第4話 選ばれた一年生

 放課後の部室で、雨宮と秋斗の二人だけが机に座っていた。秋斗は小説を読み、雨宮は黒い箱の中から見つけた写真部のアルバムを眺めている。

 もう二人は何処にいるのかと思われるかもしれないが、天晴と黒野は二人とも今日は用事があると言って部活を休んでいるため、ここにはいない。何の用事なのかは、特に興味もなかったので聞かなかった。


 すると、アルバムを閉じて雨宮が立ち上がった。


「つまんない」


「人生のほとんどは、つまらない事と面倒な事だらけだぞ。我慢したらどうだ」


「ねぇ、桐谷。気晴らしに校舎を散歩してみない?」


 秋斗の文句を聞き流す雨宮。


「人の話を聞け」


「ねぇ、ねぇ、行こうよ桐谷。どうせ暇でしょ」


「俺は今小説を読んでいるんだがな。それに、目的ない行動程、面倒な事はない」


「じゃあ目的があればいいんだね。それなら、散歩と一緒に写真撮りに行こうよ。元々僕達は写真部で、今は部活中なんだから」


 自身満々にカメラを見せてくる雨宮。反論する言葉も出ない。


「御尤も。……まあ、この小説も、一気に読んだら勿体無いしな。仕方ない」


 そう言って立ち上がる秋斗を見て、雨宮は嬉しそうに「決まり!」と言った。


 そして、二人は部室を後にした。




***




「疲れた」


 フェンスに体を預けながら呟く秋斗。


 写真部の活動という名目で始まった散歩だったが、途中から雨宮の写真を撮ることに熱が入ってしまい、校舎をあっちこっちと行ったり来たりする羽目になった。そして今、なんとか一段落して屋上で休憩しているところだ。


 雨宮はというと、屋上に来た時にいた同じクラスの川上 美波と川上と一緒にいた女子と話していた。二人とも演劇部らしく、今は休憩の時間で屋上に来てたらしい。

 しかし、川上は教室で顔は見た事あったが、正直名前なんて全く覚えていなかった。話す機会なんてないと思ってたし。


 すると雨宮が小走りでこちらに近づいてきた。


「桐谷」


「何だ?」


「これから演劇部で劇の練習があるから、見にこないって誘われたんだ。桐谷も行こ」


「まだ終わりじゃないのか」


「これが最後だよ。早く行こ」


 そう言って、川上と四ノ宮の方に歩き出す雨宮。

 

 直情径行、少しは俺の身にもなってくれ。と秋斗は心の中で願ったのだ。




***




ガラガラガラ


「おう、帰ってきたか。……ん?後ろの二人は誰だ?」


 演劇部の部室に入ると、男の人がこちらに気づいた。


「私のクラスメイトです。劇の練習を見学させてあげてもいいですか?」


「別に構わないぞ。……四ノ宮。早速、劇の練習を始めるから準備してくれ」


「はい」


 男の人に呼ばれて、俺達の側から離れる女子。名前は四ノ宮というらしい。


「今のが演劇部の部長さんだよ。私もちょっと離れるから。そこらへんで待ってて」


 そう言って、川上も離れて行った。

 

「そこらへんって」


「あっ。あそこがいいんじゃない?」


 邪魔にならない所を探していると、雨宮が端の方を指差して伝えてくる。

 確かに雨宮の指差した方は、人がほとんどおらず邪魔にはならなそうな所なので、二人でそちらに移動した。

 

「それにしても、演劇部って女子の方が多いんだね。男子が四人しかいないよ」

 

「確かにな」


 雨宮の言うように周りの人たちをよく見ると、男子の人数が女子に比べて少なすぎる気がする。具体的に言うと、男子が四人で女子が八人の計十二人だ。

 すると川上が何かの冊子を持って戻ってきた。


「お待たせ。はいこれ、劇の台本。私のじゃなくてしのちゃんのだけど」


「しのちゃん?」


「四ノ宮さんの事だよ。さっき一緒にいた子」


聞いたことのない名前に疑問を持った秋斗に雨宮が説明した。


「さっき演劇部の部長に呼ばれてた人か。でも四ノ宮の台本持ってきて大丈夫なのか?」


「それは大丈夫。許可は貰ってきたから」


 持ってきた台本を雨宮に渡す川上。


「どんなお話なの?」


「うーん、ざっくり言うと五人の少年少女達が事件に巻き込まれて、それを五人で解決するって話だよ」


「本当にざっくりだな」


「あはは」


と川上は笑って誤魔化してくる。


 そして台本を読んでいた雨宮がその台本を閉じて秋斗に渡してきた。

 渡された台本を流し読みすると、四ノ宮の台詞がある場面であろう所には、びっしりとメモが書かれていた。これを見るだけでも、四ノ宮の真面目さがよく分かる。

 しかし、メモが書かれているページの所々に、ちょっとした皺やインクの滲みがあるのがさっきから気になってしまう。


 台本から目を離すと、劇の練習が始まるみたいで、劇に出るであろう人達が部屋の真ん中に集まっていた。




***




「そういえば、川上は劇に出てないのか?」


 部屋の真ん中で劇の練習をやっている中、素朴な疑問を川上に聞く。もちろん、うるさくならないように小声でだが。


「うん。今回の劇で、一年は花ちゃん以外みんな裏方とか台詞のない役だから」


「何で四ノ宮だけ何だ?」


「それはしのちゃんが選ばれたからだよ」


「選ばれた?」


「そう。今回の劇ではね、一年生一人だけ台詞のある役をできる事になってるんだ。そして、見事選ばれたのがしのちゃんてわけなんだよ。しかも、二、三年生が満場一致でしのちゃんを選んだらしいんだ。凄いよね!」


