第6話
壇上に立った男性は白髪交じりの黒髪をオールバックにしており意思の強そうな鋭い眼光をした初老の紳士といった風貌で一見して只者ではないと確信させるオーラを放っていた。トウジはこの純血種の男性と面識があった。トウジを推薦入学させるためにスカウトした張本人だからだ。
「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。私が校長を務めております、小倉万里です。みなさんご存じの通りここ横州高校は中部地区トップクラスの優れた人材が集まる高校であると共に、さまざまな人たちが集まる多様性に優れた学び舎です。
純血種の人、リセットの人、第一世代、第二世代、第三世代といったハイブリットの人、また海外からの留学生を含め色々な人たちが同じ校舎の中で一緒に暮らしていくことになります。
多くの人と関わりを持ち、様々な価値観や異なる視点に触れるということは同時に社会の縮図に触れるという事です。人は同じような刺激ばかり受けていると慣れてしまうものですが、異なる刺激を受けると人はその刺激を受けて新たに学習をします。
ここで沢山の友人を作り、多くの先輩方と触れ合い、多くの刺激に触れて学んでいって下さい。
いいですか、みなさん。あなた方は受験戦争の最難関を突破してここに立っているわけですが、ここがゴールではありません。今ここが出発点なのです。さて、新たに我が校の一員となるみなさんには私から一つ、お願いがあります。それは夢を持て、ということです。ここでは夢を抱き、夢を育て、夢を食べて成長していって下さい。どのような夢でも構いません。ささやかな夢であっても構いませんし、決して届きそうにない夢でも構いません。夢とはそれを持つこと自体に意味があり、それを胸に抱きながら生きる事が歓びとなります」
卒業式ならいざ知らず入学式という儀式にトウジはさして思い入れはない。
節目の儀式といえばそうなのだがトウジにとって入学式とは別に何か楽しいことをするわけでもなく小一時間ほど退屈な話を聞かされるもの、という認識だった。
とりわけ校長の長々しい話というのは眠気を誘うものだ。
校長の話は退屈なものであるという条件付けは小中学校という九年にも及ぶ義務教育の間にしっかりとなされており、その声を聞いただけで欠伸がでてしまうというのは、餌を前にして無条件で涎を垂らすパブロフの犬がごとく、のはずである。
けれどもトウジは不思議と校長の話に聞き入ってしまっていた。小倉校長の演説には耳触りの良い抑揚があり、何よりもその言葉には情熱があった。こうして聞いているだけでどれほど彼が教育に情熱を賭けているのかが伝わってくるようだった。
「夢を抱くものは、それを抱くが故に困難に立ち向かわねばならぬこともあるでしょう。それを抱くが故に悩み苦しみ時には失敗を反省したり後悔したりすることもあるでしょう。しかしながら夢を持つ者には強みがあります。夢を持つ者だって時にふと悩み立ち止まり周りを見渡すこともあるでしょう。時にふと不安に駆られて後ろを振り向くことだってあるでしょう。
しかしながら、夢を持つ者は決して下を向く必要はないのです!
夢を抱く人間には上を向いて生きる力が備わります。夢を食べて生きる人間には前に前にと踏み出す勇気が備わります。だから若人よ、夢を持て! 心に夢を抱き、それを大切に育て、それを食べて生きることを忘れないで下さい。
今からおよそ370年前にマルティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師は『I have a dream』という歴史的有名な演説をワシントンDCで行いました。それは人種や階級、出身や民族に関わらず全ての人々に平等な自由を求めた素晴らしい内容の演説であるばかりでなく、その言葉は大衆を巻き込み人々の心を動かして社会を変えてゆく力を持っておりました。彼の語った夢は社会変えたのです。
偉大なるキング牧師と私とでは比べるべくもありませんが、それでも少しでもみなさんの心を動かせるように、私も私自身の夢を語りたいと思います。
さて私の夢なのですが、それはこの横州高校を本当に素晴らしい学校にすることです。ここで学んだ生徒たちが立派に成長し、社会に大いに貢献し、世界の平和と幸福に役立つ人材として育ち旅立ってゆくことです。ご存じの通り我が校は全国でも五本の指に入る進学校です。つまりこの国の高校における知の頂点の一角を担っていることを意味しております。それは我が校が最先端として未来へと続く道を切り開いていく人材の宝庫である、ということです。
かつてこの国の詩人は『僕の前に道はない僕の後ろに道はできる』と謳いましたが、あなた方にはそれと同じように既に出来上がった道などない、道なき道を自らの力で歩み、そしてその後ろに大勢の人々が続いていく道を先頭に立って作り上げていって欲しい、と願っております。そして一人でも多くこうして未来を作り上げていく人材を育ててゆくことが私の使命であり夢であります。
生徒諸君よ、夢には人を変える力がある。そして夢は……連鎖するのです。
先ほどみなさんには夢を抱き、夢を育て、夢を食べながらこの学校で生活をして欲しいと言いましたが、それだけでは横州高校の生徒としてはまだまだ不十分です。夢はもっと連鎖させていかなくてはなりません。そのためには夢を語る必要があります。同級生に友達に先輩に教師に、夢を語る必要があります。夢を語ることを恥ずかしいと思うことはありません。夢を語るより語る夢のない方がよほど恥ずかしいことです。もちろん夢を語る以上は叶えるために頑張らなくてはなりません。
しかし、あなた方は強く、賢い!
