⑫少年よ
金色の火の粉を掻き分け、シロはクレーターの中央を
〝
シロの全身を包む骸骨がコートが、遺灰のような粒子に変わり、末端から崩れ落ちていく。おどろおどろしい着ぐるみを脱ぎ捨てると、シロはタニアと視線を重ね、路傍の花を見付けたように微笑んだ。
あの頃、メイクさんの尽力により、曇り一つなく磨き上げられていた顔は、ススと血で黒ずんでいる。カーディガンもワンピースも、ひまむらのセール品だ。オーダーメードの一点物ではない。
でも笑顔の輝きは、避難所で出逢ったお星さまに他ならない。
タニアは六年間、人生の半分以上に当たる時間、あの微笑みを追い掛けてきた。少しでも近付きたい一心で、机に
〈
毎日毎日、〈
いや、わざわざ誓う必要もない。
何しろ〈
避難所の出口に引き裂かれてから六年後の今晩、タニアは悲願の時を迎えた。
にもかかわらず、突進以外失念するはずの足は、お行儀よく踏み止まっている。お
出来ることなら、すぐにでも〈
でも真の名前を口走れば、自分との距離を思い出させてしまうかも知れない。
その可能性が脳裏を過ぎると、喉で足止めを喰らう。再会の瞬間をシミュレーションしていた時は、世界中に響かせられた名前が。
〈
商店街はおろか地球の裏側で訊いても、その名を知らない〈
〈
それに引き替え、タニア・ミューラーは
気軽に声を掛けるな――。
〈
むしろ〈
身分と一緒に居場所を思い出した〈
洗濯物を取り込む背中、
横並びの布団、
机の後ろで見守る眼差し――。
この二ヶ月間、「おはよう」と「おやすみ」の間に幾らでも転がっていた景色――だが喉の奥に閉じ込めた名前を解放すれば、世界の果てより遠くなる。またテレビや写真でしか、大好きな微笑みに出逢えなくなってしまう。
……また「行かないで」を呑み込むのか?
牽制するように自問すると、避難所での別れが脳裏を過ぎる。
体育館の玄関に五歳の少女が立ち、〈
大好きな人を困らせたくない一心で踏ん張った足は、今にも走り出しそうにつま先を揺り動かしていた。無理矢理現在地に貼り付けられた靴底が、腹いせに緑のマットをこね回している。
手を振ってすぐ背中に回した左手は、伸びようとする右手を押さえ付けている。
金色の髪が視界から消えても、少女は玄関から動かない。涙を流すことすら出来ない瞳は、ただひたすら背中の消えた方向を眺め続けている。
またあの時のように、〈
恐る恐る自分に問い掛けただけで、タニアは身震いに襲われる。
衣服はおろか肉まで剥がれたような寒さは、添い寝を失った後の避難所に他ならない。どんどん小さくなっていく背中を見届けるのは、一回だけで充分だ。
では正体に気付いたことを黙っている?
いや割れた皿を隠しただけで目の泳ぐ大根役者に、知らないフリを続ける器用さはない。そしてまたアケデミー賞レベルの演技力を持っていたとしても、〈
何しろ〈
触れてもらった部分を国宝のように撫でる手付き――。
脳天の直前で遠慮する拳骨――。
凡人にはタチの悪い風邪にしか見えない仕草も、〈
何より今タニアの目の前には、一生手が届かなかったかも知れない微笑みがある。あるのだ。微笑み掛けられて以来、鼓動は胸を連打し、走れ! 走れ! と身体を急き立てている。
小利口な分別も今には無関係な今後もかなぐり捨てて、〈
声を出すべきか? それとも黙っているべきか?
タニアが苦悩している間にも、シロは容赦なく歩み寄ってくる。結局答えの出せなかったタニアは、目の前のシロから視線を逸らした。
「ふぃ~、ちかれたび~」
冴えない営業マンのように背中を丸め、シロは
「『ない』ものをを実体化する〈
講義を終えると、シロはワンピースの裾を
派手に立ち回ったせいか、シロお気に入りのそれは肩口や背中がビリビリに裂けている。白かった生地は血やススで薄汚れ、まだら模様にリメイクされていた。
「やっぱドンパチなんてするもんじゃないですね。マーシャさんに買ってもらったお洋服も、ボロボロになっちゃうし。
リストラ予備軍のように肩をトントン? ひまむら安心価格一〇〇〇イェンで買い叩いたワンピを、
〈
閑古鳥の巣窟での二ヶ月間が、倹約を常態化させてしまった? いや晩餐会を渡り歩いていたはずの頃も、真っ平らなチューブから歯磨き粉を
避難所で拝見した振る舞いと、ミューラー家で
間違い探しのつもりで、二つの記憶を照らし合わせてみる。
穴が空くほど見比べても、名前以外の変化は見付からない。
特別あつらえのお召しものを
それが、その〈ロプノール〉でもなかなか見ない小市民こそが、タニアの知る〈
〈
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