第8話

生徒会室に到着するとカエデはトントンとノックをして中の反応を待った。


「入って下さい」


返事が聞こえてドアを開けるとそこには20人ほどの生徒がすでに集まっていた。全員の注目がトウジに集まり一様にして珍しいものをみるかのような視線を投げてよこした。案内人の集まりと聞いていたのに純血種がやってきたことがよほど珍しいのだろう。


トウジも同い年くらいの純血種の案内人に会ったことがないので奇異に思う気持ちは分からないでもない。しかし、どうしてこうも悪目立ちするものかなぁ、とややうんざりした気持ちにもなるのだった。


注目を浴びて入り口の前に棒立ちになっているトウジに男子生徒が近づいてきた。


「トウジ君やないか。また会えるの楽しみにしてたで」


 親しげな声色とは対照的な鋭いその眼光にトウジは見覚えがあった。

 第二世代のB級案内人。褐色肌のダガー使い・田川ミツルだ。


「お久しぶりです、ミツルさん。あの時はお世話になりました」


トウジは差し出された手を握った。


「君のことはよう覚えとるわ。しっかし、びっくりしたで~。純血種の君が一瞬で第二世代を二体とも造作もなく斬り捨てるん見た時は」


ミツルがそう言うと会話を聞いていた周りの学生たちは驚きの表情を見せた。


「最初チーム組んだ時はフォローせなあかんわ思うてたけど結局、君にはよう助けられたわ。トウジ君が入学してくれたんは心強いで」


「いえ、こちらこそ頼もしいです」


二人の会話が終わるのを見計らって隣にいたカエデがトントンとトウジの肩を叩いた。


「今の話本当?」


「え、今の話って?」とトウジは首を傾げる。


「第二世代を二体同時撃破の話ですわ」


「ん、ええ、まぁ」とトウジは言葉を濁しつつも肯定した。事実だからだ。


カエデは目を丸くして不思議なものを見るみたいに視線をトウジに向けた。カエデは何か言いたそうな様子で口を開きかけたが、集会の代表らしき人物の声がしてそれは中断された。


「どうやらみなさん全員集まったようですね。とりあえずお好きな所にご着席ください」


さきほど「入って下さい」と言ったのと同じ声。

顔を向けるとそこには恐ろしいほどの美少年がそこに立っていた。


透き通るような銀髪の前髪から覗く双眸は不思議な光を帯びており、その超然とした佇まいは畏怖すら覚える圧倒的な存在感を醸し出していた。


ダグラス・アーレンベック


入学式で在校生代表として歓迎の挨拶をした横州高等学校の生徒会長だ。

会長は集まった生徒たちが縦三列、横三列に並べられた長机に座ったのを確認してから話し始めた。


「新年度の初日からこうしてお集まりいただき誠にありがとうございます。既にご承知のことかと思われますが、いまここにいるあなた方は私を含めて全員が案内人です。

本日は生徒会の執行メンバーとして参加していただくため案内人同士の顔合わせも兼ねてこうして集まってもらいました。


 生徒会の執行メンバーの仕事に関してですが、生徒会役員とは違い基本的に学校行事の運営に関わることはありません。


あくまでも案内人として校内もしくは周辺地区の治安維持が仕事になります。

校内の治安維持には関わってもらいますが、ライセンスがC級以上の案内人は総合本部の緊急要請に応じて校外活動にも参加してもらうことになるでしょう。

端的に言えば、案内人の通常業務と変わりありません。


生徒会執行メンバーの参加はみなさんが案内人の業務に集中できるよう余計な仕事を回さないようにするための救済措置だと思ってくれてほぼ差支えありません。

 全生徒は必ずどこかの委員会に所属しなければいけませんが、執行メンバーに所属することで他の委員会の仕事が免除されるという理解でOKです。


仕事の性質上、授業を抜け出して活動することもありますので受け損ねた授業のフォローを生徒会で行うというような事もしております。執行メンバーの参加はいわば相互扶助を目的とした組合のようなものだと思ってくれたら良いでしょう。ここまでに何か質問はありますでしょうか?」


