第4話カニクリームコロッケ、増える

「各国の軍事関係者を集めた会議とは……。少し大事ではないのかな」


 茶色いつるりとした頭に、分厚い唇。逞しい胸板をした軍服の黒人男性が歩きながら口を開く。


「全くですな。特に被害を受けているというのは小さな島国。我々が手を貸さなくても問題ないでしょう。何と言ったって『自衛』隊がいるのですからぁ?」


 薄くなった白髪頭の男が鷲鼻をフフンと鳴らし、嫌味なジョークを飛ばす。それに反応し先ほどの男も声を出すほどではないが、なんとも形容しがたき不愉快な笑顔を浮かべる。

 そんな二種のゆで卵が並んで歩き、扉をバシと勢い良く開いて入室する。

 部屋にはコの字型に並んだテーブルと、そこに座る様々な人種の人間。皆忙しい中集まったのであろう、苛立ちとも焦りともとれるピリリとした空気が場に充満している。わざわざ集まる必要などあったのか、今日じゃないといけなかったのか。彼らの目がそう語っている。

 遅れて来た二人が座って数秒後、一人の秘書風の女性が速足で壇上に登り口を開く。


「本日はお集まり頂きましてありがとうございます。緊急を要する事態ですので直ちに本題に入らせていただきます」


 聞き取れるギリギリのレベルで、けれど明瞭な声で言葉を述べる。彼女の言葉が終わると同時にプロジェクターからある映像が映し出される。


「ご覧の通り、我々は今カニクリームコロッケに非常によく似たナニカから執拗な攻撃を受けております」


 言葉通り、カニクリームコロッケ達が無抵抗な市民を虐殺する映像が流れている。赤子だろうと老人だろうと全くの容赦なく熱死させていく、この世の地獄のような映像。人の死に近いところにいるであろう軍事関係者と言えど、気分が悪くなる。


「正しくは『クロケット』だがね。全く、こんなモンスターに手を焼いているとは……。我々の所では迅速に対応できたよ。やはり軍を持たぬ国は、弱いものだね」

「そちらに来た『カニクリームコロッケ』は極めて少数ですので。さらに言えば私共の被害を知ったから対応できたということをお忘れなく」


 空飛ぶカニクリームコロッケは日本以外でも確認されている。けれど発見された数は極めて少数。多くても精々数十体だ。加えて日本での惨状を確認していたが故に迅速に兵を派遣することができた。犠牲があったが故の成果だ。


「で……。それがどうしたのかな。聞く所によればその数を十分に減らせているんだろう? 報告では千体以上は狩ったそうじゃないか。この問題は近いうちに片ずくんじゃないか?」


 黒人男性の言う通り、カニクリームコロッケは倒せない敵ではない。自衛隊の活躍に始まり、各国で報告されるカニクリームコロッケの撃破報告。確かに彼らは脅威だが、その数は確実に減らせているという希望があった。

 だが女性はそんな希望なぞ無かったとでも言うような、冷ややかな表情で口を開く。


「この映像をご覧ください」


 プロジェクターの映像が移り変わる。

 人一人いない、荒れた街並み。家屋の扉は開けっ放し、道には出鱈目にガラクタが散乱し、窓のガラスも割れた世紀末染みた光景。こんなことをしたのは誰か。

 そんな問いに答えるかのように至る所に爪痕が残っている。カニクリームコロッケがその鋏で建物を破壊した、特徴的な傷跡が。


「カニクリームコロッケに襲撃を受けた街に、偵察用のドローンを飛ばして撮った映像です。ここから注目してご覧ください」


 映し出された映像の変化に、誰もが言葉を失う。

 まず飛び込んだのは大きな鍋。所々色が違う、継ぎ接ぎの巨大な鍋。その大きさたるや祭りやイベントで使用されるような大きなもの。もはや鍋ではなく風呂。さらに注目すべきはその中、パチパチと気泡を浮かべる液体。恐らくは油であろう。

 そしてその周囲にいるのは自動車サイズの、あのカニクリームコロッケ達。鍋を取り囲み忙しさそうに、その脚や鋏を動かしている。


 カニクリームコロッケを、作るために。


「ご覧の通りカニクリームコロッケは人間並みの知性を持っています。鉄板を曲げて鍋を作り、火を起こし、料理をするほどに。そして、そこでカニクリームコロッケが作られています。カニクリームコロッケ達によって」


 大きなカニクリームコロッケが、カニクリームコロッケを作る。カニクリームコロッケが巨大な鍋を囲い、不器用ながらも真剣にその鍋のサイズに見合った大量のカニクリームコロッケを揚げている。

 一見するとファンシーな、絵本にでも出て来そうな愉快な光景。でもそのカニクリームコロッケを作っているのは、あのカニクリームコロッケである。人間を残虐な方法で処刑し、人類に絶望を与えた彼らが何故にカニクリームコロッケを作るのか。

