⑤Cyclone Effect

 ぼこ……ぼこ……ぼこ……。

 次々と骨の腕が生え、生え、シロの足下にい茂る。またたく間にシロの膝下を覆い尽くすと、骨の手は一斉に手の平を地面へ押し付けた。

 ぐうっ……! とひび割れた肘が伸び、骨の手を空中に跳ね上げる。たちまちシロの足下が土饅頭どまんじゅうのように膨れ上がり、腕だけを出していた骸骨が地表を突き破った。


 シロの足下から骸骨の群れが溢れ、溢れ、無尽蔵に溢れ出す。

 亡者どもは全身ヒビだらけで、髑髏に大きな穴が空いているものも少なくない。焼け焦げた肋骨からはススが飛び散り、シロの周囲をどす黒く濁らせていく。どうも黄泉よみの国では、タニアの想像を絶する拷問が行われているらしい。


 確かにタクラマカン砂漠は遥か紀元前から人々の行き交う場所で、何度か戦争もあった。だが幾ら何でもシロの足下を掘り返しただけで、際限なく骸骨が出て来るとは思えない。DO―KYOどきょうと共に出現したことも踏まえるなら、骸骨はSOTOBAそとばの機能によってどこかから呼び出されているのかも知れない。


 けたけたけた……。

 欠けた歯を、関節の緩んだ四肢を奇怪に打ち鳴らしながら、骸骨どもがシロの身体を這い上がっていく。四つん這いの大群があっと言う間にシロを覆い尽くし、今度は格子こうしじょうに絡み合う。クモの仔のようにすばしっこい動きが止まると、シロは骨で出来たサナギに幽閉されていた。


 モグラと肩を並べているところから見て、二㍍近くはあるだろうか。

 頭蓋骨や肩胛骨けんこうこつで大分デコボコしているが、なだらかな三日月型はチョウのそれに瓜二つだ。また一般的なサナギ同様、目をらしても中身を覗くことは出来ない。


 ずず……ずずず……。

 唐突な弱震じゃくしんを皮切りに、サナギの根元から生温かい霧が這い出す。薄気味悪い白煙はドライアイスのように地表を伝い、タニアの膝下を包み込んだ。

 潤いと言えば乾きかけの涙しかなかった空気が、真夏の丑三うしみどきのように蒸していく。夜の砂漠と恐怖の波状攻撃を受け、冷え切っていたはずの首筋は、あれよあれよと言う間に汗ばんでいった。


 ぎぃぎぃ……。

 どこからともなく古い階段がきしむような音が鳴り、トタン製の屋根をおどろおどろしく震わせる。裸電球がふっと消えると、霧の底から空き缶大の影が浮き上がった。

 燃え盛る焚き火が照らし出したのは、青白い位牌。

 人間が戒名とやらを書くと言う場所には、化石を思わせる画風で一輪の薔薇が描かれている。


 サナギの土台になった骸骨が位牌をかっさらい、地表の霧をえぐり取る。次の瞬間、タニアの目に飛び込んできたのは、世にも奇妙な位牌のバケツリレーだった。

 骸骨から骸骨に手渡される位牌が、上へ上へ更に上へと突き進む。加えて骸骨たちはルービックキューブのように位牌をこね回し、全く別の形に作り替えていく。「三角形のバイザー」と言ったその姿は、幽霊が頭に着けている「アレ」にそっくりだ。


 サナギの左肩から右半身のない骸骨が這い出し、元位牌のバイザーを受け取る。前進し、前進し、サナギに箱乗りし、骸骨は大きく背骨をしならせる。刹那、カルシウムの塊がサナギに突っ込み、シロの顔面が埋まっているはずの場所にバイザーを叩き付けた。


 間違いなく史上最強の焼香しょうこうが、骨のサナギを木っ端微塵に打ち砕く。途端に粉塵と化した骨片が噴き出し、タニアの視界を雪崩なだれのように塗り潰した。

 右手で煙を払い、左手で視界を歪ませる涙を拭い、タニアは派手に羽化したシロをうかがう。


 出来うる限り晴らしたはずの視界には、金髪も白い肌も映らない。


 ありありと見えるのは、禍々しく歯を食いしばった髑髏だけだ。


 髑髏と言っても、シロが血肉を失ってしまったわけではない。金属ともガラスとも付かない光沢は、それが骸骨をかたどった鎧であることを物語っている。

「鎧」と聞くと全身を金属板で覆った姿を想像しがちだが、シロのそれは日曜朝八時のヒーローに近い。まずスピードスケーターに似たボディースーツをまとった上で、頭や胴など重要な部位だけを装甲で守っている。


 ただでさえ限られた装甲だが、まともに役目を果たしそうなのはバイザー程度。その他の部分には、理科室の標本から借りてきたような「骨」しか着けていない。

 内臓の詰まった胴体を保護するのは、隙間だらけの肋骨。フルフェイスの仮面はひび割れた髑髏に過ぎない。


 頭の左側に至っては、額から耳の後ろまでごっそり欠けている。いびつな穴からは、脳のように絡まった管が覗いていた。

 桜色の輝きから見て、四肢をツギハギするように流れる光線は、〈発言力はつげんりょく〉の流動路だろう。薄汚れた白黒のコートは、鯨幕くじらまく――人間が葬式の時に掛ける幕にそっくりだ。


