⑧シルバータウン
「ただあの子の夢は、私ら以外には『夢』にしか聞こえないみたいでね」
言いにくそうに告げ、マーシャはパジャマの裾を揉む。
「……判るかな」
小さな声で応えると、シロは懐かしそうに
「
「あの子、〈
マーシャは悔いるように
おばちゃんが気に病む話じゃない!
悪いのは意地を張った私なんだ!
タニアは実際に叫びそうになるのを必死に
「どうだい? 正直なところ、あの子の夢は叶うと思うかい?」
「叶います。タニアさんが信じ続けられるなら、絶対に」
一切
真剣勝負でも申し込むように、まっすぐマーシャを見つめる眼差し――。
シロが口にしたのは、その場しのぎの言葉ではない。
「けど、気持ちだけじゃ乗り越えられない壁もあるだろう?」
「乗り越えられないなら、乗り越えられるまで挑み続ければいい。今日出来なかったからと言って、明日も出来ないとは限りません。日に一歩しか掘り進められないトンネルだって、投げ出さなければいつか必ず壁の向こうに出る。〈
理屈は判っても納得出来ないのか、マーシャは焦れったそうに髪を揉む。
「そうは言うけど、あの子が目指すのは三〇〇年に一人しかなれないお役目だろう? コツコツと頑張るだけでどうにかなるとは思えないさね。〈
「どちらかと言うと、あんまり要領がよくなかったような。被災地に送る千羽鶴が、黒魔術っぽい出来になっちゃうこととかザラでしたし。なまじ頭でっかちな分、一から一〇まで
決まり悪そうに頭を掻き、シロはテレビの上に羨望の眼差しを向ける。アルハンブラの力作である五イェン玉製のカメさんが、優雅に
「世間様がドン引きするほど粘着質で、いつまでも〈
「うちには家庭教師を雇ったり、〈
「恵まれてるとは言えないけど、問題ありません。〈
そこまで言うと、シロは突然辺りを見回し始める。
一通り人目がないことを確認すると、シロはしーっと口の前に人差し指を立てた。声を潜め、あくどくほくそ笑む姿は、わいろを要求する悪代官そのものだ。
「……踊りの審査なら大丈夫。ヲヴァQ音頭でも披露してやりゃ翻弄出来ますから。いいとこのぼっちゃん連中……ゴホン、審査員の皆さんには、クラーケン焼き臭い盆踊りが個性に見えるらしいんです」
表情から負の臭いを消し、シロは力強く頷く。
「だいじょぶです、絶対。タニアさん、どうしようもない〈
「……そうかい」
気が抜けたのか、マーシャはタニアを案じ、険しくしていた表情を
「シロちゃん、この町をどう思う?」
訊かれたシロは、顎に手を当てて少し考え込む。
「よく判らないって言うのが本音かな。感想を言っていいほど時間も
「私はこの町が好きさね。ターニャくらいの頃から暮らしてきたところだしね。でも、ずっと今のままってわけにはいかないさ。近い将来、この町は統廃合されるだろう」
マーシャは壁に目を移し、ずっと前に終わった
「通りに人が溢れるのは大型連休くらい。頼りの観光客が落としていくお金も、一年の生活費には遠く及ばない。近頃はどこが店を畳もうが驚かなくなったさね」
どれほど商店街にシャッターが増えたところで、流れもののシロには無関係な話だ。なのに、シロは自分の力不足を呪うかのように、パジャマの裾をぎゅっと絞っている。
「
「この町の平穏なんて
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