる」

「そんな都合良く行く?」

「この曲の主題は、ラストだから」

「ネタバレよくありませんよ。ベルさん」

「ネタバレもなにも、この曲、私たち知ってるでしょ」

「そこをあえて伏せ、ゲームを楽しむのが真のゲーマーというものです」

「ゲーマー違うし」

「いずれにしろ、曲の主題は王女と勇者の恋。ゲームの内容は刺身のつま。敵の強弱に触れられていない以上、このまま進むしかありません」

「でもさ、もし勇者ミクにこのことを話したら、どうなるんだろ?」

「さあ、想像もつきません」

「曲の世界観を壊すことになるから、なにが起こるかわからないけど…。それで現実に帰れるんじゃないかと、みことんさんは考えてるのね?」

「帰れるかどうかわかんないけど、曲の内容が変わるわけだから、なんらかの変化があるんじゃないかなーって」

「試してみますか?」

「最悪、帰れなくなるかも」

「そこなんだよねー。なにか試そうと思っても、どうしても最悪の結果を考えちゃう」

「できませんね…」

 大きくため息をして、美琴は勇者ミクの後に付いて歩みを進めた。

 ほどなく、森の中に木の塀で囲われた村が現われた。入り口は頑丈な門がモンスターの侵入を阻んでいる。

 門前に進み、大きく二回、ノックをして、勇者ミクは声高に叫んだ。

「勇者ミク一行だ。ここを開けられたい」

 ほどなく、門が開く。門の中では、勇者を一目見ようと野次馬が集まっていた。

 その真ん中を、堂々と勇者ミクは歩んで行く。美琴、笛子、鈴も、顔だけは誇らしげを保って、ミクの後に付いて歩んでいたが、内心は不安でたまらなかった。

 勇者一行がまずむかったのは、この村の長が住む屋形だ。

 茅葺きに黒く焼けた塀は積年の厚みを感じさせる造りだ。

 使用人が家の戸を開け、一同を村長室へ案内する。

「ようこそいらっしゃいました。このような何も無い、へんぴな村へようこそ」

 勇者ミクは、返事をする。

「へんぴだなどと、とんでもありません。この村は代々、魔の森と洞窟を封じてこられました」

「その言いよう。つまり、魔の森を通じ洞窟の封印を解いて欲しいとの事じゃな」

「さすが森を束ねる村長。すでに我が心中、お見通しでございましたか」

「この村に来る物好きは、だいたい三つに分類される。土地が欲しい者。嫁婿が欲しい者。そして、洞窟に眠ると噂される宝が欲しい者だ」

「お言葉ですが村長。私どもの目的は、土地はもとより、婿や宝にありません」

「魔王にさらわれし姫か」

「ご指摘のとおりです」

「魔王の居城へ行くには、洞窟を抜け、霧の大地にそびえ立つ塔へ登らねばならん」

「そのとおりでございます」

「条件がある。この村から東に、森を枯らすモンスターが住み着き、森を枯らしている。そ奴を倒すことができたなら、洞窟の封印を解こう」

「仰せのままに」

 ミクは毅然と立ち上がった。

「皆の者、聞いてのとおりだ。この後、村にて装備を調え、食事の後、早々に就寝。夜明けと共に、森の東へ向け出立する」

 陽は西に沈み、上弦の月が南にかかろうとしている。

 勇者ミクは、村長と話があると言い残し、夕食後、宿を出たまま、まだ帰って来ていない。三人は宿の露天風呂で汗を流し、疲れを癒やしている。

 美琴は、湯に漬かった手や足、胸を見回し、モンスターと戦った傷跡や痣(あざ)が、身体のあちこちにあることを再確認した。

「私の身体、傷だらけだよ」

「すいません。あたしの治癒術が未熟のようで痕を残してしまいました」

「傷跡なら笛さんも私も、それなりにあるな」

「別に、みんなを責めてるんじゃなくて、なんだかんだ意外と私もたくましくなったと思ってさ」

「確かに。二の腕の筋肉が盛り上がってます」

「はは…。悲しいかな、どうしてこうなった」

「戦士みことんは成長しました」

