⑤Cyclone Effect
ぼこ……ぼこ……ぼこ……。
次々と骨の腕が生え、生え、シロの足下に
ぐうっ……! とひび割れた肘が伸び、骨の手を空中に跳ね上げる。たちまちシロの足下が
シロの足下から骸骨の群れが溢れ、溢れ、無尽蔵に溢れ出す。
亡者どもは全身ヒビだらけで、髑髏に大きな穴が空いているものも少なくない。焼け焦げた肋骨からはススが飛び散り、シロの周囲をどす黒く濁らせていく。どうも
確かにタクラマカン砂漠は遥か紀元前から人々の行き交う場所で、何度か戦争もあった。だが幾ら何でもシロの足下を掘り返しただけで、際限なく骸骨が出て来るとは思えない。
けたけたけた……。
欠けた歯を、関節の緩んだ四肢を奇怪に打ち鳴らしながら、骸骨どもがシロの身体を這い上がっていく。四つん這いの大群があっと言う間にシロを覆い尽くし、今度は
モグラと肩を並べているところから見て、二㍍近くはあるだろうか。
頭蓋骨や
ずず……ずずず……。
唐突な
潤いと言えば乾きかけの涙しかなかった空気が、真夏の
ぎぃぎぃ……。
どこからともなく古い階段が
燃え盛る焚き火が照らし出したのは、青白い位牌。
人間が戒名とやらを書くと言う場所には、化石を思わせる画風で一輪の薔薇が描かれている。
サナギの土台になった骸骨が位牌をかっ
骸骨から骸骨に手渡される位牌が、上へ上へ更に上へと突き進む。加えて骸骨たちはルービックキューブのように位牌をこね回し、全く別の形に作り替えていく。「三角形のバイザー」と言ったその姿は、幽霊が頭に着けている「アレ」にそっくりだ。
サナギの左肩から右半身のない骸骨が這い出し、元位牌のバイザーを受け取る。前進し、前進し、サナギに箱乗りし、骸骨は大きく背骨を
間違いなく史上最強の
右手で煙を払い、左手で視界を歪ませる涙を拭い、タニアは派手に羽化したシロを
出来うる限り晴らしたはずの視界には、金髪も白い肌も映らない。
ありありと見えるのは、禍々しく歯を食いしばった髑髏だけだ。
髑髏と言っても、シロが血肉を失ってしまったわけではない。金属ともガラスとも付かない光沢は、それが骸骨を
「鎧」と聞くと全身を金属板で覆った姿を想像しがちだが、シロのそれは日曜朝八時のヒーローに近い。まずスピードスケーターに似たボディースーツを
ただでさえ限られた装甲だが、まともに役目を果たしそうなのはバイザー程度。その他の部分には、理科室の標本から借りてきたような「骨」しか着けていない。
内臓の詰まった胴体を保護するのは、隙間だらけの肋骨。フルフェイスの仮面はひび割れた髑髏に過ぎない。
頭の左側に至っては、額から耳の後ろまでごっそり欠けている。
桜色の輝きから見て、四肢をツギハギするように流れる光線は、〈
墓穴から掘り起こされた死体――。
タニアが瞬間的に抱いた感想で、それ以上のものが思い付かない形容詞だ。
ボロボロに裂けたコートは痛んだ死に装束。青白い装甲は、そのものずばりヒトの骨。黒いチューブを何重にも巻き、ミイラのようにしたボディースーツは、腐って変色した筋繊維だ。鹿革に似た細かいシワが、干からびた肉と重なって仕方ない。
死を体現した姿から目を放すことさえ出来ずにいると、タニアの身体は息絶えたように熱を失っていく。心臓の温度は、銃口を突き付けられた時より明らかに低い。
「へ、〈
音程の狂った悲鳴を発し、ギモンは鞭を持つ手を震わせる。
彼女が表情を引きつらせるのも無理はない。
〈
ただし、世間が広く知る〈PDW〉は、元々「ある」ものだ。
装着する際には能動的に――普通の衣服のように着る必要がある。何らかのポーズを取った途端、一瞬で装着されることはない。ましてや何もないところから突然現れる〈PDW〉など、〈アルカディア〉の特殊部隊でも持っていないだろう。
そう、「ない」ものを実体化する〈
現に超空間を作り出すための〈
しかも実体化までの経緯を踏まえるなら、「ない」ものを「ある」ことにしたのは
「こ、こけおどしだ!」
ぎこちなく頬を吊り上げ、ギモンは引きつった笑みを作る。
「〈
威勢よく鞭をシロに向け、ギモンは腰の引けたモグラたちに進軍を促す。
誰も出ない。
棒立ちのモグラたちは、お前が行けよとばかりに互いを見交わしている。雄々しくオールを生やした足が、前に出る度に引っ込んでいる。
「何やってんだい!」
苛立ちが頂点に達したギモンは、最寄りのモグラに鞭を振り下ろす。
ドリュー!
大股の砂埃がシロに迫り、二㍍超の巨体から生じた震動がタニアの靴底を突き上げる。天井の裸電球が振り子運動を始めると、いい加減な積まれ方をしていたパレットがガラガラと崩れ落ちた。
ドリュー!
砂煙を振り切り、シロに肉薄したモグラが、頭上から腕のオールを振り下ろす。研ぎ澄まされた反射光が軌道上の空気を両断し、シロの胸に切り付ける。肋骨型の装甲から閃光が
ドリュゥウ!?
雄牛の断末魔?
いやモグラの悲鳴だ。
みっともなく唾液をまき散らしながら、攻撃を仕掛けたはずのモグラが
弱々しく丸めた背中は、振り下ろしたばかりの右腕を抱えている。先端のオールは踏み潰した空き缶のように
鋼色のオールがねじ曲がった以上、直撃を受けたシロも無事では済まない。肋骨型の装甲は粉々に砕け散り、シロ自身も一〇㍍近く吹き飛ばされている。
そう、常識的に考えるなら、それ以外の結果はあり得ない。
だが実際のところ、非常識なシロは一歩たりとも動いていない。簡単に消えると断言された胸当てにも、かすり傷一つ見て取れなかった。
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