第8話
基礎課程修了通知の面談からおよそ一週間、わたしは授業計画書とにらめっこする毎日を送っていた。別にキャラの攻略フラグがどうこう、という理由で悩んでいたわけではなく、どの学科ならば授業についていけそうか、という判断が下せずにいたのである。
正直なところ、あのフードの人から学科ごとの立ち回り方を教わっていなければ途方に暮れていたに違いない。あるいは面談時に
教師陣による見立てでは、わたしの適性学科は後衛学科と
「うーん……武芸学部は除外の方向でいいかな」
能力面で無理そうというのも理由の一つだが、刀剣類を持ち歩くのに抵抗があるという点が大きい。いや、この世界に銃刀法なんてものは存在しないのだけれども、無意識化に刷り込まれてしまっているのだ。
「生き物を傷つけるような真似はしたくないよねぇ……」
魔物とは言え、生き物なのだ。それを傷つけるというのはどうにも気が引ける。
これが綺麗事だというのはわかっている。魔物を放置すれば人間に危害を加える。事実、遺跡が発見された時に多くの人が魔物によって殺されたのだ。
素材を得るためというのもあるだろうが、学園が魔物の討伐を奨励している最大の理由は魔物の被害を減らすためだろう。それは理解しているし、己の言い分がただの我が
「
かすかに罪悪感を覚えつつ、これも脳内の除外リストに書き加えた。これで選択肢は
だがしかし。この
仲間となる生徒たちの学科は、どちらかというと攻撃系に偏っている節がある。武芸学部と
ゲームではなく、
「メインが
本当はメインとサブを逆にした方がいいのかもしれないとは思う。このゲームでは遺跡探索中に
しばらくの間本当にそれでいいだろうかと考えていたが、これが最善であるように思われた。
そうと決まれば、早速事務棟に行って学科登録の手続きをしてしまおう。善は急げと言うし、また変に迷ってしまうのもよろしくない。事務棟の受付時間は午前八時から午後三時までだ。今から向かえば間に合うだろう。
「間に合わなかったら図書館にでも行けばいいしね、うん」
そんなことをつぶやきながら、わたしは最低限の物を鞄に詰めて部屋を出た。
幸いなことに、事務棟に到着したのは受付時間内だった。
事務棟はその名の通り、学園におけるあらゆる事務手続きをする場所である。そのため属する職員の数は多い。けれども、その割には事務棟の建物内はガランとしていた。右奥に衝立で仕切られた応接室と思しきスペースと、左奥に階段が見える以外には、部屋の中央に据えられたカウンターしかない。そのカウンターも待機可能な職員は三人が精々と言った規模なので、大多数の職員は上階で仕事をしているのだろう。
それだけでも事務室としては十分異質なのだが、それ以上に風変わりなのは壁一面が掲示板となっており、隙間なくびっしりと紙片が貼り付けられていることだった。この紙片のほとんどは本科生向けの課題であり、この中から自分たちの実力に見合った課題を探し、課題が書かれた紙片を奥のカウンターに持って行って登録手続きをするというシステムである。
圧倒される光景だが、今日は掲示板に用はない。わたしは奥のカウンターへ向かうとそこに座る女性職員に声をかけ、専門課程の学科登録に来た旨を告げた。
「学科登録ですね。恐れ入りますが、手形の提出をお願いするのです」
女性はチラリとわたしを見上げてそう言うと、顔はこちらに向けたまま手だけを背後にある背の高い棚へと伸ばし、いくつかの引き出しを開けて書類を取り出した。無数にある引き出しのどこに何が入っているのか、すべて記憶しているとしか思えない芸当である。もしや事務職員全員こんな芸当ができるのだろうかと驚きつつ、求められる通りに手形を差し出す。
彼女は手形を
「ありがとうございます、確認したのです。予科生のルーシャ・ティアニーさんですね。それでは登録手続きを致しますので、あちらへどうぞ」
書類の束を手に立ち上がると、女性はカウンターを出た。衝立で仕切られたスペースを手で示してそちらへと向かったので、わたしも手形をしまってその後を追う。
予想通り、衝立の向こうには応接セットが据えられていた。デスクの上にペンとインク壷が置かれているところから、書類の記入が必要な手続きをする際に使われているのだろう。
座るようにと示されたイスに腰掛けると、彼女もまた正面に腰を下ろした。手にした書類の束から一枚を引き抜くと、それをわたしの前に差し出す。
「こちらに名前と専攻する学科の記入をお願いするのです」