 三人の耳に、ミクの声が飛びこんできた。

 三人はとっさに、振り返った。そこに、勇者ミクがいる。

「とても頼もしいことです。もちろん、踊り子笛。魔法使いベルも同じ事」

 ミクは、美琴の腕を取る。

「成長したこの腕に、なにを悲しむのです」

 ミクは、握った腕を引いた。

「わたくしが汗を流してさしあげましょう。さあ、こちらへ」

 美琴を座らせ、麻布を石けんで泡立てると、ミクは背を洗い始めた。

「そ、そんなミク! じゃなかった、勇者様! やめてください」

「よいのです。これは、普段、身を粉にして働いてくれた、わたくしからのささやかな礼です」

 顔を真っ赤にして照れる美琴。

 それを見た笛子が言う。

「ミクに汗を流してもらえる。なんというご褒美」

「見て、みことんさんの顔。真っ赤。あいつも照れるのね」

 湯を肩からゆっくりと掛け、泡を流す。赤く上気した背にミクは手を当てた。

「これからもよろしく頼む」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 ミクはニコッと微笑んだ。

「ひゃいだって、笑うわ」

 すっと立って、ミクは鈴の手を取った。

「今度はベル、そなたの番だ」

「いえいえ勇者様、たいへん光栄なことですが、ご遠慮させて…」

「いいから来なさい」

「ひ、ひゃい」

 同じく、ベルの背を流す。

 顔を赤らめ、背を流すミクの感触に嬉しさで気持ちがあふれ出そうだ。

「ベル。そなたの鮮やかな呪文に、幾度となく助けられた。改めて礼を言う」

「とんでもありません。私は、ただ、自分に課せられた責をまっとうしているだけです」

 湯船に戻った美琴は、いまだ夢心地か、顔を赤くしたまま、ボーッとしている。

 普段、男勝りの力強さで剣を振り、モンスターをなぎ払っている戦士の姿はそこに無い。笛子はクスリと笑った。

「さあ、笛よ。こちらへ」

 笛子は静かに立って、ミクの前に座った。

 ミクは同じように、泡立てた麻布で背を流す。他の二人に比べ、白く線の細い笛子だが、他の誰よりも筋肉が締まり無駄な贅肉が無い。

「さすが踊り子の身体。良く引き締まっている」

「ありがとうございます」

「笛の踊りには、力強さの中に優しさがある。なにより美しい」

「お褒めにあずかり、恐悦至極に存じます」

「これからも期待している」

「ありがとうございます。ところで勇者様」

「なにか?」

「今度はあたしが勇者様の背をお流ししとうございます」

「それは嬉しい。是非、お願いしよう」

 ミクの背を流しながら、それが現実である事に興奮していた。

 動画の中でしか見ることのできなかったミクに接して、あまつさえ、背を洗い流している。全国の初音ミクファンが知ったら、ブログ炎上間違いなしだ。

「勇者ミク様」

「その、様というのは止めぬか?」

「はい?」

「旅を始めてそれなりになる。もう敬称はやめよう」

「かしこまりました。勇者ミク」

 顔を合わせ、ふたりは微笑んだ。

 ドッバーンッ!

 突然、浴槽に何か落ち、大きな水しぶきが上がった。

「敵か?」

 武器は無い。

 ミクと鈴は呪文の詠唱に備え、美琴は適当に空手の構えをとり、笛子は後衛に下がった。

 ブクブクと泡立つ湯から、飛び出してくるモンスターに備える。

「ブッファッ!」

 飛び出したモノに攻撃を加えようとした瞬間、それが何者か、ミク以外の三人は瞬時に理解した。

「あんだだぢっ! なにやっでるのよぉ!」

 攻撃しかけたミクを美琴が体で止める。

「待ってください! あれは人間です!」

「なに?」

 濡れて体にまとわりついた異国の服。小柄な体格。丸い顔に短い髪。体格の割に形の良すぎる大きめの胸。湯から立った姿を、この世界の価値に当てはめたら、間違いなく人型モンスターだ。