 まるで自分の事のように嬉しそうに話す川上。

 

 そこまで他人の事で喜べるお前の方が凄いと思うが。


「それで演劇部の一年生って、川上さんと四ノ宮さん以外誰なの?」


 雨宮も話しに入ってくる。


「私達以外の一年生は、あそこで先輩達といる二人、右が佐々木さん、左が加藤さんだよ。それで、あの飲み物が置かれてる側に一人でいるのが吉田さん。本当はもう一人一年生がいるんだけど、今日はお休みみたい」


「一年生は全員女子なの?」


「そう。だから力仕事とか大変で、もう嫌になっちゃうよ」




『そっ、そんなこっ……』




 川上と話していると、誰かが台詞を噛んだような声が聞こえきた。

 そちらの方を見ると、四ノ宮が先輩達に頭を下げて謝っている。どうやら台詞を噛んだのは四ノ宮だったようだ。


「どんまい、どんまい。気にするな」


「そうそう、失敗なんて誰にでもあるんだから」


 その失敗を笑顔で許してくる先輩達。しかし、四ノ宮は申し訳なさそうに下を向いているだけだった。


 そこで演劇部の部長が10分の休憩を入れると全員に声を掛けた。


「失敗しちゃったね。四ノ宮さん」


「うん。昨日もちょっと失敗してたんだよね。でも、大丈夫!しのちゃんだったらきっとできるし、私はそれを信じてる!」


「随分と四ノ宮に期待してるみたいだな?」


「うん!」


と川上は元気よく答えた。


 その後、川上に劇の事を詳しく教えてもらっていると、演劇部の部長さんが話しに入ってきた。


「今回の劇で一年生を選ぶのって、どういう基準で選んだんですか?」

 

 そこで雨宮が部長さんに聞いてみる。


「それは秘密だ。流石に選出方法までは教えられない」


「そうですか」


 その答えに少し残念そうな顔をする雨宮。


 部外者である俺達に教えてくれないのは当たり前だと思うけどな。











「きゃああああ!」


 すると、突然後ろから悲鳴が聞こえてきた。

 それに驚き、すぐに悲鳴が聞こえてきた方を見る。そこには、口を押さえて立っている吉田と膝をつき、喉を抑えて苦しそうにしている四ノ宮がいた。そして四ノ宮の横には、空の紙コップが転がっていた。




***




ガラガラガラ


 ドアが開くと部長さんと川上が部室に戻ってきた。戻ってきたというのは、先程起こったことで、苦しそうな四ノ宮を保健室まで連れて行っていたのだ。

 川上の様子を見ると酷く落ち込んだ様子だ。それを見るだけでも、四ノ宮の容体がよくないことが分かった。


「部長。それで四ノ宮は?」

 

 演劇部の男の先輩が部長さんに聞く。


「保健の先生が言うには、喉に酷い炎症ができているらしく、二、三日まともに話すことができないそうだ」


 その言葉に驚愕する演劇部員達。


「それじゃあ、劇で四ノ宮さんがやるはずだった役はどうするんですか?」


 次は女の先輩が部長さんに聞いた。


「……そうだな。そのことについて話し合わなければ駄目だな。三年生は全員。二年生、一年生の代表者は一緒に来てくれ。それについて話し合う」


 それを聞き、呼び出された人達が部長さんに付いて行こうとすると、


「ちょっと待って」


と制止の声を雨宮が掛けた。

 そして、全員の目が雨宮の方に集まる。


「そもそも、なんで四ノ宮さんはそんなことになったの?」


 雨宮が部長さんの方を見て聞く。


「それは……」


「さっき四ノ宮さんが苦しんでた時、側にこの紙コップが転がってたよね」


 机の上に置いてある紙コップを一つ取って見せる雨宮。


「これって、四ノ宮さんはこの紙コップに入ってた飲み物を飲んで苦しみ出したってことだよね。ってことは、誰かが四ノ宮さんが飲んだ飲み物に何かを入れたってことになるんじゃないの?それもこの部屋にいたこの中にいる誰かが」