言われるがままに記入して返すと、彼女は確認するように紙面を見つめた後うなずいた。余分なインクを取り除いて脇に置くと、束の中から数枚の書類を引き抜いた。先程と同じようにわたしの前へとそれを並べる。
「それでは受講する講義の登録をお願いするのです」
「……え?」
予想外の言葉に、思わず間抜けな声が漏れた。
ミラー先生からは専攻学科の登録に行けとしか言われていない。問いかけるように女性職員を見つめれば、相手はわずかに首を傾げた。
「もしや、聞いておられないのですか?」
こくこくと何度もうなずくと、彼女は左手をこめかみに添えて小さく嘆息した。
「
その声音はひどく諦観に満ちていた。彼女はもう一度ため息をつくと、また別の書類を引き抜いた。それを手元に置くと、わたしへと顔を向ける。たとえばですが、と前置きして説明を始めた。
「一口に
職員の説明に、ふむ、とうなずいて
「えっと、あの……すみません、出直してきます」
面談時にもらった資料は【授業計画書】と書いてあった。おそらくわたしが見落としていただけで、講義内容やその一覧表なども載っていたはずである。もう一度資料をよく読み込んで、それから登録に来るべきだろう。
けれど、そう言って席を立とうとしたわたしを女性職員が引き留めた。
「いえ、よくあることですので、どうぞお気になさらずに。どういう技術を修得したいのかが決まっているのであれば、まったく問題はないのです」
ちょっとお時間はいただくのですが、との言葉に、わたしは再びイスに腰掛けた。
「えっと、でしたらお願いできますか……?」
遠慮がちなわたしの言葉に、彼女はにっこりと笑ってうなずいた。
その後、わたしが修得を希望する技術を伝える形で講義の登録を行ってもらった。余計な手間をかけてしまったというのに、嫌な顔をすることなく手続きをしてくれた女性職員にはどれだけ感謝しても足りないくらいである。
彼女は手元のメモを元に登録用の書類を作りながら、かすかに笑みを浮かべた。
「それにしても、早くに手続きしに来ていただいて助かったのです」
安堵したようなつぶやきにわたしは首を傾げる。期日間際に駆け込み登録で生徒が押し寄せたりするのだろうか? そう問いかけると、首肯が返ってきた。
「それもあるのですが、ティアニーさんの場合は制服の問題ですね。
やっぱり少ないのか、メインが
乾いた笑いを漏らしていると、書類の作成が終わったらしく女性職員が顔を上げた。書き上げたばかりの書類を数枚手に取るとわたしの方へと差し出す。
「では、以上の内容で手続きをいたします。こちらが登録の控え、こちらが時間割となります。二月一日より授業開始となるのですが、専攻課程では講義ごとに授業が行われる場所が異なりますのでご注意ください」
今、何でもないことのようにサラっと時間割って言いましたけど、この短時間で作成されたんですか? どの講義が何曜日の何時限目にあるかとか、全部把握しているってことなのだろうけれど……。事務職員恐るべし、パソコンか何かかとツッコみたくなるような記憶力である。
「ああ、それと先程も申し上げたのですが、ティアニーさんの場合は制服を作成する必要があるのです。こちらの書類を持って、明日以降に都市部の仕立屋に行ってください」
そう言って彼女が差し出したのは、公式文書を示す刻印の
受け取った封筒を鞄にしまうと、わたしは立ち上がった。
「わかりました。どうもありがとうございました」
明らかに時間外労働を強いてしまった申し訳なさから深々と頭を下げると、わたしは事務棟を出て寮へと向かって歩き出した。
◆
翌日、わたしは専門課程用の制服を作るために都市部へと向かった。
制服を着ているのでほぼノーチェックだったが、本来都市部と学園部とを行き来する場合には手形を提出しなければいけないらしい。とは言え、いちいちチェックしてたらキリもないし、遺跡の入出チェックほど厳しくないのは道理だろう。
都市部に出たところで立ち止まると、わたしは封筒を取り出した。
目的地の仕立屋は、遺跡入り口から北東に向かった場所に店を構えているらしい。事務職員によれば路地にはそれぞれ番地が書いてあるので、そんなに迷うこともないだろうとのことだった。
視線を巡らせると、店の看板などに混じって番地の書かれた標識が見受けられた。なるほど、これを頼りに探せば目的地へと辿り着けるだろう。
うん、と一つうなずくと、わたしは標識と封筒の住所とを見比べながら歩き出した。