「世迷い言を」

「いえ、紛れもなくあれは人間です。そして、私たちの友人です」

「なんだと?」

「なにやってるのよ、こんなところで。結歌」

「それはこっちのセリフよ。あんたたちは、なにやってんのよ」

「見てのとおり、お風呂に入ってるんだけど」

「そんなことを言ってるんじゃない! Lat式ミクと…。Lat式ミクとぉ。」

 三人は同時に思った。

「「「あ、察し」」」

「塔のてっぺんで、ただ待ってるのも暇だから、下に降りて、様子を見に来れば。ずいぶんと楽しくやってるみたいじゃない!」

「楽しくってねぇ。ここまでの苦労を知りもせず…」

「あたしだって。あたしだって…。ミクと一緒に冒険したかったあ!」

 バッと、結歌がミクに襲いかかった。

「いい加減にしろ!」

 襲いかかる結歌の顔を足蹴にする。

「フガ!」

 反動で後ろの倒れる。結歌は再び湯の中に沈む。

 沈んだ結歌を、笛子と鈴が両肩を抱いて起こす。結歌はしょぼくれている。

「この曲のこと、結歌も知ってるでしょ」

「知ってるよ。だからこそ悔しいんじゃん」

「これ見て」

 美琴は腕を見せた。

「太い腕」

「まあねぇ。ちょっと怒りがこみあげてくるけど、そっちよりも、こっち」

 治りかけの傷や痣。

 ハッとなる結歌。

「わかったでしょう」

「うん、わかった」

「私たちは、楽してたわけじゃない」

「ミクと乳繰り合ってたんだね」

「どうしてそういう解釈になる!」

「冗談だよ」

「まったく。結歌の冗談は冗談に聞こえないんだよ」

「そりゃ、本気半分だからね」

「なにそれ」

 湯から起きあがり、ミクに手をさしだした。

「あたしの友人がお世話になってます。勇者ミク様」

 ミクは満面の笑みで手を握り返す。

「こちらこそ。あなたの友人には助けられています。失礼ですが、あなた様は?」

「この世界の姫です」

「「「え?」」」

 三人が一瞬で凍りついた。

「それって、曲のラストで勇者が初めて知る事じゃ…」

 一瞬、ポカーンとした顔のミクが、真顔になる。

「あなたは、魔王にさらわれ、塔の頂上に幽閉されたと聞きましたが」

「はい。でも、暇だったんで降りてきちゃいました。てへぺろ♪」

 次の瞬間、ミクの動きが停止する。周りの光景がデジタルのブロックノイズに覆われ、世界は四角く、細かく砕かれて崩壊した。

 気がついた時は、美琴たち三人は、村の教会で片膝をつき祈りを捧げていた。

 この光景には見覚えがあった。次にとるミクの行動と、セリフも覚えている。

 祈りが終わり、四人が立ちあがると勇者ミクは言った。

「さあ! 参りましょう」

 教会を出るところは、ゲームをスタートした場所だった。



 見たような、見なかったような密林。歩みを進めれば、当然、モンスターに出会う。時に突然。時に偶然。時に必然。最初よりも手慣れた早技でモンスターに斬りかかり、呪文を唱え、攻撃補助の舞を踊るパーティー。

 そりゃね、ゲームをあまりしたことのない私でも、何度となく繰り返せば攻撃も速くなりますよ。元々、運動神経は良い方だったし、パーティーの連携も良くなっていたでしょう。これはもうゲームじゃなくて、リアルに筋肉を使って武器を振り、汗をかき、血を流して、時々、涙する。そういう世界なんです。私、下田美琴にとっては。

 ゲームは、人から言われるほど得意ではありません。親が好きだったので、一緒に遊んでいるうちに自然と身についていました。ダンスゲームやリズムゲームは、自然と習得できました。あたしにとっては、それが日常だったのです。あいにく、RPGと呼ばれるゲームは苦手でした。たくさんあるパラメータを常に管理し、敵の攻撃パターンと自陣のパラメータから最適の選択をする。今はむしろ楽しいです。得意の舞で戦いを補助する。戦況を一歩、引いた広い視野で、敵とパーティーを見つめ、状況に応じたサポートをする。なにより、あたしの踊りが敵を混乱させ、パーティーを助ける。あたし、浅川笛子にとっては、なんともすばらしく、楽しい世界です。