 雨宮の言葉に誰もが息を飲んだ。しかしその中で、秋斗だけはため息をついていた。


「それで、その誰かっていうのは?」


「それは僕にも分からないや」


と雨宮はあっけらかんに言った。




***




 川上と部長さんが、四ノ宮を保健室まで連れて行った後の部室。


「ねぇねぇ桐谷?なんで四ノ宮さんはいきなり苦しみ出したのかな?」


「さあな」


 雨宮の疑問に適当な返事でごまかす秋斗。しかし、それが逆に雨宮に不審に思われたようで、ジト目で秋斗のことを見てくる。


「何だ?」


「気付いてるなら教えてよ」


「……別にいいが、関わろうとするなよ。面倒な事になるのは御免だからな」






と釘を刺しておいたのに、見事に関わってしまった。雨宮の所為で。


「しかし、演劇部の中に犯人がいる事は分かったが、それをどうやって調べるんだ?」


「それは……」


 部長さんの問いに、秋斗の方をちらりと見る雨宮。

 秋斗は、仕方ないなという感じで一歩前に出た。


「自分達が調べます。この中で、唯一部外者である俺達が適任だと思いますし」


「……そうだな。分かった。犯人探しは君たちに任せよう。その前に、四ノ宮がやるはずだった役をどうするか話し合いたいのだが構わないか?」


「はい。構いません」


と部長さんのお願いを秋斗は軽く了承した。


 部長さんに先程呼ばれた人達が部室を出て行った。ちなみに一年生の代表者は佐々木だった。


 そこで、秋斗に近づいてきて「どうするの?」と聞いてくる雨宮の頭に手刀をお見舞いする。


「いたっ!」


「その前に俺に謝れ。なんでお前はそんなに面倒ごとに関わろうとする」


「ごめんね」


 両手を合わせて謝ってくる雨宮。


「お前には首に縄かけて行動を制限させた方が良さそうだな」


「桐谷にはそんな趣味が?」


「冗句だ。間に受けるな」


 そんなやり取りの後に、雨宮は「本当にごめんね」と再度謝ってきた。


「でも、ああでもしないと桐谷は残ってくれないと思ったから」


「うっ……」


 その言葉に秋斗は図星だった。雨宮の言う通り、部長さん達が部室に戻ってきた所で、お暇させてもらおうと考えていたのだ。しかし、それを話そうとした所で雨宮に先手を取られてしまったのである。


「……確かにそうだが。それでも事前に話してくれてもよかっただろう」


 最後にため息を吐きながら雨宮に訴えた。


「次からはそうするね」


 次があるのか!と次は心の中で訴える。


「それでどうするの?」


「そうだな。まずは人数を絞るか。演劇部全員に話を聞くのは面倒だからな」


 そう言って、周囲を見渡す秋斗。そして、演劇部の人達に聞こえるように、


「すいません。一年生の人達だけこちら集まってもらってもいいですか?」


と言った。


 その言葉に困惑しながらも演劇部の一年生、四人が秋斗達の近くに集まった。


「何で一年生だけ集めるの?桐谷?」


「ここにいない佐々木も合わせて、五人が犯人の可能性が高いからだ」


 秋斗の言葉に驚く一同。それもそのはずだ。犯人の可能性が高い人物をこんな短時間で絞ったのだから。

 全員一年生というのもあるかもしれないがな。


「そもそも犯人の目的は何だと思う?」


「それは、四ノ宮さんを劇に出さないため?」


「だろうな。結果的に四ノ宮は声を出せなくなり、劇に出るのは無理そうだし。……そこでだ。さっき、川上から聞いた話では、四ノ宮が役に選ばれた時、先輩達は満場一致だった。本当に満場一致だったんですか?」


 話の確認のために一応先輩達に聞くと、「ああ、その通りだ」と先輩の一人が答えてくれた。


「なら、四ノ宮を劇に出させたくないと思ってるのは、一年生の中にしかいないということだ」


と秋斗は言い切った。


「次に誰が四ノ宮の飲み物に、何かを入れることができたかだ。川上、あの飲み物はいつも誰が用意してるんだ?」


 机に置かれている紙コップを指差して、川上に聞く。


「飲み物はいつも一年生が当番で用意してるよ。今日の当番は佐々木さんだったけど」


「ちょっと。佐々木が犯人だって言うの!?」


 加藤が川上に怒鳴ると「そうは、言ってないじゃん!」と怒鳴り返す川上。


 別にそんな大きい声を出さなくてもいいと思うが。仲が悪いのか?