遺跡入り口を中心に東側が学園部、西側が都市部というのが大まかな位置関係であるが、占める面積は圧倒的に都市部の方が多い。
このシュルトバルトは元々は小さな村だったが、学園の規模が大きくなって滞在する冒険者が増えていけば、その冒険者たちを相手にする商売人も増えていく。当然人が増えれば施設も必要となるので増設する。以降はその繰り返しだ。都市開発計画なんてものとは無縁だったらしく、必要になる度にバームクーヘン式に街を拡張していった結果、街は一種の迷路と化した。ある意味当然の帰結である。
そんなわけで、この都市部は【迷宮街】とも呼ばれている。
込み入った路地を、番地の書かれた標識だけを頼りに歩く。元々あまり広くない道であるのに、雑多に置かれた物のせいで半分近くが塞がれている。視界もよろしくないところを、標識に意識を向けて歩いていたわたしは当然のように道行く人にぶつかっていた。そのたびに謝りながら、けれども視線は頭上の標識に行くせいで注意が
もはやそれが何度目なのか数えるのも馬鹿らしくなるような衝突。弾みで尻餅をついたわたしは、呻きながらも相手に謝罪した。今までの相手の反応は、無反応・ため息・舌打ち、大体このどれかだった。前方不注意な学生には慣れているのだろう。けれど、今回の相手はこのどれとも反応が違った。
「大丈夫かい?」
わずかに苦笑を含んだ声が降ってくると同時に、手を差し出された。どこか聞き覚えのある声に顔を上げると、暗色のローブを纏った人物が屈み込んで右手を伸ばしていた。
右耳の前で揺れる三つ編みにされた白銀の髪。この角度からならフードで隠された顔が見えそうなものなのに、鉄壁の防御を誇るらしいフードは今日もその中身を
「あ、ありがとうございます」
お礼を言いながら、その手を借りて立ち上がる。
「ちゃんと前を見て歩くべきではないかな。このあたりはまだ治安がいい方だけれど、場所によっては何をされるかわかったものではないよ」
わずかな呆れと、多分の心配を含んだ声音にぐうの音も出ない。何だかこの人の前では、いつもみっともないところばかり見せている気がする。
「すみません、気をつけます……」
胸元を押さえながら俯きがちにそう答えると、また頭上で笑う気配がした。それにますますわたしは小さくなる。ああ、絶対に残念な子だと思われている。
「
ようやく合点が行ったと言いたげなつぶやきに、思わず顔を上げる。こちらを向いたフードから覗く口元が、どこか満足げに笑みを刻む。
「
その言葉は、まるで師が弟子に向けて教えを諭すかのようだった。緩やかに、穏やかに、その声音はただ優しく。けれども相手がどこまで己の言葉を理解しているのかを測るかのように、その声音の底には厳しさが潜む。
だからだろうか。わたしは疑念を挟む余地すらなく、はい、とただ首肯する。
そんなわたしに満足げな笑みを浮かべると、ではね、と小さく手を振ってその人は身を
しばらく呆然とその場に立ち尽くしていたものの、わたしもまた目的地へと向けて歩き出す。
「昨日の今日で、どうしてわたしの専攻学科を知ってるんだろう、あの人……」
もはや今更という気もするが、その疑問がどうしても拭えない。ついでに、どこか既視感がつきまとうのだ。知らないはずなのに、いつかどこかで見たような気がする。
握った拳を顎に寄せ、首を傾げながら考える。
情報の早さから、学園関係者であることはほぼ確定だろう。教師か、それとも事務職員か。
「……ん? 教師?」
自分の考えに引っかかる物があって、思わず足を止めて声に出す。
そう言えば教師に一人いなかっただろうか。あんな感じの、ぱっと見不審人物極まりない感じの外見のキャラが。
わたしがプレイしていた限りでは出番が少なかったので記憶が曖昧だが、たしか学科長の一人だったように思う。なるほど、確かに学科長という立場にあれば、生徒に関する情報は容易に手に入るだろう。見守るような、教え諭すような物言いにも納得がいく。
「で、結局誰なんだっけ……アレ」
問題は、何となく当てはついたような気はするものの、結局のところ誰だか特定できないという点だった。いや、うん、キャラが多すぎるんですよ、このゲーム! それでなくても、イベントが起きなかったら遭遇すらしないとかザラにあるし。だから、決してわたしの記憶力が残念なわけではないということを訴えておきたい。