 ゲームはRPG、FPS中心に遊んだ。四人兄弟に共働きの親。年長者である私が家事をする事はあたりまえだったし、そうしないと家の中のあらゆる事が回らなかった。苦労してるねとよく言われたが、私はさほど苦にしていない。家事が一段落つき。寝る前までの一時に観るスマイル動画。そこで歌い踊るボカロが私のオアシスだった。それがこうして現実となった今。正直、戸惑っている。現実は非情だ。火を放てば手は熱いし、凍らせても手が痛い。なにより、一番苦痛なのは、足場の悪い山道を、実際に自力で歩かなければならないことだ。体力の無さには自身がある。一歩一歩の足取りが重い。それが私、中島鈴が一番の苦悩しているところだ。

 ゲームは子供の頃、携帯型ゲームが中心だった。中学進学のお祝いに祖父がパソコンをプレゼントしてくれたので、それからは、PCゲームが中心となった。ジャンルはもちろん、本来なら十八歳未満がプレイしてはいけないモノだった。運動神経はそれほどないし、たかがゲームに頭を使うのは嫌だったから、コマンド入力だけで女の子をゲットできるゲームは、ちょうどいい暇つぶしアイテムだった。暇つぶしのついでに、スマイル動画でボカロ曲を聴く。どちらかというと、最近はむしろ、そっちがメインだったように思う。だからこうして、ボカロの世界をリアルに体験できるのは、俺、風雅弦にとって、塔のてっぺんで待っているだけでも、とても楽しい時間だ。

 テレビゲームは、ほとんどしたことがない。部屋に閉じこもって、ずっと同じ姿勢で、モニターに向かっているなんて、堪え性のないあたしにとって苦行でしかない。ゲームといえば、青空の下、ブラコンで靴飛ばしや、缶蹴り、野球、サッカーばかり。自転車で、知らない道をただひたすら走って行って、見知らぬ街、土地を探索するのが、あたし、藤田結歌にとってのゲームだ。ボカロ曲がゲームになったこの世界は、退屈な点を除けば、とても楽しい。



 鬱蒼と茂る、シダやキノコの下を縫うように走る細い一本道。キノコが人より高く生えているだけで、十分、フィクションなのだが、それ以上のフィクションは、茂みから突然、襲いかかってくる。だが、三人はもう慣れた。

 先頭は、総合的戦闘力に長けた勇者ミク。攻撃魔法を得意とした鈴がミクに続き、賢者ポジションの笛子が三番目。しんがりを美琴が努める。

 普通のRPGであれば、先頭から体力の強い順に隊列を組む。最後尾には、一番、体力の弱い者が配置される。しかし、今は普通のRPGと違う。ゲームよりもずっと実践に近い。今も真後ろから、モンスターが襲いかかってきたところだ。

 襲われた美琴は、反射的に身を交わして直撃を避ける。笛子の補助魔法は効果が出るまで時間がかかる。笛子は戦いの場から距離をとって、補助魔法の舞に集中する。直接、美琴を助けるようなことはしない。モンスターの動きは鈴が攻撃魔法で封じ、止まったところを美琴が切り裂く。その間、仲間が受けた怪我や毒、麻痺などは笛子の舞で治癒する。ミクが手を出すまでもなく、三人の連携はできていた。

