─ 1
入学当初、周りの女の子たちの肌が、雪のように白く、小枝のように細い手足をしていて、思わず、ちゃんとした物、食べているのだろうかと、一時期、本気で心配した。逆に結歌は、あまりの健康優良児っぷりに、周りの女の子からは笑われた。足の速さを買われて、いろんな部活から誘われたが、それ以上に楽しい事と出会ったので、学校の部活には入らなかった。
同じクラスの
「じゃ、美琴。後でLINEするから」
「あいかわらず帰り早いな~。部活にでも入らないと彼氏できないぞ~」
「今は彼氏より嫁だ」
授業が終わると、真っ先に教室を飛び出して行く。
「みんなっ! さよなら!」
「さよならぁ」
「またあした~」
「じゃ!」
脱兎の如くいなくなる。
「あいかわらず、結歌は早いなぁ」
「あれだけ見たら、彼氏との待ち合わせだよね~」
「まあ、待ってるのは、彼氏じゃないけどぉ」
「嫁だな~」
「そうそう、嫁ね」
入学祝いに、祖父母から買ってもらった、
今まで、聴くだけだった『初音ミク』を、自分の手で歌わせることができる。
なんてすばらしいことだろう!
通学路を駆け抜け、家のドアを開ける。靴を後ろへ脱ぎ捨て、階段を駆け上がると、部屋のドアを開け、バッグをベッドに放り投げる。初音ミクのストラップが、ちゃんりんと鳴って微笑んだ。
勉強机のイスに飛び乗るのと同時に、パソコンの電源を入れる。パソコンが起動すると、青い髪を清流の様に流した初音ミクの壁紙がモニターに映しだされる。『初音ミク』を起動し、昨日まで作りかけだった、音声ファイルを開く。見慣れた、VOCALOIDの音階が表示される。ヘッドホンを付けて、昨日まで、できているところを聴く。楽しくも恥ずかしい、初音ミクの歌声が流れてきた。
結歌はスマフォをたたきLINEに書きこむ。
早速、美琴からレスが返ってきた。
{電車の中なう}@美琴
@結歌{まだ電車の中?}
{あんたと違って電車通学なんだよ私は}@美琴
@結歌{それでさこの間アップした曲なんだけどどう?}
{いまいち}@美琴
@結歌{ぐはぁ(吐血}
@結歌{ストレートですね}
{私に世辞を期待したのか?}@美琴
@結歌{どうしたらいいと思う?}
{自分で考えなさい}@美琴
@結歌{自分で考えてもわからないから訊いたので}
{まああれだ単調だな}@美琴
@結歌{アップテンポにしろと?}
{テンポのことじゃなく音階の起伏に乏しい}@美琴
@結歌{起伏? なにそれ}
{私もよくわからんが抑揚が無いというか平坦というか}@美琴
@結歌{それで具体的にはどうしたらいい?}
{結歌って作曲初めてなんでしょう}@美琴
@結歌{始めて一ヶ月弱というところか}
{作った曲数は?}@美琴
@結歌{三曲ぐらいかな}
{かな?}@美琴
@結歌{未完成曲を含めてという意味だ}
{もちろん作り方をちゃんと習ったことはない}@美琴
@結歌{自慢じゃないが無い}
{やっぱりいきなりオリジナル曲はハードルが高すぎたんだよ}@美琴
@結歌{その辺は才能でカバーできると思ってた}
{三曲作って再生数がいずれも三桁に届かないって}@美琴
{それもう才能無いってことだよ}@美琴
@結歌{ぐはぁ(吐血}
{オリジナルはあきらめてカバーやってみたら?}@美琴
@結歌{あたしはオリジナル曲が作りたい!}
{そのオリジナル曲がまったくうけてないんだから}@美琴
@結歌{美琴はあたしにコピーバンドをやれと}
{バンドじゃないし}@美琴
{既存曲に初音ミクを歌わせる方が簡単でしょ}@美琴
@結歌{そりゃそうだけど}
{曲をカバーしてるうちにわかってくるもんなんじゃない?}@美琴
{作曲って}@美琴
@結歌{そんなもん?}
{知らないけどたぶん}@美琴
@結歌{そっかーじゃあなんかカバーしてみるかな}
@結歌{ジ○ニーズとか}
{うん消されるからやめとけ}@美琴
@結歌{A○B48とか}
{まあ妥当かな}@美琴
@結歌{いっそ洋楽}
{あんた英語わからないでしょ}@美琴
@結歌{誰か簡単に殿堂入りする曲の作り方教えてくれないかなぁ}
{それができる人は自分でやってるって}@美琴
手に入ったは良いが、どんな曲を作ったらいいかわからず、入門書を頼りに、思いついたメロディーを少しずつ初音ミクに歌わせているうち、欲が出た。
オリジナル曲を多くの人に聴いてもらいたい!
