第6話


「はい! 今日は楽しい厳しい走り込みと野外練習だよー」


入部から六日目、練習が始まる前に主将の龍生が手を叩きながら告げた。部員達は嬉しがる者や残念がるものと反応は様々だ。


「58号線沿いをランニングしたあと、ビーチの砂浜で足腰を鍛える練習。これ勝負して負けた奴は罰ゲームあるから覚悟しとけよー」


入部して一週間ほどたった今日の天気は快晴で、沖縄は四月の中旬であっても既にかなり暑い。ランニングコースは国道58号線と呼ばれる道路沿いのビーチまでの道だ。


「へぇー砂浜でも練習したりするんだ!」

少し興奮気味で話すのは、先週一緒に入部した紀之だ。


海生は感嘆と落胆が入り雑じるこの練習に少しだけ不安を覚えいた。


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「この時期でもかなり暑いな……」


走りながらランニング自体はそんなにペースは早くないものの、暑さのせいでかなりの体力を奪われる。


ただ、一往復した後すぐにビーチの砂浜に直行することになったので、ランニングは思ったより早く終わりを告げた。


砂浜に着くと、その一角でビーチバレーボールが行われていた。

その中に見知った顔がチラホラ見える。


「中学の時バレーボール部にいた奴らだ……」


「あぁ通天高校のバレー部だな。」

「この時期はビーチバレーの練習もするんだぜ。結構強いらしい」


海生の呟きに反応してくれたのは、二年生の康太こうたあきらだ。


その光景を見て少し胸が痛む。もしバレーボールを続ける選択をしていたなら、あそこに自分も立っていたのかもしれない。


「海生はバレーボールやってたんだったな」

先に声をかけてきたのは康太。髪型は短髪で癖っ毛、天然パーマがかかっている。身長は高くもなく低くもなく、体型はがっちりしていて筋肉のかたまりといった感じだ。


「はい……」


「何か思うところがある感じか? まぁ気にしすぎるなよ!」


明るく声をかけてきたのは彰。

背は海生よりも少し高いくらいで、ひょろっとしていて、手足が長い。髪は少し長めで、前髪が目をギリギリ隠さないくらいだ。


彰とは階級が同じで、何度か一緒に練習している。

ちなみにレスリングの体重別の階級は、下は50㎏級からはじまり、55、60、66、74、84、96、120まであり、海生の階級は66㎏級だ。


「じゃあ今日の練習のルールを説明するぞー」


龍生が声をかけ、部員全員が一斉に龍生に向き直る。

「今日の練習は負け残り戦! 手をついちゃだめよ? 相撲大会だ」


二、三年生が歓声をあげた。



 浜辺の練習のルールは簡単。ちょうどいい大きさの円を砂浜で描き、一対一で戦いそこから出されるか、手を着くかすれば負け。


制限時間は無しで、負け残り戦。負ければ勝つまで戦わないといけなくなり、正直一年生は不利だ。


最後に残った一人が罰ゲームを受けることになる。罰ゲームの内容は敗者が明らかになった後で発表される。


ただ、何故か人一人分入れそうな穴が先輩方の手によって既に掘られていた。


「これは一年生が一番不利だな……罰ゲーム受けるの俺か紀之になりそう」


「は、入った時期は一緒なんだから負けないぜ」


去勢を張る紀之に絶対負けないと誓う。

あんな何をされるかわからない罰ゲーム受けてたまるかという気持ちだった。


最初の一組が発表されるなか、どうすれば勝てるか考えを巡らせる。

何も試合ではなく、ただ円から出すか手を着かせれば良いだけだ。

勝つ算段はいくらでも出せる。


そうすると一つ思いついたことがあった。

試してみてもいいかもしれない。


最初の一組目は幸隆と佳祐。小柄な幸隆と背の高い佳祐の大差が凄い。


「俺は罰ゲーム受けたくないんでな幸隆。悪く思うな?」


「俺だってそうです。一年生だからってあまり油断しないでくださいね?」


三年生相手でも一歩も引かない幸隆。それでも勝てる見込みは薄そうに見えるのだが……


審判を務める龍生のはじめの合図と共に幸隆が飛び出す。

最初に足を取ろうと飛びかかるが、佳祐は読んでいたように後ろ足を引き回避した。


と思いきや、足をとりにいっはずの幸隆は体勢を建て直し、佳祐の肩と首をつかみかかりに行っていた。見事なフェイントだ。

後ろに足を引いて不安定な体勢になっている状態の佳祐を、前に倒してしまおうというものだ。


これで佳祐が手を着いてしまえば幸隆の勝ちだ。


と掴みかかった幸隆。掴み返され投げ飛ばされてしまい、円の外に出てしまった。


「階級差と腕力の差。実力の差もだな」

圧倒的な力を誇示する三年生は、そんなに簡単にはやられはしなかった。


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相撲ゲームは進み、ある程度予想していた展開になってきていた。

