第2話 写真部の復帰

ポンポンポンポン


 窓の外で黒板消しを二つ手にして叩き合わせている秋斗。

 叩いて出た白い粉が風に流され消えていく。

 今は掃除の時間であるため、教室内では机が下げられ生徒たちは雑巾や箒を持ち掃除をしている。

 その中で秋斗は黒板の周りの掃除を担当しているため、教室の床を雑巾掛けで掃除をしなくてもよく、他の生徒よりは割と楽をしている。

 掃除の時間が終わりに近づき、生徒たちが全ての机を元に戻していく。

 秋斗は黒板消しを元のあった場所に戻し、窓を閉め鍵を上から下に掛けようとする。しかし、錆びているのか鍵は固くて簡単には掛からない。


ーーカチャリ


 両手を使いようやく鍵を掛けることができ、疲れた手をヒラヒラしながら秋斗は思った。


 ……なんでこんなに頑張ったんだろう。


 途中で諦めれば良かったと思ったが、まあ閉めれたからいいかと思い直した。

 秋斗が鍵を閉め終わった頃には、すべての机が元の場所に戻されていたため、秋斗は自分の机に向かった。

 掃除が終わればほとんどの生徒は帰宅するか部活に行くかである。

 秋斗は部活には入っていないがいつもすぐには帰宅しないで、放課後は教室で本を読んでいるか天晴が教室にやって来て二人で無駄話をして時間を潰していた。ちなみに天晴も部活には入っていない。

 ほとんどの生徒たちが教室を去って行き、秋斗以外誰もいなくなると、


ガラガラガラ


と教室のドアが開き、天晴が入ってきた。

 

 今日も二人でつまらない話をして時間をつぶすことになるのだろうと秋斗は思った。




***




「ところで雨宮さんとはどんな感じなんだい?」


と天晴が急に話題を変えてくる。


「どんな感じって……普通だけど」


 入学式の日のことがあって以来、秋斗から話しかけるようなことはなかったが雨宮から話しかけてくることは多く、授業の合間や昼休みに時々話をするような仲になった。


「まさかアッキーの高校始めの友達が女子とわね。それに結構可愛いし。中学時代の秋斗が知ったら、驚きのあまりに卒倒するんじゃないか?」


「いや卒倒はしないと思うが……」


 確かに中学までの自分は友達と言える存在をほとんど作らず、作ったとしても浅い関係ばかりであった。そんな自分に授業の合間や昼休みに話し合える女子の友達ができるとは、今考えれば驚きだ。


ガラガラガラ


 教室のドアが開いた音がして、そちらを見ると雨宮と一人の女子が入ってきた。


 正しく噂をすれば影がさすだな。


と秋斗は思った。


「あっ!良かった二人ともまだ帰ってなくて」


 二人がまだ教室にいたことにホッとした様子を見せ、こちらに近づいてくる雨宮と一人の女子。


「ねぇねぇ二人とも、写真部に入らない?」


「写真部?写真部なんてあったっけ?」


「昔はあったんだけど廃部になっちゃったんだって。だからまた作るの!」


 天晴の疑問に笑顔で答える雨宮。


「どう、二人とも?」


「いいよ。特にやることもないし」


「…………う~ん」


 めんどくさいから部活に入ってなかったのに……、でも写真部だからな、しかも今から写真部を作るってことは先輩とかいないからめんどくさい上下関係もなくて…楽……かな……。いやでも……。


