第31話
次の週の練習で鏡也と帆億は入部した。顧問の上地は思いがけない入部者に顔の表情が綻んでいた。
「良く来たね。大歓迎だよ」
いつものヤクザスマイルを見せる上地。その表情を見て固まる鏡也。帆億は思いのほかビビることなく堂々としている。
「特に君、君の体格はレスリングでは貴重でね。期待してるよ」
帆億の肩をポンと叩き至近距離ヤクザスマイルを見せる上地。
「ありがとうございます。期待に答えられるように頑張ります」
ヤクザスマイルを至近距離で見ても動じずに答える帆億。案外肝が据わっているのかもしれない。
紹介が終わり、さっそく基礎の練習にとりかかろうとするが、その前にトイレに行ってくるということで帆億は鏡也を連れてトイレに小走りでかけていった。
「帆億お前さ、練習前にもトイレ行かなかった?」
「うん。行ったけどさっきちょっとだけ漏らした」
上地にビビってないわけではなかった。
海生はというと練習で、この前の大会の後に彰に言われたことを実践しようとしていた。
「まだレスリングを始めてそんなにたってないって事でしょうがないんだけど、まだ海生は技、技に入るときのパターンが少ないんだ」
彰の説明としてはまず使える技の種類が少ない。海生は投げ技を中心に練習していた。タックルも練習していなかったわけではないが、実は少しタックルの方が苦手なのだ。
「沖縄は競技人口が少ないから同じ相手と何度も戦うことになる。当然手のうちはほぼ知られちゃうと思っていい。だから手の内を全部知られた上で勝たなきゃいけないんだ」
まぁこれは競技を続けてればどのスポーツでも遅かれ早かれ普通に出てくる問題なんだけどと補足を加えられた。
要は沖縄でのレスリングではそのペースが速いのだ。
だから今出来る技の完成度をあげつつ、実践で使える技のバリエーションを増やそうというのだ。
実は海生は覚えたい技があった。この前の試合で見た飛行機投げという技。
組み合った際に左手で相手の腕をつかんだまま懐に滑り込みつつ右手を相手の右足に絡ませ相手の体制を崩させ、そのまま後ろに転がすという技だ。
技の入り方は片足タックルに似ているが、この技を試合で見たときになんとなく気にいったのだ。
そしてこの技の魅力は技に入った後に左手を離さず上に覆いかぶさることで、フォールに持ち込めることにある。
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練習が数日続き、海生の新しい技、飛行機投げはなかなかうまくいかなかった。練習自体がうまくいかないわけではない。技の練習の際に技自体は出来るようになっているのに、スパーリングの時にはうまく決まらないのだ。
「海生は組み合った後とか、組み合う直前に相手の懐に入るのは上手いけど、自分から仕掛けるのとか自分からタックルに入ったりするのは苦手っぽいな」
龍生は海生とペアで練習をしたときにそう話した。苦手としていることを自覚させ、克服させようとしているようだ。
「う……そうですね。そこをどうにかしないととは思ってます」
技に入る際に片足タックルと入り方が似ている飛行機投げはタックルの技の仕掛け方が似ているためそこも練習していかなければならない。
「うん。それは意識して練習していくとして、飛行機投げがきまるようにするには、そこを直していくのともう一つこういうのを一緒に混ぜるのはどうかな?」
龍生はこの前の試合で誰かが使っていた繋げ技のようなものを海生に教えてくれた。
実践で使えるようにするために、あとは体にひたすら技を覚えこませる。
鏡也と帆億はなかなか覚えが良いらしく、構え方、タックル、投げ技、駆け引き等を一通り教えてもらっていた。
「ふっ俺が海生を超える日も近いかもな」
「簡単に追い越せると思うなよ? 勉強だけではなくスポーツでも努力型が最後に笑うと知れ!」
覚えたてのレスリングの構えを取る鏡也と、両腕を大きく開いて上に上げ、片足をあげながら『荒ぶる鷹のポーズ』と叫んでいる練習後の海生。完全にふざけている。
帆億はその大きな体に似合わず、動きが早い。いわゆる動けるデブというやつだろう。中学生の頃はテニスをやっていたらしい。
「ポークなかなかやるなぁ。俺動けるデブって初めて見たかも」
そう言いながら帆億の腹を触り続ける海生。もうポークと呼ぶこともお腹を触ることも全く遠慮がなくなっている。初対面から遠慮があったとは言えないが。
「帆億だっつってんだろ! そのあだ名定着しそうになってるんだぞ。何かマネージャーの人達までそう呼び出したし」
美優と優香は一瞬でそのあだ名を気に入り使い始めていた。
そして物陰から除く影が二つ。
「何かさわり心地良さそうだよねあのお腹」
「私もモミモミしたぃいいいいいいい」
実は海生達の入部前、この二人は嫌がる三年生の武光の腹を触りまくり、以来武光から避けられている。
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