そこで結歌は、日本最大の動画投稿サイト『スマイル動画』に曲をアップした。
初音ミクを始め、ボカロ曲は、主にここから発信される。今まで、あまたの曲が発信され、世界へ流れていった。
しかし、結歌の曲は、まったく再生数が伸びない。良くて二桁。三桁は未経験の領域だ。
どうやったら皆、あたしの曲、聴いてくれるのかなあ…。
気分転換に、VOCALOID『MEIKO』の曲を聴きながら、ベッドへ横になった。いつの間にかウトウトとする。
やがて部屋は、嵐の日のテレビ画面のように、ブロック状のノイズに包まれ、ブロックはさらに細かくなって、周囲をデジタルに分解して結歌を別の世界へ誘った。
結歌が目を覚ますと、そこは
おや、ここは?
と、疑問に思いながらも、見覚えのある光景。
キラキラと、紅葉の様に赤い星が、天から螺旋を描いて落ちてくる。地面に落ちた瞬間、弾けて見覚えのあるMMDモデルが登場した。
MMDに、デフォルトで付いているMEIKOだ。
MEIKOは、両腕をハの字に広げたデフォルトの姿で登場。すぐに、体を崩して、背伸びをして、屈伸をして、体を左右に振ったりした。大きな胸やスカートがしなやかに揺れるのは、最新の物理演算に対応したモデルか?
「あなた」
「ひゃい!」
「この世界は初めて?」
「は、はい」
「つーか、見かけない顔ね」
「今さっき入ったばかりの新人です」
「入ったばかり、ね」
「よろしく願いします!」
「元気良いわね」
「はい! 子供の頃から、元気が良いのだけは褒められました」
「そう。まあいいわ。それで、あなたの得意な音域は?」
「音域?」
「音域よ。知らないの?」
「はい」
「あきれた」
「すいません。今日、入ったばかりの新人なもので」
「もしかして、あなた。ユーザー?」
「ユーザー? と、いいますと?」
「あっはっはっは!」
「なにか、おかしかったですか?」
「いや、ごめんなさい。新入りのMMDモデルだとばかり思ってたの」
「はあ」
「あなたは、新人のボカロPね」
「はい! そうです」
「あたしは、与えられた曲を歌うだけの中の人だから、曲作りのアドバイスはできないけど、曲を提供する場ぐらいならアドバイスできるわ。使っているボカロは?」
「『初音ミクV3』です」
「何曲か創ってみた?」
「はい」
「サイトにアップは?」
「しました」
「反応は?」
「再生数が二桁です」
「まあ、最初にしては上出来ね」
「えっ! そうなんですか?」
「最初から殿堂入りなんてしたら、勘違いしちゃうでしょう」
「はあ」
「スマイル動画に、曲をアップするだけなら誰にでもできる。しかし、再生数を伸ばそうと考えるなら、工夫が必要。良い曲だからという理由だけで再生数は伸びない。ボカロの曲は毎日、たくさんアップされているからね。いかに人目を引くか? そこがポイント」
「具体的には?」
「タイトルを奇抜にする。『初音ミク』タグを付ける。曲に、イラストやMMDを使った動画を付ける。コミュニティに参加するのも手かな」
「それなんですけど、初音ミクを筆頭に、有名なボカロには、既にコミュニティが多数存在するじゃないですか。ただ、どのコミュニティも人数が多い分、自分の意見や投稿した曲が埋没してしまうと思うんですよね」
「だったら自分で作っちゃえば?」
「え?」
「自分のカラーに合ったコミュニティを作って、曲をアップする。人心を引けば、LINEやツイッター、フェイスブックなどで評判が広がり、再生数が伸びるかも」
「その発想は無かったです」
「一曲でもヒットすれば、後はPの名前だけで、自然と人が集まる。次のヒット曲が出るかどうかは、Pの実力しだい」
「あたしにできるでしょうか?」
「そんなの、あたしは知らない。所詮、中の人だし。ただ…」
「ただ?」
