第5話

 眼帯をした貸元は、名を新之助と言った。

 新之助の自慢は背中に掘った七紋龍の刺青だった。上州一帯ではこれより見事な彫物はないと新之助は自負していた。

 七紋龍は七匹の龍で、青龍、赤龍、黄龍というように、七匹の龍に虹の七色を一色ずつあしらった絢爛豪華な柄に仕上がっている。

 玉村界隈を縄張りにする地方ヤクザの親分ながら、美術品、工芸品に造形が深く、掛軸、陶器、反物、甲冑、刀剣を収集する道楽があった。

 七紋龍の刺青も新之助自身は芸術品と考えていた。

 並みのヤクザなら、見る者を脅すために刺青を彫る。だが新之助は違う。自身の高邁な趣味を示すために、そして見る者を陶酔させるために七紋龍の柄を選んだのだ。

 若い時分は道場破りを繰り返すなど、剣の腕も相当なものだったが、中年期に入ってから考えが少し変わった。

 真に強くなるには安物の刀では限界がある。自身が研鑚を積むだけでなく、高価な刀を入手することが強くなる近道に違いない。そう考えるようになり、陶器のように刀も銘柄にこだわるようになった。

 上州極道一の粋人。それが七紋龍の新之助に与えられた称号だった。

 新之助は手下を集め、雑木林の細道を小走りに進んでいた。

 儲けすぎた先ほどの客を始末するためだった。始末したついでに、今日の客の儲けもそっくり回収しようという魂胆だ。

 特に小判はどうあっても回収したい。

 鉄火場の経営は、客が賭博に勝っても負けても儲かる仕組みにしてある。勝ち過ぎた客は雑木林で殺し、戦利品を徴収すれば、黒字経営が維持できる。

 新之助の手下は三人。権三、佐助、庄兵衛。いずれも新之助一家の選りすぐりの剣客だ。

 魔左衛門は雑木林の中央付近で見つかった。

 新之助、庄兵衛は魔左衛門の正面に回り込み、刀を抜く。

 後方では佐助が刀を抜き、権三が槍を構える。

「お客さん」新之助が言う。「今日はツキがなかったと諦めな」

 庄兵衛が奇声を発して斬りかかる。魔左衛門はわずかに体をかわし、居合抜きのように抜刀とともに庄兵衛の腹を横一文字に薙ぐ。

 庄兵衛の上半身は下半身から滑り落ちる。腹から上がなくなった足は、血を吹き出しながら、走ってきた勢いで倒れる前に数歩歩く。

 魔左衛門は新之助を睨みつけながら刀を八相に構える。

 剣の上級者ならば、構えを見ただけで相手の実力がわかる。新之助は魔左衛門が相当の手練れであることを悟る。

 ましてや魔左衛門が手にしている刀は名刀、『村正』だ。『村正』を持てば三流の剣客は二流、二流は一流。一流の手練れが扱えば、その強さは天下無双だ。

「気をつけろ」新之助が言う。「こいつはお前らが差しで戦って斬れる相手じゃねえ。全員でいっせいに斬りつけろ」

 佐助の剣が魔左衛門の剣と切り結ぶ。

 その瞬間を新之助は見逃さない。

 新之助の一撃が魔左衛門の左手首に命中する。

 青緑色の血が噴き出す。

 魔左衛門の左手首が地面に落ちる。

 切り落とされた手首の傷口から、ジュゥゥゥゥーと音をたてて白煙が上がり、卵の腐臭がたちこめる。

 魔左衛門は右手一本で握った刀で佐助ともう一合切り結ぶと、よろけるように後ずさる。

「死ねっ」

 権三の槍が留めとばかり魔左衛門の胸を突く。

 魔左衛門は胸から青緑色の血を吹き出しながら権三を睨みつけ、無言のまま佇んでいたが、佐助が一太刀浴びせると、おもむろに仰向けに倒れる。

「手間かけやがって」新之助が言う。「こんな強いやつは久しぶりだぜ」

「親分」佐助が言う。「早いとこ、小判を取り戻しちまいましょうや」

「まかせたぞ」

 佐助は魔左衛門の死体に近づくと、しゃがみ込んで魔左衛門の懐に手を入れる。

 左手の傷口からはなおも音をたてて白煙が上がり、卵の腐臭はさらにひどくなった。

「親分、見つけましたぜ」

 佐助は得意そうに小判を新之助に見せる。

 すると左手の傷口から肉が盛り上がり、たちまち五本の指を持つ手の形に変形していく。

 手が生えてきたのだ。

「佐助、気をつけろ」

 新之助が言うより早く、生えたばかりの左手が佐助の喉元を掴む。

 小判が地面に落ちる。

 魔左衛門は佐助を掴んだまま起き上がる。

 佐助の体は宙に浮く。手足をばたばたさせる。

「佐助!」権三が叫ぶ。「逃げろ!」

 魔左衛門が右手の刀で左衛門の腹を突くと、佐助は動かなくなる。

 魔左衛門は佐助の死体を軽々と権三に投げつける。権三は投げつけられた死体の重さに耐えきれず転倒する。

 新之助は腰を抜かして動けない。

 魔左衛門は小判を拾うときびすを返し、何事もなかったように元の道を歩き続ける。

 着物は青緑色の血で汚れていたが、傷はすべて癒えているようだった。

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