第4話
山本幸隆は中学生になってバスケットボールを始めた。上手くなるのが楽しくて、勝てるようになるのが嬉しくて、どんどん練習にのめり込んだ。
放課後も昼休みも、朝早く起きて練習するのも苦じゃなかった。
中学一年生の二学期に入った辺りから二年生を差し置いてレギュラーメンバー入りを果たした。
そこからは更に練習に打ち込み、どんどん上達していった。雲行きが怪しくなってきたのは中学二年生の後半になったあたりからだった。
もともと先輩を差し置いてレギュラーになったのだから、嫉妬ややっかみを受けるのはわかっていた。
それは当然の結果で、悔しいと思う気持ちも十分理解できる。だから不快だと思うことも、煩わしいと思うこともなかった。
多少の嫌がらせを受けたってバスケットボールを好きな気持ちに変わりはなく、寧ろこれくらい受けて当然だと感じていた。
一人で練習をし続け、三年生が引退した後に顧問の監督に主将に任命された。
顧問はあまり部活動に熱心なタイプではなく、生徒の自主性を重んじるという建前で、主将である幸隆に主導権を握らせてしまった。張り切った幸隆はさらに練習量を増やした。
自分の分の練習量だけではなく、チーム全体の練習量を。
幸隆は気づいていなかった。周りが着いてこれなくなっていることに。
「皆頑張れ。これで強くなれば地区予選突破だけじゃなく、県大会優勝も夢じゃなくなるはずだ」
最初は着いてきていたチームメイト達は少しずつ不満を募らせていく。ある者は部活に来なくなり、ある者は幸隆にパスを回さなくなるなどの嫌がらせを行う。
それでもやり方を変えなかったのは、ある意味幸隆が精神的に強かったというのもあるだろう。
やる気のある奴は着いてきてくれる。きっと解ってくれる奴はいる。
そして三年生になった時、ついに部員全員から拒絶された。
高校でレスリング部に入部したのは、龍生からの誘いもあるが、一人で戦うことが出来るから。どこまで一人で強くなり続けても、周りを気にしなくても良いから。
「誰も俺に着いてこれないのなら、着いてこなくて良い。俺は俺が強くなり続けることだけを考えて、周囲の奴らなんて置いていってやる」
どこまでも強くなり続けることに貪欲な、止まることが出来ない少年がそこにはいた。
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「で、どうするのレスリング部?」
練習を見学した翌日、同じクラスになっていた境也に教室で昨日の顛末を聞かせる。
ちなみに境也はヤクザに君もどう? と聞かれて、
「僕は良いです」と笑顔を浮かべてヤクザの追求を逃れた。
連れていかれる海生を見殺しにして。
「そんなことより、お前よくも俺を見殺しにしてくれたな絶対に許さん」
「お前だったらあの場面で立場が逆だったら助けてくれたっていうのか!?」
「助けるわけないだろ馬鹿じゃないの?」
ふざけるなだのなんだのうるさいだのと取っ組み合いのやり取りをしつつも、レスリング部への入部を考えて海生は迷っていた。
もしかすると中学生の時に得ることが出来なかったものを、高校生活で、レスリングで得ることが出来るかもしれない。
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昨日聞いたスポーツアニメの曲をを口ずさみながら歩く海生。
少しだけ、もう少しだけ見てみよう。もう一歩踏み出す事が出来ずにいる自分。その足は道場に向く。
学校が終わった直後に直行したためかなり早めに道場に着くはずだ。今日はヤクザが靴を持ってきてくれることになっているため、それを履いて実際に練習に参加することも出来る。
幸い練習着になるような服は持っている。
道場に着くと、既に一人で練習をしている者がいた。
昨日の時点で唯一既に入部していた、山本幸隆が練習していた。
「こんちわ」
海生が声をかけると、こちらに気づいていなかった幸隆は少し驚いたような素振りでこちらを振り向いた。
「あんたは確か……昨日見学しに来ていた……」
「比嘉海生っていうんだ。凄いね同じ一年生なんだって? 龍生先輩との練習見てたよ」
昨日見た練習の感想を素直に述べる。
「そう……なのかな? 俺はただ全力でやるだけだから……」
軽く息を弾ませながら答える幸隆に、海生は自分の全力で取り組んで来なかった日々を思いだし、唇を噛み締める。