ひとまず考え事に区切りがついたことに気を良くし、わたしは内に向けていた意識を外へと向けた。ふたたび歩きだそうと周囲に目をやってそのまま動きを止める。……どこだろう、ここ。
考え事をしながら歩いていたせいで、すっかり現在地を見失ってしまっていた。慌てて番地の書かれた標識を探すが、ここからどちらに向かって歩けば目的の仕立屋に辿り着くのか皆目見当がつかない。ついでに言うと、どこから来たのかすらわからなくなっていた。さすがは【迷宮街】と呼ばれるだけのことはある、何というリアル巨大迷路。
現実逃避気味にそんなことを考えていた時だった。
「……ルーシャ・ティアニー?」
不意に呼ばれた己の名前に、わたしはそちらへと振り返る。
「ああ、やっぱり。きみ、ルーシャ・ティアニーだろう?」
金糸のごとくサラサラと揺れる髪に、晴れた日の空のように鮮やかな
彼は軽く右手を挙げ、親しげな様子で笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。
わたしの名前を呼んだことから、明らかにあちらはわたしのことを知っている。であるのだが、わたしには相手が誰だかサッパリわからなかった。
同姓同名の誰かとお間違いではないでしょうか。そう言いたげな顔をしていたのだろうか、彼はわたしの顔を見て一瞬キョトンとしたように目を見開いた後、小さく苦笑を浮かべた。
「入学試験の時に一度顔を合わせたんだが……覚えていないか? まぁ、あの状況では無理もないか」
納得したようにうなずき、少年はそうつぶやく。仕方ないと自分を納得させるような、けれどもどこか残念そうにも見える、わずかに眉を寄せた笑み。その表情と、入学試験という
「あの時の……!」
思わず指を突きつけてしまったが、彼はそれを気にした様子もなく嬉しそうに破顔した。
「思い出してくれたか? 心配してたんだが、元気そうで何よりだよ。あの時は名乗る暇もなかったが、僕はアイザック・ハーヴィーだ、よろしく」
にこやかに笑ってそう言うと、彼は右手を差し出した。その手を握りながら、わたしは引き攣った笑みを浮かべていた。見覚えがあって当然だ、彼はゲームのパッケージイラストに描かれていたのだから。
「それでこんなところでどうしたんだ? 今は授業中のはずだろう?」
ことりと首を傾げたアイザックさんが不思議そうにそう尋ねた。彼の言う通り、常であれば授業があるはずの時間帯である。基礎課程の制服を着た人間が都市部を歩いているのは不自然極まりないので、その疑問も
「今は専門課程の学科登録の期間なので、授業はないんです」
「へぇ……もう基礎課程を終わらせたのか。早いな」
感心したような声音に、そんなことはないと
「そういうアイザックさんも、基礎課程は終わってるんでしょう?」
基礎課程の制服を着ていながら
すごいですね、と言うと、彼は曖昧な表情で笑って口を開いた。
「別にそうでもないさ。それより、その【アイザックさん】っていうのやめないか? あと敬語も必要ない。そんなに歳は変わらないんだからさ」
その言葉に、わたしは少し考える。成人を迎えると同時に入学試験を受ける者がほとんどであるため、入学年度が同じであれば大体年齢も近いことが多い。見た感じ、彼の年齢はわたしと同じくらいだろう。
「えっと……うん、アイザックがそう言うのなら」
遠慮がちにそう言うと、アイザックは嬉しそうに笑った。メルヴィンといいアイザックといい、この世界の美人さんは随分と気さくなようだ。
「それで? 今日は買い物か何かか?」
「ううん、そういうわけじゃないの。昨日学科登録に行ったんだけど、制服のストックがないから新しく仕立てる必要があるって言われたから、指定された仕立屋に行くところ」
そう言いながら、わたしは事務職員から渡された封筒を取り出してアイザックの方へと向けた。封筒に書かれた住所を見やったアイザックが、不意にその表情を曇らせる。
「きみ、逆方向に来てるぞ?」
「……え?」
その言葉に、わたしは慌てて封筒の住所と標識に書かれた番地とを見比べた。だが、元より現在地を見失って立ち往生していた身である。見比べたところで何がどうなるわけでもない。
「こっちはシズリ街――って言ってもわからないか。都市部の中でも、南西部に位置する。きみの目的地は北東の方で……非常に言いにくいんだが、遺跡入り口を出てすぐのところだ」
どこか気まずそうに視線を泳がせたアイザックの言葉に、わたしは不明瞭な呻き声を漏らした。逆方向、よりにもよって逆方向に来ているですと……!?