紀之は順調に負け続け、海生も一度負けてしまった。


「くぅっやはり先輩の方が上手うわてだったか……」

「ごめん上手だったかとかそゆ問題じゃなく、海生がバカなだけだと思うよ?」


答えたのは最初の対戦であたったたくみだ。海生が使った手はなんと猫だまし。しかも猫だましを使った後は無策だったらしく、その後普通に負けた。


「いやぁ…あゆ事する人はさすがに今まで見てきた中ではいなかったなぁ」

匠は50㎏級の二年生で、細身で身長の低めの見た目小学生だ。だがしかし、体はきちんと鍛えられておりレスリングの技も多彩だ。


あまり良くない意味で感心されている海生、等の本人は良い案だと思ったんだけどなぁと悔しそうな顔をしている。


ちなみに幸隆はあの後、二年生の彰と当たり、片足を狙うタックルを使い手を着かせて勝っていた。ゲームとはいえ先輩に勝った事は驚きだ。


そして最後の戦いが近づいてきた。海生と紀之との対戦だ。



「負けねぇぜ海生」

「俺だって負けたくないから全力でやらせてもらうよ」


本気で勝ちに行くことを狙う紀之と海生の二人。ここに来てからはもう小細工はなしだ。


純粋な技のやり取りで勝負する。組み合いに崩し合いだ。


龍生のはじめの合図で組み合う二人。体勢の崩し合い、それは首と腕を互いに掛け合っている状態での、駆け引きを意味する。


この駆引きは前や後ろに倒そうとすることで生まれる力に、一瞬逆の力を入れることによって相手の体勢を崩すというものだ。


例えば前に倒そうとする際に自分の体側に相手を引こうとすると、相手は逆の方向に踏ん張ろうとする。この力を利用するのだ。


前に倒したければ一瞬後ろに、後ろに倒したければ一瞬前に力をかけることで、踏ん張る力を利用して一気に倒しきる。


「遅すぎても早すぎても駆け引きにまけるからな。そこんとこ一緒に練習したよな紀之」


「どっちが駆け引きに勝つか勝負だっ」


そう言いながら紀之はシャカシャカとせわしなく自分の体をゆすり始めた。何をしたいのかわからないが、正直見た感じは気持ち悪い。


構わずこちらから組み合いに行くと、相手も組み合いに応じた。


組み合ったと同時にフェイントを入れ前に引くと、紀之はあっさり砂浜に手をついた。


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「この状況で何されるか解らないって何か凄く怖い」


前もって掘られていた穴に埋められ顔だけ出されている紀之。今この場で罰ゲームが行われるらしいが、何が始まるのだろう。


「マネージャーの二人お願いしまーす」

龍生先輩が声をあげると美優と優香が影から出てきた。


「今回は何になるかな」

罰ゲームを一緒に見守っている康太が一言漏らした。


「毎回罰ゲームって違うんですか?」

海生の問いかけに、その隣にいた一際体の大きい120㎏級の三年生、武光たけみつが答えた。


「去年から罰ゲームはマネージャーに任せてあるんだけど、当たり外れがあるんだよ。

外れはまぁ……あの状態からさらに砂を大量に頭からかけられて窒息の恐怖を味会わされるものだったり、海水をバケツに汲んできて前からバケツの中の海水なくなるまでかけられたり、ビンタされたり。

あっビンタはされた奴がありがとうございますって言ってたから当たり……なのかな?

頭皮マッサージされた奴もいたな」


武光は何故か何かをこらえるようにワナワナと震えながら話している。


「えぇ……」


何だか妙なラインナップで他にもツッコミたい所は沢山あったが、紀之が今日どんな罰ゲームされるのかと気になった。


紀之の頭に忍び寄るマネージャーの二人。左右の両サイドから挟むように立っている。

「おっ……お手柔らかに」


怯える紀之に美優と優香は近づき頬杖をついて寝転び、二人で紀之の耳に息を吹きかけ始めた。


「うあぁっ」


短く声をあげる紀之に二人は攻めを緩める気配はない。


「先輩やめっ……て」

顔を赤くし、びくびくと体を震わせる紀之は涙目で懇願するが、


「だそうですが優香さんどうします?」

「やめたくありませんなーどうしましょうかー美優さん」


二人は目で合図をし、小悪魔的な笑みを浮かべる。そして次の瞬間紀之の耳に同時に噛みついた。


「あぁああーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

紀之の声が響く。


その光景を見ていた海生は呟いた。


「これ今日のヤツ当たりだ」

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