第22話
距離を取った後はまた彰から勝負を仕掛けてきた。今度は正面からのタックルだ。警戒していた海生は両腕で彰を押しのけタックルに入るのを阻止し、それ以上点を取られるのは防げた。
だが点差を付けられているのは変わらない。こちらから動きを起こさないと時間切れ。ポイント負けで1ラウンド目の試合が終了してしまう。現在開始から一分を過ぎたところだ。
バックを取られて一点、ローリング一回につき二点加点され、合計六点。あと四点取られてしまっても、合計十点となりテクニカルフォールで1ラウンド目の負けが確定してしまう。
ふーっと息を吐き少し考える海生。一本背負いに入るのが早かった…そう指摘された。ふとバレーボールでも同じようなことがあった事を思い出す。
相手からのサーブを受けるとき、オーバーハンドパス(オデコの前で両手のてのひらを上に向けてとるパス)と、アンダーハンドパス(ヒジを伸ばして、両腕で作った面でボールを受けるパス)のどちらで受けるかでうまく取れるかどうかが決まったのだ。この判断をあやまるとうまくボールが飛んでいかない。
どこにでも手を出せる中間の位置で腕を構えておく。十分ひきつけて、どこに落ちるか分かった時点でどちらのパスで取るか決定するのだ。
十分ひきつける。この点がレスリングでも共通している点ではないかと思えた。ひきつけるためにはどうすれば良いか。技への対処が遅れてしまうと、それだけで致命的な遅れになってしまう可能性もある。それでも、このまま戦っていれば負けは確定してしまう。海生は覚悟を決める。
海生から彰に近づき組み合おうとした。その瞬間彰が正面タックルに入る。海生はその正面から受け止める。今の自分では彰のスピードについていけない。彰が技に入る前に技を仕掛けるのはかなり難しかった。それならば受け止めてしまえということた。そして彰のタックルは海生の右足を左手でとらえていた。
だが次の瞬間、ぐるんと彰の体が回転した。
海生が彰に首投げを仕掛けたのだ。少し無理な体制から強引な首投げ。それでもその首投げは決まるかと思われた。
タンっという音と共に、投げられたはずの彰の足はマットの上に立っていた。投げられる寸前に自分から地面をけり勢いをつけ、投げられた直後に着地していたのだ。
仰向けに着地した状態から海生の首と脇から腕を通してクラッチを組み、体を半回転させた。たまらず耐え切れずにマットに沈む海生。
そこから抑え込まれ、フォール。
試合は彰の勝利で幕を閉じた。
今回の大会の全日程が終了し、バスで帰る部員達。蓋を開けてみると、団体戦は通天高校が優勝。個人戦は幸隆は三位、海生は二位という順位だった。レスリングの競技人口が少ない沖縄では、県で三位と二位ということになるわけだ。
「これで県三位とかちょっと表紙抜けだな」
「うん…… 俺なんて二回しか勝ってないのに二位だし」
隣り合った席に座った幸隆と海生。二人はそこで話をしていた。
「とっとと県で一位になって全国に行こうぜ海生」
「うん」
バスは部員達を乗せ、通天高校へと向かった。
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通天高校に到着し、ミーティングを終えて帰り支度をする中、海生と幸隆が上地に声をかけた。
「スミマセン先生、少しだけ練習して帰ってもいいですか?」
自分の車に乗り込もうとしていた上地は面食らって一瞬考え込むような仕草を見せるが、すぐにいいよと返事をくれた。
道場の鍵をあけ、練習を始める海生と幸隆。
「いいんですか? 試合が終わったばかりで体を休めた方がいいと思うんですけど」
まだ残っていたマネージャーの美優が上地に話しかける。
「少しくらい大丈夫さ。それに悔しいときはこうでもしないと気持ちがおさまらないだろうからね」
「そういうもんなんですね」
納得した美優は練習をする二人を見守っていた。
すると優香が二人に駆け寄ってゆく。
「お二人さん! 私がマッサージしてあげようか!」
「海生にしてもらうからいいです」
「幸隆にしてもらうからいいです」
「なにぃ!? 女の先輩からのマッサージを断るだとぉ!? あっでも二人でやるならそれはそれで良いかも!」
その光景を見て上地と美優は笑っていた。
練習を始める幸隆と海生。
海生は今日の試合のことを思い出していた。
試合に勝って嬉しかった。試合に負けて悔しかった。
もうレスリングを好きになっているのは間違いないだろう。
そして実感していたことがある。人生に無駄はないなんて言うつもりはない。無駄になったことだってきっとある。
でも、それでも感じたこと。
バレーボールを続けてきた経験は、自分の中で生きている。
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