そのことは今この場に立っていることで証明済みです。強く賢いみなさんならば夢を語るだけではなく、それを叶えるための力を持っていると私は確信しております。
ですから新入生のみなさんには入学式からさっそくですが宿題をださせていただきます。我が校の生徒として夢を持ってください。誰に語っても恥ずかしくない素敵な夢を持って高校三年間を過ごしていって欲しいと願っております。長くなりましたが以上をもちまして私の話を終わらせていただきたいと思います。ご清聴ありがとうございました」
校長が深い礼をすると同時に大きな歓声と拍手が起きた。
その歓声と拍手の大部分は上級生の方から聞こえてくるようだった。
その反応から察するに、どうやらよほどこの小倉校長は生徒から好かれているらしい。
純血種の身でありながら在校生の殆どがハイブリットである横州高校の校長を務めるくらいだからよほど有能な人物なのだろう。そのうえ案内人組織の重役を兼任しているのだからその才覚たるや凄まじい。トウジは改めて小倉校長が純血種として抜きんでた存在であると再認識した。
そのあとに来賓祝辞が行われて新入生代表宣誓がその後に続いた。
新入生代表には190cmくらいありそうな長身の男子生徒が壇上に立った。綺麗な金髪をさっぱりと坊主頭にしており、服の上からでもその筋肉が見てとれるがっちりとした体形は実力あるスポーツマンといった風貌である。だがここで宣誓しているという事は入学試験においてトップだったということを意味しているのだ。長身の上に、やや強面ではあるがイケメンであり且つ成績優秀とか本当に神様は人を平等には作ってねぇな、とトウジは彼の宣誓を眺めながら思った。
続く在校生代表からの歓迎の言葉はトウジの知っている人物が壇上に立った。
彼の方はトウジのことを知らないだろうが、トウジは名前だけだが彼のことを知っていた。案内人として有名人だからだ。
二年前に起こった未曾有の危機から中部地区を救ったことを切欠に全国的に有名となったのが目の前にいる彼。ここ横州高校の生徒会長にしてA級案内人のダグラス・アーレンベックだ。
彼は第四世代の父親と純血種の母親との間に生まれた世にも珍しい第五世代の男性個体だとトウジは聞いている。ハイブリットの場合は第二世代、第三世代と世代が上がってゆくにつれ男性が生まれる確率は減っていくのだ。
第五世代ということ自体がそもそも珍しいのだがその中で男性となると三毛猫の雄みたいなもので本当に希少だ。世界中を探してもそう何人もいないだろう。
それはさておき第五世代の男性ともなるとその生まれ持った身体能力だけでも相当な化物のはずだが、当時の事件を一人で解決してしまった事を考えると案内人としてのスキルもかなりのものに違いない。身近な人物で彼に匹敵する実力の持ち主を考えるとトウジに思い当たるのはうらら師匠くらいだろう。
それにしても馬鹿でかい新入生代表を見た後だからだろうか、想像していたよりもずっと小柄に思える。身長は多分172cmのトウジとさほど変わらないか少し低いくらいだ。透きとおるような銀色の前髪ならのぞく瞳は温厚そうなたれ目をしており草食系といった印象すら受ける。中部地区の英雄と言われるくらいだから熊のような豪傑なのではないかと想像していたのだが思いのほか人の良さそうな優男だったのでトウジは逆に納得してしまった。師匠と同じようなものだな、と。
トウジがじっくりと彼の姿を観察しているうちに歓迎の言葉は終わってしまいダグラス会長は壇上を降りてしまった。そのあとに校歌斉唱をして入学式はつつがなく終了。入学式という節目を迎え横州高校の生徒として第一歩を踏み出したトウジはようやく自分が高校生になったという実感を覚えていた。不安と期待が入り混じった感慨を抱きつつトウジは校長の言葉を思い出してそっと呟いた。
「俺の、夢、かぁ」
トウジは胸の中には明確な祈りに似た想いがくすぶっていた。
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