 その行動の不透明さが会議室の彼らの不安を掻き立てるのだ。


「ぶ、物資はどうしたんだ!」

「被害を受けた地域でいくつかの物資が大量になくなっていました。特に目立ったのは鉄板、サラダ油、小麦粉、乳製品、カニの缶詰、パン粉……。彼らが持ち去ったのでしょう」


 被害を受けた地域では奇妙な現象が見られていた。

 町工場からは加工用の鉄板。スーパーからは食料品。パン屋さんからはパン。その他、キッチン用品を中心としたものが無くなっていた。各品目ごと、大量に。

 最初は火事場泥棒が疑われたが、それにしては盗んでいくものがあまりにも奇妙。貴金属や放置されたレジには、ほとんど手を付けられていなかった。

 けれど調査チームの一人が言ったのだ。カニクリームコロッケの材料みたいですね……、と。笑い事ではなかった。確かめなければ不安でしょうがなかった。

 確かめた結果、不安は恐怖へと変わった。


「それらがこの場所で使われている……、ということか」

「注目すべきはこれからです」


 カニクリームコロッケが揚がっていく。白かったパン粉が食欲を誘うきつね色に変わり、美味しくなったぞと合図する。それを周囲のカニクリームコロッケ達が少し不器用な手つきで棒や網を使い、鍋から揚げる。大きく広げられたキッチンペーパーの上に。赤子を柔布で包むように、優しい手つきで。


 揚がったカニクリームコロッケが蠢く。ブルブル、ガサガサとその体を揺らす。

 サクッとした衣を突き破り、生える脚、生える鋏。それは紛れもない、赤い甲殻類のもの。小ささ故に可愛く見えるその姿だが、見るものはその意味することに恐怖する。

 人類を脅かす、新たなカニクリームコロッケが産まれた瞬間なのだ。


「なんということだ……」

「原理は不明ですが彼らが作ったカニクリームコロッケは、あのカニクリームコロッケになるということが分かりました。つまり彼らは……」

「増殖する、ということだな」


 恐らくはこの普通サイズのカニクリームコロッケは大きくなる。言うなれば幼体。これが成長し、やがては自動車サイズになり、街を壊し、人を殺す。

 推測だが、そう結論付けるのが当然だ。


「その通りです。それに付け加えますと、この現象は複数……。さらに言えば世界中で行われている可能性が高いです」

「なっ……」


 少し前に述べた通り、カニクリームコロッケは日本以外でも発見されている。けれどその数は少数。それは何故か。何故に少数で活動を行っているのか。


 カニクリームコロッケの繁殖場所を探しているのではないか。

 日本という島国で彼らは発生したが、狭かった。それ故に偵察隊を飛ばし、彼らの『キッチン』に相応しい場所を探しているのではないか。彼らにとっては幸いにも、日本には調理器具やカニクリームコロッケの材料は充実している。そうなればそれを持って、もっと安全な場所で、人の手の届かぬ場所でさらに数を増やして人を襲いに来るのではないか。


 これは主要な生物学者、特に動物行動学について権威ある者を集めて会議した結果出た、推測である。けれど推測と言うには専門家たちの表情はあまりにも険しく、不安気なものだった。だからこそ今、この場でこの意見が出されたのだ。


 ざわめく場を無視して女性は早口で進める。


「それほど事態は切迫しているということをご理解ください。私共で確認できた数だけでも、この、えー……。『キッチン』の数は二十。無論これは……」

「氷山の一角に過ぎない、と……」

「その通りです。一体どれだけの数がこの繁殖行為のようなものを、何処で行っているかは、まだ……」


 一気に会議室の空気が重苦しいものになる。これは単にカニクリームコロッケが増えるという事実を考えての事ではない。それから派生し、これから起こるであろう様々な問題について考えての事だ。

 カニクリームコロッケを倒せるか倒せないかで言えば、倒せる。だが費用が恐ろしく掛かる。カニクリームコロッケには歩兵の携行火器では火力不足であり、必然的に戦闘車両を出さなければならない。加えて一両で完封できるということはなく、最低でも三両以上と随伴歩兵がいないと安定しない。そうなると軍事費だけでも相当なものだ。

 加えて復興、避難してきた人間の保護、残骸の清掃などを考えればその費用は計り知れない。馬鹿正直に計上すれば、通常の国家運営は行う余裕なぞ到底ないほどに。

 それがカニクリームコロッケが増えるという事実により、何倍にも膨れ上がる。


 カニクリームコロッケ、増える。この恐るべき事実はすぐさま各国政府で共有された。調査を、対策を、それに伴う費用を、話し合う案件が増えた。


 けれど遅かった。話し合う時間なぞ、人間にはもう無かった。

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