衝撃に、思わずその場にしゃがみ込んで頭を抱えた。いくら何でもあんまりではなかろうか。どれだけ考え事に没頭していたんだ、わたし。
「うん、まぁ、何だ……そう落ち込まなくても大丈夫じゃないか? 迷子の学生は珍しくないって話だし」
慰めるようなアイザックの言葉が更に傷口を抉る。たしかにこの状況は迷子ですよね、間違いなく。学生とは言え、年齢的には成人しているのに迷子ってどうなの。
「きみさえよければだが、案内しようか?」
思いも寄らない申し出に、わたしはうずくまった姿勢のまま顔を上げた。返事を待つかのようにわずかに首を傾げたアイザックを見返すと、わたしはおずおずと口を開く。
「わたしとしてはとても助かるけれど……アイザックはいいの? どこかに行く途中だったんじゃない?」
それこそ、彼自身が口にしたように買い物にでも行くところだったのではないだろうか? そう問いかけると、アイザックは
「いや、別に予定があったわけじゃないさ。学科の登録も済ませたし、授業開始までは何をするも自由だって言われたからな。適当にその辺の店を冷やかして回ってるだけさ」
肩をすくめると、冗談めかした口調でそう告げるアイザック。その口振りから察するに、どうやら彼は相当この都市部について詳しいようだ。
「ええっと、それじゃお願いします」
わたしの言葉に、にっこりと笑ってアイザックは右手を差し出した。
「任せてくれ」
それからさほどの時間をかけずに、わたしたちは目的の仕立屋へと辿り着いた。流石に案内を買って出るだけのことはあり、アイザックはどの道を行けばどこに出るのかをよく把握しているようだ。
「じゃあ僕はその辺の店を覗いてるから、終わったら声をかけてくれ」
何気ない調子で背中に投げられた言葉に、わたしは動きを止める。振り返ると、問いかける前にその答えが返ってきた。
「いや、だってきみ、帰り道わからないだろう?」
また迷子になりたいのか、との問いかけに言葉に詰まる。いや、たしかに道はわからないけど、だからと言って迷子になる前提で話さないでほしいと思うのは、わたしの我が
睨むように見上げれば、アイザックは声を立てて笑った。ひらひらと手を振りながら近くの店先を覗きに行く。しばらくその背中を睨みつけた後、わたしは仕立屋のドアに手をかけた。
奥のカウンターで封筒を渡して制服を作りに来たことを告げる。封筒に収められていた書類を確認した女性は一つうなずき、了承の旨を告げた。出来上がり次第寮に届けると言われて、え、とわたしは声を上げる。採寸とかしなくていいのだろうか?
そう問いかけると、学科やサイズなどの必要な情報はすべて渡した書類に書かれているとのことだった。そう言われてまた別の疑問が頭をもたげたのだが、気づかなかったことにしておきたい。
微妙な笑顔を浮かべながらお願いしますと頭を下げると、わたしは店を出た。
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