第7話
鉄火場は休業日なので客はいなかったが、新之助一家の面々が盆茣蓙の周囲にたむろしている。
「やつは魔左衛門にちげえねえ」権三が言う。「あの顔は瓜二つですぜ」
権三の話はこうだった。
おととい、高札場を通ったとき、人相書きの前に人が集まっているので近づいてみると、庄兵衛や佐助を斬った男そっくりの顔があった。
名前は魔左衛門。
周囲にいた野次馬の噂話では、なんでも魔左衛門は渡世人で、博打や刺客、用心棒などをやって食いつないでいるという。武者修行者に自分から決闘を申し込むことはないが、挑まれれば断らない。決闘で殺した相手の懐にあったものを徴収して、飢えをしのぐこともある。
しかも並みの人間とは違い、魔左衛門は一年くらい飲まず食わずでも生きながらえるので、そうした仕事もあまりしなくてもいいのだという。
人間ではなく、死人憑だとも言われている・・。
半分は生き、半分は死んでいる。それが魔左衛門だった。
「魔左衛門の居場所もつきとめました」権三が言う。「やつは一週間も前から上州屋の二階に寝泊まりしてます」
「で、その魔左衛門とやらはどうやったら殺せるん?」新之助が言う。「人間じゃろうが化け物じゃろうが、こちとら知ったこっちゃない。ただ殺せればそれでええ」
「首ごと切り落とすしかないだんべ」与平が言う。「トカゲだって、しっぽを切ったら生えてきよるが、首切ったら死ぬだんべ」
「燃やすのはどうだんべ?」辰五郎が言う。「燃やしちまえば、生きてるわけないだんべ」
「その二つとも」新之助が言う。「やってみるのはどうじゃ?」
新之助はすでに百両で用心棒を雇っていた。昔、田舎の藩の兵法指南役をやっていたという浪人で、刀の構えを見せてもらったが、かなりの手練れと見受けられた。
その用心棒に自分たちが助太刀して魔左衛門の首を切り落とす。
だがその前に上州屋を放火する。放火して魔左衛門が焼け死ねばそれでよし。万一、死なないで上州屋から出てくれば、用心棒が首をはねる・・。
上州屋を放火すれば魔左衛門以外にもたくさんの人間が死ぬことになる。だが一人の人間を殺すために、関係のない多くの人間を巻き添えにする残忍な手口は新之助の得意とするところであった。
あわよくば、魔左衛門の首を役人に持っていき、賞金を稼ぐもよし。死んだ魔左衛門の懐から小判を取り戻すもよし。
だが今回は金儲けより、魔左衛門の命を奪うことが大事だった。
二人の手下を殺された以上、復讐しなければ極道の沽券にかかわる。
新之助は自分の作戦を説明した。
「で、上州屋の放火は」与平が訊く。「いつ、やるんだんべ?」
「明日の明け方はどうだ?」と新之助。
「ちょっと早すぎやしませんか?」と権三。
「じゃあ賭けるか」新之助が言う。「儂が賭けに勝ったら、明日の明け方決行じゃ。お京、頼むぞ」
新之助が目配せすると、盆茣蓙の隅に座っていた女賭博士が賽を壺に入れ、伏せる。
新之助は丁に張る。
「勝負」中盆を務める辰五郎が言う。
「ニロクの丁」
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