第3話カニクリームコロッケ、倒せる

 突如として、日本のとある街に現れ、人間を襲ったカニクリームコロッケの群れ。

 その報告を受けた日本政府は、その内容と被害の大きさを最初信じることができなかった。

 我々のよく知るカニクリームコロッケが群れを成して空を飛び、街に降り立つ。さらに注目すべきは人間を残虐な方法で殺したという事実。しかも一つの町がほぼ壊滅するほどまでに。


 訳の分からぬ話だ。

 何故なのか。ヤツらはいったい何なのか。何処から来るのか。あらゆる情報が溢れる現代において、あまりにも不透明なカニクリームコロッケ達に政府は大いに混乱した。責任のなすりつけ合いに始まり、虚偽ではないのかという疑惑。

 だが、あまりにも多くの残された者達からの証言。そして投げ出された携帯情報端末から得られた動画、画像といった情報がそれが事実であることをはっきりと証明した。

 これにより政府はカニクリームコロッケの脅威を正確に捉え、緊急を要する対策を打ち出すことになった。


 自衛隊を使って。



 カニクリームコロッケ、再び。前回とは違う街に、再び群れを成して現れた。その数、数千。黄金色の雲がプカプカと漂い、今日の生贄達を探している。


 だが、その雲に放たれる無数の鋼。

 バババと心地よささえ感じる連射が、空のカニクリームコロッケたちを落としていく。空中ではじける者、衣が崩れ地に落ちていく者、なんとか空を飛ぶもの。カニクリームコロッケは一方的な遠距離攻撃でその数を減らしていった。


 だが、カニクリームコロッケたちも馬鹿ではない。


 急降下し地に降りる。無数にある建物の間に入り込み、対空車両からの射線を隠した。そして始める。人間狩りを。

 建物の間を這いまわるカニクリームコロッケたち。八本の脚で器用に壁を登り、地を這い、隙間を縫い、人を探す。探すが……。


 見つからない。


 外に出ていないとか、そういうことではない。カニクリームコロッケたちは屋内も探す。その大きな鋏でコンクリートを穿ち、鉄板を切り裂いて人工物の中に人がいないか、くまなく探しているのだ。

 そこまでしても見つからぬ人間達。人っ子一人見つからぬこの街は、もはやゴーストタウンと言って良い。いや、人に代わり多数の彼らが居るこの街はカニクリームコロッケタウン。


「敵、発見ー!」


 カニクリームコロッケタウンに人の声。その声を聞き逃さぬカニクリームコロッケ達。彼らに目は無いが、一斉にギョロリと人間に注目する。そして駆ける。8本の脚を器用に蠢かせ、目標へと。


 だが、その人間は彼らが今まで見てきた人間とは違う。固いヘルメットに動きやすい迷彩柄。そしてその手に掲げられるは自動小銃。

 それが放たれる。カニクリームコロッケ達に。


 けれど、彼らはビクともしない。当たっていないわけではない。実際彼らの体にいくつかの穴が開いているのがその証拠だ。

 銃を数発撃たれて行動できる者はいないだろう。まず味わったことのないであろう痛みで動くことなどできない。さらに純粋に体の内側を破壊されたという事実。筋肉、臓器、どれであっても人体を動かす重要なパーツだ。それが一部でも壊されれば、人は故障するものだ。


 だが、カニクリームコロッケ達にはその常識に当てはまらない。カニクリームコロッケの中身は筋肉も臓器もない、純粋なカニクリームであり、銃弾が入り込もうと何の問題も生じない。

 加えて銃弾に対して彼らのサイズが大きすぎるのだ。もちろん空中のカニクリームコロッケ達は対空車両から放たれた弾丸のサイズ、連射力によりその構造を破壊、形を保てなくなり落ちた。

 だが、所詮豆鉄砲から放たれる小豆ではそうなるには程遠く、カニクリームコロッケ達は平然と立っているのだ。食卓のカニクリームコロッケに胡麻を、プチプチの雑穀を入れたところで何か問題があるだろうか。問題なく美味しく頂ける。つまりはそういうことだ。


 考えればわかる上記の理由。けれど迫りくるカニクリームコロッケの群れを目の前にした一人の人間にその発想は出来ない。


「くそ! なんで、なんで、死なないんだよ! 撃ってるのに、当たってるのに!」


 思わず耳を覆いたくなる青年の悲痛な叫び。けれど奴らは、カニクリームコロッケ達はそんなことに歩みを止めることなく迫り来る。


「あっ、くそ! やめろ、やめろ!」


 青年を掴んだ1匹のカニクリームコロッケ。その雄々しき鋏を頭上に掲げ、彼を沈める。自分の体内に。高温のカニクリームの中に。


「ぐああああ!」


 もはや作業と言って良い手慣れた手つきで行われる拷問。いや、処刑。

 青年の喉からは力の限り悲鳴が吐き出される。


「いたぞー! 目標補足!」


 青年の声が届いたのだろうか。ガガガという勇ましきカタピラの音を響かせ、颯爽と現れた対空車両。その照準は目の前のカニクリームコロッケ達に向けられる。ここで撃てばおよそ数十体は処理できる。絶好のチャンス。だが、砲からは何の音も聞こえない。


「隊長……、人が。偵察の藤本隊員が……!」


 代わりに聞こえたのは若い男の、震える声。

 人というものは、理性を持っている。野生の世界ならば自らを害するもの、嫌いなものには暴力を振るえば良い。殺せば良い。でも、人はそれが容易くできない。

 相手が例え犬であっても、それを殺せと言われて迷いなく殺せる者はほとんどいないだろう。無論、自衛官であっても。

 幸いなことにカニクリームコロッケを殺すのに、抵抗は無かった。目も口もなく、生物であるかすらわからないものに引き金を引くのは容易いことだ。何の罪悪感もない。戸惑いもない。迷いもない。

 けれど目の前のカニクリームコロッケには、人間が刺さっている。中の熱いカニクリームから逃れられず、苦悶の表情を浮かべ蠢いている。助けてくれと、死にたくないと叫んでいる。彼を引き抜くことはできない。周囲のカニクリームコロッケを押さえる人員も少なく、救助用のアームもこの車両にはない。

 つまり、彼を救う術はない。今できることは一つしか、ない。


「……。命令だ、撃て」


 中年の男の台詞を合図に、砲から音が出た。

 そしてカニクリームコロッケと、その中のナニカが弾けた。


 人類はカニクリームコロッケを倒せた。相応の犠牲を払って。


 しかし、これは希望の光だった。大雲の様な数千のカニクリームコロッケは今や千切れ雲になり、散らばっていった。数が減れば楽になる。千が百になり、百が十になり、やがては零に。

 これからは今日ほどの被害は無い。逓減していくのだ。


 カニクリームコロッケ、倒せる。この素晴らしき事実はすぐさま広まった。恐怖に怯える民衆は久しぶりに、純粋に、喜んだ。

 繰り返せばこの恐怖もやがて消えるのだと人類は思った。



 いや、思っていた。

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