第7話
入学式も無事に終わりクラスに戻ると担任から予告されていた通りホームルームが行われた。それにしても自己紹介。必要なことだとは分かっているが一体何を話せというのか。ここでのアピール次第によってはこの高校生活の方向性が決まってしまう可能性すらある恐るべき通過儀礼。それが自己紹介なのだ。
中学校ではさして冴えることのなかった少年が高校では華々しいデビューを果たすべく一発奮起して、ウケ狙いでギャグをかましクラスの人気者ポジションを獲得してやろう、などという甘い誘惑に流されてしまった場合にその後一体どんな悲劇が待ち受けているのだろう。ちょっと試してみようかしらん?
そんな不埒なことをトウジは一瞬考えたもののさすがに冷静になって思いとどまる。
どういうわけか悪目立ちするタイプであると自覚のあるトウジはこうした場合のベターな選択肢は、普通の自己紹介に徹することだとちゃんと分かっていた。ただトウジは思うのだ、普通の自己紹介とはなんぞや、と。
そんな事を考えていると左隣のナガレが席を立って自己紹介を始めた。
「阿久井中学出身の狩谷流です。第二世代のハイブリット。中学時代はバスケ部に入っていました。趣味は映画観賞です。よろしくお願いします」
なるほどこれはお手本のような普通の自己紹介かもしれない。出身中学と名前、自分の種系統、中学時代の部活、趣味、これを並べておけば問題ないだろう。よし、この路線でいくか。
そう考えたトウジは自分の順番が回ってくると緩慢な動作で立ち上がりいわゆる普通の自己紹介をする。
「北浦西部中学の豊田冬慈です。まぁ、ご覧の通り純血種です」
純血種という言葉に反応して、おおぉ、という声が上がった。
中学校ではハイブリットの方が珍しかったはずだが、やはりそこに食いつくか。
「ええっと。中学時代は帰宅部でした。趣味は純血種時代の娯楽文化、いわゆる映画とか小説とか漫画とかそういうのです。よろしくお願いします」
純血種ということは隠しようのない事実だ。帰宅部だったのは案内人の仕事があったからだが、そのことについては触れる必要はあるまい。
無難な自己紹介だったのではないだろうか。
多少の注目を浴びつつトウジは着席した。そして男子生徒の自己紹介が終わり自己紹介は女子側に映る。さして代わり映えのしない自己紹介が続く中で一人とりわけ小柄で可愛らしい少女が立ち上がった。
「千田中出身の知多ミレイ。種系統はリセットです」
彼女がそう言った瞬間、トウジが純血種と言った時と同じような反応が起こった。
リセットとはハイブリット同士の両親から生まれた子供たちのことを指す。リセットの知力は平均して純血種と同じ程度だと言われている。そして身体能力は純血種の平均よりもやや劣っている。そのため横州高校に通うリセットは純血種と同様に相当珍しいのだ。
リセットはゼロ世代とも呼ばれている。
その言葉の響きの通り世代進行がリセットされることを意味している。
リセット(ゼロ世代)と純血種の両親の間に生まれた子供が第一世代。
第一世代と純血種との間に生まれた子供は第二世代。
第二世代と純血種との間に生まれた子供は第三世代。
このように世代進行が続いていくのだが、どの世代のハイブリットに関わらずハイブリット同士の両親から生まれた子供からは必ずリセットが生まれる。
こうして世代進行はリセットされハイブリットの超人的両親から能力的には純血種とさして変わりないリセットの子供が誕生するのだ。
超人的な両親から純血種並の能力しかないリセットが生まれるのはデメリットしかないように思われるかもしれないが実はそれほど悪いことでもない。
何故ならばリセットには摂食発作が起こらないという大きなメリットがあるからだ。
ちなみにリセットもハイブリットに含まれるため、このミレイという子もゼロ世代のハイブリットといえるだろう。
純血種との違いと言えばエルフのように尖った耳と可愛らしすぎるその外見くらいだ。
確かに今自己紹介をしているミレイと名乗った女子生徒はまるでお伽噺の絵本から飛び出してきた小動物みたいに可憐な女の子だった。
下手をすれば小学生にも見えかねないその姿は庇護欲をそそるものがある。
「中学では吹奏楽部にいました。趣味はクラシック鑑賞です。みなさん一年間よろしくお願いします」
ペコリとミレイは頭を下げて着席した。
外見に似合わずハキハキとした口調が逆に背伸びをしている小学生みたいでなんだか見ていて微笑ましい。お辞儀と同時にエメラルドグリーンの明るい髪がパサリと揺れた。トウジは、本当に妖精みたいな子だな、と思った。
