第7話


 練習から帰って来てお風呂に入り終わると、姉の比嘉海里ひが かいりが話しかけてきた。


「海生あんた生理用品買ってきてよ」


「何でだよ自分で行くか母さんに頼めよ」


よりによって思春期の男子高校生の海生に頼んでくる姉に若干の苛立ちを覚える。

ちなみに姉は大学一年生の19歳だ。


「思春期の男の子にやらせるから良いんじゃん! 最高じゃん!」


確信犯だったらしい。


「何が最高だよ最低じゃん。こんなこと弟にさせてるの知られたら彼氏に嫌われるぞー」


姉は大学生になってすぐに彼氏が出来たらしい。同じ新入生で新歓コンパで知り合ったのだとか。


「ところがどっこい私にぞっこんな彼はちょっとやそっとじゃ私のことを嫌いにならないんだなーこれがっ」


「ふーんそっか」


ノロケなど聞く気はない。素っ気なく返して自分の部屋に行こうとする海生。そしてその手を掴み阻む姉。


「つれないなー海生。お姉ちゃん悲しいぜ。レスリングはじめてから部活ばっかりでお姉ちゃんとあまり絡んでないだろう」


「うんそうだけど……元々そんなに絡んでないし絡む必要ある?」


「マジでかお前。えっマジでかお前。ちょっとくらい話をしようよ。小学生の頃なんてめっちゃ可愛かったのに」


何かと絡みを要求する姉にめんどくさくなってきた海生だった。だがこうなった姉を拒否すると、今までの経験で延々とこの流れを繰り返すのが目に見えていたので、しぶしぶ話をすることにする。


まずは私の部屋に行こうという姉に連れられてきた二階の部屋。部屋自体は過度な装飾もなく普通の女性の部屋という感じだ。

本棚の漫画のラインナップ以外は。


「で、何を話したいの?」 


「最近あんた目に見えて生き生きしてるように見えてさー何か良いことがあった?」


そんな風に見えていたとは知らなかった。ただ、思い当たる節はある。やはりレスリングだ。おそらくもう既に、海生はレスリングが好きになっていた。


「部活が楽しいかな」

顔を綻ばせて言う海生に、一瞬の間があった後、海里は残念そうに言葉を返す。



「なんだー彼女でも出来たと思ったのにーどうせ童貞なんだろー?」


「良いだろ別に。高一で童貞なんて普通だし。それに今は部活頑張りたいんだ」


話題が恋話に発展せず残念そうな姉に鬱陶しさを感じる。正直もう既に切り上げて自分の部屋に帰りたかった。


「好きな子とかいないのー? 後輩とか先輩とか」


「レスリング部のマネージャーの先輩二人は可愛いけど好きとかじゃないかな。同級生とかも特に気になる子もいない。後輩はいないし」


出来るだけ早く話を終わらせたい海生は、海里の質問に淡々と答えていく。姉を満足させればこの会話は終わるはずだ。


「ふーむ……女の子から何かアプローチされたりとかはないの?」


「クラスの女子何人かからアドレス聞かれたくらいで、ソレ以降なにもないよ」


ふむふむと相槌をうつ海里。そろそろ良いのではないかと海生が会話を打ちきりにかかる。


「ちょっと学校の勉強するからそろそろ良い?」


「なんだお前そんな真面目だったか? っていうか試験前以外に勉強するとか正気か!?」


大学生が言ってはいけない言葉な気がするが聞き流し、


「好きなことやり続けるためには、好きじゃないこともやっとかないといけないんだよ」


と返した。信じられないものを見るような目で見る海里。

部屋から出ていく海生に聞こえないような声で。


「あんたをずっと見てる女の子だっているんだけどなー」


と呟いた。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 山本幸隆は一年生とは一緒に練習をしないつもりでいた。他の者より二ヶ月早く入部した分、その差を埋められるような者が現れるとは思えなかったから。


どうせ周りは技術も気持ちも自分に着いてこれなくなると思っていた。バスケットボールをしていた時にそれを思い知った。


そんなことを考えながら迎えた入学式から数週間たった。


予想に反して、もしかすると着いてこれる奴かもしれないと思った一年生がいた。


練習初日から、時間外まで練習をし続けようとした海生。


しばらく練習を見ていたが、練習に打ち込む姿勢が他の者と違う。


今はまだ実力がついていなくても、いずれ必ず追い付いてくる。そんな予感がした。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

学校が終わり、部活に行くため体育館の横を通りすぎようとした際、海生を見つけた。なにやら他の学生に絡まれているように見える。


「お前レスリング部に入ったんだって? まぁレギュラー入れなかったしなあんなに長くやってて」


「バレーボールはもう続けられないよなぁ。お前はさぁ」


少し様子を見ていると、どうやらバレーボール部の部員らしい。二人の学生が海生と話している。


「うんそうだね。だからレスリング部で頑張ることにしたよ」


そういう海生に、なおも続けようとするバレーボール部員に、幸隆が止めに入った。


「少なくてもお前らより実績とか作れると思うぜ海生は」

いきなり出てきた幸隆に、バレーボール部員と海生は驚く。


「幸隆……」

何も言えずにいる海生に、バレーボール部員が返答を返す。


「これでもうちのバレーボール部強いんだぜ? 実績で勝つなんて言っていいのかよ」


確かに通天高校のバレーボール部は強いと聞く。だが幸隆はそれでも引き下がらない。


「あんた一年生みたいだけどスタメン入ってんの?」


うぐっという声が小さく漏れる。どうやら入ってはいないようだ。


「まぁ入ってたとしても海生の方が実績残せると思うけど、試してみるか?」


強気の姿勢を崩さない幸隆に、バレーボール部員の一年生二人はたじろぐ。

「幸隆もういいよ」


バツが悪くなったらしいバレーボール部員二人は、海生の言葉と共にその場から退散していった。


「言っておくけど海生。俺は本気でそう思ってるからな」


「ありがとう頑張るよ」

照れ臭そうに笑いながら答える海生に、幸隆も笑いながら返す。


「良いねお二人さん」

「いやぁー良いもん見せて貰ったわーへっへっへ」


飲み水を入れるキーパーに氷を入れるため、体育館にある製氷機のところまで来ていた美優と優香の二人。影に隠れて一部始終を見ていたらしい。


「特に幸隆は偉いぞ」

頭を撫でようとする美優の手を幸隆はガードし、


「なんでもかんでも頭を撫でようとするのやめてください」

と言い、ぷいっと横を向いた。


むぅ……と不服そうな美優を横目に、


「ツンデレかい? ツンデレなのかい? それはそれで萌えるから良いよ!」


と優香がニヤニヤしながら幸隆を覗き混んでいた。


海生は笑いながら、練習をこれまで以上に頑張る決意を固めていた。

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