第4話
鉄火場(賭博場)に似合う、少し影のある年増の美人だった。
壺振りの女賭博師は、黒い着物の掛け衿から肩腕を出し、右肩の柔肌と白いさらしに巻いた胸元を露出している。
壺を持つ右手と賽を持つ左手を交差させる。左手には人差し指と中指、中指と薬指にそれぞれ賽をはさんでいる。
「入ります」
中盆が言うと女賭博師は賽を壺に入れ、軽く振った後、
魔左衛門は目をつぶる。
頭の中で壺の中身がうっすらと浮かび上がる。
賽は二つとも赤い点が上を向いている。
魔左衛門は駒を丁に張る。
「丁半出そろいました。勝負」
女賭博師が壺を開ける。
「ピンゾロの丁」
魔左衛門は駒を受け取る。
盆茣蓙の周囲には十数人が座っている。魔左衛門から見て、手前側が客、向こう側が興行主の博徒。
二個の賽を振り、足した数が偶数なら丁。奇数なら半。あらかじめ駒を買い、丁半いずれかに賭ける。駒は鉄火場の入口で換金できる。
鉄火場に来てから魔左衛門は勝ち続けていた。目をつぶると壺の中が見えるからだ。なぜ見えるのかは魔左衛門にもわからない。
死人憑になると、こういう神通力も備わるのか。先日の茶屋で、坊主が死ぬ前に聞いておくべきだったかも知れぬ。
魔左衛門が出ていこうとすると、中盆の隣に座している黒い眼帯をした初老の男が呼び止める。おそらくこの鉄火場の貸元だろう。
「お客さん、もう一勝負お願いしますよ」
「......」
「お客さん、いい刀お持ちですね。名刀、『村正』じゃありませんか」
眼帯をした貸元の話では、名刀には二種類あるという。
一つは床の間の飾り物として骨董商に高く売れる美しい刀。もう一つは人を斬る道具として値打ちのある刀。『村正』は後者の名刀だという。
「よかったら、その刀とこいつを賭けませんか」
眼帯をした貸元は懐から小判を取り出し、盆茣蓙に置く。
次の勝負は貸元と魔左衛門の二人の一騎打ちとなり、他の客は見物することになった。
「入ります」
魔左衛門は目をつぶる。今度は刀を半に張る。
「勝負」
壺を開けると、魔左衛門の脳裏に浮かんだとおりだった。
「サブロクの半」
周囲からどよめきが上がる。眼帯をした貸元は舌打ちする。
魔左衛門は小判を受け取ると、その場を去った。
鉄火場は、廃屋となった場末の元旗本屋敷を改築したものだった。
魔左衛門は雑木林に通じるけもの道ともつかない細道を進んで行った。
雑木林を過ぎれば、玉村宿に出るはずだった。
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