それから順々に自己紹介が続き一番右後ろの生徒に順番が回ってくると最後に席を立った生徒に全員が注目する。黒に近い茶髪の髪にメガネをかけた外見は一見して地味なのだが、地味にしようとしているだけでその美しさが隠しきれていない。セーラー服の上からでも分かる肉感の持ち主だが腰の辺りは引き締まっており綺麗な曲線を描いていた。
「美津島中出身の楽田ユウ。気楽の楽に田んぼの田、自由の由で楽田由。第四世代のハイブリット、ですね」
第四世代とは珍しいな、とトウジは思った。
トウジやミレイのような純血種やリセットはこの高校に通っている、という意味では珍しいが社会全体からみればマジョリティであり別に珍しくもなんともない。
しかしながら第四世代という高次世代のハイブリットは社会全体から見ても生徒会長ほどではないがかなり珍しい部類に入る。
高次世代ハイブリットが必然的にこの学校に集まることを考えれば第四世代以上のハイブリットが入学するのは当たり前なのだが、第四世代の割合は大体10万人に1人程度なので普通に生活をしていればなかなかお目にかかることはできない。
しかし女性の第四世代かぁ。
「あの人たちに好かれたら万が一って事もあるんだよ」
妹のサキが今朝言った言葉を思い出して参ったなぁ、とトウジは思う。
普通に考えればこのクラスでトウジが案内人として働く可能性は低いだろう。低いには違いないが、それでも万に一つ、というほど低い可能性ではない事は確かだ。
そんな事を考えてトウジは軽く溜息を吐いた。
摂食発作が生じる確率は世代が上がっていくほど高くなる傾向がある。
ハイブリットが集まっている以上、ここではそれが起こる確率が非常に高い。
当人としてはあまり自覚をしていなかったのだが、なるほどサキやアオイ姉さんたちの心配も分からなくもない、と今更にしてトウジは思う。
もしもサキが高校受験をする頃になって横州高校に入りたいなどと言ったら己のことを完全に棚上げして反対する自分の姿が容易に想像できてしまう。
「中学では文芸部に所属していました。趣味は読書です。とりわけ純血種時代の小説が好きですね。それでは一年間よろしくお願いします」
楽田由は自己紹介を終えるとゆっくりと席に着いた。
どうやら自分と似た趣味の持ち主らしくトウジは彼女に親近感を覚えた。
ちなみに楽田由がそうであるように第三世代以上の高次世代ハイブリットは部活動を選ぶ際に文化部に入る傾向が強い。彼らは少数派なため体育系の競技をすると同じ世代の競技者人口が極端に少ない上に自分よりも下の世代とでは肉体的アドバンテージがありすぎて勝負にならないからだ。
全員の自己紹介が終わり、トウジは手元のメモ帳に書いた正の字を眺めた。
純血種はトウジ1人。
リセットはミレイという子が1人。
第一世代の男子は13人、女子は14人。
第二世代が男子5人で女子3人。
第三世代は男子1人、女子2人。
そして第四世代は楽田由という子が1人だけ。
中部地区全体のハイブリット達が集まる横州高校だから当然なのだが、それにしても本当に色々な種系統の生徒が揃ったものだ。
「それでは、このメンバーで一年やっていきます。みなさん仲良くしましょう」
金子教諭はそう言ってパンパンと手を叩いて自己紹介を締めると、時間割を配って明日からの予定を説明した。
そしてホームルームの最後に金子教諭は名指しで二人の名前を呼んだ。
「それではこれから下校となりますが豊田冬慈君と高浜楓さんはこの後、生徒会室へ行ってもらいますので少々お時間を下さい。それでは解散とします」
生徒達が席を立ちぞろぞろと教室を出ていくと、輝くような金色の髪を綺麗にクルクルと巻いた女の子とトウジだけが教室に残された。どうやら彼女が高浜楓さんらしい。こちらから声をかけようかとトウジが迷っていると、向こうの方から目を合わせて声をかけてきた。
「豊田君っていったかしら、せっかくですから生徒会室に一緒にいきませんこと?」
おお、お嬢様口調だ。とトウジは思わず感動した。
育ちの良い子が多い学校とは思っていたが、まさかお嬢様口調の子に出会えるとは。
「そうだね、そうしようか。よろしく高浜さん」
「ええ、よろしく豊田君」
彼女はトウジの席に近寄ってきて右手を差し出してきた。
こういうところは、さすがハイブリットだなぁ、と思いつつトウジは握手に応える。
二人は教室を出ると生徒会室の方へと向かった。
金子教諭の説明によると生徒会室は入学式が行われた体育館の方へと歩いていき途中のT字路を体育館とは逆に行けばあるらしい。
築八年の校舎はやはり綺麗だ。トウジが通っていた築30年以上経つ中学みたいに壁の塗装が剥がれているようなことはなくタイルカーペットの床も汚れはほとんど見当たらない。