 

「言っておくけど、練習中の時にだって人の目を盗めば、誰にだって四ノ宮さんの飲み物に何かを入れることぐらいできたんだからね」


 秋斗の方を見て言う加藤に「そうか」と返す秋斗。


ガラガラガラ


 そこで部室のドアが開き、部長さん達が戻ってきた。そして、話し合った結果、劇で四ノ宮がやるはずだった役を代わりに佐々木にしてもらうことになったと全員に伝えた。


「それで犯人探しの方はどうなっている?」


 秋斗達の方を見て聞く部長さん。


「今、犯人の可能性が高い人達を絞り込みました。それで、絞り込んだ人達一人ずつに、これから話を聞こうと思うんですが構いませんか?」


「ああ、構わないが。その絞り込んだ人達というのは?」


「演劇部の一年生全員です」


 それを聞き、部長さんの隣にいた佐々木の顔が少し強張った。


「一年生か、分かった。犯人探しはそちらに任せるが、できれば今日中に片付けてもらいたい。こちらも早く劇の練習をしなければならないからな」


 その部長さんの言葉に「善処します」と秋斗は返した。




***




 一人ずつ話を聞くために演劇部の部室近くにある、階段の踊り場に来て話を聞くことにした。

 初めに話を聞くのは四ノ宮の友達の川上だ。


「私がしのちゃんに何かするわけない!」


 先程の落ち込んでいた様子とは裏腹に、誰かの所為で四ノ宮が公演に出れなくなったことが分かってから少々興奮気味の川上。しかも、四ノ宮が劇に出ることに誰よりも喜んでいたにも関わらず犯人だと疑われているのだから、仕方ないのかもしれない。


「落ち着いて、川上さん。別に僕も桐谷も川上さんが犯人だなんて思ってないから」


「本当に?」


「うん。だよね桐谷?」


「……ああ」


 本当は全く疑ってないというわけではないが、川上からスムーズに話を聞き出すためにも、雨宮に合わせておく。

 しかし、秋斗もまた雨宮と同じように川上が犯人だとはほとんど思っていなかった。川上とは同じクラスでもほとんど会話したことがなかったが、四ノ宮のことを嬉しそうに話していた時の会話や四ノ宮が劇に出られなくなった時の落ち込でいた様子を思い出すと、川上が犯人とは思えなかった。


「川上には他の一年生のことで、いろいろ教えてもらいたい」


「いろいろって?」


「例えば四人の中で四ノ宮に恨みや妬みを持ってそうな奴はいるか?」


「それなら、佐々木さんと加藤さんと安原さんのことだよ」


 秋斗の質問に即答する川上。


「ずいぶんとすぐ出てくるな。ところで安原っていうのは、今日休んでいる奴か?」


「うん。そうだよ」


「そうか。なら今回の事と安原は関係ないだろ」


「でも、なんでそんなにはっきりとその三人って言えるの?」


 雨宮が川上に聞いてみる。


「佐々木さんは今回の公演を出ることにかなり執着があったみたい。演技の練習を見ているだけでも気迫がこっちに伝わってきたし。でも、結果的にしのちゃんが選ばれたから」


「四ノ宮を妬ましく思っているということか。それで、加藤と安原は?」


「加藤さんと安原さんはいつも佐々木さんと連んでる二人なんだけど、その佐々木さんが選ばれないでしのちゃんが選ばれたことが気に入らなかったみたいで。最近しのちゃんに嫌がらせばかりしてくるようになってて」


「嫌がらせっていうのは?例えばどんな?」


「……しのちゃんの持ち物が隠したり、変に皮肉を言ってきたりとか」


「その無くなった持ち物とかは見つかったの?」


「うん。無くなったその日のうちにはなんとか見つけ出してるから」


「でも、なんでそれを加藤と安原がやったって分かるんだ?」


「それは、実際隠してるところを見たから」


「そのことを四ノ宮には伝えたのか?」


「伝えたよ。それで文句言いに行こうよって言ったんだけど、しのちゃんはやめてって、大丈夫だからって」


「そうなんだ」


 その時のこと思い出しているのか、声が小さくなっていくのと同時に目線も下がっていく川上。現状をどうにかしようとしたのに四ノ宮の力になれなかった事が、頼られなかった事が悔しかったのだろう。


「吉田の方は、四ノ宮が公演に選ばれて恨みとかはなかったのか?」


 これ以上さっきの話を続けるのよくないと考え、話を切り替える事にする秋斗。


「それはなかったと思う。吉田さんは役のある仕事より、裏方の仕事をしたいって言ってたし、それに  吉田さんはしのちゃんとも仲が良さそうだったし」


「そうか。最後に何か気になったこととかないか?」


 別になかったらいいのだが、こういういつもは起きないような事が起きた時は、ちょっとした事が大事だったりするからである。


「気になったこと?……そういえば、今日の飲み物の当番は佐々木さんだったって言ったでしょ。飲み物は部活の始まる前だけに準備すればいいんだけど、今日の佐々木さん、休憩の時間が終わる前に飲み物を入れ直してたんだよね。それがちょっと気になったかな」


