第5話 怪談!アメリカの幽霊ホテル【シカゴ編】
「ヨ・ウ・コ・ソ・・」
ギィィィィーっと、マホガニーでできた扉を開いた。
重厚な扉を開けたとたん、
ムッとカビ臭い異臭が鼻をついた。
アメリカ人の老人は、
たどたどしい日本語で、そう呟き、
ゆっくりと頭を垂れた。
腰の曲がったこの老人が、
このホテルの管理人だった。
20数年前、米国で一人旅をしていた。
他のホテルは満室で
友人の紹介でこのホテルに
泊まることになってしまった。
なんとも薄気味悪く、
いやな予感がした。
なぜ友人が、このホテルを薦めたのか、
サッパリわからなかった。
アメリカ人の冗談だろうか。
ホテルの中は、暗く、
靴がフカフカと絨毯に沈んだ。
今は黒垂れて、ほとんど模様が見えないが、
高級なペルシア絨毯だったのであろう。
天井は高く、
みごとなオーナメントが、
剥がれ落ちそうだった。
クモの巣だらけの大きなシャンデリアが、
妖しげにブラ下がっている。
壁紙は剥がれ落ち、
下水の水が漏れているところは、
真っ黒いカビが生え、
マダラ模様にみえる。
1900年頃、創業当時は、
贅を尽くしたホテルだったのだろう。
今は、薄気味悪い幽霊屋敷にしか見えない。
「エレベーター、コ・チ・ラ・・・」
これまた重厚な彫刻が施している扉を開くと、
木製のエレベーターが、キィーコ、キィーコと下りてきた。
暗いエレベーターに乗った。
樫の木で、精緻な彫刻をほどこしたレバーが
大小10個あり、
手動で動かしている。
レバーを降ろすたびに、
ガッタン、ガタンと、
下の階に落ちてしまうかと思うほど、
エレベーターが前後左右に、
大きく揺れた。
老人は、暗いエレベーターの小さなイスに腰を下ろし、
うつろな目で、天井の片隅を見つめ、
しきりに何か呟いているようだった。
部屋についた。
ベッドは天蓋付で、
重厚なネオクラッシックの彫刻がほどこされていた。
部屋もベッドもシーツも、全てひどくカビ臭い。
しかし、旅の疲れがドッとでたのか、
泥のように眠ってしまった。
突然、人の気配で、目が覚めた。
空気は、氷のように凍てつき、冷たい。
得体の知れない寒気が全身を走った。
女だ。白いドレスを着た女だ。
ベッドの側に立ち、
ゆっくりと頭かたむけ、
こうべを垂れた。
そして、消えた・・・
私の叫び声をきいて、
管理人がすぐにきてくれた。
「ああ、またですね・・・
でも、悪いおひとじゃないんですがね。
他の部屋も似たようなものです。
聖書をお読みになれば、
あの連中は、ちょっとは静かにしてくれますよ」
管理人は、
分厚い皮表紙のギディオンの聖書を
指差した。
「日本人は、グリーンティーがお好きですよね。
熱いお茶でもいかがですか」
ポットにお湯を沸かし、
お茶の準備をしてくれた。
「以前は、もっと日本人のお客が
たくさんきたんですがね。
近頃は、サッパリです。
日本の方に、宣伝してくださいよ、このホテル」
熱い煎茶を、丁寧に入れながら、
老人は、ニンマリと笑った。
日本の人に、宣伝すると約束したものの、
あれから20年以上も経ってしまった。
シカゴの幽霊ホテル。
まだ、あそこにあるのだろうか。
<おしまい>
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