第21話

 次の試合も相手は同じ一年生だった。勝負は海生のフォール勝ち。一試合目とほぼ同じ展開で試合は進んだ。そして次の試合の相手は同じ通天高校の二年生である彰。当然のことながら、個人戦は同じ高校の選手とも当たることになる。


 海生は彰と何度も練習で戦っており、スパーリングで勝ったことはないまでも、何度か点を取ったこともある。そして今日のコンディションはかなり良い。


「もしかすると良い勝負が出来るかもしれない。」


 そう独り言を言うと、海生は試合開始が迫ったマットの上へあがる。


「海生今日は調子良さそうだよな! 本気でやらせてもらうぜ!」


 彰もマットの上に上がり、普段より少し凄みがました笑顔で海生に挨拶をする。


 いつも練習で顔を合わせている二人が、初めて公式戦で戦う。



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 試合開始のベルの音と共に仕掛けたのは彰の方だった。一気に右足を踏み込み、海生に組み付こうとする。一瞬面食らう海生。一歩、ただ一歩の踏み込みだったはずが、その瞬間彰がいつもより少し大きく見えるほどの迫力があったのだ。こんな威圧感、練習で味わったことはない。


 ただそんな中でも海生の体は動いていた。組み合おうとした瞬間、右腕を相手の脇腹に滑り込ませ後ろを向く。一本背負いの体制に入っていた。


 その瞬間、掴んだと思った彰の腕が目の前から消えていた。


「え?」


 彰はそうはいかないよと心の中で呟いた。

 海生は何が起こったのかわからない。そしてその後間髪入れずに後ろから脇腹に手を回され、クラッチを組まれ体重をかけられた。


 ミシミシと音がしたと思うほどの力で締め上げられ、海生はたまらず膝をつく。

 この時点でバックを取られ1点先取されてしまった。


 周りで見ていた通天高校の生徒達は一瞬の出来事に息をのむ。

「何か海生の動きは悪くなかったように見えたけど、でも何だか投げに早く入り過ぎたように見えたような……」


「何か私もそう見えた」


 美優が隣にいた優香に話しかける。優香も率直な意見を美優に返す。

 するとそこに3年生の120㎏級の先輩である、武光が話しかけてきた。

「たぶんフェイントに引っかかったんだと思う。しかもフェイントとは全く思わなかったんじゃないかな? 彰の奴、試合とか練習試合とかのスイッチ入った時別人みたいになって迫力増すし、動きも良くなるから」


 へぇーと美優と優香は頷く。


「合宿でテンション上がってスイッチ入った彰とスパーリングした時、俺だいぶ階級上なのにちょっとビビったもん」


 じーっと武光の顔を見る美優と優香。


「武光先輩久しぶりに私たちに話しかけてくれましたね」


「ちょっと嬉しいっす」


「あぁ……うんえっ? 今そういう話する?」


 海生と彰の試合はまだ開始から30秒もたっていなかった。


 何が起こったかわからないまま海生はバックを取られ膝をついた姿勢から動けないでいた。ただ周りから技に入るのが早いぞーという声をかけられ、自分の一本背負いを仕掛けるのが早かったということがわかった。


 投げ技は仕掛けるのが早いと相手にバックを取らせる絶好のチャンスになってしまう。後ろを向いてしまうわけだから当然といえば当然だ。


 ギリギリと体を締め上げられ、そのままローリングに持っていかれそうになる。そうなってしまうとさらにポイントを二点取られてしまい、差を広げられてしまう。

 右に回転させられそうになり、とっさに逆の方向に踏ん張るがほぼ意味をなさなかった。強引にローリングに持っていかれてしまったのだ。


 これで二点取られた。力が強すぎる。練習の時とあきらかに違う彰の強さに戸惑う海生。練習の時は本気でやってなかった? 手加減をされていたのか? そんなことが頭をよぎるが、今それを考える時ではないと切り替える。


 まだグラウンドの攻防は続く。もう一度ローリングを仕掛けてこようとした彰に海生はまた逆の方向に踏ん張った。


 タイミングは完璧だった。重心は回転させられそうになった方向と逆の方向にきっちり合わせて踏ん張っている。だがそれでも、一瞬踏みとどまるのが精一杯だった。


 一瞬の停滞ののち、回転させられてしまう海生。また点を取られてしまう。

 試合前の自分の考えが恥ずかしかった。何が良い勝負が出来るかもしれないだ。自惚れていた。自分はこのまま負けてしまうのだろう。仕方がないように感じた。相手は先輩で自分はまだレスリングを始めて一か月しかたっていない初心者だ。


 そしてある考えがふと頭をよぎった。『また諦めるのか?』

 その考えがよぎった瞬間、回転させられている途中で必死にもがき彰のクラッチを外していた。


 瞬時に立ち上がる海生。彰もそこから体制を立て直す。


「試合中に負けても仕方ないとか思ってんじゃねぇよ」


 海生は少し距離をとった状態で小声で独り言を漏らした。小・中学生の頃、バレーボールを長年続けてはいたが、真剣に取り組んでいなかったせいで後から入った部員にどんどん追い抜かれていった。


 自分はバレーボールが好きではないから。真剣にやっていないから。そんな言い訳を並べていた。ふつふつと湧き上がる悔しさに気づかないふりをして。


 長年言い訳を続けていた癖がまだ抜けきっていない。そんな自分に苛立ちを覚え、語調が荒くなる。


「負けたくないって気持ちだけで今は十分だろ」


 海生の目に闘志が宿る。その目を見た彰が「いいね」と一言だけ呟き、笑った。

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