第2話 怪談!英フェリックストーの亡霊

私は、今イギリス東部

フェリックストー(Felixstowe)にいる。


真夏の8月だというのに

海の色は墨汁を垂らした

漆黒色であった。


北海からたたきつける

冷たい風が頬をたたきつける。

顔が、しびれて痛い・・・


フェリックストーは、

小さな村だが、

古代ゲルマン、

古代ローマを経て

ノルマン人の侵略を

歴史にきざむ。


17世紀に

オランダとの戦争では、

侵略したオランダ兵を

撃破したことで知られる。


ビクトリア朝後期において、

産業革命により

大英帝国の繁栄と

富裕な中流階級の台頭により、

また、リゾート地として、

有名になった。


ここフェリックストーにある

ランガート要塞は、

1667年の

イギリス侵略を守り抜いた。


現在の要塞は、

18世紀に増設したものだ。

第1次世界大戦と

第2次世界大戦を戦い抜いた

ごつごつとした

無骨さを残していた。

鉄と風雨にさらされた

黒くたれこめた

墨汁のような汁が

染み付き

むき出しのコンクリートが

その戦闘の激しさを物語る・・


黒っぽくなった

コンクリートの塊の門をくぐると、

そこが受付だった。


「Welcome…(ヨウコソ・・)」

フェリックストー要塞の受付の

イギリス人の老人だった。


身長は145センチ

くらいだろうか。

かなり小柄だ。


干からびた黄色の顔は

しわくちゃだった。

しわだらけの顔を

くちゃくちゃにしながら

よろよろと

ゆっくり立ち上がった。


「幽霊ツアーがありますよ・・

いかがですか・・・」


フェッッフェッと笑いながら、

受付の老人は

幽霊ツアーの説明をしてくれた。


フェリックストー要塞には

幽霊がでるという。

ここの兵隊達は、

自分が死んだことも気がつかずに、

亡霊となっても、

まだ要塞を見回っているという・・・


イギリス人は、

どうやら

本気で幽霊を信じている

ようだ。


ロンドンでも幽霊ツアーは

信じられないほど

盛況だったのも

うなずける。


その理由もよくわかる。

真夏だというのに、

2、3度という気温の低さ。

鉛色の空

墨汁色の荒れた海

幽霊船でも

でてきそうな気配だ。


観光客は誰もいなかった・・・

頭を殴られているような

北海からの強風が

全身をたたきつける。


受付のちょうど、向かいが

門の歩哨部屋だった。

中に入ると、

鉄の頑丈な扉がある。

そこを、必死で

こじ開けた・・・


ぎぃいいい・・・・・


地獄の底の扉が、

重く開いたようだ・・


歩哨部屋は、

思ったより小さかった。

埃がうっすらと

床につもっている。


小さな錆びだらけの

鉄の簡易ベッドが

ズラリと置いてある。

長さは、160センチ

くらいだろうか。

当時のイギリス人は、

小さかったのだろう。


粗末なベットの上に、

ボロボロの

白と深緑の

縞模様のマットがあった。

マットはぺちゃんこで、

カビだらけだ。


こんな粗末なベッドで

仮眠をとりながら、

真夏でも

底冷えのする

要塞の警備は

想像を絶するほどの

大変だっただろう。


歩哨の兵隊は交代で

見張りをしていたようだ。


バタン・・・・!

ふいに、

重い鉄の扉が閉まった。

さび付いているのか

押しても引いても

ビクともしない。

大声を張り上げて、

助けをよんだ。


困った。

他に観光客は見なかった。

ここの管理人も

もしかすると

あの受付の老人だけ

だろうか。


すると、

コツ、コツ、コツ・・・・

と軍靴の音がきこえた。


きぃ・・・・

と錆びた音をたてながら

ドアが突然ひらいた。


あの受付の老人が

開けてくれたのだろうか。


コツ、コツ、コツ・・・・

遠くから

規則正しく

力強い

長靴で歩く

靴の音が

コンクリート製の

廊下いっぱいに

響いていた。


受付に戻ると

不思議なことに

あの受付の老人が

イギリス人らしく

誇り高く

ミルクがたっぷり入った

テトレーの

紅茶を入れていた。


大英帝国の名残を

残すかのような

アンティークの

ティーカップで

ゆっくり

すすっていた。


私は息せき切って、

今さっき

歩哨部屋に誤って

閉じ込められそうに

なったことを話した。


あなたが開けてくれたと思ったが、

他の人が親切に

開けてくれたことなど

事故のことを説明した。


すると受付の老人は、

フエッ、フエッ、フエッ、と

肩をゆすりながら

笑った・


「この要塞には、

私以外誰も管理人は

誰もいませんよ・・

今日のお客様は、

あなたお一人です・・・」


「それに、あの歩哨部屋は、

以前、事故があったんですよ・・・

観光客が、

一晩閉じ込められましてね・・

ちょっと、悪夢をみたらしく、

うわごとをいっていましたよ・・」


受け付けの老人は

続けていった

「それ以来、あの部屋には

ドアにカギが

かかっているはずです」


私は、全身が凍りつき

立ちすくんだ・・

あの歩哨部屋が、

偶然開いていたとして、

誰が開けてくれたのだろうか。

確かにはっきりと

長靴の足音が聞こえた。


やっぱり、

フェリックストーの亡霊だろうか。


管理人が、ニタニタと

イジワルで

そして、

気味の悪い笑みを

たたえながらいった。


「フェリックストーの亡霊は

いかがでしたでしょうか・・

いえいえ・・・

亡霊ツアーに参加する必要は

ございませんでしたね。

でも、思った以上に、

楽しかったでしょう・・・

さあさ、寒いでしょう。

中にお入りください。

ミルクティーは

いかがですか」


伊万里焼のような

薄い白地の

ブルーの

カップから

私はミルクティーをすすり、

だされた

スコットランドの

ショートブレッドという

バタークッキーを

ぽりぽり

かじった。


「またのお越しを

とても楽しみにしております・・」


受付の老人は、

またもや

フエッ、フエッ、フエッ、と笑った・・・

老人は、

しわだらけの顔を

ますます

くちゃくちゃにして、

笑った。


口からは、

緑色のかけた前歯が

真っ黒歯茎から、

一本だけはえていた。


<おしまい>

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