第12話
いよいよ団体戦が始まる。
初戦は50kg級の匠。匠は背が低い割にかなり筋肉質で、減量の際は苦労したようだ。脂肪よりも筋肉の方が基本的には重いので、体脂肪率を限界まで減らすしかなかったのだ。
「ふう……大会まで地獄だったよ。でも……ここで負けたら意味がないからな」
飢餓状態で目が獲物を狙う肉食獣のようになっている匠。対する相手の生徒は二年生だろうか? 匠に比べると一回り小さい体にそれと反比例するように手足が長めに感じられて、ひょろっとした感じだ。
「そんな怖い目でこっち見るな。やーただでさえ苦手な相手だばぁよ」
※(お前ただでさえ苦手な相手なんだよ)
方言が少し出ている話し方だった。
ちなみに沖縄でも地方によって訛りが激しかったり少なかったりする。
海生たちの地域は訛りが少ない方だ。
言葉を交わす二人は顔見知りらしい。競技人口が少なく、一年以上レスリングをしているのであれば何度も大会で当たる事があるのだろう。
審判がマットの中心で合図をし、二人共手をあげ、白いハンカチをユニフォームの襟の方から中に入れる。
「優香先輩アレは何の意味があるんですか?」
ハンカチを入れる行為の意味が分からず優香に尋ねる海生。すると優香は少し戸惑ったように答える。
「え、えっとね……なんというかその……」
もじもじしながらはっきりしない様子の優香。優香にしては珍しい反応に首をかしげる海生。
「男の子の股間が大きくてもっこりしたりするじゃん? アレを見立たないようにするために股間に持ってくるためのハンカチ……かな?」
「えっと……優香それは違うよ?」
隣で聞いていた上地が言葉を挟んだ。
「アレはもともとケガした時に、すぐにハンカチで抑えるために入れるようになったものなんだ。
今は流血してもハンカチで手当てすることは無いんだけど、その名残だね」
「え! そうなんですか!?」
間違いを指摘されて顔を真赤にする優香。普段少し変態的な様子を見ている海生は、こういう場面では普通に恥ずかしがるんだなという感想を抱いた。
「ごめん優香。知ってたけど面白かったからあえて言わなかった」
「みーゆーーーーーっ!!」
優香と美優が掛け合いをするうちに、試合の開始を告げるベルがなった。
試合開始の合図でお互いに一度両手を合わせる二人。
手を合わせると同時に匠は前に出る。最初に出された相手の手首を掴み、自分に引き寄せようとする。対する相手は、もう片方の手で懐に入ろうとする匠の肩を受け止めそれを阻止する。
匠はそこで止まろうとせず、力任せに強引にタックルに入った。
腕を力まかせにどかし、相手の両足を腕で抱え込む。相手は身を引いてなんとかソレを回避しようとするが匠がソレを許さない。
倒れこむ相手に猛攻をかける。タックルに入った体勢からバックに回り込み、相手の背中に手をつき後ろをとる。そこから腹に手を回し、クラッチを組んで横に回転させようとする。
相手も必死の抵抗を見せ、グラウンドでの攻防が続く。
その攻防で時間がたち、二分を迎える直前に動きがあった。なかなかそこから試合が進まなかった所に、力任せに匠が強引にローリングに持ち込んだのだ。
合計3ポイントを稼ぎ1ラウンド目は匠の勝利で終わった。
「ふぅ……1ラウンド目は何とか勝てたな」
「匠、何でも力まかせに行くのではなく、技や駆け引きで相手を畳み込むんだ」
30秒のインターバルの間に上地が匠にアドバイスをする。
レスリングの試合は1ラウンド2分、コレを2セット先取することで勝利となる。匠は1セット取っているので次のラウンドを勝てば勝利だ。逆に次を取られると、3ラウンド目に移行してしまう。ここは2ラウンド目も取ってストレートで勝ちたいところだ。
「わかりました先生。護には腕力で勝ってるんで、押しても引いてもダメな時は、力でなんとかします」
「匠、それはわかってないと言うんだ」
そして2ラウンド目が始まる。
相手はここで流れを変えようとばかりに果敢に攻めこんできた。
ラウンドが始まると同時に組み合おうと前に出てくる城間高校の二年生。名前は
組み合おうとし、少し長めの腕を伸ばしてくる護。1ラウンド目と同じように、そこからタックルに入ろうとした。
「ワンパターンだばぁよ匠」
しかし今度は懐に入ることは出来なかった。
タックルに入ろうとする匠の肩を両手で受け止め、自身もバックステップする。
1ラウンド目と同じ鉄は踏まない。要は力で強引に体をねじ込もうとしてくるわけだから、手で押さえるだけでなく自分自身の体も後ろに引けば良いわけだ。
1ラウンド目はあそこまで強引に押してくるとは思っていなかったため不意を突かれたが、解ってしまえば対策は容易い。
タックルに入ろうとした姿勢のまま安定しない体勢で押さえ込まれた匠は、さすがに体に力が入れられず締め上げられている。
「そのままポイントを貰おうかや」
締め上げた状態のまま全体重をかけて落とされた。
たまらず膝をつく匠。だが攻撃はここからだ。
そのまま体を右にひねり回転させて2ポイント先取。
バックに付き1ポイント、更にそこから矢継ぎ早にローリングを決めて2ポイント。あっという間に5ポイントを取った。
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「まずいよ。このままだとテクニカルフォールになっちゃう」
控えのベンチに座っていた優香が呟く。
1ラウンドは優勢だったはずの匠。何故か1ラウンド目から様子がおかしい。一ヶ月と少ししか一緒に練習をしていないが、もっと色んな技を使って戦うタイプだという印象を海生は持っていた。
この試合、
ちなみにテクニカルフォールではポイント勝ち、10ポイントの差がついた時点で試合が終了してしまう。
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グラウンドで体の状態を90度にそらして3ポイント。
これで合計8ポイント。あと2ポイント取られてしまえばテクニカルフォールが決まってしまう。
ここで勝負を終わらせるとばかりに護は、
最期のローリングをしようと体を回転させた。その時、匠が雄叫びをあげた。
「おぉおおおおおおおおおおおお」
ちょうど回転が上に来たところで腹のあたりで組まれていたクラッチを強引に外し、上から覆い被さる形で護の上半身を機転に回り込み押さえ込みにかかった。
右手は首の後ろ、左手は脇の下に回し相手を上四方固めで押さえ込む。
ガッチリと固められた護は逃げ出すことが出来ず、フォール。
ポイント差をど返しした匠のフォール勝ちでこの試合は幕を閉じた。
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