第2話

 小学四年生から始めたバレーボールは、決して自分からやりたいと思って始めたものではなかった。


 小学校に入る前に病気で入院し、弱ってしまっていた体を鍛えるためということで、親に半ば強制的に入部させられたのだ。


 何故バレーボールだったかというと、両親ともにバレーボールをやっていたことがあるという、ただそれだけの理由だったらしい。


 半ば強制的に入れられた部活に正直やる気は起きず、自分の遊ぶ時間を奪われた小学生の頃の海生はふて腐れ、真剣にバレーボールに取り組むことはせずなんとなく続けていた。


 中学生になってもバレーボールを続けたのは、通っていた中学校が部活動に参加することを義務づけていたからだ。


 どうせ部活をやらないといけないのであれば、小学生の頃からやっているバレーボールで良い。


 新しいスポーツや他のことに手を出すのが億劫で、色々な面倒くささを考えた上で、惰性で続けたというものだった。


 そして中学三年生になり、部活の終わりが見え始めた頃に思った。


 高校生になった時に自分は部活動自体を続けないのではないかと。


 それなのに合計六年も続けたバレーボール部で、未だにレギュラーになれていない。


 六年続けたバレーボールで一度も表舞台に出ることが出来なかったのだ。


 真剣にやっていなかったのは自分自身だ。その結果がこれで、自業自得だ。


 どうしてかはわからない。

 バレーボールを好きではなかったはずの自分が、試合に出たい、活躍したいと考えるようになっていた。


 そんなことを考えるようになっていた自分自身に驚いていた。


 そう思い始めてからは練習に打ち込んだ。部活の時間はレギュラーメンバー中心の練習が多かったため、部活が終わった後にママさんバレーに参加させてもらい練習した。


 朝は早朝にランニングに出かけ、学校が終わり部活、夜はママさんバレーボール。


 そんな日々を続けて三ヶ月。ついに最後の大会のレギュラーメンバー発表の日、告げられたメンバー。海生の名前はレギュラーどころか、控えの欄にすら載っていなかった。


 その日の部活が終わった直後、体育館の舞台裏に隠れながら一人……涙をながした。そしてその時になって気づいた。自分はバレーボールが好きになっていたのだと。


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「あの子新入生かな?」

「そうっぽいよね。新入部員第二号になるかも」


 体育館とグラウンドを挟んで反対方向にある道場で、顧問が連れてくる男子生徒を窓から見て二人の女の子が呟いた。


 すでに一人、入部して練習に参加している新入生がおり、入学式である今日から見学者が増えるだろうと予想されていた。


 二人の女の子はワクワクしたように会話を盛り上げる。

「で、あの子は攻めかな? 受けかな?」

「見た目は受けっぽいよね!」


 彼女達はホモ、ボーイズラブが好きな、いわゆる腐女子というやつだった。


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「レスリングってこんな所でやるんだ……」

 境也と別れ、道場と呼ばれた場所まで連れてこられた海生は、思ったより広い練習場を見て驚いていた。


 そこには青を下地に、中心を黄色と赤で丸く描かれたシートのようなものが置かれており、下には体育で使うマットが引いてあるようだ。

 天井から綱引きで使われるような大きめの綱が延びており、何に使われるかはわからない。


 木製の建物であり、中は広々としている。道場というだけあって床は板で出来ており、マットがなければ剣道でも出来そうな感じだった。

 入り口から入って左奥の方にあるものに、心を惹かれる。

 バーベルやそれを置くためのベンチプレス。その他にダンベルやサンドバッグ等が置いてあったのだ。


 格闘技に少しだけ興味があった海生は、その強くなるための器具達を見て不覚にも目を輝かせてしまったのだ。


 男の子であれば誰でも一度は感じたことがある強さへの憧れ、それを思い出した。


「いかんいかん見学だけ、見学だけだ。そもそも乳首見せながらやるスポーツだぞ?」


 ボソボソと呟く海生に、ヤクザが声をかける。


「もうちょっとしたら部員も集まってきて練習始まるから、取り敢えず待ってなさい。今日は練習着も練習靴もないだろうから、見学だけしていくと良い。明日からお下がりの靴を持って来るから」