会長がそう言うとトウジの隣に席をとったカエデが挙手をした。


「執行メンバーに参加するにあたり、何か特別な条件や義務はあるのかしら?」


「案内人としての仕事をすること以外には特にありませんが、強いて言えばこちらのバンド端末を学校にいる間は必ず付けていただくことになります」


ダグラス会長は腕時計のような形をした機械を摘み上げると全員に見えるように水平に動かした。


「こちらのバンドには全女子生徒。正確には純血種とリセット以外の女子生徒の血中アドレナリン濃度の情報がリアルタイムで反映されています。これは彼女たちに異常があった場合に直ちに反応するようになっています。


バンド端末は法律でハイブリットの方々への体内移植が義務付けられたマイクロチップ情報を流用していますので精度は折り紙つきです。低アドレナリン摂食発作という特殊な例を除いて半径3km以内の摂食発作の発生を確実に検知します。


これにより万が一にでも我が校の女子生徒に摂食発作が起こった場合、素早くそれを探知し現場に直行して案内の執行ができるようになっております」


案内を執行かぁ、できればそれは避けたいな。

トウジは思わず溜息を吐いた。

会長は慣例に従い「案内の執行」と婉曲的に表現したが結局のところ殺さなければいけないという事だ。


摂食発作が起こってしまった個体は著しく理性が低下し、人を襲って食らうようになってしまう。一度そうなってしまったら『原則として』治ることはないので案内を執行するしかない。


「分かりましたわ、ありがとうございました」


カエデは質問の答えに納得をして着席をする。


「他に質問はありませんか?」 


会長は質問がないのを確かめると再び話し始めた。


「案内人が生徒会執行メンバーとして校内でも活動できる仕組みができたのは八年前の事件が切欠です。ご存知の方も多いと思いますが、第三世代の女子生徒が摂食発作を起こしてしまい三人の尊い命が失われるという痛ましい出来事がありました。


騒ぎを聞きつけた第四世代の女子生徒が彼女の暴走を止めなければもっと犠牲がでていたでしょう。ただその生徒もプロではなかったため暴れる彼女を抑えこむのに精一杯で組織からの支援が到着した時には彼女も重傷を負っていました」


なるほど優秀な案内人を学校が確保しようと躍起になっているのは単純にハイブリットの生徒が多いからだけではなくこういった前例もあったからなのだな。

トウジは今更ながら校長が自分を欲しがった理由を再認識した。


「昨年、わが校では摂食発作が三件ありました。

いずれも執行メンバーの到着が早かったために発作を起こした本人以外の犠牲者はでておりません。仕事はおそらく校内よりも校外における本部からの緊急依頼がメインになると思われますのでよろしくお願いします」


昨年の三件という数字を多いとみるか少ないとみるかは個人の主観によるだろうが、横州高校に通うハイブリットの多さを考慮に入れるとトウジは意外と少ないという感想を抱いた。


しかし仮にその三件の内に自分の知り合いだったのなら?

たとえばアオイ姉さんとか岡多津美がいたのならば単純に少ないという感想は抱けないだろうな、とトウジは思った。


「それでは執行メンバーに参加する同意書とこちらのバンド端末をお渡しいたします。一応はっきりとさせておきますが、同意書に同意しなくとも案内人としての仕事はできますので探知機は全員が受け取って下さい。但しその場合は他の委員会に所属する必要もありますし、生徒会からのサポートは対象外となることをご了承下さい」


トウジは特に迷うこともなく結局執行メンバーの参加に同意することに決めた。

参加しない理由が特に見つからなかったからだ。トウジは名前と自分の携帯端末の番号を同意書に記入した。


しばらくして同意書が回収されるとそのまま解散になった。

トウジは隣に座っていたカエデに「それじゃあ、また」と一言声をかけて下校をした。

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