「もう、三人だけに任せても大丈夫ですね」

「今はたまたま、うまくいっただけです」

「謙遜は美徳にならないわよ、ベル」

「事実ですから」

 そのとおりだと三人は思っている。

 再び、隊列を組んで歩き始める。美琴が、前を歩く笛子に話しかける。

「それにしても、いつまでこんな事しなきゃならないのかね」

「この世界から抜け出せるまででしょう」

「だから、それっていつ?」

「勇者ミクが、塔の頂上に幽閉されている、ゆうか姫を救い出すまでです」

「その塔の頂上とやらには、何時、着けるのかと」

「それは、この世界を創った人に訊いてみないとわかりません」

「それなんだけどさ」

「なんでしょう?」

「私たちは当然のように、結歌が犯人だと思ってるけど、ホントに結歌のせいなのかな?」

「他に心当たりは?」

「例えば、私たち以外の第三者が、なんらかのシステムを造って、そこに私たちを送りこんだとか」

「なんの目的があって?」

「人間を、自分が造った箱庭に放りこんで、外から見て楽しむ? みたいな」

「荒唐無稽ですね」

「それを言ったら、結歌の仕業と考えることも、かなり荒唐無稽だと思うけど」

「そうですね。もしかしたら、あたしたち、三人の誰かなのかも」

「怖いこと言わないでよ」

「今のところ、検証のしようは無いですけど」

「わかっているのは、ボカロ曲の世界に巻きこまれた人は、ほぼ、同じ時間に同じ曲を聴いていた」

「日本だけではなく、世界中に対象を広げれば、もっとたくさんの人が巻きこまれても不思議ではありません。しかし、巻きこまれるのはボカロ部のメンバーだけ」

「最大の問題は、どうやったらこの世界から抜け出せるか?」

「前回は、ゆうかさんの言うとおりにしてたら、帰って来れた。ゆうかさんとネグさんがふたりで迷いこんだ時も、ゆうかさんが率先して、話をかき回したらしい」

「やっぱり、原因は結歌か?」

「ゆうかさんがどうやって世界を改変したか? 脱出の鍵はそこにあるのかも知れません」

 突然、視界が開けた。

 目の前に、天までそびえる細長く白い塔が建っていた。塔の頂上は雲に隠れて見えない。

「あの塔を登った先に姫がとらわれています。さあ! 行きましょう!」

 勇者ミクの号令を合図に、一行は塔の螺旋階段を登り始める。

 知ってはいたけど、やっぱり登るのねと、三人は落胆し階段に足をかけた。

 頂上では、魔王ネグと、囚われしゆうか姫が、今や遅しと勇者一行の到着を待っている。

「やっとこの、退屈な世界から解放されるのね」

「退屈だった?」

「あったりまえじゃん。なんにもしないで、ただ待つだけなんて」

「俺は結構、快適だったけど」

「普段、どんな生活してるの」

「暇な時間は、部屋に籠もってネットしてる」

「みなさ~ん! ここにニートがいます!」

「一応、学校には通ってるんだけどね」

「ニートじゃないんだ」

「学校と家を往復して、家に帰ると食事やトイレ、お風呂の時以外は部屋から出ない生活」

「セミニート?」

「普通の男子高校生って、それが普通じゃね?」

「いや、普通の男子高校生は、部活やバイトに精を流すもんだ」

「それ、いつの時代だよ」

「最近の若い人は、スマフォでLINEとネットばかり。ホント嘆かわしい」

「ボカロ部をやってる、おまえが言うな」

 塔を登って、勇者ミク一行が頂上にやって来た。

「あ、勇者が来た」

 魔王の居城としては、あまりにも質素だ。夏のコテージにあるような、ビーチパラソルに白い丸テーブルとビーチチェア。テーブルにはカラフルなジュースとフルーツが置いてある。

 螺旋階段を登り、頂上に立った勇者一行。魔王ことネグ。ここでは姫の結歌。ふたりは並び、テーブルを挟んで勇者一行と対峙した。

 この曲のラストはあっけない。勇者が魔王を倒し、姫を救い出す。歌詞に複雑な言い回しや、含みを持たせた表現は使われていない。単純に、勇者が魔王を倒して姫を救出する。それだけだ。

 だから、どのような方法で勇者が魔王を倒してもいい。問題は、魔王ネグもまた、現実の世界から迷いこんだ、実在する人間だという点だ。ミクはともかく、他のメンバーはそれがわかっている。このまま勇者ミクの攻撃を受け倒された魔王が、ネグとして、生きて現実世界に帰れる保証は無い。