「こんな風に、ボカロPと直接話したのは、初めてよ。つーか、あなたどうやってここに来たの?」
「さあ? 気がついたらここにいました」
天然なのか、単なるバカなのか。
「なにか言いました?」
「ううん。別に」
「わかりました。あたし、自分のコミュニティを作ります」
「そう。がんばって」
「アドバイス、ありがとうございました」
そう言い残して、結歌はデジタルのモザイクとなって消えた。
結歌は後で気がついた。モデルはMEIKOそのものだったけど、中の人の名前を聞き忘れたなと。今度、会った時には忘れずに訊こう。
結歌は、スマイル動画にボーカロイドのコミュニティを立ち上げることにした。しかし、発売されているボカロを冠したコミュニティは、既に存在している。ボカロPや、曲のイメージから発生したコミュニティも多数存在する。奇をてらって『ゆうかP』なんて付けたところで、誰も見やしないだろう。
しかし、誰もが創りそうで存在しないコミュニティ名を発見した。
その名も、
『ボカロ部』
テーマはたったひとつ。
『あたしの曲を聴け!』
じゃなくて、『ボカロ大好きみんな集まれ!』
固定のボカロや、ボカロPや、曲にしばられない、全てのボカロ好きに開かれたコミュニティ。
結歌は、心の底から叫んだ。
『ボカロ大好きみんな集まれ!』
*
彼の部屋は、初音ミクを始めとしたボカロのフィギアやねんどろいど、ポスターやカレンダーで埋め尽くされている。
フィギアは、棚の上やベッド備え付けの棚、テレビ台などで自由気ままな笑顔とポーズをとっている。
ポスターは、専用の額に入れてある。直接、テープや鋲で留めると傷つけてしまうので、それを回避するためだ。
カレンダーは、月が過ぎたら、切り取り線にカッターを当て、下まで切らないように、丁寧に切り取ってめくる。めくったページは大切に保管する。実は、保存用にもう一部、買ってある。しかし、めくったカレンダーを捨てるには忍びない。それに、また飾りたくなる時もある。そんな時のために、保管しておく。
グラスやマグカップも、積極的に使っている。
パソコンの壁紙も、弦の厳しい審査に合格しなくては、なることができない。ボカロのイメージを壊していないこと。絵が上手いこと。画像サイズが大きいこと。
パソコンを立ち上げると、参加しているスマイル動画のコミュニティから、新着のメールが届いていた。
ひどく稚拙ながら、まれに、ドキッとするコード進行と調教を魅せる曲が、時々アップされる。おもしろい曲を作る奴がいるな、という理由から『ボカロ部』に参加した。
ボカロPを『ゆうか』という。
本名も、歳も、性別も、職業も知らない、この『ゆうか』というボカロPの創る曲に、弦は興味を持った。
そういえば、言葉遣いの端々に、幼さや女の子っぽさを感じる時もある。しかし、ネットでそのように振る舞う輩は山のようにいる。自分の主観がネットの全てだと思ったら、自己が折れる。一歩も二歩も、引いたところから楽しむのが肝要だというのが、弦のネット処世術。
申し合わせたハッシュタグでボカロ部のツイートを検索すると、さっそく、最新のツイートを発見した。
ゆうか{ぼかるぶのみんな! おらに力を貸してけろ!}
ゆうか{感想プリーズ}
最近、アップした曲の感想を、結歌が求めている。
さて、どう返したものか。
率直に言えば、全体的に平凡。特にイントロからAメロにかけては、テンポも音階も、なんの抑揚も無い。サビだけは良いメロディラインを奏でているが、調教はいまいち。
歌詞は正直、なにが言いたいのかわからない。テーマなど無く、曲に合わせて適当に語呂を合わせただけのうようにも思えるが、サビではしっかり、恋する女の子の、絞り出した告白を表現している。
以上を踏まえ、アドバイスをするとして、どう言えば良いんだ? 褒めて伸ばすだっけ?
