第8話
入部から一ヶ月が過ぎた五月。五月には一年生が初めて参加する大会が待っている。その大会に向けて海生達の練習は、実践に近いものになっていた。
「休憩の後は技練習! その後グラウンド!」
龍生が声をかけ、部員が休憩に入る。
技練習の相手は同じ階級の彰にお願いしていた。
「海生さ、ずっと投げ技練習してるよな!」
休憩で水を飲みながら、彰が話しかけてくる。
「そうですね。なんとなくこの技気に入っちゃって」
入部した初日に幸隆が練習しているのを見て以来、何故かこの技がお気にいりなのだ。
「じゃあさ、より確実にフォールを狙える首投げを使ってみたら?」
「首投げ……」
フォールとはレスリングの勝ち方の一つだ。ボクシングのKOと一緒で、どんなにポイントで離されていようが、これを決めてしまえば勝利が確定する。
相手の両肩を地面につけてしまえばフォールということになる。
「首投げはさ、その名の通り右腕を相手の首に回したまま投げるから、そのまま
袈裟固めはもともと柔道の固め技で、相手の首と腕を決めた状態で両肩を地面に着けさせる。
首投げ自体は一本背負いと腕の位置以外はあまり変わらないので、すぐに実践出来る。変わる一本背負いをずっと練習していた海生には相性の良い技だ。
「それは良いね。フォールに持ち込める首投げは土壇場で力を発揮できる技だから、覚えておいて損はないね」
近くに来ていた上地が声をかけてきていた。
「ただ狙いすぎは禁物だからね? 投げの姿勢を崩されてしまえば、バックを取られてポイントを稼がれてしまう結果に繋がる。ここぞという所で使えるように、いつでも使えるようにしておくのが吉かな」
彰と海生はふむふむと頷きながら上地のアドバイスを聞く。大会が近づいてきたなかで、海生は初めて味わうであろう経験に、期待と不安を募らせる。
休憩が終わり技の練習に入ると、首投げの練習を彰がさせてくれた。自分の練習より後輩の練習を優先してくれる、面倒見の良い先輩がそこにはいた。海生が練習熱心だと言うことも理由の一つではあるようだが。
しばらく技練習をした後、グラウンドの練習になった。
グラウンドとは寝技のことで、タックルに入られたり、何かしらで寝技の状態に持ち込まれた状態のこという。
グラウンドの練習は怪我をしないために、練習に入る前に二人一組になってからのストレッチから入る。海生は彰とペアになっていたが、隣で二年生の康太と
康則は二年生の74㎏級で、髪型は坊主。何故かオネェ言葉を使うので、海生はあまり近づかないようにしている。
「あんっダメよ康太そこはっもっと優しくしてよっ」
「ケガしないためのストレッチなんだから、多少痛いの当たり前だろ? いい加減慣れろ」
ふと海生はレスリング部を見学に来た日に上地が言っていた事を思い出した。
さすがにホモはあんまりいないかなぁ……
あんまり? 全然とか全くとかではなく?
少しはいるってこと?
康則がそうであるとは限らないが、やはり康則にはあまり近づかないようにしようと決意した海生だった。
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グラウンドは、どういう行動とればどのくらいポイントが入るかというものが決まっている。
例えばバックを取られた時点で1ポイント、腹部に手を回し締め上げ、回転もといローリングをすると2ポイント、というように。
ここでポイントを稼げれば、10ポイント以上差がついた時点でテクニカルフォールというポイント勝ちが確定する。
コレを意識して練習することでポイントを取るための練習が出来るのだ。
「ようしじゃあグラウンドの練習を始める前に、テンションアップをするために曲を変えるぞ!」
佳祐が張り切って、おそらく自分が持ってきたのであろうディスクを取り出し音楽プレーヤーの中に入れる。
「俺の好きな曲なんだよこれが」
基本的に練習中に流れる曲のチョイスは、三年生の先輩たちの意向によることが多い。最上級生なのだから当たり前といえば当たり前だが。
そのため、どんな曲だろうと変えることはほぼ許されない。その曲が終わる、もしくは先輩の気が済むまでその曲を聞き続けるほかないのだ。たまに上地先生の趣味の曲も入るが。
流される曲、部員達に流れる戦慄。流れた曲はなんと、一昔前のラブソングだった……
何故こんな古い曲で、しかもこんなラブソング……
「まじかよ」
寝技の練習をしている時にこれである。道場はその立地上、下校中の在校生に練習を見られることになるのだが、明らかに通り掛かる学生の反応がおかしい。
こちらの方を指さし笑っているもの。なんとも言えない表情でこちらを見ている者。
明らかな嫌悪の表情で練習を横目で見ていく者。
それはそうだろう男同士で寝技で絡みあっている男子高校生というだけであまり良い絵面ではない。
ましてや流れているのはこの歌詞だ。
『愛しあう~ふ~た~り~ し~あわせ~の~そら~』
周りの目線と曲の歌詞が気になって全然練習に集中出来ない。周りからの目が痛い。なんというチョイスをしてくれたのだろう。
佳祐の方に目をやるが、佳祐は満足そうに練習に入っている。こちらの意見を聞いてくれそうにはない。
「もう嫌だ。早くこの曲終ってくれ」
『もーいっかいっ』
結局グラウンドの練習が終わるまでこの曲はループ再生され続けた。
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