レスリングをするために

第23話

 大会が終わった次の週の練習日、ミーティングの終わりに上地から部員にしばらく部活が休みだということが告げられた。理由は中間テストが始まるからだ。


「わかってると思うけど、赤点取った人は補習があるからその分さらに練習できなくなるからね?」


 あの、人を殺してしまいそうなヤクザスマイルを見せる上地。部員達の顔が強張こわばる。


 隣に座ってミーティングを聞いていた幸隆ががたがたと震えだす。テストがそんなに自信がないのだろうか。


「か、海生お前って勉強出来るか?」


「出来ない方ではないと思うけどどうして?」


「俺通天高校ギリギリで受かったんだけど、それから授業中殆んど寝ててだな」


「ギリギリだったのに殆んど寝てたとか凄いね」


 逆サイドにいた紀之が聞いてもいないのに自信ありげに話に入ってくる。


「俺は中学の時の通信簿、三が二つもあったもんね。」


「あれ? 確か成績の評価って五段階評価じゃなかったっけ?」


 どうやら紀之は成績の評価が三段階で一番高い評価が三だと勘違いしていたようだった。つまり三以上の評価を取ったことがなかったのだ。


 _______________________________________


 ミーティングが終わり、着替え終わるとテストをどう乗り切るかという話になった。

 ちなみに三年生の三人は全員動じておらず余裕がありそうだった。さすが最上級生。

 二年生の四人は匠と康太が勉強が出来るようだ。彰と康則は頭を抱えていた。


「海生頼む。勉強教えてくれ」


 幸隆が懇願するように頼み込む。


「良いけど俺もすごく勉強出来るってわけじゃないし、高校入っての初めてのテストだから勝手がわからないかな。去年のテスト問題とかがあったりすればなぁ」


 するとマネージャーが着替える更衣室から優香がひょこっと頭を出し、満足そうな笑みを浮かべてこちらを一瞥して話し出した。


「ふふ……こんな事もあろうかと、私達は去年のテストを取ってあるのだよ」


 その後からもう一人のマネージャーの美優もひょこっと頭を出した。


「勉強が苦手そうな幸隆君。私に頭を撫でさせてくれれば、明日テスト問題を持ってきてあげよう」


 幸隆は嫌な顔をして躊躇いながらも、背に腹は代えられないとしぶしぶOKを出した。


「あっ髪短くて頭のさわり心地良い」


「くっ……」


 唇を噛みしめて羞恥の表情を浮かべる幸隆。なでなでと頭を撫でて満足そうな顔を浮かべる美優。その姿を見て優香が海生の方を向きこちらにも何か要求しようとしてくる。


「あっ俺は自分でなんとか出来そうなんで優香先輩のは良いです」


「なんでー!?」


 翌日から通天高校はの部活はテスト休みに入る。


 翌日、マネージャー二人と海生、幸隆の四人は昼休みにテストの問題を受け取るために学校の図書室に来ていた。


 結局優香からも受け取ることにした海生。いくつかテストの問題を持ってきてくれた優香と美優にお礼を言う。


「優香先輩と美優先輩、わざわざ持って来てくれてありがとうございます」


 幸隆もつられてお礼を言う。


「ありがとうございます」


「良い良い苦しゅうない、おもてをあげい」


 調子に乗って妙な言葉使いになる優香。


「昨日頭触らせてもらったから全然良い」


「くっ」


 昨日のことを思い出し悦に浸る美優と、羞恥の顔に染まる幸隆。

 それでも幸隆のテストのことを考えると、素直に感謝の言葉が出る海生。


「はい。本当にありがとうございます優香先輩」


 笑顔で返す海生に優香は少したじろいでしまう。


「お、おうそんな素直に言わないでよ照れるじゃんか……」


 挨拶が済んだところでさっそくテストの問題を見てみる幸隆と海生。一つ目は生物のテストなのか、一問目にはこんな問題が書いてあった。


 問一、次の図の器具の名称を答えなさい。

 見てみると液体の体積を量るために用いられる、縦に細長い円筒形の容器の図が書いてあった。


「あっ確かこれメスシリンダーってヤツですよね」

 答えながら美優が出していた用紙の解答欄を見てみると、『ミセスリンダ』と書いてあった。誰だよ。


「あの……美優先輩これ……」


「あーいやそれね、何か響きは思い出せたんだけどなんだったかなーて考えてたら、そんなん書いちゃってたんだ」


 まぁ良いかと思い、同じ問題の優香の解答欄を見てみる。『メスシヌンダ』と書いてあった。女性全滅するの?


「あの……優香先輩これ……」


「あーそれね! 何か響きは思い出せたんだけど、ちゃんとした言葉にならなくてさー そしたら何か良いこと思いついちゃってさ! メスが滅んだ世界って素敵だなって思って」


 それあんたも死んじゃうけど良いのか。


 他のテストと一緒にいくつか回答を見てみると、めちゃくちゃな答えばかり。点数も30点前後のものばかりだった。ちなみに通天高校は35点から赤点らしいので、ほぼ赤点である。


「うん! じゃあ問題お借りします! 後は自分達で勉強するので大丈夫です! ありがとうございました!」


「えっ? 私達が勉強教えてあげるよ?」


 美優が不思議そうな顔でこちらを眺める。


「いえ、これ以上先輩達のお手を煩わせるわけにもいかないんで、自分達のテスト勉強に励んでくださいマジで」


「え? う? そうわかった」


 優香もしぶしぶといった感じに引き下がるがもともと後輩に勉強を教えるつもりだったのか、少し不服そうだ。


「じゃあ幸隆行こうか」


「あ、あぁ」


 海生はあのバカ二人の影響で、これ以上幸隆の勉強を遅らせてはいけないと危機感を感じた。

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