「それじゃあ、その時佐々木さんが四ノ宮さんの飲み物に何か入れたんじゃあ?」


「それはないと思う。私それが気になって、佐々木さんが飲み物の準備してるの最後までの見てたけど、何か入れてるようには見えなかったから」


「そっか」


 珍しく鋭い答えを出した雨宮だったが、川上の言葉であっさり空振りに終わり、残念そうに吐息をついた。




***




「あの、私、何もしてないんですけど……」


 次に話を聞くのは、一年生で一番気が弱そうな吉田だ。


「ああ、大丈夫。話を聞くだけだから。吉田は四ノ宮のことをどう思ってた?」


「どうって、一年生の中から選ばれてすごいなと思ってたけど」


「それだけ?吉田さんは四ノ宮さんと仲が良かったって聞いたんだけど」


「それは、クラスが一緒だからで。時々話す程度で」


「そうなんだ」


 まあ、クラスが一緒だったら授業の事とかで話をする時ははあるだろうな。


「吉田は裏方志望なんだよな?役者をやりたいとは思わないのか?」


「私、人前に出たり注目されることって苦手で。だから裏方の仕事をしようと思って。それに比べて、四ノ宮さんは本当にすごいなって思いました。私ほどじゃないけど、人前に出たりすることってあまり得意じゃないみたいだったし」


「それって本人に聞いたことなの?」


「うん」


 四ノ宮が人前に出たりする事が苦手というのは川上からは聞かなかったな。


「そういえば、悲鳴をあげたのって吉田だったよな?だったら四ノ宮が苦しみだす前の事を見てないか?」


 思い出したように聞く秋斗。


「えっと、見てたのは四ノ宮さんが飲み物を飲んでいる最中で、その後すぐに喉を抑えて苦しみ出して」


 吉田が見ていたおかげと言うのも良くないが、これで四ノ宮が飲んだ飲み物に何か入れられていた事は確実になった。


「そうか。最後に何か気になったこととかないか?なんでもいいんだが」


「……えっと、そういえば、前に佐々木さんが四ノ宮さんに廊下で何か怒鳴っていた時がありました」


「それっていつ頃のこと?」


「確か四ノ宮さんが劇に選ばれて、二日ぐらい後のことだったと思います。何を言っていたかはさすがに分からなかったけど」


「ふーん。佐々木が四ノ宮にね」


と秋斗は呟いた。




***




「それで何を聞きたいの?」


次に話を聞くのは、一年生の代表者で、吉田とは正反対に一番気が強そうな佐々木だ。


「佐々木は今回の劇にかなり出たがっていたようだがそれは何故だ?」


「それは一回劇に出て経験を得れば、次はもっと大きい役をすぐにやれるかもしれないからよ」


「大きい役って主役とか?」


「そうよ」


「それを四ノ宮に取られてしまった時、四ノ宮の事をどう思ってた?」


「どうって、別になんとも思ってなかったわよ。選ばれなかったのは、私の実力が足りなかっただけだし」


 すまし顔で答える佐々木。


 それを聞いて秋斗は少し意外だった。秋斗の中の佐々木のイメージは、負けた相手に嫉妬しやすいタイプだと思っていたからである。


 人を見た目で判断するの良くないと改めて反省。


「あの、四ノ宮さんが公演に選ばれて二日ぐらい後に、廊下で佐々木さんが四ノ宮さんに怒鳴っていたって聞いたんだけど、それって本当?」


 誰からそれを聞いたのかと、不満そうな顔をする佐々木。


「……ええ、本当よ」


「なんで怒鳴ったの?」


「四ノ宮さんがふざけた事を言ってきたからよ」


「なんて言ってきたんだ?」


「……私の方が劇に出るのに相応しいから、変わってあげるって言ってきたのよ。考えられる?こっちは選ばれなくて悔しい思いして、やっと自分の負けを認めようと思っていた時によ!」


「本当に四ノ宮さんはそう言ってきたの?」


「そうよ!……ごめんなさい」


 四ノ宮に言われたことを思い出して、大きい声が出てしまっていることに気づいたのか、口を押さえて謝る佐々木。


 あまり勝負事に興味がない秋斗だが、佐々木が四ノ宮に怒鳴ったのも分かるような気がした。四ノ宮に言われたことは、真剣勝負に負けた後に勝った相手から勝ちを譲ってあげると言われているようなものである。その言葉は、佐々木の自尊心を傷つけたのだろう。