 そう告げると少し用があるからと道場を出ていくヤクザ。


 もうヤクザの中で完全に入部することになっているようだ。見学だけして明日からバックレよう。


 そう心に決めた。


 入り口のサイドには部屋があり、恐らく更衣室であろうそれぞれの部屋からは少し声が漏れてきている。


 部員がもう来ていて着替えているのだろうと考えていると、心なしか女の子の声も混じっている気がした。



 そう思ったと同時に右の方の扉、入り口から見ると左側からの扉が急に開け放たれた。

「さっき見えた子だ……」

「おっホントだ! ちょっと声かけてみよ!」


 出てきた女の子二人はそう言うと足早にこちらに近づいてきた。

 一人は黒髪でショートカット、目の下に泣きぼくろがあり、垂れ目で少し大人しそうな見た目だ。もう一人は少し茶色がかる髪色で、こちらも髪型はショートカット。キリッとした目元が特徴で、活発そうな子だった。


「ちょっと聞きたいんだけど」

「君攻めっていったら反対の言葉はなんて考える?」


 海生の目の前に小走りで近づいて、いきなりの質問。

 いきなりの行動と言動にびっくりしてしまう。それでもおそらく先輩であろうその人達に、失礼にならないように質問の答えを考える。


「えっと守り……ですかね?」



「ちっ」

「ノーマルかー」


「え!? な、何がですか!?」


 今のやり取りで何がわかったというのだろう? そんな海生など気にせず、

「初めまして遅れたけど自己紹介するね。」

「私は優香ゆうか! こっちのこの子は美優みゆ! 二人でマネージャーやってるんだ!」


 黒髪の子が美優、茶髪の子が優香というらしい。

「はい、先輩……ですよねきっと。それであの…さっきの質問はどういう……?」


 当然の疑問にやはり海生のことはお構い無しだ。


「気にしないで。ちなみに二人共二年生だよ」

「そうだそうだ! 君はそんなことより今日の練習を見ていって早く入部を決めるんだ! 見学者だよね?」


 明日からバックレようと決めていた海生は少したじろいでしまう。

 マネージャーの二人はそれなりに可愛く、そんな二人にこう迫られて悪い気はしない。


「あれーまだ集まってないかなぁ?」

 マネージャーの先輩達が出てきた部屋の反対側の部屋から、やたらイケメンで体の引き締まった先輩が出てきた。


 髪は短めだが軽くウェーブがかっている。無造作ヘアーというのだろうか?上半身は練習着であろうジャージと、下はハーフパンツを着ている。身長は170センチより少し低いくらいだろうか。


 練習の時から乳首を見せる服を着るわけではないことに安堵していると、

 海生に気づいたらしいその人は歩いて近づいてきた。


「おっさっそく見学者かー今日は入学式だもんな。背の高さは普通くらいかな? 何センチあるの?」


「えっと……170ちょうどですね」


龍生たつき先輩こんちわーす」

 龍生先輩と呼ばれた男子生徒は、二年生の優香から先輩と呼ばれてる事からして三年生だろう。


「おー優香こんちわー。美優もな」


「こんちわー」


 挨拶をし終え、海生に向き直るイケメン先輩。


「自己紹介が遅れたけど俺は主将の大城龍生おおしろ たつきだよろしくな」


「比嘉海生ですよろしくお願いします」


 なんと主将だったらしい。堂々とした態度にそれらしさは感じるが。


「名前は海生か。海生は何か中学でスポーツやってたのか?」


「はい。バレーボールを……」


 言いかけて少しうつ向く。バレーボールをやっていた…やってはいたが……


「おっバレーボールか! 団体競技はチーム皆で戦う団結力があって良いけど、レスリングみたいな個人競技は別の面白さもあるぞ?」


「別の面白さ?」


「あぁ。それは勝った時に自分の力のみで勝てたっていう満足感だ」


 勝てたときの満足感。少し興味を惹かれる言葉だった。

 その満足感は、中学生の時には味わえなかったものだ。


「でも試合の時は乳首が出るような服を着るんですよね?」


「チクビ!? えっいや出ないけど……あっ確か昔はそういうのもあったらしいかな」


 どうやら今はそういう服で試合はしないらしい。



「あぁそれと、一応レスリングには大会にも団体戦と個人戦があって、個人戦は一年生も含めた全員出ることになるからね?」


 その言葉を聞いた瞬間、海生の明日のバックレるという予定は揺らぎそうになっていた。

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