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 ふじ結歌ゆうかは、小柄ながら大きな胸、丸顔にショートカットは、髪の手入れがめんどくさいから。小学校から中学校までは陸上部に所属し、短距離走が得意だった。そのせいか、太ももからふくらはぎは太いが、二の腕から手にかけては細い。高校にこの春、進学し、早くも一ヶ月が過ぎようとしていた。

 入学当初、周りの女の子たちの肌が、雪のように白く、小枝のように細い手足をしていて、思わず、ちゃんとした物、食べているのだろうかと、一時期、本気で心配した。逆に結歌は、あまりの健康優良児っぷりに、周りの女の子からは笑われた。足の速さを買われて、いろんな部活から誘われたが、それ以上に楽しい事と出会ったので、学校の部活には入らなかった。

 同じクラスのしもこと。背が高く、はっきりと通る声を発する。自分とは真逆のしっかり者。とても同い年とは思えない。お互いにボカロが好きだということで、美琴とはすぐに仲良くなった。

「じゃ、美琴。後でLINEするから」

「あいかわらず帰り早いな~。部活にでも入らないと彼氏できないぞ~」

「今は彼氏より嫁だ」

 授業が終わると、真っ先に教室を飛び出して行く。

「みんなっ! さよなら!」

「さよならぁ」

「またあした~」

「じゃ!」

 脱兎の如くいなくなる。

「あいかわらず、結歌は早いなぁ」

「あれだけ見たら、彼氏との待ち合わせだよね~」

「まあ、待ってるのは、彼氏じゃないけどぉ」

「嫁だな~」

「そうそう、嫁ね」

 入学祝いに、祖父母から買ってもらった、VOCALOIDボーカロイド『初音ミク』

 今まで、聴くだけだった『初音ミク』を、自分の手で歌わせることができる。

 なんてすばらしいことだろう!

 通学路を駆け抜け、家のドアを開ける。靴を後ろへ脱ぎ捨て、階段を駆け上がると、部屋のドアを開け、バッグをベッドに放り投げる。初音ミクのストラップが、ちゃんりんと鳴って微笑んだ。

 勉強机のイスに飛び乗るのと同時に、パソコンの電源を入れる。パソコンが起動すると、青い髪を清流の様に流した初音ミクの壁紙がモニターに映しだされる。『初音ミク』を起動し、昨日まで作りかけだった、音声ファイルを開く。見慣れた、VOCALOIDの音階が表示される。ヘッドホンを付けて、昨日まで、できているところを聴く。楽しくも恥ずかしい、初音ミクの歌声が流れてきた。

 結歌はスマフォをたたきLINEに書きこむ。

 早速、美琴からレスが返ってきた。


{電車の中なう}@美琴

 @結歌{まだ電車の中?}

{あんたと違って電車通学なんだよ私は}@美琴

 @結歌{それでさこの間アップした曲なんだけどどう?}

{いまいち}@美琴

 @結歌{ぐはぁ(吐血}

 @結歌{ストレートですね}

{私に世辞を期待したのか?}@美琴

 @結歌{どうしたらいいと思う?}

{自分で考えなさい}@美琴

 @結歌{自分で考えてもわからないから訊いたので}

{まああれだ単調だな}@美琴

 @結歌{アップテンポにしろと?}

{テンポのことじゃなく音階の起伏に乏しい}@美琴

 @結歌{起伏? なにそれ}

{私もよくわからんが抑揚が無いというか平坦というか}@美琴

 @結歌{それで具体的にはどうしたらいい?}

{結歌って作曲初めてなんでしょう}@美琴

 @結歌{始めて一ヶ月弱というところか}

{作った曲数は?}@美琴

 @結歌{三曲ぐらいかな}

{かな?}@美琴

 @結歌{未完成曲を含めてという意味だ}

{もちろん作り方をちゃんと習ったことはない}@美琴

 @結歌{自慢じゃないが無い}

{やっぱりいきなりオリジナル曲はハードルが高すぎたんだよ}@美琴

 @結歌{その辺は才能でカバーできると思ってた}

{三曲作って再生数がいずれも三桁に届かないって}@美琴

{それもう才能無いってことだよ}@美琴

 @結歌{ぐはぁ(吐血}

{オリジナルはあきらめてカバーやってみたら?}@美琴

 @結歌{あたしはオリジナル曲が作りたい!}

{そのオリジナル曲がまったくうけてないんだから}@美琴

 @結歌{美琴はあたしにコピーバンドをやれと}

{バンドじゃないし}@美琴

{既存曲に初音ミクを歌わせる方が簡単でしょ}@美琴

 @結歌{そりゃそうだけど}

{曲をカバーしてるうちにわかってくるもんなんじゃない?}@美琴

{作曲って}@美琴

 @結歌{そんなもん?}

{知らないけどたぶん}@美琴

 @結歌{そっかーじゃあなんかカバーしてみるかな}

 @結歌{ジ○ニーズとか}

{うん消されるからやめとけ}@美琴

 @結歌{A○B48とか}

{まあ妥当かな}@美琴

 @結歌{いっそ洋楽}

{あんた英語わからないでしょ}@美琴

 @結歌{誰か簡単に殿堂入りする曲の作り方教えてくれないかなぁ}

{それができる人は自分でやってるって}@美琴


 手に入ったは良いが、どんな曲を作ったらいいかわからず、入門書を頼りに、思いついたメロディーを少しずつ初音ミクに歌わせているうち、欲が出た。

 オリジナル曲を多くの人に聴いてもらいたい!

 そこで結歌は、日本最大の動画投稿サイト『スマイル動画』に曲をアップした。

 初音ミクを始め、ボカロ曲は、主にここから発信される。今まで、あまたの曲が発信され、世界へ流れていった。

 しかし、結歌の曲は、まったく再生数が伸びない。良くて二桁。三桁は未経験の領域だ。

 どうやったら皆、あたしの曲、聴いてくれるのかなあ…。

 気分転換に、VOCALOID『MEIKO』の曲を聴きながら、ベッドへ横になった。いつの間にかウトウトとする。

 やがて部屋は、嵐の日のテレビ画面のように、ブロック状のノイズに包まれ、ブロックはさらに細かくなって、周囲をデジタルに分解して結歌を別の世界へ誘った。

 結歌が目を覚ますと、そこはMikuM MikuM Dance初期デフォルト画面だった。真っ白な空間に、X軸を表す赤い線と、Z軸を表す青い線が地面を走り、Y軸を表す緑色の線が縦方向へ伸びている。

 おや、ここは?

 と、疑問に思いながらも、見覚えのある光景。

 キラキラと、紅葉の様に赤い星が、天から螺旋を描いて落ちてくる。地面に落ちた瞬間、弾けて見覚えのあるMMDモデルが登場した。

 MMDに、デフォルトで付いているMEIKOだ。

 MEIKOは、両腕をハの字に広げたデフォルトの姿で登場。すぐに、体を崩して、背伸びをして、屈伸をして、体を左右に振ったりした。大きな胸やスカートがしなやかに揺れるのは、最新の物理演算に対応したモデルか?

「あなた」

「ひゃい!」

「この世界は初めて?」

「は、はい」

「つーか、見かけない顔ね」

「今さっき入ったばかりの新人です」

「入ったばかり、ね」

「よろしく願いします!」

「元気良いわね」

「はい! 子供の頃から、元気が良いのだけは褒められました」

「そう。まあいいわ。それで、あなたの得意な音域は?」

「音域?」

「音域よ。知らないの?」

「はい」

「あきれた」

「すいません。今日、入ったばかりの新人なもので」

「もしかして、あなた。ユーザー?」

「ユーザー? と、いいますと?」

「あっはっはっは!」

「なにか、おかしかったですか?」

「いや、ごめんなさい。新入りのMMDモデルだとばかり思ってたの」

「はあ」

「あなたは、新人のボカロPね」

「はい! そうです」

「あたしは、与えられた曲を歌うだけの中の人だから、曲作りのアドバイスはできないけど、曲を提供する場ぐらいならアドバイスできるわ。使っているボカロは?」

「『初音ミクV3』です」

「何曲か創ってみた?」

「はい」

「サイトにアップは?」

「しました」

「反応は?」

「再生数が二桁です」

「まあ、最初にしては上出来ね」

「えっ! そうなんですか?」

「最初から殿堂入りなんてしたら、勘違いしちゃうでしょう」

「はあ」

「スマイル動画に、曲をアップするだけなら誰にでもできる。しかし、再生数を伸ばそうと考えるなら、工夫が必要。良い曲だからという理由だけで再生数は伸びない。ボカロの曲は毎日、たくさんアップされているからね。いかに人目を引くか? そこがポイント」

「具体的には?」

「タイトルを奇抜にする。『初音ミク』タグを付ける。曲に、イラストやMMDを使った動画を付ける。コミュニティに参加するのも手かな」

「それなんですけど、初音ミクを筆頭に、有名なボカロには、既にコミュニティが多数存在するじゃないですか。ただ、どのコミュニティも人数が多い分、自分の意見や投稿した曲が埋没してしまうと思うんですよね」

「だったら自分で作っちゃえば?」

「え?」

「自分のカラーに合ったコミュニティを作って、曲をアップする。人心を引けば、LINEやツイッター、フェイスブックなどで評判が広がり、再生数が伸びるかも」

「その発想は無かったです」

「一曲でもヒットすれば、後はPの名前だけで、自然と人が集まる。次のヒット曲が出るかどうかは、Pの実力しだい」

「あたしにできるでしょうか?」

「そんなの、あたしは知らない。所詮、中の人だし。ただ…」

「ただ?」

「こんな風に、ボカロPと直接話したのは、初めてよ。つーか、あなたどうやってここに来たの?」

「さあ? 気がついたらここにいました」

 天然なのか、単なるバカなのか。

「なにか言いました?」

「ううん。別に」

「わかりました。あたし、自分のコミュニティを作ります」

「そう。がんばって」

「アドバイス、ありがとうございました」

 そう言い残して、結歌はデジタルのモザイクとなって消えた。

 結歌は後で気がついた。モデルはMEIKOそのものだったけど、中の人の名前を聞き忘れたなと。今度、会った時には忘れずに訊こう。

 結歌は、スマイル動画にボーカロイドのコミュニティを立ち上げることにした。しかし、発売されているボカロを冠したコミュニティは、既に存在している。ボカロPや、曲のイメージから発生したコミュニティも多数存在する。奇をてらって『ゆうかP』なんて付けたところで、誰も見やしないだろう。

 しかし、誰もが創りそうで存在しないコミュニティ名を発見した。

 その名も、

 『ボカロ部』

 テーマはたったひとつ。

 『あたしの曲を聴け!』

 じゃなくて、『ボカロ大好きみんな集まれ!』

 固定のボカロや、ボカロPや、曲にしばられない、全てのボカロ好きに開かれたコミュニティ。

 結歌は、心の底から叫んだ。

 『ボカロ大好きみんな集まれ!』


 *


 かざげんは、自他共に認める、ボカロ好きだ。

 彼の部屋は、初音ミクを始めとしたボカロのフィギアやねんどろいど、ポスターやカレンダーで埋め尽くされている。

 フィギアは、棚の上やベッド備え付けの棚、テレビ台などで自由気ままな笑顔とポーズをとっている。

 ポスターは、専用の額に入れてある。直接、テープや鋲で留めると傷つけてしまうので、それを回避するためだ。

 カレンダーは、月が過ぎたら、切り取り線にカッターを当て、下まで切らないように、丁寧に切り取ってめくる。めくったページは大切に保管する。実は、保存用にもう一部、買ってある。しかし、めくったカレンダーを捨てるには忍びない。それに、また飾りたくなる時もある。そんな時のために、保管しておく。

 グラスやマグカップも、積極的に使っている。

 パソコンの壁紙も、弦の厳しい審査に合格しなくては、なることができない。ボカロのイメージを壊していないこと。絵が上手いこと。画像サイズが大きいこと。

 パソコンを立ち上げると、参加しているスマイル動画のコミュニティから、新着のメールが届いていた。

 ひどく稚拙ながら、まれに、ドキッとするコード進行と調教を魅せる曲が、時々アップされる。おもしろい曲を作る奴がいるな、という理由から『ボカロ部』に参加した。

 ボカロPを『ゆうか』という。

 本名も、歳も、性別も、職業も知らない、この『ゆうか』というボカロPの創る曲に、弦は興味を持った。

 そういえば、言葉遣いの端々に、幼さや女の子っぽさを感じる時もある。しかし、ネットでそのように振る舞う輩は山のようにいる。自分の主観がネットの全てだと思ったら、自己が折れる。一歩も二歩も、引いたところから楽しむのが肝要だというのが、弦のネット処世術。

 申し合わせたハッシュタグでボカロ部のツイートを検索すると、さっそく、最新のツイートを発見した。


 ゆうか{ぼかるぶのみんな! おらに力を貸してけろ!}

 ゆうか{感想プリーズ}


 最近、アップした曲の感想を、結歌が求めている。

 さて、どう返したものか。

 率直に言えば、全体的に平凡。特にイントロからAメロにかけては、テンポも音階も、なんの抑揚も無い。サビだけは良いメロディラインを奏でているが、調教はいまいち。

 歌詞は正直、なにが言いたいのかわからない。テーマなど無く、曲に合わせて適当に語呂を合わせただけのうようにも思えるが、サビではしっかり、恋する女の子の、絞り出した告白を表現している。

 以上を踏まえ、アドバイスをするとして、どう言えば良いんだ? 褒めて伸ばすだっけ?