「佐々木は四ノ宮が嫌がらせを受けていたことは知っているか?」


「えっ!?あの子いじめられてたの?誰から?」


「いやそこまでは分からないが、知らないならいいんだ」


「そう」


 佐々木のこの反応にも意外だった。先程まで四ノ宮に激情していたにも関わらず、次は四ノ宮の事を心配しているのだから。


「そういえば、飲み物の準備は部活が始まる前だけでいいって聞いたんだけど、佐々木さんは休憩の時間が終わる前にも飲み物を入れ直してたよね?なんでなの?」


 川上から聞いたとは言わない雨宮。


「それは、みんなの飲み物がもうほとんど残ってなかったからよ。それを確認したから、入れ直しただけ」


「そうか。最後に何か気になったこととかないか?なんでもいいんだが」


「気になったことね……、気になっていることはあるわ」


「なんだ?」


「なんで部外者のあなた達がこんなことをしてるの?」


 巻き込まれたからです。


と心の中で答えながら、無言で雨宮の方を見る秋斗。


 正直、秋斗も気になっていた。何故、雨宮はこんなにも面倒な事に関わろうとするのかを。


 秋斗の視線に気付いた雨宮は、仕方ないなという感じで肩をすくめ、


「それはね……」




***




「さっさと終わらせてくれない。めんどくさいし」


 最後に話を聞くのは、四ノ宮に嫌がらせをしていたという加藤だ。


 加藤のめんどくさいという言葉にまったくだと心の中で考える秋斗。


「それじゃあ、加藤は四ノ宮のことをどう思ってたんだ?」


「なにも。ただ、ちょっとうざいなとは思ってたけど」


「加藤さんは四ノ宮さんが嫌がらせを受けてたことは知ってる?」


「……さぁ、知らないわ」


 ちょっとした間があった後に答える加藤。


「でも、加藤さんが四ノ宮さんの持ち物を隠してるのを見たっていう人がいるんだけど」


「気のせいじゃない。私はなにもしてないもの。それより、そんな話誰から聞いたのよ?」


「それは言えないけど」


 これ以上、加藤に嫌がらせのことを追求しても無駄だろうと秋斗は考え始めていた。

 それに他の質問をしても今の加藤にはちゃんと答えてもらえるのかも怪しいところだ。


 仕方ない……。


「最後に何か気になったこととかないか?ないならいいんだが」


「別にないわよ」


「そうか。ならやっぱり犯人は佐々木なんだろうな」


「はぁ!?」


「!!」


 その言葉に驚く加藤と雨宮。


「早速、演劇部の人達に伝えに行くか。行くぞ雨宮」


「う、うん」


 突然の秋斗の言いように呆気に取られていた雨宮がなんとか答える。

 そして、呆気に取られていたのは加藤も同じで、突然なにが起こったか理解できないような顔をしていた。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!あんた今何て言った?!」


「だから、犯人は佐々木で決まったと言ったんだ」


「なんでそうなるわけ。佐々木がそんなことするわけないじゃない!」


「なんでそんなことがお前に分かる?」


「それは……」


「言っておくが、佐々木には四ノ宮を陥れる十分な動機があるし、四ノ宮の飲み物に何かを入れる機会もある。教えてやろうか?」


 秋斗の言葉に何も返せな加藤。


「まず動機だが、四ノ宮に劇の役を取られ、しかも四ノ宮に屈辱的なことを言われ、四ノ宮を恨めしく思っていた。それなら、四ノ宮にに嫌がらせをしていたのも佐々木なのかもな。それに、休憩時間が終わる前に、佐々木は全員分の飲み物入れ直してたらしいからな。その時に四ノ宮の飲み物になにか入れたんだろう。以上」


 説明が終わり階段を下りていく秋斗。


 それを呆然と立ち尽くして見ている加藤。


 さて、かかるかな……。






「待って!」


 階段を下りていく秋斗と雨宮に静止の声がかかる。

 振り返ると加藤が両手に拳を握りながら、こちらを見ていた。


「佐々木じゃない……私が、私が四ノ宮に嫌がらせをしてたの。だから、佐々木じゃない。佐々木が犯人なわけない!」


 声を張って自分が四ノ宮に嫌がらせをしていたと告白する加藤。しかし、加藤は気づいていない。秋斗によってそのことを言わされたということに。


 加藤から本当のことを聞き出すのが難しいと考えた秋斗は、加藤に佐々木が犯人だろうという鎌をかけたのだ。

 加藤が佐々木の事を親しく思っていることは、加藤が佐々木とよく連んでいたという川上の話と部室で、佐々木が今日の飲み物の当番であると分かった時に、佐々木を庇うような発言をしたことで分かっていた。そのため、佐々木が犯人だろうと加藤の前で言えば必ず佐々木を庇うために、本当のことを話すだろうと秋斗は考えたからである。


 そして、加藤は佐々木を庇うために自分が四ノ宮に嫌がらせをしていたと告白し、秋斗は加藤から本当のことを聞き出した。


「なら、お前が四ノ宮の飲み物に何かを入れたのか?」


「違う。私はやってない!」


「どうだか。……ん?」


 すると雨宮が秋斗の袖を引っ張ってきた。

 そちらを向くと、雨宮が首を振ってこちらを見てくる。

 雨宮も途中で秋斗が加藤に鎌をかけた事に気付いたらしく、その動作の意味は「やりすぎだよ」という意味なのだろう。


「ごめんね、加藤さん。でも、加藤さんと佐々木さんが犯人だなんて決まったわけじゃないから。本当のことを話してくれて、ありがとう。もう戻っていていいよ」


と雨宮は加藤に優しく言った。




***




 全員に話を聞き、秋斗と雨宮の二人だけが階段の踊り場に残った。


「それで、みんなから話を聞いて犯人は分かった?」


「いや、まだだ。雨宮は怪しいと思った奴はいたか?」


 その問いに雨宮は、首を振ってくる。

 秋斗も雨宮と同意意見だった。現在、話を聞いた四人の中で怪しいのは佐々木と加藤である。しかし、二人と直接話しをしてみて、佐々木と加藤が四ノ宮にあそこまでのことをするようには思えないのである。


 なら川上か吉田が犯人?と考えるが、川上と吉田には動機がない。それに、二人とも佐々木と加藤と同じで、そんなことをするような人物には見えなかった。



 四人とも犯人じゃない?


