第3話 怪談!お稚児さんといが餅
「あんたぁ、
子供の頃、
いが餅が好きじゃッな・・」
年末に実家に戻ったとき、
父こういった。
「いが餅」というのは、
この地方独特のお餅だ。
いも餅や
だんご餅に
赤や黄色
いろとりどりに
染めた
お米の粒が
ひっついている。
「いが」のように
見える米粒が
ついているので
「いが餅」と
名前が
ついているのだろう。
<私がいが餅が好きだった?>
そうだっただろうか・・
食べた記憶が
全くなかった。
田舎の育ちは私は、
お菓子を食べる機会
がほどんどなく、
甘いものに
飢えていて、
お餅を食べた記憶は、
全て覚えている。
「それって、
秋祭りの
お稚児さんのときよ」
母がつけたした。
たしか、私が5歳の頃秋祭りで、
お稚児さんに扮したときだ。
私はすっかり忘れていたが、
ある記憶を思い出したのだ。
そう、不思議な記憶・・・
この地方で、
9月に新嘗祭
(にいなめさい)
があった。
昔は、どの農村でも
みられた
秋祭りのことだ。
親戚が寺の住職をしていたので、
稚児に扮する子供を捜していた。
私がお稚児さんに
なるよう
白羽の矢がたった。
「さぁさ・・
ヨウコソ・・
ヨウコソ・・」
世話役の女性は、
私の叔母だった。
お稚児さんになった私は、
真っ赤の着物を着せられ、
真っ赤の帯を前に結んでいた。
おかっぱ髪の頭は
そのままだったが、
顔は、白粉で
真っ白に塗りたくられた。
おちょぼ口の
下唇には、
花びらの形に紅を塗られ、
頬には、
ほんのり紅をさしてくれた。
「あんたぁ、
顔が小そうてぇ、
口がおちょぼ口
じゃけぇ、
お稚児さんが
よう似合っとぉ」
叔母が
陽に焼けた
頬を
さらにシワだらけにして
にっこり笑った。
祭りの日は
秋晴れの日だった。
村人が
ごった返していた。
土埃が
もうもうとたつ。
ひなたくさく
玉ねぎや
大根
豆を干した
乾いた匂いが
ぷ~んとする。
ぴぃ~ひゃら
ぴぃ~ひゃら
とんとこ・・
とんとこ・・
祭りの笛と
太鼓が
耳をつんざく
ひどい頭痛がした。
黄金(こがね)色の
重い冠が
頭に食い込んでいた
せいだと思っていた。
突然、
睡魔がおそった・・
祭りの最中は
鋒(ほこ)の上で
うとうと寝てしまった。
私の横に
別のお稚児さんが
いつのまにか
座っていた
誰だろう?
見たことがない
子供だった。
小顔で、
おかっぱ。
色白
華奢な体つき。
鼻筋がとおり、
二重のきれいな
茶色いビー球を
二つ
はめたような
大きな目だった。
秋の日差しに
照らされて
万華鏡のように
黒曜石のように
キラキラと
輝いていた。
長くて
黒い
まつげは
濡れそぼっていた。
こんなきれいな
子供だったら、
田舎では
目立つので
見覚えがあるはず・・・
「私はヒロ・・・
あなたはだ~れ?」
私の方が
「あなたは誰?」と
ききたかったが
眠くて
眠くて
声がでない。
突然、
目の前に
そなえてある
いが餅を
つかんで
その子は
叫んだ。
「あ~
いが餅じゃ~。
やっぱり、
ここの
いが餅、
おいしいわぁ~」
なにやら
京ことばで
話していた。
こんな田舎に
京都から
引っ越してきた
女の子だろうか・・・
祭りの後、
父が笑いを
抑えるように
私にきいてきた。
「あんたぁ~
いが餅が
おいしい
おいしい
ゆうて
パクパクと
よう食べたなぁ。
そんなに
好きじゃッたら
もう少し
買うて帰ろうか」
父がにこにこして
話してくれたが
私には全く
身に覚えがなかった。
世話役の
叔母には
祭りの最中は
うとうと
半分寝ていたこと。
祭りの最中に、
気がつくと
鋒に
見たことのない
子供が
お稚児さんに
扮していたこと。
その子供が、
お供えの
いが餅を
よく食べていた
ことを話した。
「鋒には
あんた以外
お稚児さんは
誰も
おらんけん・・。
あんたぁ~
それは、
この社の
カミさんじゃあ。
カミさんがあんたに
乗り移ったんじゃあ。
めでたいことじゃ。
カミさんが
いが餅が好きでなぁ。
おいしゅう
たくさん
食べてくれはったら
縁起がよかろう。
今年も豊作じゃあ」
なんでも
祭りのメインは
神輿でも
鋒でもなく
実はお稚児さん
なのである。
お稚児さんは
カミさまなのである。
祭りのときに
供される
餅は
カミと
共食(きょうしょく)
する神聖な
食べ物だ。
カミが宿るときは
急に眠くなるのだそうだ。
大きくなって
最近、
村の人達から
「いが餅」の
由来を聞いた。
この周辺は、
以前は「ヒロ」
という名前の村だった。
明治17年8月に、
大型台風に襲われた。
堤防が決壊した。
塩抜きができない
ため米作ができず、
村人は飢えに
苦しむ状況が続いた。
食うや
食わずで
腹をすかした
村の者は
それでも
祭の時に
カミさまのために
芋団子のまわりに
色付けした
お米を貼り付け、
あたかも
米の団子のように
見せかけた。
秋祭りのときに、
「いが餅」を
供えた。
「ヒロ」の村の
カミ様が
おいしく感じた
のであろうか。
村人の苦労を
あわれに
思ったのだろうか。
海軍が進出した
明治22年以後、
大量に海軍及び
海軍工廠が
買い取りしたため
たちまち県下一
裕福な村となった。
以後、村人は、
「ヒロ」のカミが
「いが餅」を
お気に召し、
そのために
福をもたらしたと信じた。
それ以来、秋祭りのとき、
豊作を祈願し、
福をもたらすよう
「いが餅」を
ふるまうように
なったのである。
<おしまい>
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