世界物怪・忌憚録

久喜尼子

第1話 怪談!「呪いの達磨」

私の会社の机に

赤い達磨さんが、

チョコンと座っている。


なぜかって・・・・


色んな人が同じ質問をするので、

これからお話ししましょう・・・


この達磨さんは、

「呪いの達磨」

として恐れられていたのです。


会社の同僚は、

「呪いの達磨」

「タタリがある・・」

と囁き、みな気味悪がっていました。


なんでも、新規プロジェクトの祈願で

上席が勝手に買ってきたものらしい。


(やれやれ・・・またか・・・)


プロジェクトの立ち上げや、

新規企画で、

達磨を買って、ほおっておくと、

するとロクなことがおこりません。


プロジェクトが失敗どころか、

プロジェクトに関わった人間は

不慮の事故みな遭っています。


会社の同僚達が噂をしていた

「呪いの達磨」の会社伝説とはこうだ・・・


残業していると・・・

誰もいないはずなのに、

読経が聞こえたり、

木魚の音が聞こえる。


突然、蛍光灯がつけたり消えたりする。

コンピューターが突然、ダウンする。


会社の達磨の置いている階が、

ガタガタと揺れ始める。

地震かと思いきや

うちの会社の達磨が置いてある

会議室だけが、揺れているのです。


ある同僚は、書庫の棚が落ちてきて、

重症を負った。

ちょうど、私の目の前で・・・・


「おまえが、『呪いの達磨』を処分してこい」

それが、この日の業務命令でした。


私は「呪いの達磨」の厄払いをし、

奉納できる寺を探し、

上席から承認をえて、

就業時間中に慌しく

いってきました。


この「達磨奉納」の専門の寺の住職が、

私の大叔父でした。


住職に、この「呪いの達磨」の話をした。


住職は、不思議な微笑みで

にこにこと達磨をみつめた。


自分の坊主頭を左手で、なでながら

「呪いの達磨」をいとおしそうに右手でなでた。


「えらかったのう・・・

つらかったじゃろう・・・

つらかったじゃろうてぇ・・


こんなに埃だらけで

汚のうてはのうぉ・・・

まあ、ワシもさんざんひどい目におうたが、

おまえもひどい目に遭ったのぉ・・

じゃがもう、大丈夫じゃ・・・

安心せぇ・・・」


「会社の連中は、

達磨の呪いじゃと噂しとるのじゃろう。

なにを簡単なことじゃ。

せめて、埃くらい

とってやればいいことなのじゃ・・」


「『達磨』の由来は、

仏教伝来からといわれているが、

実はもっと古いものじゃ。


古くは、有史以前の「首狩族」のような

風習からはじまっとる。


つまり・・・・

霊力のあるものや、

力の強いものの首を切り、

その恨みつらみが、

呪いやタタリになり、

その力を利用して、

神として祀る。


その魂を操ることによって、

邪気や悪鬼を祓い、

または敵を呪い殺す祈願をするものだ。


コドウにも近いものかもしれん。


8世紀には、

コドウが禁止されたという記録が

日本にある。


禁止するくらいじゃから、

頻繁に行われたのだろう。


戦国時代や幕末ですら

武将は沢山の坊主を従え、

祈願するときに、

坊主の首を切り、

敵を呪い殺す呪術をしたという。


「テルテル坊主」の童謡も、

天気にしなければ、首を切るという、

かつての風習が童謡になったものじゃ。


時代がくだると、

「坊主を殺すと、三代祟る」とか、

人間の首を

そうそう切るわけにはいかんから、

後に犬の首やサルの首、

狐や狸の首にかえたんじゃろう。


日本狼が絶滅したのは、

このコドウのせいじゃともいわれる。


狼が絶滅し、

動物すら難しくなると、

木や竹で張りぼてをつくって、

そこに邪気かけ

代わりにしたのじゃろう・・


人間の首を切ったあと、

晒したり、

人々が恐ろしがったのも、

この風習があったからじゃろう。


このあたりでは、

平の将門の首塚が有名じゃのう。


このコドウの風習が、

仏教伝来とともに、

坊主に転化して

良い運をもたらす神様として、

「達磨さん」

として、お土産屋に

簡単に買えるように、

なったというわけじゃ。


しかし、もともとはコドウからきておる。


どんなに恨みを残して死んでいき、

タタリ神になっても、

『カミ様』

『カミ様』

と生きておる人間から

あれしろ、

これしろと

いろいろ頼まれたら

悪い気はせん。


恨んだ人間を祟るヒマすらないじゃろうてな。

北野天満宮に祭られている

菅原道真がいい例じゃ。


拝むものがおらんようになったり、

祀らんようになると、

自分を殺した相手や

憎い相手の

恨みを思い出し、

たちまち暴れだし

タタリ神になるんじゃて・・・

そうじゃ、のうぉ・・・」


そうじゃ、のうぉ・・・って誰に

いっているんですか?

叔父さん、じゃなくって、住職さん。


「無論、達磨さんじゃぁ・・

ほうじゃのうぉ・・・

なんでそんなことをワシが知ッとるかって?


ワシは何んも知らんゾ。

この達磨さんが、

全部今教えてくれるんじゃて・・・」

住職は、ニッコリと微笑んだ。


気のせいか、「呪いの達磨」も笑っているようだ・・


「達磨さん、喉が乾いとるけぇ・・

酒ぇ、もってきてくれんかのぉ・・・

土間に、カモヅルがある。

一升瓶の底に、

ちいぃっと、酒がのこっとたのぉ・・」


私は、いそいそと土間へいって、

「呪いの達磨」のために、

カモヅルをおちょこに一杯、汲んできた。

そして、素焼きの梅干甕(かめ)をあけ

塩の結晶が固まった

梅干も一つ小鉢にいれて

そろそろともっていった。


カモヅルのおちょこを捧げて、

何やら、「呪いの達磨」に向かって

ヒソヒソと囁いた


「もう、大丈夫じゃ・・

この達磨さん、うれしいぃ・・

梅干おいしいぃとゆうとるわ」


私は、小さな畳のお座布団を

「呪いの達磨」のために買ってきた。

そして、お座布の上に、

達磨さんが、ちょこんと座っている。


それから毎日、

会社の机に座している

「呪いの達磨」に

小さなオチョコにきれいな水をささげ、

埃をはらっている。


心なしか、「呪いの達磨」が

微笑んでいるようだ。


私の会社の机に、

達磨さんがあるのは

そういう由来からなんですよ。


<完:「呪いの達磨」>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る