NEGStrings{サビの調教がいまいち}
『NEGStrings』は、弦がツイッターで使っているネーム。
ゆうか{調教どのへんがいまいち?}
NEGStrings{調教っていうかこれベタ打ちでしょ}
ゆうか{そうです!}
NEGStrings{そこ自慢するところじゃないから}
ゆうか{サーセン}
NEGStrings{ビブラートの設定は?}
ゆうか{デフォルトのままです}
NEGStrings{ブレス音入れてもっとなめらかにするとか}
ゆうか{例えば?}
NEGStrings{それを考えるのがあなた}
ゆうか{サーセン}
NEGStrings{ボカロ本ちゃんと読んでる?}
ゆうか{読んでません!}
NEGStrings{オイ}
ゆうか{読んでもよくわからないんだもん!}
NEGStrings{自慢すな}
ゆうか{てへ}
NEGStrings{今俺が言ったようなことはボカロ本に載っていることだから}
ゆうか{サビと調教以外に気がついたとことかありますか?}
NEGStrings{歌詞?}
ゆうか{歌詞! 歌詞ですね}
NEGStrings{サビ以外なにを歌っているか全然わからんかった}
ゆうか{ぐはぁ 全然ですか?}
NEGStrings{全然まったく微塵も伝わりませんでした}
ゆうか{グハァ(吐血}
NEGStrings{心おどらされない}
ゆうか{どうゆう歌詞にしたら心おどらされますか?}
NEGStrings{それを考えるのもあなただから}
ゆうか{手厳しいですね}
NEGStrings{ネットになにを期待している}
ゆうか{そりゃやっぱり賛辞の嵐?}
NEGStrings{スマイル動画からデビューしていった全てのプロに謝れ}
ゆうか{ごめんなさい}
NEGStrings{それと楽器の数が少ないみたいだけど}
ゆうか{ドラムとベースだけです}
NEGStrings{ずっと同じテンポだよね}
ゆうか{テンポってどうやって変えるんですか?}
ダメだこいつ、早くなんとかしないと。
NEGStrings{作詞作曲の勉強からやり直せ}
ゆうか{やっぱそういった学校とかセミナーとかに行かなきゃダメですかね}
NEGStrings{ダメとはいわんが}
NEGStrings{独学でデビューしたPもいるだろうけど基本はどっかで学んだでしょ}
ゆうか{たとえば?}
NEGStrings{学生の頃ギターやってたとか子供の頃ピアノ習ってたとか}
ゆうか{作詞は?}
NEGStrings{国語が得意だった? みたいな}
ゆうか{あたしなんもやってません}
NEGStrings{それでよくボカロ部作ったね}
ゆうか{そんなほめないでください}
NEGStrings{ほめちゃいねーよ}
NEGStrings{未経験でよく初音ミクに手を出したな}
ゆうか{誰でも簡単に歌わせることができるっていってたし}
NEGStrings{歌わせるだけならな}
ゆうか{ゆうやけこやけはできました}
NEGStrings{歌わせるだけならな}
NEGStrings{どう考えたらそこからオリジナルを作る気になった}
ゆうか{簡単そうだったし曲も歌詞もできました}
NEGStrings{聞くに耐えなかったけどな}
ゆうか{グハァ(吐血}
NEGStrings{こんな曲でうけると思ったのか}
ゆうか{せっかく作ったんだから誰かに聞いてもらいたいなと}
NEGStrings{それでボカロ部を創ったと}
ゆうか{そうです(キラッ☆}
イラ。
NEGStrings{上達の兆しがみえん}
ゆうか{そうです(キラッ☆}
NEGStrings{勉強しようと思わなかったの?}
ゆうか{そのへんは才能でなんとかなるかなと}
NEGStrings{才能ではなんとかなりそうにないから勉強しろ}
ゆうか{はい!}
返事だけは良いな。
*
勉強すると約束はしたが、実のところ、曲作りのとっかかりすら曖昧な結歌にとって、なにをどのように『勉強』すればいいのか、皆目検討がつかない。
今まで作った曲は、思いつくまま、気のむくまま。パソコンにメロディを並べ、語呂の合う言葉を置き、テンポに合わせてドラムとベースを刻むだけだ。
そこで結歌は、自分の音楽がどこから来ているのか見直してみようと、スマイル動画に登録してあるマイリストを開いた。今、一番、自分の心に響く曲を聴いてみよう。
目をつぶって、手を胸に当てて、ふうっと一呼吸して、心の中をのぞきこむ。
ふと、ひとつの曲が飛びこんできた。
作詞・作曲:片思いの猫P/イラスト&PV作成:にゃお/歌い手:初音ミク
曲名『パ・ディ・シャ』
猫のステップのようなテンポに、片思いの彼と、自分の気持ちが交差するラブストーリー。
結歌が曲のサムネイルをクリックすると、猫のステップが踊り出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます