第34話
次の週になり、紀之が補習を終え返ってきた。半べそを掻きながら。
「戻って来れないかと思った……」
大袈裟だなぁと笑い飛ばす海生に、
「いやもう量が半端ないの。終わらないかと思ったんだよ」
と呟いていた。
入部した帆億と鏡也に軽く挨拶をして練習に合流する紀之。久しぶりの練習で張り切っているようだ。
そして練習が終わり、顧問の上地が部員全員を集めてミーティングを始めた。
「来週から九州大会で熊本に行くことになる。団体戦に出ていたメンバーと、各階級で一位になった者は準備をしておくように」
幸隆と二、三年生は来週から九州大会で沖縄を離れることになり、練習はほぼ一年生だけで自主練になる。唯一残る上級生はというと。
「うん! 実は俺だけ残るんだよね」
三年生の120㎏級、武光だけは団体戦にも出ておらず、一位にもなれなかったため残ることになる。
「あっでも君達の練習のために実はある人を呼んであるんだ」
上地が思い出したように告げる。誰なのか見当もつかなかった。
「比嘉則夫さんて言うんだけどね。通天高校のOBなんだ」
「え?」
海生は聞き覚えのある名前に目を白黒させる。上地は海生の方を見て頷いた。
「そうだね。海生の伯父さんだね」
来週から海生の伯父さんが通天高校にやってくる。
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「海生久しぶり!」
「伯父さぁーん!」
翌週になり道場にやってきた則夫。髪型はオールバックで、小太りの則夫。入口から入ってきた則夫に駆け寄りハグを姿勢に入る海生。
そしてそのまま則夫の顔にエルボーを喰らわせた。
あがっと妙な声をあげる則夫。
「ぬーそーが海生(なにするんだ海生)」
「いや勝手にレスリング部に入ることにされてたからさ! 今度あったらぶっ飛ばそうって決めてたんだ!」
久しぶりの再会をエルボーで果たした海生。納得行かないというような顔をする則夫。エルボーを決められた時に発した言葉は沖縄の方言だ。
「でもレスリング部入ってよかっただろ?」
「それとこれとは話が別」
笑顔で返す海生にやれやれという顔で受け入れる則夫。そして他の部員に挨拶をする。
「これから数日間だけ君たちの練習を見る比嘉則夫だ! 海生の伯父にあたるけど、そこんとこは気にせず何でも聞いてくれ」
そういう則夫にさっそく海生が質問をする。
「叔父さんこんな時間から練習見に来るって仕事どうしたの?」
はっはっはと豪快に笑った後則夫は笑顔で言い放った。
「いや会社倒産しちまってな?」
「レスリングしてる場合じゃないだろあんたっ!」
海生は今まで練習でさえ出したことのない大声を上げた。
詳しく則夫から話を聞いてみると、次の就職先は既に決まっているらしく、働き出すまでの間暇になったということだったらしい。
「なんだビックリした。一族からホームレスが出るかと思った」
「流石にそれはないだろ」
隣で聞いていた鏡也が笑いながらその話を聞き流している。
「そだな! うちの伯父さん40代で独身でアパートに一人暮らしなんだけど大丈夫だよね!」
「え? マジで?」
思っていたよりも海生の伯父、則夫の状況は芳しくなかった。不憫な奴に思えて憐みの視線を向ける鏡也。そうこうしているうちに則夫が練習着に着替え終えて練習が始まろうとしていた。
「で、どんな練習をするの叔父さん」
則夫から直接レスリングを教えてもらったことがない海生はどんな練習をするのか見当もつかない。
「き・そ・れ・ん」
則夫はくねくねと気持ち悪い動きをしながら練習内容を告げた。
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「はぁっ はあっ」
基礎練習をやるといった則夫は道場から出てすぐにあるグラウンドの隅っこを借りて短距離走を延々とさせ始めた。
海生を含めたほかの部員総勢、完全に息が上がってしまっている。
「はーいこれが終わったら道場の中で練習するから頑張ってー」
30分間ずっと短距離走を休みなくさせられていた海生達。全力疾走を要求されていたため、それを実践しているとかなり疲れる。
二人一組になって則夫の手を叩く合図で走り出す。一周してもとの位置に戻ってきたらまた手を叩く合図で走り出す。
鏡也だけは少し余裕があるようで、海生を煽っていた。
「どうした海生もう終わりか? スタミナが足りないぜ」
元サッカー部の鏡也はスタミナには自信があるようだ。試合になればずっと走り続けるスポーツだ。かなり走りこんだのだろう。
「くっそ……ブランクある癖になんでそんなに走れるんだよ」
「俺走るのだけは部活辞めてもつづけてたもーん」
彼女作りだけにかまけていたわけではないようだった。負けじと海生も走りに力が入る。
「彼女がいるお前には絶対に負けない。絶対にだ!」
なんだか良くわからない闘志が湧いてきているようで、海生は全力で走り続けた。
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