 墓穴から掘り起こされた死体――。


 タニアが瞬間的に抱いた感想で、それ以上のものが思い付かない形容詞だ。


 ボロボロに裂けたコートは痛んだ死に装束。青白い装甲は、そのものずばりヒトの骨。黒いチューブを何重にも巻き、ミイラのようにしたボディースーツは、腐って変色した筋繊維だ。鹿革に似た細かいシワが、干からびた肉と重なって仕方ない。

 死を体現した姿から目を放すことさえ出来ずにいると、タニアの身体は息絶えたように熱を失っていく。心臓の温度は、銃口を突き付けられた時より明らかに低い。


「へ、〈返信型へんしんがた〉の〈偽装ぎそう〉だと!? 何だ、何なんだ、何なんだお前は!?」

 音程の狂った悲鳴を発し、ギモンは鞭を持つ手を震わせる。

 彼女が表情を引きつらせるのも無理はない。

詐術師さじゅつし〉の世界において、髑髏の鎧のようなパワードスーツは珍しくない。〈PDW〉と呼ばれるそれは、警察の特殊部隊は勿論もちろん、〈NIMOニモ〉も所有しているはずだ。さすがに民間人が肉眼で見る機会はまれだが、報道番組には頻繁に登場する。


 ただし、世間が広く知る〈PDW〉は、元々「ある」ものだ。


 装着する際には能動的に――普通の衣服のように着る必要がある。何らかのポーズを取った途端、一瞬で装着されることはない。ましてや何もないところから突然現れる〈PDW〉など、〈アルカディア〉の特殊部隊でも持っていないだろう。


 そう、「ない」ものを実体化する〈返信型へんしんがた〉の〈偽装ぎそう〉は、ごくごく限られた場所にしか存在しない。

 現に超空間を作り出すための〈偽装ぎそう〉は、〈詐連されん〉が技術の粋を尽くして開発した代物だ。仮に一個人が〈返信型へんしんがた〉を所有しているとするなら、民家に粒子加速器があるに等しい。


 しかも実体化までの経緯を踏まえるなら、「ない」ものを「ある」ことにしたのはSOTOBAそとば以外にあり得ない。参考に言うと、超空間を実体化する〈偽装ぎそう〉は地上の街より大きい。もしリモコン大のSOTOBAそとばに同様の機能を詰め込んでいるとしたら、完全にSFだ。


「こ、こけおどしだ!」

 ぎこちなく頬を吊り上げ、ギモンは引きつった笑みを作る。

「〈返信型へんしんがた〉なんて不安定な代物、石をぶつけただけで消えちまうよ」

 威勢よく鞭をシロに向け、ギモンは腰の引けたモグラたちに進軍を促す。

 誰も出ない。

 棒立ちのモグラたちは、お前が行けよとばかりに互いを見交わしている。雄々しくオールを生やした足が、前に出る度に引っ込んでいる。


「何やってんだい!」

 苛立ちが頂点に達したギモンは、最寄りのモグラに鞭を振り下ろす。

 ドリュー!

 雄叫おたけびと呼ぶには悲痛な絶叫が上がり、やけっぱちに手足を振り回したモグラが駆け出す。

 大股の砂埃がシロに迫り、二㍍超の巨体から生じた震動がタニアの靴底を突き上げる。天井の裸電球が振り子運動を始めると、いい加減な積まれ方をしていたパレットがガラガラと崩れ落ちた。


 ドリュー!

 砂煙を振り切り、シロに肉薄したモグラが、頭上から腕のオールを振り下ろす。研ぎ澄まされた反射光が軌道上の空気を両断し、シロの胸に切り付ける。肋骨型の装甲から閃光がほとばしり、一瞬、タニアの視界を白く塗る。

 

 ドリュゥウ!?

 雄牛の断末魔?

 いやモグラの悲鳴だ。

 みっともなく唾液をまき散らしながら、攻撃を仕掛けたはずのモグラがうずくまる。拳大の目玉を歪め、歯茎をき出しにした姿は、鳩尾みぞおちでも突かれたかのようだ。

 弱々しく丸めた背中は、振り下ろしたばかりの右腕を抱えている。先端のオールは踏み潰した空き缶のようにひしゃげ、ぷしゅ~っと細い煙を棚引かせていた。


 鋼色のオールがねじ曲がった以上、直撃を受けたシロも無事では済まない。肋骨型の装甲は粉々に砕け散り、シロ自身も一〇㍍近く吹き飛ばされている。

 そう、常識的に考えるなら、それ以外の結果はあり得ない。

 だが実際のところ、非常識なシロは一歩たりとも動いていない。簡単に消えると断言された胸当てにも、かすり傷一つ見て取れなかった。

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