 NEGStrings{サビの調教がいまいち}


 『NEGStrings』は、弦がツイッターで使っているネーム。


 ゆうか{調教どのへんがいまいち?}

 NEGStrings{調教っていうかこれベタ打ちでしょ}

 ゆうか{そうです!}

 NEGStrings{そこ自慢するところじゃないから}

 ゆうか{サーセン}

 NEGStrings{ビブラートの設定は?}

 ゆうか{デフォルトのままです}

 NEGStrings{ブレス音入れてもっとなめらかにするとか}

 ゆうか{例えば?}

 NEGStrings{それを考えるのがあなた}

 ゆうか{サーセン}

 NEGStrings{ボカロ本ちゃんと読んでる?}

 ゆうか{読んでません!}

 NEGStrings{オイ}

 ゆうか{読んでもよくわからないんだもん!}

 NEGStrings{自慢すな}

 ゆうか{てへ}

 NEGStrings{今俺が言ったようなことはボカロ本に載っていることだから}

 ゆうか{サビと調教以外に気がついたとことかありますか?}

 NEGStrings{歌詞?}

 ゆうか{歌詞! 歌詞ですね}

 NEGStrings{サビ以外なにを歌っているか全然わからんかった}

 ゆうか{ぐはぁ 全然ですか?}

 NEGStrings{全然まったく微塵も伝わりませんでした}

 ゆうか{グハァ(吐血}

 NEGStrings{心おどらされない}

 ゆうか{どうゆう歌詞にしたら心おどらされますか?}

 NEGStrings{それを考えるのもあなただから}

 ゆうか{手厳しいですね}

 NEGStrings{ネットになにを期待している}

 ゆうか{そりゃやっぱり賛辞の嵐?}

 NEGStrings{スマイル動画からデビューしていった全てのプロに謝れ}

 ゆうか{ごめんなさい}

 NEGStrings{それと楽器の数が少ないみたいだけど}

 ゆうか{ドラムとベースだけです}

 NEGStrings{ずっと同じテンポだよね}

 ゆうか{テンポってどうやって変えるんですか?}


 ダメだこいつ、早くなんとかしないと。


 NEGStrings{作詞作曲の勉強からやり直せ}

 ゆうか{やっぱそういった学校とかセミナーとかに行かなきゃダメですかね}

 NEGStrings{ダメとはいわんが}

 NEGStrings{独学でデビューしたPもいるだろうけど基本はどっかで学んだでしょ}

 ゆうか{たとえば?}

 NEGStrings{学生の頃ギターやってたとか子供の頃ピアノ習ってたとか}

 ゆうか{作詞は?}

 NEGStrings{国語が得意だった? みたいな}

 ゆうか{あたしなんもやってません}

 NEGStrings{それでよくボカロ部作ったね}

 ゆうか{そんなほめないでください}

 NEGStrings{ほめちゃいねーよ}

 NEGStrings{未経験でよく初音ミクに手を出したな}

 ゆうか{誰でも簡単に歌わせることができるっていってたし}

 NEGStrings{歌わせるだけならな}

 ゆうか{ゆうやけこやけはできました}

 NEGStrings{歌わせるだけならな}

 NEGStrings{どう考えたらそこからオリジナルを作る気になった}

 ゆうか{簡単そうだったし曲も歌詞もできました}

 NEGStrings{聞くに耐えなかったけどな}

 ゆうか{グハァ(吐血}

 NEGStrings{こんな曲でうけると思ったのか}

 ゆうか{せっかく作ったんだから誰かに聞いてもらいたいなと}

 NEGStrings{それでボカロ部を創ったと}

 ゆうか{そうです(キラッ☆}


 イラ。


 NEGStrings{上達の兆しがみえん}

 ゆうか{そうです(キラッ☆}

 NEGStrings{勉強しようと思わなかったの?}

 ゆうか{そのへんは才能でなんとかなるかなと}

 NEGStrings{才能ではなんとかなりそうにないから勉強しろ}

 ゆうか{はい!}


 返事だけは良いな。


 *


 勉強すると約束はしたが、実のところ、曲作りのとっかかりすら曖昧な結歌にとって、なにをどのように『勉強』すればいいのか、皆目検討がつかない。

 今まで作った曲は、思いつくまま、気のむくまま。パソコンにメロディを並べ、語呂の合う言葉を置き、テンポに合わせてドラムとベースを刻むだけだ。

 そこで結歌は、自分の音楽がどこから来ているのか見直してみようと、スマイル動画に登録してあるマイリストを開いた。今、一番、自分の心に響く曲を聴いてみよう。

 目をつぶって、手を胸に当てて、ふうっと一呼吸して、心の中をのぞきこむ。

 ふと、ひとつの曲が飛びこんできた。

 作詞・作曲:片思いの猫P/イラスト&PV作成:にゃお/歌い手:初音ミク

 曲名『パ・ディ・シャ』

 猫のステップのようなテンポに、片思いの彼と、自分の気持ちが交差するラブストーリー。

 結歌が曲のサムネイルをクリックすると、猫のステップが踊り出す。

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