 さて、どうしたものかと、ミク以外の五人は考えている。

 現状をどう回避しようか。妙案の浮かばないまま、勇者ミクの口上が発せられる。

「魔王! 最期だ。潔く姫を返したまえ!」

 スラッと剣を抜き、切っ先を魔王に向ける。美琴、笛子、鈴も、一応、戦闘態勢をとる。

 それまで普通の人型をしていたネグが、妙なボーズをとると、全身から黒いオーラのようなモノが立ちあがる。

「ふっふっふっふ…。よくぞこの魔王城までやって来た。返せと言われて、やすやすと返すほど、俺は聞き分け良くない。姫は返さん」

 ネグはぐいと、結歌を抱き寄せた。

「返して欲しくば、力尽くで奪うがいい!」

 結歌が耳元でささやく。

「いいの? ここでやられたら生きて帰れないかもよ?」

「じゃあ、なんとかしてくれ」

「空とか飛べない?」

「はあ? この期に及んでそれにどういう意味が?」

「こけおどしでもいいから、魔王っぽいことやってよ」

「OK」

 ネグは身体を大仰に悪魔っぽいポーズをとった。すると、体中に黒い模様が浮き出て、背から大きな黒い羽が生えた。

 たじろぐミク。

「姫! すぐにお助けします。今しばらくのご辛抱を!」

「大丈夫です」

「はい?」

「勇者ミク。わざわざ助けに来てくれてありがとう。あたし、あなたに謝らなきゃいけないの」

「謝るだなんて、それは私の方です。助けが遅れ申し訳ありませんでした」

「いえ、そういう意味じゃ無くて…」

「なんですか?」

「あたし、魔王が好きになってしまったんです」

「はい?」

「あたしと魔王は愛し合っているのです!」

「なんですと?」

 あまりの超展開に、呆然としている美琴、笛子、鈴の三人。

「と、いうわけだ。勇者ミク」

 結歌が魔王ネグ胸元に寄り添う。

「じゃあな!」

 魔王ネグは、ゆうか姫を抱きかかえると、大空に飛び立ち、遠くへ去って行った。

 残された四人は、ただ、呆然とするばかり。

 その時、辺りの光景がブロック状にノイズとなって、四散し始めた。

「これは…」

「また、最初からやり直し?」

「勘弁してよ」

 四散したブロックノイズは四人を包んで、四人をある場所に送ると、その場所の光景を形創っていった。

 三人が気がついたのは、魔王討伐の前、最後に立ち寄った村の教会だった。

 四人は礼によって、跪き祈りを捧げている。

 勇者ミクが立ちあがる。

「さあ、ここを出れば魔王の住む塔まであと少しです。がんばりましょう!」

 このセリフは、この教会で祈りを捧げた後に言った言葉と同じだ。

 どうやら、ゲームのスタート時まで戻されることは逃れたようだ。一応、ここがセーブポイント的な役割だったのだろう。

 美琴、笛子、鈴の三人は顔を見合わせ、とりあえず良かったと、安堵の表情を浮かべた。



 これで三周目だっけ?

 戦闘には慣れたが、それでも怪我をすれば痛いし、パラメーター異常になれば苦しいし、髪は汗や土埃でべたつくし、汗臭いし、お風呂入りたいし、この世界ではたぶん、二、三日しか経っていないんだろうけど、体感的には数週間を過ごした気分だ。

 もういい加減、この世界から抜け出した~い!

 塔を登り始めた時、このイライラは頂点に達した。頂上の手前で立ち止まり、先頭の勇者ミクを美琴は制した。

「勇者ミク。お話があります」

「なんでしょう?」

「頂上に、どんな罠が仕掛けてあるかわかりません。全員で行くのは危険です」

「罠、ですか…」

「ここは私が先に、様子を見て参ります」

「危険です」

「危険は承知の上です。しかし、全員が一度に行って罠にはまり、全滅するよりはましです」

「わかりました」

「みんなはここで待機しててください。なにかあったら叫びます」

 美琴が階段を登り始める。ミクが声を掛ける。

「気をつけてください」

「はい」

 塔をゆっくりと登り、螺旋階段が頂上にさしかかる手前で、頂上を覗く。前回、来た時と同じく、ビーチパラソルや丸テーブルがあり、結歌とネグがビーチチェアでくつろいでいる。

