第9話

 お菊と喜平は土手を登って逃げた。

 魔左衛門は刀を抜き、新之助一家の面々を睨みつける。

 大竹甚平利巌は刀を下段に構え、やや距離を置いて魔左衛門を観察する。新之助に雇われた用心棒だった。

 魔左衛門は大竹に向き合い、刀を八相に構える。

 構えを見れば、大方の実力がわかる。

 あの男、ただものではない。大竹は胸の内でひとりごちる。

 新之助から相当の手練れだと聞いていたが、予想以上だった。

 大竹はやおら魔左衛門に斬りかかる。

 一合切り結ぶと、大竹は素早く後退して距離を置く。

 勝ち急いではいけない。勝ち急いだ方が負ける。

「差しで魔左衛門と戦うな」新之助が言う。「いっせいに斬りかかるんだ」

 権三、与平、辰五郎の三人は、同時に魔左衛門に襲いかかる。

 魔左衛門は獣のように天高く跳躍し、視界から消える。

 権三の槍が誤って与平の胸を刺す。

「与平!」と権三。

 槍を抜くと与平は息絶え、崩れ落ちる。

 ちょうどそのとき、魔左衛門は辰五郎の背後に着地する。

 辰五郎が振り向くと、大上段の構えから魔左衛門が刀を振り下ろす。

 頭蓋から脳漿のうしょうと鮮血を吹き出しながら、辰五郎は転倒する。

「食らえ!」

 権三の槍が魔左衛門の脇腹を突く。

 青緑色の鮮血が河原の石を染める。

 魔左衛門は左手で槍を掴んで脇腹から抜き、槍を持ち上げる。

 槍を抱えていた権三の体は宙に浮き、もんどり打って地面に尻もちをつく。

 そこをすかさず、魔左衛門が一撃を加える。

 頸動脈から血しぶきが上がり、権三は絶命する。

 脇腹の傷はもう癒えていた。

 大竹は再び魔左衛門と対峙する。

 立て続けに三人が斬られた。自分はこれまで剣豪と謳われた侍を随分と見てきたが、あの男ほどの手練れを見たことがない。このままでは自分が斬られる。

「マーさん」お菊が叫ぶ。「助けて」

 声のする方を見ると、新之助がお菊を羽交い絞めにし、首に脇差の刃を当てている。 

「魔左衛門」新之助が言う。「この娘の命が惜しくば、刀を捨てろ」

 魔左衛門はやや躊躇ちゅうちょした後、刀を地面に投げ捨てる。

 大竹はこのときを待っていた。

 踏み込むとともに、刀で円を描く。

 三度笠をかぶった魔左衛門の首が宙を舞って川に落ちる。

 お菊が悲鳴を上げる。

 首を失った魔左衛門の体は、ゆっくりと前のめりに崩れ落ちる。

 卵の腐臭。ジュゥゥゥゥーという音と白煙が首のあったところから立ち上る。

 止めどなく流れる青緑色の血が、河原を伝って川の水に混じる。

「とうとう死にやがったぜ」

 新之助は吐き捨てるように言う。

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