 即答で答える天晴に対し、秋斗が入るかどうか迷っていると、


「嫌?」


と雨宮が秋斗の顔を覗きこみながら聞いきた。

 その顔にドキッとしてしまい、顔を背けながら、


「まあ、どうせ放課後は教室で暇してるだけだしな。部活に入るのもいいかもしれないな」


と遠回しに入ると答えてしまった。


 あの顔は反則だろ……。


「やった!ありがとう!!」


 秋斗の答えに雨宮が喜んでいると天晴がもう一人の女子について聞いた。


「あっ、そうだった!この子は黒野音夢。僕の友達でこの子も写真部だよ!」


「俺は天海天晴。よろしくね!」


「桐谷秋斗。よろしく」


 黒野は二人の自己紹介を聞くと少し驚いた顔をして、何も言わずコクリと頷いた。


「部活を作るんなら、顧問の先生と活動場所が必要なはずだけど、それはどうするの?」


「そこは大丈夫!山本先生に頼んだら人数が揃ったらやってくれるって。活動場所は昔写真部が使っていた部屋があるから、そこを使えばいいって!」


「へ~、準備が早いね」


 よくもまあ顧問なんてめんどうな仕事を引き受けてくれたもんだ。


 雨宮の準備の早さに天晴が感心し、秋斗がそんこと考えている中で黒野だけは秋斗のことをジッと見つめていた。




***




「失礼しました」


 職員室のドアを閉めて雨宮が出てきた。

 俺たちは今、山本先生に写真部の人数が揃ったと報告しに職員室まで来ていた。


「で、どうだったんだ?」


「それが、山本先生もう帰っちゃったんだって」


 先生がいなかったことにがっかりする雨宮。


「まあ先生がいないんじゃ仕方ないし、また明日ってことでいいんじゃない?」


「そうだな。先生がいないんじゃ、どうしようもない」


 雨宮も黒野も天晴の案に納得し、今日は一先ず帰ることにした。


「そういえば、なんでまた写真部を作ろうと思ったんだ?」


 秋人は雨宮を見て質問した。


「音夢ちゃんが写真部に誘ってくれたからだよ」


 と雨宮は黒野の方を見ながら答えた。


「黒野さんはなんで写真部を作ろうと思ったんだい?」


 次は天晴が黒野に質問した。


「……お姉ちゃんが……入ってたから」


 黒野は少し下を向きながら答えた。

 

「お姉さんもこの学校だったの?」


 黒野はコクリと頷いた。

 

 玄関の近くまで来ると、保健室のドアの前で白衣を着た女性の先生が立っていた。


「どうしたんですか?岸本先生」


「あっ、雨宮さん……」


 雨宮が話しかけると、困惑した顔でこちらに振り向き雨宮を見る岸本先生。


 ん?知り合いなのか?


 岸本先生という人は白衣を着ているのを見ると保健室の先生なのだろう。結構若そうな女性の先生だが秋斗は保健室など行く機会がないのでこの先生を見るのは初めてだった。


「今保健室の鍵を開けようとしたんだけど、ドアの窓に人影みたいなのが見えたと思ったら、いきなりドアがガタガタって動き出したの」


 ドアを指さしながら何が起こったか説明する岸本先生。


「えっ、じゃあ中に人がいるってことなんじゃないんですか?」


「でも、私が保健室を出るときは誰もいなかったはずなの。ドアの鍵も閉めてあったし、誰も入れるはずないんだけど……。私ダメなのよね。もし、幽霊とかおばけとかだと思ったら怖くて入れないのよ」


「俺たちも一緒にいるんで、とにかく中に入ってみましょうよ」


 天晴の提案で保健室の鍵を開けて、全員で中に入ってみた。




***




 保健室は消毒液のにおいがし、主にカーテン付きのベットが二つと先生の机が一つある部屋だった。


 まあ、どこの学校も保健室なんてこんな感じだよな。

 

 保健室の中には人の気配はしない。

 雨宮が積極的にベットや机の後ろなどを調べるが誰もいなかったようだ。

 窓からの出入りも考え調べてみるが、全ての窓に鍵が掛かっていてここからの出入りはなさそうだ。


「どうやら誰もいないみたいですね」


「え?でも、だったらどうして……。まさか、幽霊の仕業とか……!!」


「まあまあ、先生まだそうと決まったわけではありませんから」


 顔がどんどん青くなっていく先生を天晴がなだめるが効果は薄そうだ。

 雨宮は窓を開けると体を乗り出した。なにやら周りを見ようとしているようだ。

 危ないぞと秋斗が注意しようとした瞬間に雨宮がバランスを崩して窓の外に落ちそうなった。


「うわっ!」


「おい!」


 秋斗は慌てて雨宮を抱きかかえて中に引き戻そうとした。

 その時、秋斗の手のひらにムニュという柔らかい感触があった。


 この感触は!?まさか……!


 秋斗は自分が触ってしまったものを瞬時に理解し、手を離さなければと思うが離してしまうと雨宮が落ちてしまうので、その手を離しようにも離せなかった。


「ひゃ!!」


「うお!」


 すると雨宮が小さな悲鳴をあげて、ほとんど自分の力で中に戻ってきた。

 秋斗はその勢いで後ろに突き飛ばされ尻もちをついた。


「いってて……」


 打ちつけた場所をさすりながら雨宮の方を見ると、下を向いて胸を押さえていた。

 少し経つとこちらに顔を向けてきた雨宮は顔を真っ赤にして、


「……エッチ」


と言ってきた。


「不可抗力だ!……もともとお前が落ちそうになるのがいけないんだぞ」


「……ごめんなさい」


 秋斗は「は~」と息をつき、立ち上がった。そして、雨宮が開けた窓を閉め、鍵を掛けると鍵はほとんど力をいれずに掛けることができた。

 雨宮の方を向くと、スーハースーハーと深呼吸をしていた。

 すると天晴がこちらに近づいてきて、先生に聞こえないように静かな声で聞いてきた。


「どう思う?」


「どうって?」


「ドアが急に動き出した謎だよ」


「謎って、風とかで動いただけじゃないのか」


 天晴の質問に素っ気なく返す秋斗。


「でも、それならドアの窓に映った人影はどうなるの?」


 深呼吸して落ち着いたのか、雨宮が話に入ってきた。


「何かの見間違いだろ」


「何かってなに?」


「それは……分かんないけど」


「このままじゃ、先生が安心して保健室にいられないよ」


 雨宮は黒野と話している先生を心配そうに見て言った。

 話していると言っても先生が一方的に黒野に話しているだけで、黒野はそれを聞いているだけだ。

 