 その瞬間、美琴の中で怒りが一気にこみあげた。階段を一段ずつ踏みしめながら上がって行く。結歌とネグがそれに気づく。

「やっと来たよ~。美琴、遅い!」

 怒りで眉間にしわをよせ、顔が紅潮し、ワナワナと手を震わせながら、結歌に近づく。ただならぬ雰囲気を察して、ビーチチェアから立ちあがって歩みよる。

「なに怒ってんの?」

「私たちの苦労も知らんと、のんきにしてやがって…」

「でも、この曲は…」

「わかってるわよっ! でも、散々苦労してやって来たら、肝心の結歌がこの体たらく…。心頭から怒り発するわっ!」

「まあ、怒らないでよ」

「これが怒らずにいられるかっ! さっきのターンはあんたのアホな行動でセーブポイントまで強制送還されたんだから!」

「だから、その失敗を踏まえて、今回は良い作戦を思いついたんだ」

「なにそれ?」

「まあ、耳をお貸しなさい」

 結歌は、美琴に耳打ちする。

 階段の下で待っていた三人の元に、美琴が降りてくる。

「勇者ミク。罠はありません。剣を構えずそのまま来てください」

 三人は、美琴の後に付いて階段を上がる。

 塔の頂上では、結歌とネグが待ち構えていた。

 とっさに、ミクは剣の柄に手を掛ける。その手を美琴が押さえる。前のターンとは打って変わって、しおらしくしてる結歌とネグ。

 ネグが頭を垂れて寂しげに言う。

「勇者ミク。否、ミク姫。今までの非礼。深くお詫びいたします」

 その言葉に、美琴以外の三人があっけにとられる。

 唖然とするミクの前に、結歌が歩み出る。

「あたしから説明させていただきます。勇者ミク。結論から先に言いますと、あなたが本当の姫なのです」

 虚を突かれ、唖然とするミクだが、すぐに気を引き締める。

「なにを言い出すかと思えば、時間稼ぎの世迷い言か?」

 ミクは剣を抜こうとするが、美琴が静かに首を振る。

「これは昔の事。この国に双子の姉妹が産れました。国は代々、一人の女王によって治められてきました。しきたりに従い、妹の方を、養子に出したのです。ところが、養子に出した子の方が長女と、数年後にわかったのです。慌て長女を連れ戻そうとしましたが、その頃には既に、勇者としての素質を開花し始めていました。今、城へ戻しては、勇者としての素質を摘んでしまう。そう考えた時の国王は、成人の時まで、長女の成長を影から支え、晴れて成人の時に王女として城へ迎える事としたのです」

「それでは、私がその時、産れた長女であると?」

「突然のことで、すぐには理解できないかも知れませんが、そのとおりです」

「では次女。私の妹は今、どこに?」

「ここです」

「ここ?」

「ミク姫。あたしがあなたの妹です」

 突然、始まった茶番に、唖然とする美琴、笛子、鈴の三人。

「なにを根拠に!」

「根拠は、我が国の伝承に記されています」

 ネグが手をかざすと、ブロックノイズが組み上がって、古く厚い本が形作られる。ネグはその一ページを開いて見せる。この世界の言葉で書かれたページの片側に、幼い双子のイラストが描かれている。

「読めますよね?」

 震える手で本を受け取り、そのページをミクは読む。

「閏の年。閏の日。閏の月。閏の時。この希有な時。王女は二人の女の子を授かる。大きさ。重さ。しぐさや泣き声までそっくりで、乳を与える女王ですら、時に取り違えるありさまだ。唯一の違い。妹には、小さな青いシミが左目尻にあった」

 ハッと、ミクは結歌を見る。結歌の左目尻に、ミクの紋章がある。それが赤子の頃なら、シミと見間違えられることも考えられる。

「じゃあ、あなたが…」

「お姉さん!」

 バッと結歌がミクに抱きつく。

「会いたかった…」

「そんな、では、私はいったい今まで、なんのため戦ってきたのか…」

 ネグがミクに近づき、本の違うページを開いて見せた。

「予言です」

「予言?」

「国に仕えていた予言者は、こう印しています。『長女は立派な勇者となり、国へ戻ってくるだろう。その後は、妹と共に国を支えるであろう』」

「では、姫をさらったあなたは何者?」

「妹を仮初めの姫とし、今まで仕えることを命じられていました。しかし、これも今日で終わりです」

「では、あなた方は?」

 ミクの目線が美琴、笛子、鈴に向けられる。

「わ、私たちは、その…」

「勇者ミクのお供であり」

「ミク姫をお守りする兵士です」

 結歌が再びミクに語りかける。

「申し訳ありません。ミク姫を一方的に城へ呼びつけ、真実を語ったとしても信じてもらえないと思い、この様な芝居を打ちました」

「あなたが、私の妹?」

「はい! お姉様」

 ミクの目から、涙が流れた。

 その時、辺りはブロックノイズに包まれ、世界は断片的にかき消えていった。

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