⑨ピンクシューズ
陸上に船を走らせ、超空間まで建造する――。
地球の形を
事実、タニアが教科書やネットに習った限り、人間と〈
確かに〈
反面、種としての総数は人間の三分の一にも満たない。
鬼や天狗などと物々しい呼び方をされても、身体の構造自体は人間と一緒だ。斬られれば血が出るし、弾が当たれば死ぬ。武器を持たない一般の〈
「その上、最近は〈
愚痴を吐ききり、スッキリしたのだろうか。
苦々しげに吐き捨てた途端、マーシャは優しく息を吐く。
薄汚れた靴箱の三段目に、ピンクのランニングシューズが突っ込まれている。
タニアの愛用品であるそれは、持ち主の目から見てもボロ雑巾のように
「そういうお先真っ暗な中でもね、ターニャは一歩一歩〈
つま先からかかとまで小汚い靴を観察したマーシャは、
強い決意を代弁するかのように、マーシャの手が拳を結んでいく。一〇本の指が手の平に沈み込むと、日々鍋振りで鍛えた腕に高々と力こぶが浮かんだ。
「沸騰なんて世間様は笑うよ。そう、あの子は猪突猛進さね。でもそのまっすぐなところに私はパワーをもらってる。頑張らなきゃって思わされるんだ。だから応援してやりたい。あの子の夢が叶うように、私の出来ることは全部するつもりさ」
嘘だ! おばちゃんは呆れてる!
タニアの脳裏に響いた声は、明らかにエールへの感謝ではなかった。
むしろ頭痛を誘発する金切り声は、罵倒に反論しているかのようだ。
たちまち不快ではない衝撃が全身を駆け抜け、タニアの腰から力を奪う。
やがて板張りの床に腰が落ち、尻全体にひんやりとした感触が広がる。
それでもタニアには、自分のいる場所が夢の中にしか思えない。
マーシャの口から応援の言葉が出る?
今、目にしている景色が現実なら、絶対にあり得ない。あり得ないのだ。
〈
そう、伯母は〈
こうしている間にも、分別や理性では手に負えない何かが、胸の奥からこみ上げてきている。応援されていることなど認めてしまったら、その瞬間、マーシャにしがみつき、わんわん声を上げてしまう。
「あの子には内緒にしておくれよ。期待してるなんて知ったら気負っちまうだろうしね。それ以上に私がターニャの顔を見られなくなっちまう。ガラじゃないんだよ、応援なんて」
照れ臭さを隠すように大きく歯を見せ、マーシャは頬を掻く。
シロは快く頷き、心底嬉しそうに笑う。
そう、声援を受けたのが自分だったかのように。
「タニアさんが羨ましいです。絶対〈
マーシャの応援に、シロのお墨付きに、どう反応したらいいのか?
冷笑と否定にばかり対応してきたタニアには、答えを見出すことが出来ない。
ただ、これだけは言える。
もうこれ以上、
這うように回れ右し、二階の部屋を見上げる。深々と闇に閉ざされていた階段は、心なし下りた時よりも先が見えやすくなっていた。知らない内に夜明けが近付いていたのかも知れない。
出来る限り足音を殺しながら、経年劣化によって天然のウグイス張りになった階段を登っていく。
布団を頭から
限界まで肺が膨らんだのを見計らい、
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