 犯人は二、三年生の中?


 誰かが嘘をついてる?


 実はこの場にいない安原が犯人?



 様々な疑問が出てきて、頭がこんがらがってくる。



「桐谷、大丈夫?」


「あ、ああ……、ちょっと頭がこんがらがってな」


「そうなの?ちょっと待ってて。今飲み物もらってくるから」


 そう言って、階段を下りていく雨宮。

 確かに喉が渇いていた所だが、演劇部の飲み物から始まった事だというのに。


 とにかく、今までのことを整理してみるか。


 まず、現状四ノ宮に恨みがあるのは三人。佐々木と加藤と安原だ。しかし、安原は今日、ここにはいない。ということは、安原は犯人ではないだろう。    

 

 佐々木は四ノ宮に劇の役を取られ、更に四ノ宮に屈辱的なことを言われた。加藤は佐々木が選ばれずに四ノ宮が選ばれたことに不満を持っていた。二人とも四ノ宮を陥れる動機がある。

 しかし、佐々木は役を取られたのは自分の実力が足りなかったと認めている。そして、加藤は四ノ宮に嫌がらせしていたが、今回のことを自分はやってないと言っている。正直信じられないが、あの状況で嘘を言っているとも思えない。

 

 ならば、他に疑いがある川上と吉田のどちらかが犯人なのかと考えるが、そちらの二人には四ノ宮を陥れる動機が見当たらない。


 次に状況は、四ノ宮は紙コップの飲み物を飲んで苦しみ出したことは吉田が目撃している。それを誰が入れたのか?

 加藤が言うには、目を盗めば誰にでも入れることができたという。入れたのは休憩の時間から、公演の練習が終わるまでの間……、そういえば、休憩の時間が終わる前に佐々木が飲み物を入れ直していたと言っていたな。ということは、何かを入れたのは劇の練習中か。


