第9話

「お前ら尋常じゃないくらい気持ち悪かったぜ?」


次の日での学校で鏡也に会った際にそう言われた。どうやら昨日のグランドの練習を通りがかった際に見ていたらしい。

「お前らホント尋常じゃないくらい気持ち悪かったぜ?」


「わかったから二回も言うな。俺らだって嫌だよ……先輩の好きな曲流すのが基本で逆らえないんだよ」


「お前ら男同士で寝技しながらラブソングとかホント気持ち悪かったぜ?」


「わかってるって言ってるだろこの野郎っ!」


いつもの調子で取っ組み合いを始める海生と鏡也。昨日の練習を見ていた者がクラスにも何人かいるらしく、その事情を知っている者たちが苦笑いや薄ら笑いを浮かべてこちらを見ていた。


「あぁ……あの曲のせいで大会近いのにグラウンドの練習に集中できなかったよ」


「へぇ大会近いんだ? いつだ見にいってやるよ?」


珍しいことに鏡也も見に来たいらしい。鏡也が部活の試合を見に来るなど今までなかった。


「珍しいな人の試合観に来るなんて。お前そういうの興味ないと思ってた」


「いや何かお前見てたら実際試合見てみたくなっちゃってさ。乳首出てる服着るんだろ?」


そういえばあの誤解を鏡也の前で解いていなかった。実際に言ったのは自分であるだけに何もいうことは出来ない。


「いやあの服は昔だけだったらしいんだ。冷やかしなら来るなよ?」


「そなんか。でもただ純粋な興味で見に行くだけだよ。友達も連れていくからさ」


「お前俺意外に友達いたんだな」


再び取っ組み合いを始める鏡也と海生。だがその取っ組み合いももはや慣れたもので、海生は覚えたレスリングの技を使って鏡也を簡単に組み伏せる。


「てめっ汚ねぇぞレスリングの技を使うなんて!」


「ふっレスリングをバカにしたお前が悪いんだ鏡也。取っ組み合いの喧嘩ならレスリングの右に出るものなんていないっ」


そこに次の授業の教室に向かうのであろう上地が運悪く通りがかった。


「海生素人相手に何してるの?」


素早く教室に入ってきた上地。はたから見たらヤクザが教室に乗り込んで来たように見える。


鏡也に技をかけていた海生は慌てて迎撃体制に入ろうとするが、あっけなく上地に捕まり技をかけられてしまう。動きが素早く技も完成形に近いであろう上地に手も足も出ない。


「レスリングが上達してるのは良いことだけど、素人相手に調子乗ったらいけないなぁ」


技をかけながらいう上地に反論する海生。


「素人に毛が生えた程度の俺に本気で技をかけるのはどうなんです先生!」


「海生、男は毛が生えたらもう立派な大人なんだよ」


「そういう話じゃないと思います先生」


技をかけられ続けた海生はそのままガクッと力なく落ちた。

それを見ていた鏡也は満足気に、ねぇ今どんな気持ち? と海生を覗き込みながら声をかけていた。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「スパーリング終わりっダウンして集合!」


龍生が掛け声をかけ、その日の練習が終わりを迎える。ダウンと呼ばれる最後のランニングと整理体操を終えて、海生はいつもの練習が終った後の自主練に励もうとするが、上地から集合の声がかかった。


「あー今日は明日の説明をするから、ちょっと集まってね」


明日の説明とは大会についての説明だろう。


「まずは団体戦のメンバーから発表する」



道場の壁に一枚の紙が貼りだされた。団体戦のメンバーが書いてある紙だ。


50kg級  仲村渠 匠

55kg級  山本 幸隆

60kg級  大城 龍生

66kg級  上島 彰

74kg級  宮城 安則

84kg級  中村 康太

120kg級  与那覇 佳祐



二、三年生の中に混じって幸隆の名前も入っている。一年生で団体戦のメンバーに入ることが出来るとはさすがだ。

団体戦に96㎏級はなく、佳祐が120㎏級で出場することになる。団体戦では96kg級から120kg級に出ていい決まりになっている。


「後は個人戦は皆で出てもらうから、軽量のための最後の調整を忘れないように」


レスリングは階級によって分かれているため、体重の調整を行わなければならない。50kg級なら50kgより体重が上だと出場出来なくなり、55kg級なら50kgから55kgの間の体重でないと出場出来なくなってしまう、という区分けだ。


もともとの体重がその中に収まっていれば良いのだが、そうでない部員は減量のために殺気だっていた。

減量中の部員の前で不用意に食べ物を食べてしまおうものなら、たちまち技をかけられ落とされてしまう。


紀之などはその餌食になり、先輩たちに技をかけられてしまっていた。何故か康則に裏に連れて行かれ戻ってきた時には、

「もうお婿に行けない」

と嘆いていた。

何をされたのか、どんな技をかけられたのかは分からない。分かりたくもなかった。


海生は66kg級なのに対して63kgだったため、特に問題なく大会を迎えられる状態だ。


「来たね大会」

「来ましたよ大会」


美優と優香の二人がニヤニヤと笑みを浮かべている。何か良いことでもあるのだろうか?

不思議そうに二人を見る海生に気づき、二人は答える。


「まぁ隠していたワケじゃないんだけど」

「私達は筋肉フェチなのさっ」


「筋肉フェチ……ですか」


筋肉のある体は男でも憧れであるため、わからなくもない。男と女ではまた見るところや感じ方が違うだろうが。


「私は細マッチョ。龍生先輩とか幸隆みたいな」

「私はゴリマッチョ! 佳祐先輩とか康太先輩みたいな!」


とそれぞれに好きなタイプを語る二人。キラキラと目が輝いているように見える。


「大会で着るユニフォームは体のラインがくっきり見えるから好きなんだ」

「そうそう! だから大会が楽しみでさ!」


なるほどレスリング部のマネージャーになったのはソレも理由の一つなのかもしれない。


「男の体を見るのが好きなんですね」


「何その言い方」

「間違ってはいないけど何かその言い方やだ!」


いつもからかわれ気味のマネージャー二人。逆にからかいつつ今日の練習は終わった。

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