 そんなこと言われてもな~。


 頭を掻きながら周りを見てみる。

 特に変わった様子もないなと思って見ているとベットが目に入った。

 少し気になったので、ベットに近づいて布団をめくってみるとシーツが少し乱れていて、シーツを触るとわずかな温もりが残っていた。


「先生、今日保健室のベットを使った生徒っています?」


「いなかったけど」


「……じゃあ、今日鍵を開けたまま保健室を出た時ってありますか?」


「う~ん……、トイレに行った時ぐらいかな。それがどうしたの?」


「いえ……」


 秋斗は先生の答えを聞き、少し考えながら歩いていると保健室のドアを見てあることに気づいた。


 あ~、そういうことか……。


と思いながら、秋斗は先ほどまでいた窓の方を見た。


「何かわかったのかい?アッキー」


「まあな」


「なになに?どういうこと??」


 興味津々に聞いてくる雨宮。

 黒野と先生も秋斗の方に顔を向ける。


「まず先生、これは幽霊とかの仕業じゃないんで。ちゃんと生きた人間がしたことなんで安心してください」


「えっ、本当に!?」


「はい」


「じゃあアッキー、説明してくれよ。幽霊でも自然現象でもない、生きた人間がやったっていう証明とその生きた人間はどこに行ったのかを」


「ああ」


 秋斗は少し深呼吸して……始めた。


「まず、ここに誰かがいたっていうことだけど。さっきベットを見てみたらシーツが乱れていて、そのシーツにはわずかな温もりもあった。このことから、ついさっきまで誰かがこのベットで寝ていたことがわかる」


「でも、今日保健室のベットを使った生徒は一人もいないってさっき先生言ってたよ」


と雨宮が指摘してきた。


「それは、先生が知る限りだろ。ベットのカーテンを閉めれば、外からじゃベットで人が寝ているなんて分かんない。それに、先生も鍵を開けたまま保健室を出た時もあるって言ってる。多分、その生徒は先生がいない時に保健室に来て、カーテンを閉めてベットに入った。そして、その後先生が保健室に戻ってきたがカーテンが閉まっているから、ベットに生徒が寝ていることには気付かなかったんだ。」


 一呼吸を入れて、秋斗は説明を続ける。


「先生は生徒には気づかないまま、鍵を閉めて保健室を出た。しばらくしてから保健室に先生が戻ってくる頃、その生徒は目を覚まして保健室を出ようとした。しかし、ドアには鍵が掛かっていたため外には出られなかった。ドアの窓に人影が映ったのはその生徒がドアの前で立ったからで、ガタガタ動きだしたのはドアを開けようとしたからだろう」


「だったらその生徒はどこに行ったんだい?」


「ここにいないってことは、もう保健室を出たしかないだろ」


 それ以外に何があるんだという顔で天晴に言う秋斗。


「しかし、アッキー。保健室を出入りできるドアも窓も全て鍵が掛かっていた。いわゆるこの密室空間でどうやってその生徒はここを出たんだい?」


「まあ、ドアの前には俺たちがいたから無理として。やっぱり窓から出て行ったんだろう」


「え?じゃあ、その生徒はどうやって窓の鍵を閉めたの?外からじゃ窓の鍵は閉めれないよ」


「そうだな……、その生徒が意図してやったのか、たまたまなったのかは分からないけど……」


 秋斗は説明しながら、窓の方に歩いていくとおもむろに窓を開けてみんなの方を見た。


「多分……こういうことだ!」


 そして、開けた窓に手をかけて勢いよく閉めた。すると、


カチャリ


と閉めた衝撃で鍵が掛かった。


「これであとはドアの鍵を掛けさえすれば、密室の完成だ。」

 

 秋斗が説明を終えると少しの間があった後に、天晴が拍手しだした。


「まったく、天晴れだなアッキーには。入学式にも思ったけど、いつからそんな名探偵になったんだい」


「探偵になったつもりはない」


「はぁ~、良かった。幽霊じゃなくて。」


 天晴と先生がスッキリしたみたいな顔をしている中、雨宮が怪訝な顔で下を向いていた。


「どうした雨宮?」


「いや、なんでその生徒はドアから出ないでわざわざ窓から出たのかな?鍵が閉まってたのなら開ければ良かったのに……」


「あ~、それはあれだ」


 秋斗は雨宮をドアの前まで連れて行き、ドアのある場所に指をさして見せた。

 その指をさした場所とは、普通のドアなら鍵を開け閉めできるようなものがある場所だが、その保健室のドアにはそれがなかった。


「この保健室のドアは、外からじゃないと鍵の開け閉めができないようになってるんだ。だから、その生徒は窓からしか出ることができなかったんだ」


 秋斗が説明し終わると雨宮は、


「なるほど。納得!」


と嬉しそうに言ってきた。

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