 休憩の時間が終わる前から劇の練習が終わるまでの間、俺達とほとんど一緒にいた川上には四ノ宮の飲み物に何かを入れるのは不可能。

 劇の練習中、佐々木と加藤は先輩達と一緒にいて、しかも飲み物がある場所とは遠い所にいた二人にも不可能。

 しかし一人だけ、飲み物がある場所の近くにいた。ということは……


「お待たせー!」


 そこで、飲み物を取りに行っていた雨宮が戻ってきた。


「ん。遅かったな」


「みんなが色々聞いてくるんだもん。もう大変だったよ。それで、何か分かった?」


「あともう一歩といった所だ」


「そうなんだ。まあ、これでも飲んで一息ついたら?」


 両手に持っている紙コップを片方渡してくる雨宮。


「実はお前が犯人で次は俺を狙っていたり」


「むっ、そんな事しないよ!」


「冗句だ。気にするな」


 紙コップを受け取ろうとする秋斗。


 しかし、そこで手が滑ってしまい紙コップが床に落ちてしまった。そして紙コップに入っていた飲み物が床にこぼれだしてしまった。


「うわっ!ごめん、桐谷。……桐谷?」


 雨宮の呼びかけに答えないで、飲み物がこぼれてしまった床を見続ける秋斗。そして、






「そういことか」


と、あと一歩が埋まったのだ。




***




「ねぇ、桐谷。桐谷ったら」


 学校の校門を抜けて、帰路につくと雨宮が秋斗の名前を呼んでくる。


「そんなに声を出さなくても聞こえてる」


「桐谷はあれでよかったの?」


「不満か?」


「そんなことないけど」


 雨宮が言うあれとは、つい先程の屋上でのことである。




-Return-




「すいません。こんな所に呼び出して」


「それはいいんだが、なぜ俺達二人だけなんだ?」


 屋上に呼び出したのは、部長さんと川上の二人だけである。


「それはあなたが演劇部の部長であり、そして川上は四ノ宮と最も親しい友達だからです」


「それで犯人は一体誰なの?」


 早く教えてというように、一歩詰め寄ってくる川上。


「その前に約束して欲しいことがあります」


「何だ?」


「まず、俺は犯人が誰なのかしか教えません。そして、その後の事は全てそちらに一任します。構いませんか?」


 秋斗が言う約束を不審がる部長さんと川上。


 いきなりこんな事を言うのだから、不審がるのも仕方ないだろうな。


 少し考える素振りを見せる部長さん。そして、


「……ああ、構わない。元々君達は、こちらの問題に巻き込まれてしまったようなものだしな」


 その部長さんの答えを心の中で秋斗は否定する。今回の場合、巻き込まれたのは秋斗だけで、秋斗を巻き込んだのは雨宮であるからだ。


「それじゃ、今回の出来事の犯人なんですが……」


 そこで一度、言葉を途切れさせる秋斗。そして言う、犯人の名前を、











「犯人は四ノ宮です」




-Back-




「でも、何で四ノ宮さんが犯人だって分かったのか、僕には教えてくれてもいいんじゃない」


 秋斗の前に入り、進路を塞いでくる雨宮。


「そういえば、意外だったな」


「ん?何のこと?」


「お前が今回のことに関わった理由だよ。佐々木に話を聞いていた時、最後に言ってた話だ」




-Return②-




「それはね、私が知りたいからだよ」


 その答えに驚く秋斗と佐々木。


 意外だった。雨宮なら、あんなことになった四ノ宮が可哀想、このままじゃ四ノ宮が報われないなどの理由だと思っていたからだ。


「自分勝手な理由でしょ。でもね、知りたいんだ。この出来事の中にあった事を」


その答えに、佐々木は気が抜かれたようだった。




-Back②-




「そんなに意外だった?」


「意外だった」


「それはいいとして、早く教えてよ。まず、何で四ノ宮さんが犯人だって分かったの?」


 もう我慢できないというのに、急き立てる雨宮。

 それにため息を吐いた後、秋斗は言う。


「その前に状況の整理と説明をするがいいか」


「うん」


 そして、雨宮が飲み物を取りに行っていた時に考えてた事を雨宮に伝える。


「それなら、犯人は吉田さんっていう事にならない?」


「それだけだったらな」


「それだけって、他にも何かあるの?」


 秋斗の言葉に疑問を持つ雨宮。


「紙コップだよ」


「紙コップ?」


「ああ。四ノ宮が苦しみ出した時に、床に紙コップが落ちてただろう」


「うん。四ノ宮が自分で飲み物に何かを入れて、それを飲んで落としたんでしょ」


「そうだな。その時の事で何か違和感はないか?」


「違和感?うーん……、」


 四ノ宮が苦しみ出した時のことを思い出す雨宮。しかし、どうしても秋斗の言う違和感には気づかないようだ。


「床だよ」


と答えを教える秋斗。


「えっ?」


「床が濡れてなかったんだろう」


「……そういえば。それが違和感なの?」


「四ノ宮はまともに声が出せなくなるほどの酷い炎症が、喉にできたんだぞ。そんなの飲んだら、一口か二口飲んですぐに苦しみだすに決まってる。それに一口か二口なら、佐々木が休憩時間の終わる前に飲み物を入れ直してたんだ、それを飲み切るのも無理だろう」


「そっか。四ノ宮さんがそれを飲み切れたのは、自分で覚悟して飲んだからだね」


 秋斗の説明に雨宮は納得した。


 すると、何か思い出したのか「あっ」と呟く雨宮。


「そういえば気になってた事があるんだけど」


「何だ?」


「佐々木さんが四ノ宮さんに言われた事なんだけど」


「佐々木の方が劇に出るのに相応しいから、変わってあげるっていうあれか?」


 佐々木が言ってた事を思い出して、雨宮に聞く。


「それなんだけど、四ノ宮さんがそんな事言うようには思えないんだよね」


「お前は四ノ宮をどこまで知ってるんだ?」


「屋上で少し話しただけだけど。それでも、四ノ宮さんが人を上から見るような態度を取るようには見えなかったんだけど」


 どうしても納得いかない様子の雨宮。


 確かに雨宮の言うように、人前に出る事が苦手な四ノ宮がそんな事言うとは思えないな。


「……多分、佐々木は四ノ宮の言葉を聞き違えたんじゃないか」


「聞き違えた?」


「ああ。佐々木は四ノ宮の事を妬ましく思っていて、四ノ宮の話をほとんど聞いてなかったとしたら、聞き違えた可能性もあるからな」


「そっか」


 秋斗の説明に二度目の納得をする雨宮。


「何で四ノ宮さんはあんなことしたんだと思う?」


 その質問は、部長さんと川上にも聞かれたことだ。しかし、その時は犯人が誰なのかしか教えないと約束したため、答えなかったが。


「これも憶測でしかないが、多分怖くなったんじゃないのか。劇に出ることが」


「怖く?何で?」


「周りからの期待とそれに続く、加藤達の嫌がらせで精神的に追い詰められてたのかもな」


 川上に四ノ宮の台本を見せてもらった時の、あの所々にあった紙の皺やインクの滲みは、多分、四ノ宮の涙で濡れてできたものだったのだろう。


「雨宮は、誰かに期待されたことはあるか?」


「どうかな。したことはあるけど」


「まあ、お前の場合、人の期待を重圧だと思わなそうだしな」


 そして、一度そこで言葉を途切れさせて秋斗は言う、


「四ノ宮は逃げたんだよ」


 その言葉に雨宮は何も言わなかった。

















































「あっ!」


 突然、秋斗が大きな声を出す。

 それにビックリする雨宮。


「どうしたの?!」


「演劇部の劇から逃げた。これが本当の逃亡劇。なんつって。……あたっ!」


「不謹慎」


と言って、雨宮は秋斗の頭にチョップした。

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