第20話 ジビエでござる

 少し前の土曜日。

 仕事から帰って来ましたら。


 裏庭に鹿がいました。


 机にシートをひいたその上に腹を割かれ内臓を抜き取られ、血をある程度抜いた雌鹿が。


 一体、何が起こったのか、ですね。


 話を戻しますと、二週間前。

 釣り好きな母が、釣り仲間と行った先で鯛を何匹も釣り。

 帰宅して知り合いに、その鯛を配ったのですが。

 その中のお一人が猟友会の方でして。

「お返しに猪か鹿肉、今度手に入ったら持って行くわ」

 というお言葉を頂いていたのだそうですが。


 ええ?!

 肉といっても、鹿一匹、丸ごとですか?


 ……というわけで、鯛で鹿が釣れましたぜ!



 早速着替えて、既に解体を始めていた父と母に交じり、私も参戦!

 こんな機会、滅多にありませんからね。経験させてもらいましょう。


 ちょうどギャングのように群れて家の前で遊んでいた長男とそのお友達たちにも「見にきい、折角やからやってみい」と声をかけましたが、「怖い」と言って遠巻きに眺めるだけ。目を手で覆う子も。

 勿体無いなあ、貴重な経験が出来るチャンスなんですのにねえ。


 皮に切れ込みを入れていた母に指図され、母と向かい合うように立ち、反対側の皮を私は剥ぎはじめました。

 これが結構面白い。

 肉と皮の間の皮下組織? に刃を入れ、スジを削ぐようにしていきます。上手くやると綺麗に剥がれます。


「ウチら、遊牧民みたいやない?」


 と私がワクワクとして言えば、


「せやな。大草原の小さな家やな」


 と、私の母。

 うーん、ローラは遊牧民族やないと思うよ。


 慣れないものですから四苦八苦してやっと胴体の部分の皮を剥ぎました。

 ここで知った知識として。

 ダニは、生き物が死ぬと即座に身体から離れると聞いていたものですが。

 そんなことはなかったですね。

 最後まで皮の上を多くのダニが歩いておりましたよ。ダニに人間が刺されて感染症を起こす、というのも聞いたことがありますので、少し気をつけます。

 そして、流れ出した血は凝固して巨大なゼリーのようになっています。


「猪は脂が多いからもっと大変やったで。こんなもんとちゃう」


 以前、猪もバラした母が言いました。ギトギトで手間が倍以上かかったとか。

 鹿は脂がほとんど無かったですね。ヘルシーな肉だというのはこういうことでしょう。


 さて、私は一番いい箇所だとされる鹿の背肉を取り外しにかかりました。刺身になるところですね。

 手を入れるとまだ温かい。そうすぐには体温は冷めないようです。

 高価な部分だということで慎重に背骨に沿って剥がしはじめます。


「そういや、子供がおったんかして、乳絞ったらさっき出てきたで」


 思い出したようにいう母。


「おっぱい押さえたら、ビューと白いの飛んだわ」


 お母さんはみんな同じですね。


 時間をかけて背中、腹肉? もも肉の取り外しに成功。鹿って、スジだらけでした。

 途中、保育所に迎えに行き、連れて帰った長女ジャイ子と次男にも見せます。


「……息絶えた」


 骨がむき出しの鹿の姿を見て、厳かに呟くジャイ子。

 恐竜のDVDが好きなジャイ子ちゃん。

 その中でティラノサウルスに食べられる草食恐竜のシーンがあるのですが、その時にその台詞が流れるのですよね。

 印象に強く残ってるのか、こういう場面を見るといつもそう呟くジャイ子ちゃんです。


 一歳三ヶ月の次男もヨチヨチと歩き回り、観察しているようです。


 さて、残った残骸をどうするか?

  確か、動物の死骸は捨てないでください、と冷蔵庫に貼ってある家庭ゴミ事典には書いてあります。


「どないする?」

「小さくして生ゴミに混ぜよ」


 というわけで、骨を関節で離し、細かくする作業に移ります。

 チラリと私は残った頭を見つめました。


「頭は? バラすの?」

「気持ち悪いから、そのままで」


 私は鹿の目玉を見つめました。

 実は最近書いた小説で、ヤギなどの動物の目玉をくり抜く主人公、という設定の話を書いたのですが。(ぼくのかみさま by マスカダイン島物語)

 その時の主人公の気持ちは如何なものだったのかとちょっと興味を抱いたのです。

 目玉は目玉。鯛の目玉をくり抜くのと変わらんやろ、と思いながら執筆したのですがね。

 さあ、折角の機会。

 鹿の目玉をくり抜いてみる……?

 そんなことしたら、父と母に変やと思われる……?

 躊躇している間に、鹿の頭はサッサと次男の使用済みオムツの海へと投げ込まれました。

 うーん、残念。私の意気地無し。


 さて、この鹿肉をどのように私たちが食べたかと申しますと。

 次の日に、カレーにしました(安易)

 これが失敗。血抜きが足りずに臭いこと臭いこと。肉は非常に柔らかかったのですが。臭みで全てが台無し。勿体無い事になりました。


 スマホで調べてみますと、やはり鹿肉は赤ワイン煮で食べるのが主流のようです。あとは生姜で佃煮とか。臭みを消す料理ですね。


 その三日後はきちんと肉を一口大に切ってから塩水に浸け、血抜きをいたしたうえで赤ワイン煮を作りました。本当は赤ワインに浸け、血が出たその汁を使うのだそうですが。前日の臭さに辟易した私たちはその汁を使う気は起こらず。


 これは成功いたしました。トマト缶を多く入れすぎてシチューのようになってしまいましたが、美味しく頂けました。


 それでも結論として。


 やはり、鳥肉や豚肉の方がはるかに美味しいと感じた私たちは、庶民でございましたねぇ。







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