不良と呼ばれる生徒がいる高校なら壁に落書きがあったりするものだが、品行方正のハイブリットたちが大多数を占める校舎ではそんなことは無論なく校舎自体が清潔に保たれている。トウジは高校の校舎というよりもまるで病院みたいだな、という印象を抱いた。
しばらく黙っていたが並んで歩く高浜楓を無視したままなのも悪いと思ったトウジは彼女に質問をしてみた。
「ところで高浜さん、どうして俺たちだけが呼び出しされたんだと思う?」
「そうそう、わたくし、実は苗字で呼ばれるのは慣れませんの。カエデと呼んで下さるかしら?」
「なら遠慮なくカエデと。俺も下の名前で呼んでくれ。トウジで構わないよ」
「それなら私もトウジと呼ばせてもらいますわ」
カエデはそう言ってから、ん~、と唸りながら少し考える素振りをした。
「そうですわね。最初はわたくしが案内人だからかと思ったのですがどうやらあなたは純血種のようですし」
カエデの言葉でトウジは合点がいった。どうやら呼出しの原因はそれらしい。
「ああ、なら多分それだね。一応俺も案内人なんだ」
トウジはそう言って肩に背負った細長いケースを指差した。
「それがあなたの武器なのね。って嘘でしょう? あなた純血種だって自己紹介で言っていたのではなくて」
信じられない、といった様子でカエデは両手で口を押えた。
その仕草は一見して美しいという印象のカエデから子供っぽい可愛らしさを与えていた。
「別に案内人をする純血種は多くはないけど、いないわけじゃないだろう」
「そう、そうなのね。少し驚きましたわ…… ってもしかして、トウジってあの豊田冬慈ですの?」
「どの豊田冬慈か知らないけれど、多分、それは俺のことだと思うよ」
さすがに同業者となると知ってるんだな、とトウジは気恥ずかしさを覚えた。
「昨年のワールドトーナメント純血種の部での優勝者ですもの。知らない案内人の方がいないと思いますわ」
「純血種の部だから大したことはないよ。それに東郷さんの参加しない大会で優勝しても、ねぇ」
「七聖天の一角ですもの、あの方は別格ですわ。でもたしかそれ以前に大会で一度東郷さんと戦っていらしたわよね。なかなか善戦していたと記憶しておりますが?」
「あれは善戦じゃなくて遊ばれたっていうんだよ」とトウジは苦笑いしながら頭を掻いた。
確かにトウジは東郷さんが七聖天入りする以前に大会で手合わせをしたことがあった。
あの時、東郷さんは最初の3分間まったく攻撃しなかった。
トウジの攻撃を完全に紙一重で見切っていたが、ときおりわざと打たせてもくれた。
しかし東郷さんが攻撃に移ると一瞬で決着はついてしまった。
超高速の一本背負い。
トウジは何をされたのかすら分からず一瞬で気を失った。
東郷さんに投げられて負けたことは後から試合の映像を見て知った有様だ。
「それでもとても純血種同士とは思えないほどレベルの高い試合でしたわ」
そう言ってうんうんと頷くカエデを横目で見ていると、トウジは彼女の白いスカーフが赤く汚れている事に気が付いた。
「ところでカエデ。ここ血みたいなのが付いているけれどどうしたの、大丈夫?」
トウジはトントンと自分の肩甲骨の下辺りを指で示した。
カエデはそちらへ目をやるとギョッとして目を見開いた。
「はっ、こ、これはその。朝の通学路で桜の花に見とれてしまって転んでしまっただけですわ」
トウジはハイブリットでも躓いて転ぶことがあるんだなぁ、と思う。
「それは、なんというか。入学早々、運が悪かったね。新品のセーラーなのに」
「いえ、そんな事もございません。良いものが見られましたので後悔はありませんわ」
カエデは平静を装うかのように落ち着いた口調でそう言った。
前向きな子なんだなぁ、とトウジはカエデに対して好印象を抱いた。
もっとも、人当たりの良くないリセットやハイブリットをトウジは今まで誰一人としてみたことはないが。
「それにしてもまさかこんな有名人に出会えるなんて光栄ですわ」
「そ、そう? そう言ってもらえると俺としても嬉しいよ」
カエデの情熱的な潤んだ大きな瞳で見つめられたトウジはその美しさに一瞬だけ心臓が高鳴った。もしかして、この子は純血種である俺に異性として興味を抱いているのではないだろうか? などと思春期の少年にありがちな思考に嵌りそうになる。
しかしさすがにハイブリットからの好意の性質を知っているトウジは、そんなわけないか、と思い直した。残念ながら、ハイブリットたちは誰にでもそうなのだ。
たとえ目の前の人物が薄汚れたホームレスであっても今とさして変わらない態度で接するに違いない。
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