第4話
彼のアパートにたどり着いたぼくはチャイムを鳴らした。1分たってもなにも起きなかったのでもう一度鳴らすと、30秒後にドアが開いた。やはり、ああ、という音韻が返ってきただけで挨拶はなかった。
「やあ、いま暇かな? ちょっと相談があってきたんだ」
ぼくがそう言うと、イイヤマくんはこくりとうなずいて中に入れてくれた。
イイヤマの部屋。
ぼく (傍白)あいかわらず散らかった部屋だね。薄暗くて居心地が悪い。ま るでティッシュ箱のなかのようだ。これじゃあ潜伏しているテロリスト じゃないか。
イイヤマ、ソファベッドに横たわっている。
ぼく、床に座る。
テレビからは小音量で笑い声が聞こえてくる。
ぼく ときにイイヤマくん、きみは、その、女性の乳房を触ったことがあるか い?
イイヤマ にゅうぼう……? 乳房ってえと、そいつはつまり、女の人の胸のこと かえ?
ぼく そう。平たく言うと、おっぱいのことだね。
イイヤマ む……。つまり、きみはボクにおっぱいを触ったことがあるかと訊ねて いるわけだな?
ぼく 逐語的にとらえるとそういうことになるね。
イイヤマ それならば答えはノーだ。
ぼく ノーか。
イイヤマ ああ、ノーだ。というのも、きみもご存知の通り、ボクの女性に対する 守備範囲は非常に狭く、ヤドカリほども自分の住処から出ない。それも これも、ボクが8歳から13歳の少女をこよなく愛しているからだ。こ のことから察せられると思うが、ボクが求めるおっぱいに触れるために は、すなわち小中学生に頼まないとならない。そしてこれも想像に難く ないことだが、それは犯罪だ。問答無用に有罪だ。お金でどうにかなる 話ですらない。もちろん、どこか途上国にでも行けば、非合法でそうい うことも可能かもしれないが、それが罪深いことであることに変わりは ない。法が行き届いていないところでは、少女の乳房に触れるどころか それ以上のことも可能だろうし、それが罪として咎められない可能性も ある。けれども、合法的な罪というものもやはり存在しているのだ。現 代社会において少女に情慾を抱くというのは、その国の法整備のいかん を問わず、罪であるとボクは認識している。というわけで、ボクには可 能性がないのだ。閉ざされているのだ。八方塞がりなのだ。できること ならボクも平安時代あたりに生まれたかったよ。
ぼく なるほどね。でも、イイヤマくんは触ってみたいとは思わないのかい?
イイヤマ む……。触りたいか触りたくないかと問われれば、もちろん触りたい。 でも、ボクが触りたい乳房は成長期の小ぶりなおっぱいなのだ。たわわ に実ったEカップなんてのはごめんだ。そんなのは所詮脂肪の塊にすぎ ない。実に品がない。たとえば食事のことを考えてみてほしい。高級な 店ほど小さなお皿に少量で給仕されるだろう? 丼に山ほど盛るなんて のは、質より量、おかわり無料の低級な飯場だけだ。胃袋が満たされれ ばなんでもいい、動物的な連中が足繁く通うのだ。そういうのはボクの スタンスではない。ボクの美学に反する。それに対して少女の胸は実に 美しいフォルムをしている。その流線的な曲線美は霊峰を思わせる神聖 な趣を呈している。胸にゴムまりを詰めたようなデリカシーのない巨乳 などとはわけがちがう。あんなものは虚乳でしかない。
ぼく きみがどれくらい発展途上の胸を愛しているかはわかったよ。だからも うそれ以上語らなくていいよ。それならばどうだろう、イイヤマくん。 こう、胸の小さめの成人女性で擬似的に欲求を満たすことも可能なので はないかな? いや、もちろん、それでは十分ではないことはわかる。 わかるけれども、人間、ときには代替物で乗り切らないとならないこと もあるのではないかな?
イイヤマ むむ……。つまり、昔の農民が米の代わりに麦飯や稗や粟を食べて胃袋 を満たしていたように、ボクにも成人女性の貧乳を触ることで満たされ ることのない欲望を解消しろというのか?
ぼく まあ、そんなところだね。
イイヤマ 断る! そんなのは少女の胸に対する冒涜だ。
ぼく まあまあ、そう言わずに。ここはひとつぼくに付き合ってはもらえない かな?
イイヤマ 付き合う? そ、そ、それはどういう意味だ?
ぼく うん。つまり、平たく言うと、ぼくはなんていうか、いま猛烈に女性の 胸を触りたいんだ。でも、ぼく1人の力ではどうにもなりそうにない。 快く胸を触らせてくれるような女性のあてもない。そこで、イイヤマく ん、きみに白羽の矢が立ったわけだ。1本では折れてしまう矢でも3本 では折れないという毛利元就の逸話があるだろう? あれと同じこと だ。2人で力を合わせれば、きっと乳房に到達できると思うのだ。
イイヤマ、ソファベッドから起き上がる。
イイヤマ つまり、右の乳房はボクに、左の乳房はきみにといったところか……。
ぼく いや、べつに一人の女性の胸を分け合いたいわけじゃないよ。
イイヤマ わかっている。メタファーだ。
ぼく (傍白)いらぬ暗喩を差し挟まないでもらいたいな。あらぬ誤解を生む じゃないか。
イイヤマ ふむ。まあ、きみがどうしてもというのならば力になろう。とはいえ、 誤解しないでほしいが、これはボクの本意ではない。ボクとしては少女 の崇高な胸に永遠に到達できないことで、むしろその神秘性が際立つと いう官能の無限の隘路から抜け出る気はないのだけれど、時に人は、よ り高みに達するために自らの拠って立つ足場を一度破壊することが必要 な場面もあるのだという考えに与するだけだ。つまり、創造とは否応な く破壊を内包するのだというきわめて普遍的な一真理が、ここでもまた はしなくも露呈したわけだ。
イイヤマ、立ち上がる。
イイヤマ では、方針を決めたいと思う。ボクは限りなく8〜13歳的な胸をもつ 18歳の女子を探したい。
ぼく うん。なるほど。見つかるといいねえ。
イイヤマ いや、是非とも見つけたい。いや、見つけなければならない!
ぼく ああ、そうだね……でも、どうやって探すんだい?
イイヤマ ううむ……そうだ。きみはヤスハタくんを知っているだろう? 彼のと ころに相談に行ったらよいんじゃないかなあ?
ぼく ヤスハタくんかあ。ぼくはそれほど仲がよいわけではないけれど、イイ ヤマくんは彼と親しいのかい?
イイヤマ うむ。まあまあといったところだ。だがここはひとつ訪ねてみようじゃ ないか。どうせ暇しているにちがいない。あの手の輩は年中暇を持て余 しているからな。なにせ、実に暇人の顔をしているもの。あれは典型的 な暇顔だよ。
ぼく よし。では行ってみるとしようか。
ぼく、イイヤマ、連れだって退場。
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