「そっか……ちなみにそれは何の練習をしてるの?」
「これは一本背負いの練習だよ」
木製の壁に柔道着の帯が打ちつけられており、その帯を左手に持ったまま右手を帯の下に回す。そこから体を半回転させる、という作業を幸隆は繰り返していた。レスリングには投げ技もあったことを初めて知った。
「海生は入部したのか?」
「いや入部はまだなんだ」
「そうか。早いとこ入部しろよな? レスリングって実際にやってみると以外に面白いぜ? 」
「あぁ……うん……」
未だに迷っていることを告げられず煮え切らない答え方になる。
その答え方に幸隆は怪訝そうな顔をし、疑問を口にする。
「何か悩んでるなら話ぐらい聞くぜ? まぁあんまり力にはなれないかもしれないけどな」
「いや大したことではないんだ。俺ちょっとトイレに行ってくるよ!」
そう言って足早に道場から出ていく海生に、
「トイレの場所道場の裏だから!」と声をかけ幸隆は自主練習にもどる。
「何だうんこしたかっただけか」
妙な勘違いをする幸隆。そもそも人の気持ちを汲み取れるようであれば、中学生の頃の悲劇は起きていない。
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「見ましたかな美優さんや?」
「見てたよ優香」
「あの二人のカップリングもありかな?」
「有りかも」
更衣室から密かに二人を覗き見し、妙なことを考えている者がここにもいた。
~トイレにて~
外に出た海生は道場の裏のトイレでたどり着き、用を足しながら気持ちを整理していた。ちなみに小の方だ。
「レスリング……興味がないわけじゃないんだけどな」
するとトイレに入ってくる者がいた。
「それなら入部すれば良いじゃない」
どうやらさっきの呟きは聞かれていたらしい。
「うわヤク……先生」
「実は則夫さんから少し話を聞いていたんだ」
「えっ何を?」
急に話し出すヤクザ。隣で用を足しはじめ、話に着いていけずに戸惑う海生になおも話を続ける。伯父さんから何かを聞いていたらしいが、話し出すにしてもちょっと場所を考えてほしい。
「中学生までバレーボールをしていて一度もレギュラーになれなかったんだってね? 最後の三ヶ月くらいは頑張ってたんだったかな?」
海生は何も言えずに唇を噛み締める。やはりあの頃を思い出すと後悔の念にかられる。
「私はね海生。そのまま何もせずに高校生活を過ごしてしまうと、君はきっとさらに後悔すると思うんだ」
そんなことは言われずとも海生もうすうす感づいていた。このまま何もせずに過ごしてしまうと後悔してしまうことくらい。
「バレーボールを続けて、その気持ちに踏ん切りをつける。ということも出来ると思うんだが、海生自信はその選択肢を選ぶつもりはないのかい?」
「バレーボールを続ける気は……ないです」
長い間不誠実にしか向き合って来なかったバレーボール。今さら不誠実であった時期を埋めて、バレーボールを続けている者達と肩を並べられる気がしなかった。
「だったらレスリングで踏ん切りをつけてみないかい? レスリングは沖縄では競技人工が少なくてね、やっている者も、高校生から始める者がほとんどなんだ」
確かにレスリング部がある学校自体、あまり聞いたことがなかった。
「だからスタートラインはおなじで一から始めることが出来る。いや、海生はずっとスポーツを続けてきた経験があるから、その経験も生かせるだろう。競技は違えどスポーツであることに違いはないからね」
そこまで考えてくれていたとは思わなかった。何もただ無理矢理入部させようとしているわけではなかったのだ。
「先生……」
抱えていた思いを見抜かれ出された提案に、海生は心が軽くなるのを感じていた。
今はまだ、レスリングを好きになれるかはわからない。それでも……また頑張ることが出来るかもしれない。心は決まった。
「俺、入部します」
レスリング部にかけてみよう、そう思えた。中学生の時に出来なかったことを、ここでやるんだ。
「ところで先生、俺達さすがにこの格好のままって絵面的にも精神的にもきつくないですか?」
「そうだね。道場に戻ろうか」
こうして海生は入部を果たした。
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