⑥ブラックストーム
「特撮、ねえ。ターニャもこっちに越してきたばかりの頃は、テレビに
「タニアさんが見始めた頃って言うと、五年前か六年前ですね。私は一一人目を
ハイロックさんの演技力が、いいやニジョーさんの脚本が、そもそもペッパーさんの作詞が――と全身を揺り動かしながら熱弁するシロは、〈
「へ、へえ、そうなのかい」
大いに顔を引きつらせながらも、マーシャは懸命に相づちを打っている。何だか日常を第三者視点で突き付けられている気になってきたタニアは、柱の
「私の家はお父さんもお母さんもいなかったし、お兄ちゃんも自宅を警備してるような人だったから、おもちゃとかあんまり買ってもらえなかったんです。でも諦めきれなくて、毎日おもちゃ売場に通ってたら……」
意気揚々と昔話をしていたはずのシロは、唐突に下唇を噛み、眉間を寄せていく。緩く丸めていた拳に血管が浮くと、憎々しげに握り締められた
「……お兄ちゃんがもっとすごいのを作ってくれたんです」
語尾に消え入りそうな笑みを付け足し、シロは床と見つめ合う。
「日記盗み読みするし、最前列で妹のローアングル狙ったりするし、ともかく最低最悪なお兄ちゃんだった。けど、ヘンテコな発明をする才能だけはあったから」
「……そうかい」
シロにお兄さんがいる――。
無銭飲食の最中は
だがマーシャは、初耳の話題を掘り下げようとはしない。
それどころか、短く返事をしただけで大きな口を閉じてしまった。仮に打ち明けられたのがタニアだったとしても、マーシャと同じ反応をしただろう。
昼間、無事を報告しろと勧められた時、シロは「家族がいない」と明言していた。初耳の兄に話題を向けても、シロの顔が晴れるとは思えない。
「……星を観てたのかい?」
シロの気持ちが落ち着くのを待ったのだろうか。
マーシャは少し時間を置いてから、サッシの向こうを
「肌を冷まそうと思って」
質問に答えると、シロは赤く日焼けした頬に手を当てた。
「なら遠慮しないで、もっとサッシを開けばいいのに。心配しなくても大丈夫だよ。こんな
太鼓判を押すように頷き、マーシャはほぼ閉まったカーテンに手を伸ばす。
開けなかった。
花柄のそれを握った瞬間に、腕を掴まれたから。
マーシャの袖を固く絞るシロは、小刻みに首を振っている。正面を向けずに床と見つめ合う瞳は、ナイフを突き付けられたように見開かれていた。
「変わってるだろう?」
止める理由も訊かずに微笑むと、マーシャはカーテンの隙間から星空を眺めた。紅蓮に蒼白、
宝石をも
「この町の空は空じゃない。星も星じゃないのさ。あれはね、全部地上のロプ
「聞いたこと、あります」
辿々しく返し、シロは命綱のように握っていた袖を放す。
〈
湖面に設けられた「門」を潜るには、〈
砂漠とは異なる空間にある町は、強い日差しや熱風の影響を一切受けない。また内部の環境は〈
それでいて風がじゃりじゃりしているのは、外界に出掛けた船や人が砂をくっつけてくるせいだ。タクラマカン砂漠の砂は砂場や
何の対策も取らずに精密機器を持ち込めば、砂塵の餌食になるのは言うまでもない。海辺を散策する気分で砂漠に足を踏み入れた観光客が、カメラ片手に半ベソをかくのはお約束になっている。「機動戦士マンダム」の「ジャク」に砂漠仕様があるのは、金型を新造せずにプラモのラインナップを増やすためではないのだ。
強風に巻き上げられた砂塵は、時に海を
ウイグル語で「黒」を指す「カラ」と「嵐」を意味する「ブラン」を合わせた名前からも判る通り、瞬間風速三〇㍍に迫る暴風は、猛烈に吹き荒れる砂で視界を黒く塗り潰してしまう。人体は
超空間の入口は立地によって様々で、太平洋上の町は幽霊船の
本来、人工的に作られた超空間はドーム型球場のようなもので、昼夜や季節の変化はない。ただそれでは味気ないのか、多くの町は気象制御の設定に合わせて空の映像を作成し、超空間の内壁に当たる天球に映し出している。
一方、〈ロプノール〉の場合は晴れ渡った空を利用しない手はないと言うことで、湖面に映ったそれを内壁に映し出す仕様にしたらしい。つまりタニアたちの
「若い女の子の間じゃ、流れ星が映ると恋が実るなんて噂もあるらしくてねえ」
脱力気味に笑い、マーシャはぽりぽりと頭を掻く。
「おかしなもんさね。私たちにとっちゃ日常の風景なんだよ? ただ
素っ気なく星々に背中を向け、マーシャは諦めたように首を振る。
「まあ世の中なんてそんなものなのかも知れないねえ。私たちが特別に思ってることだって、
「……私にはよく判らないや」
直前まで下唇を噛んでいたシロは、少し表情を
「おやおや、最近の若い子にしては頭が固いねえ。ターニャといい勝負だ」
「……タニアさん」
呟いた途端に下を向き、シロは何か考え込むように押し黙る。
一〇回くらい秒針の足音を聞かせただろうか。
シロは意を決したように顔を跳ね上げ、丸椅子を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます